大陸間戦争と呼ばれる対戦が世界を恐怖に包み込んでいた。 その大戦を治めたと語りつがれている8賢者という人物達。 大戦後にはそれぞれが散り行き、そして国を興すものが現れる。 物語の舞台となるドラバニア王国。 その大戦を終決させたとされる8賢者の内2人が興した国、 国の成り立ちに関わったとされる一族には代々、広大な土地と辺境伯相当の子爵位、そして『紅い髪色に赤い眼』が受け継がれてきた。 ロイド・アイザック。 伝統と格式あるその一族に生まれた、一人の男の子。 優秀な『護り手』を輩出する家の嫡子として教育されすくすく育っていく彼だが、何も特徴が無く自分は能力が平凡であり、いたって『普通』でしかないと自覚していた。
View Moreいつものようにベッドの上で目覚めて、そこから少しだけ|微睡《まどろ》んで待つ。ちょっとだけまた眠りに入ろうかとする瞬間に、まるで狙ったかのようにドアがコンコンコンと3度ノックされる。
そのままノックをした者が何も言わずにスッと部屋の中まで入ってくると、足音も立てずに僕の眠るベッドの脇まで近寄ってきて――。
「おはようございます坊ちゃん。もう朝ですから起きてくださいね」
いうが早いか、頭まですっぽりと被っていたふわふわで温かな布団をガバッ!! と引きはがされてしまった。
「寒いから返して……」
「いいえ。そこまで起きているのなら起きてくださいませ」
「えぇ~」
「えぇ~ではありませんよ。まったく……リフィア様はもう起きていらっしゃいますよ? お兄様のロイド様がそんな事では……」
「そんな事では?」
僕はしっかりとした表情をしながらも、視線を言って本人へ向ける。
「……失礼しました」
僕の視線を感じて、表情を変えることなく深く一礼をする。『しまった!!』という想いを表に出さないのは、さすが長年メイド長をしているコルマだと感心してしまう。
「ごめんね。別に深い意味はないんだよ」
「わかっております。こちらこそ大変失礼しました」
「じゃぁ起きるからお願いしてもいいかな?」
「かしこまりました」
またも一礼をしてから、てきぱきと動き出したコルマの姿を見ながら、僕は大きくため息をついた。
このようなやり取りが毎日のように続いている。
僕の名前はロイド。ドラバニア王国という国の中の貴族の一つである『アイザック家』に生まれた。今年で7歳になるのだけど、今のところ一応は後継者と言われている。
ドラバニア王国とは、今から数千年前に起こった大陸間戦争において、その大陸間戦争を終結に導いた8人の賢者により、僕らの住む大陸に興った国の一つと言われている。
まだ勉学が開始されて間もない僕だけど、大体の家の人はこの事を初めに習うらしい。この事が国の起源にしてすべての始まりと、忘れたくても忘れられない位、本当に聞き飽きるくらいに教え込まれる。
8人の賢者によって国が興ったと習うのだけど、実際には僕らの住む大陸には国は7つしかない。賢者の2人が結婚して土地に住み着き、そこに人々が多く住み着くようになって興ったのがドラバニア王国。その初代が賢者の一人で、そのお妃様も賢者の一人という事。
――とはいっても、他の国に行ったことが無いからなぁ……。
鏡に映し出される自分の姿を見ながら、またしても深いため息が漏れた。
国の貴族の一つである我がアイザック家なのだけど、その起源的には初代国王様と共に、新たに土地を切り開いたり、耕したりを共にしてきた仲間の中の一人で、村から町へ、街から都市へ、そして都市も大きくなって国になった時、その功績を称えて貴族として取り立てられ、土地を貰って根付いて生き抜いて来たのが現在の僕に繋がっているという訳。
因みに爵位は伯爵家相当の子爵家。相当とはどういうことかというと、土地的なものが関係しているらしく、ご先祖様が頂いた土地が広かったらしく、でも功績が有るからといっても知り合いという手前、あまり位を高くし過ぎるとは難関を買う恐れがあるという配慮もあって、そんな微妙な立場となっているらしい。
そして忘れてはならないのが、アイザック家を象徴するものの存在。
土地や建物を代々受け継いできたという事は当たり前なのだけど、初代様から受け継いだのはそれだけじゃない。
ドラバニアのアイザック家といえば? と国民に問いかければ必ず返ってくる返答。それが『紅髪に紅眼』という言葉。
実際にドラバニア王国内には多種それぞれの人たちが住んでいる。獣人族であったり、魔人族であったり、それこそ魔族と呼ばれるような人たちもいる。他にも会った事が無いだけでどれほどの種族の人が住んでいるのかは分からない。
これも初代国王陛下ご夫妻の『万民平等政策』が引き繋がれてきたから。そのおかげで、国に人々が増え、大国の一つと言われるだけの大きさになったのだとは思う。
それでも唯一国内にはいないのが、この『紅い髪と紅い眼を持つ一族』なのだ。
――ただねぇ……。
僕はその事にちょっとした恨みが有ったりするのだけど、その事を他人に行ったりした事は無い。だって誰かに行っても仕方ない事だと知っているから。だからこそ、その事を考えるだけで大きなため息が出てしまう。
「坊ちゃん支度が出来ましたよ」
「あ、ありがとうコルマ」
「いえ……では、皆様もうお待ちになられていると思いますので、急ぎましょうか」
「そうだね」
起こしに来て身支度まで手伝ってくれたコルマにお礼を言って、一人で使うにはあまりにも大きすぎる自室から出て行く。
皆が待っているというのはその言葉通りで、アイザック家の方針として朝食は出来る限り家族一緒に取る事と決まっている。
用事がない限りは皆が集まるのが当然なのだ。だから僕もみんなが既に待っているであろうダイニングへと向かう。
「遅くなりました。おはようございます」
「おはようロイド」
「おはよう!!」
家族だけが使うにしてはこれまた大きすぎるダイニングに、ドアを開けて入っていくと、先に来ていた母であるリリアがにっこりと笑顔を向けて挨拶を返してくれる。母さんは元伯爵令嬢で、金髪碧眼でほっそりとした体躯に色白で小さな顔をした美人さんだ。
母さんの次に元気よく挨拶をしてくれたのが父であるマクサス。容姿に関しては言わなくても分かると思うけど、紅い髪色に紅い眼はもちろんの事。現在は土地を護ることに従事する傍らで、国の防衛を担う将軍の一人として名高い――らしい。
体格はいかにもという感じに筋肉隆々かと思われるのだが、実はそんな事は無く、見た目は何処にでもいる30歳代後半の優しそうなおじさん。ただし戦闘になるとスイッチが入り、かなりの剛腕だと聞いている。
見たことが無いから良く分からないというのが本音。この父を見ていると、この両親を見ていると、本当に自分は二人の子なのかと疑う事が有る。
ただ、その疑いは全くお門違いなのだ。この二人、今でも凄くラブラブ。国内でも凄く有名らしい。だから二人の間に割って入ろうとする人もいない。
実際にそんな二人の甘々な所を見てしまった事は数知れず。その度に『仲がいいな』と思っている。
「お兄ちゃんおそいよ!!」
「ごめんフィリア」
考え事をしながら自分のいつもの席へと向かうと、隣の席にすでに着席して待っていた妹から、かわいいお叱りの言葉を受けた。
フィリアは僕の2歳年下。つまり今年5歳になったところである。しかし5歳になったばかりだというのに、既に多くの貴族から婚約者候補にどうかと打診が来ているらしい。
フィリアは母リリアに似て色白で、小さな顔をした本当にかわいらしい見た目をしている。だから人気なのもうなずけるのだけど、人気なのはそれだけが理由じゃない。
このフィリアもまた『紅い髪色で赤い眼』を持つ、アイザック家特徴を色濃く継いでいるからなのだ。
本当ならば7歳になる僕にもそういう話がきていてもおかしくないのだが、僕の場合は少しばかり事情が違う。
僕は――。
『黒髪に黒目』の容姿をしているから。
「え? 何それ、うらや……かわいいじゃない」「そんなにいいものじゃないよ……」 アスティがちょっとだけウキウキしているのを見ながら、思い出す光景にげんなりしてしまう。「おいマクサスどういう事だ?」「あぁ、言ってなかったか? ロイドが町に行くのを止めている理由の一つがそれだ」「動物が近寄る位なら構わんだろ?」「いや……ロイドの場合はな……。町中の動物がロイドの姿を見てしまうと、寄ってきてしまうのさ」「なに? それって……」「あぁ、原因は分からん。だが、それが町の中だけならまだいいんだが、町の外でも同じなのだ」「ではもしかして魔獣やモンスターと呼ばれるモノ達も……と言う事か?」「モンスターはなるべく屋敷に近づく前に俺たちが倒しているから問題は無い。屋敷の敷地の中だけに居るのならな……。だから実際にそういうモノと遭遇したらどうなるかは分からん」 アスティと僕が、集まってくる動物たちの事を話している時に。父さんとガルバン様がそんな会話をしている事には気付いていなかった。「ふむ。確か……王城の資料室で、そのような事が得意としている者達がいたというのを読んだことが有るな」「あぁ俺も読んだ。確か……動物使いとか魔獣使いなどと呼ばれているらしいが、今でもいるには居るが数少ないようだ」「ロイドはそれだと?」「……どうなのだろうな。実際その者達がどうやって飼いならして
ある日の昼の鐘の後――。「ロイド様」「ん? どうしたのフレック」 部屋の中で珍しく一人で本を読んでいると、ドアをノックした後にフレックが顔を出した。「はい。旦那様がお呼びでございます。執務室へ来るようにとのことです。いかがいたしますか?」「そうなの? 何の用か聞いてる?」「いえ、来てから話すとのことです」「わかった。すぐ行くと伝えてくれる?」「かしこまりました」 読んでいた本をパタリと閉じて、僕はドアの方へと向かう。フレックは既に父さんの所へ行ったようでもう姿は無い。――何かあったのかな? 一瞬だけ、何か起こられる事でもしたのかな? と考えたのだけど、僕の記憶にはそのような事をした覚えはない。 考えながら執務室まで進んでいき、結局思いつかないままそのドアを叩いた。「ロイドです」「入れ!!」「失礼します。お呼びとお聞きして参上しました」「うむ、まずは座れ」「はい」 いつになく真面目な顔をした父さんが、既にソファー座りお茶を飲んでいた。その対面に僕も座る。 すぐにぼくの前にもフレックがお茶を用意してくれた。「それで話って?」「あぁ。実はなあのヨームの件でな」「ヨームの?」「そうだ。ガルバンとも話をしていたのだが、すでに屋敷の中のモノたちと、領兵たちの間ではヨームを使用することが広まって、その便利さを理解し始めている」「うん」「それでだ……」「それで? ドランの町でもヨームを使い始めてみないかという話になった」
僕らのやり取りがあった次の日には、既にアルスター家の長期アイザック家滞在が確定事項となって伝達された。 しかも期間は未定と発表されたので、ガルバン様たちと一緒にアイザック領へと来たアルスター家の護衛の人達や、領兵の人達は何組かに分かれて一旦アルスター領へと順番に戻ることになった。 更に期間が決まっていないという事で、いつまでも屋敷の庭先にいるわけにはいかないと、ドランの町とアイザック家の屋敷までの間で、道に沿って林などを切り倒し、簡易的な家を数件造ることに。 そこにアルスター家のガルバン様たち以外が住むことになるのだが、アルスター家の人達が自領に戻った際は、その建物を自由に使っていいという事で話を纏め、ウチではそこを迎賓館として使用することに決定した。。 出来上がるまでは時間がかかるし、それまでは今と変わらず屋敷の庭で過ごしてもらう事にはなるんだけど。 僕とアスティの方はというと、相変わらず朝から勉強をしたり、魔法の使いか他をあれこれ考えたりと忙しい毎日を過ごしていた。 フィリアはアスティだけじゃなく、ガルバン様やメイリン様とも仲良くなって、一緒に遊んでもらう事さえある。 1度、ガルバン様が馬役になってそれにフィリアがまたがっているところを見たときは、僕だけじゃなくアスティも凄く驚いていた。その驚いた理由も「私でさえしてもらった事が無いのに」という、ちょっとだけフィリアを羨ましいと思う気持ちから来てるみたいだけど。「できた!!」「さすがアスティ」 僕は喜ぶアスティへ拍手を送る。滞在期間が既に30日を過
「ガルバン様」 父さんと相談を始めたがガルバン様に声を掛ける。「どうしたロイド」「今、使ってる呪文の事だけど」「ふむ。話してみなさい」「うん」 父さんとガルバン様の話し合いはそこで一旦終わる。「アスティの魔法が上手くいかないのってどうしてなのかな?」「それは、アスティの魔力の使い方……制御が良くないからだろ?」 ガルバン様の言葉を聞いて、アスティがしょんぼりしてしまう。「僕の考えはちょっと違うんだ。実はその呪文を使うと、その呪文で決められた力しか出ないようになってるんじゃないかな?」「ん? 良く分からんな」 ガルバン様が考えこんでしまう。「呪文という決められた言葉を使って、5なら5の威力しか出なくしてるんじゃないかなって事」「な、なんだと……あ!? だから魔力量の多いアスティの魔法は、思った以上に魔力を込めてしまっているから、それ以上にならないために自然と消滅してしまうという事か?」「うん。その為の言葉が呪文なんだと思うんだけど、違うかな?」「それはどういう……」「だから呪文は誰にでもその魔法が打てるように考えられてつくられたものなんじゃないかな?」「…………」 ガルバン様もアスティも黙ったまま僕の言う事を考えている。「同じ呪文を使うのなら、同じ魔法を持っている魔力分だけは使えるでしょ?」「そうだな……」「持ってる魔力が多い人は多く打てるし、僕みたいにない人はもちろん打てない。こんなことはガルバン様ならもう知ってることだとは思うんだよね」「た、たしかに知っている事だ」「と、いうことはだよ? その呪文さえ覚えれば、魔力がある人なら誰でも同
ガルバン様が少し怖い顔で僕を見てくる。「間違うなんて事は無い!! 今まで魔術師と言われてきた人たちが代々にして使用し、伝えて来たものなのだ。書き写したものもたくさんあるし、それが間違っているという事は無い。現に今使えているではないか」「そうなんだけど……僕が言いたいのはそういう事じゃなくて……」「どういう事だ?」 僕を見る3人が真剣な目を向けてくる。「ちょっと試したことが有るんだけどいいかな?」「ん? まあいいだろう」「ガルバン様にお願いしたいんだけど、さっきの火の球よりも小さいものって出せる?」「え?」「だからさっきの火の玉よりも小さい奴だよ」「…………」「もしかして出せないのかな?」 今度は少し困った顔をするガルバン様。「あれが一番小さい火の玉の魔法なのだ」「あぁ~やっぱり」「ロイドどういうことだ!? 何か考えついたのか!?」「ちょ――ま、まってーーゆら、さないで!!」 ガルバン様が僕の方を両手でつかんでがくがくと前後に揺さぶる。「す、すまん……」「いや、まったく、親子から同じことされるなんて思わなかったけど」「「ご、ごめんなさい」」 少したって落ち着いたガルバン様が頭を下げた。そして僕の言葉に自分にも経験があったアスティもまた同じように頭を下げる。「まぁいいや。たぶんこれからするのはガルバン様には難しいかもしれないです」「な、なんだと!? 魔術師団団長の私でもか!?」
「どうして父さんとガルバン様がいるのさ!?」 鍛錬所に到着した僕達二人とコルマ。しかし僕達が到着した時にはすで二人が鍛錬所の入り口に立って僕たちをニコニコとしながら待っていた。「何やら面白そうな匂いがしたのでな」「俺は止めたんだぞ? さすがに二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってな。 ガルバン様はにこやかな表情をして、父さんは少し困った顔をしながらも、二人から出てきた言葉はとても楽しそうだ。「アスティ……」「はぁ……諦めてロイド。こういう時のお父様は何を言ってもダメだから」「えぇ~!?」「良くわかっているではないかアスティ」 ガハハとまた豪快に笑うガルバン様。「まぁいいや」「行きましょう」「うん。とりあえず、真ん中位まで行こうか」 二人で並んで歩いていく僕たちの後を追うように、父さんとガルバン様が付いてくる。コルマには入り口で待ってもらうようには言ってあるので、僕たちの後を着いてくる事は無い。更にアスティの秘密が誰にも知られないようにするために、修練所に近づいてきた人たちの対応を頼んである。「それで何をするんだ?」 ガルバン様がワクワクした様な顔をして僕に語り掛ける。「え? アスティが魔法を使うところが見たかっただけですけど?」「なんだ……それだけか……。てっきり私は……」 ブツブツと何か独り言を始めるガルバン様。それを見ながら首をすくめる父さん。――仲良くなってるなこの二人。 初めて屋
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