168.
第十七話 先頭は押し付けろ
左田純子のダブリーを受けてマナミは腹を括る。
(どうせダブリーなんて考えても分からないんだ。自己中心的に切っていくしかない!)
打中! ピンフになりそうな配牌なので役牌は要らないという判断だ。しかし、それに合わせてユウも河野も中を切る。
(うっわ! 最悪。2人とも中を持っていたなんて。これじゃ2人を助けただけになっちゃったじゃない!)
左田ツモ北
打北
(北なんて持ってないっての! 持ってりゃそれから切ってたわ。また私が開拓しなきゃいけないの?)
と思って白に手をかけたが、ふと思い直した。
(いやまてよ。私の手では使わないっぽい数牌を捨てたらいいんじゃないの? みんな切りたい字牌なんかを率先して切ってやる必要ないのよ! そうかそうか。これは良いことを思い付いた)
マナミの気付きは正解だった。安牌が分からないリーチに対して対応する方法は字牌を切らず自分の手では不用な数牌に手をかけるのが正解。そうすることで他の誰かに字牌を先に試させる事が出来る。しんがりになる必要はない。先頭の係は押し付けてしまえばいいのだ。
しかし。
マナミ切り番
打⑧
「ロン」
左田手牌
一二三六七八⑦⑨⑨⑨456 ⑧ロン ドラ1
「2600」
「はい…」(あ、やっぱり字牌から切れば良かったわ。やらかした)
《マナミの⑧切りは良い考えでしたけどね》
(そうなの?)
「私なら一発放銃だからマナミは耐えた方ね」と守備派のミ
179.第十話 精神衛生管理「例えばドラ1の高めタンヤオつく3面待ちをテンパイしたとして、リーチした時にどんな事を思うだろうか?(一発でツモれ?)それとも(高めツモって裏乗れ!)かな? 私ならこの時こう思考しています。(ツモれなくていい、出あがりで構わない。一発なんかじゃなくていい。裏ドラなんかなくていい。安目で全然構わない。贅沢は言わないからただ、この手をアガらせて下さい)って」 そう久本カズオに語るのは佐藤スグルであった。 スグル曰く、この謙虚さが大事だと言う。 欲張りだと神様がどうのこうのとかいうのではなくて、これが精神衛生上よい働きをしてるという話だった。 仮に欲張りな思考法でいるとこの場合は『リーチ一発ツモタンヤオドラ1裏1のハネマン』をイメージしてしまうことになる。すると、この手がアガリにならなかったらそれだけで12000損した気持ちになり精神的に下がる。 しかしスグルの心構えならこの手は2600であり、不発に終わった所で(ああそうですか、また次だ!)とすぐに立ち直れる。 麻雀は大抵の場合は長丁場だ。一回不発に終わったからって凹んでいられない。 瞬時に切り替えていく強さは精神衛生管理が出来ていてこそであり、思考法ひとつとっても勝ち続けるための戦略なのである。 大きく期待しても良いことはない。敵の方が多いんだから負けて当然、だからどうした。むしろ困難だから楽しいんだろという気持ちで、何度でも立ち上がるタフな戦士となること。そういう部分がスグルの強さであり、カズオに全くない所であった。 そして今、カズオはリーチしている。カズオ手牌二三四②③④⑤⑤⑥⑥⑦66 ドラ⑦
178.第九話 補助の空切り 予選決勝卓というのはトータルスコア上位4名が集まる半荘1回勝負の卓。トップか二着が本戦に進む可能性が高い。まれに決勝卓に集まった4人以外が別卓で猛烈に大きいトップを取ってトータルポイントで決勝卓のメンツを捲ることがあるが基本的にはこの4人から本戦出場者が決定されるとみていいだろう。 カオリとwomanはユキとカズオの丁度両方の手牌が見える位置にいた。 すると気付く。カズオのその丁寧な麻雀に。北家カズオ手牌三三②③④677北北(白白白) ②ツモ ドラ① このドラが①筒での②③④筒という面子。ここに②筒を引いた時にカズオは②筒を※空切りしたのだ。確かに、面子構成上不要牌であってもそれは空切りをするべき牌だ。(※空切りとは。持ってる牌と全く同じ牌を引いた時に持ってきた牌と手の内の牌を入れ替える行為のこと。読む相手のミスリードを狙って行う戦術のひとつ) なぜなら今後①筒(ドラ)を引いたら間違いなく④筒と交換するからだ。その時②筒はツモ切りで④筒手出しなら④↔①クイックが露見してドラを1枚持っていることが判明するが②筒手出し④筒手出しとなれば話は別だ。②→④の順の手出しなら①筒周辺である危険牌の②筒をまず処理していったカンチャンターツ処理とも見えるのでドラクイックは露見しない。 今は何も役に立たない空切りでも次の変化をした場合に役に立つ『補助の空切り』というものもあるのである。先の変化までよくよく考えたカズオの空切りは非常に良い戦術であるし、何より相手をリスペクトしているのが窺えた。ここまで丁寧にやるべきだと思って戦っている。《わかりましたかカオリ。いまの空切りの意味》(ドラ引きに備えてんでしょ。すごい丁寧な人でビックリした)《これこそが怠けない麻雀ですよ。いいものを見ました》
177.第八話 持たざるものの矜持 カオリは師団名人戦の一般予選会場初日の受付をやっていた。そういう仕事もプロになるとやったりやらされたりする。新人だと特に断りにくい。キチンと給料は出るので、まあいいかでカオリは今回引き受けていた。「そう言えばユウは?」「いまは麻雀教室(オールグリーン)のことで忙しいから今回は任せるって言ってました」(ほっ、良かった。ユウまでいたらいよいよ面倒なことになる。あのユウが予選落ちするとは到底思えない、参加されたら絶対に厄介なことになるのは容易に想像がつくものね)《随分と弱気じゃないですか、カオリ》(私はいつもこんな感じよ。過去に一度でも私が強気だったことなんてあった?)《……そう言えば無いですね》 色々な人がいたけど、今日の参加者36名の半数近くは高齢者だった。昔からあるクラシックルールというのがお年寄りには馴染みのあるルールなのかもしれない。 麻雀部の女子たちは集まって全員で気合いを入れた。「全員予選通過するぞー!」「「おー!」」 するとカオリが一言。「気合い入れてるとこ悪いんだけどさ…… 今日のこの東京1区予選会場からは上位2名しか予選通過しないからね? 今日の予選だけで全員通過は不可能よ」「ええっ!? うそお! 厳しすぎ!!」「大会予選ってそんなもんだよ。プロ予選だともっと通過しやすいんだけどね。だから、アマチュアなのにタイトル戦優勝とか準優勝してるユウはホントにすごいのよ」「へぇ~~」「さ、もうすぐ時間よ。私も仕事に戻るから、みんな頑張ってね」そう言うとみんな第一試合の卓に移動した。 アンだけは目の前の卓が第一試合だったのでカオリとまだ話していた。「カオリ先輩。私は必ず予選通過してみせます
176.第七話 今が私の全盛期 左田純子は『全盛期』という言葉が嫌いである。こと麻雀においては年齢による衰えなどそうは無いと考える左田は「全盛期なら」などと言うのは言い訳にしかならないと感じていた。 弱くなったらそれは鍛錬が足りないだけ。『期』のせいにする者は日々鍛錬してない者。面倒くさがりな自分を認めたくない弱者の言い訳だ。 もう50代の左田はそれでも「私の全盛はいつだって『今』だ」と言う。 なので第30回雀聖位決勝戦最終局の5面待ちをツモれなかったことについても「全盛期の左田なら軽くツモっていたけどな」などと言う話をされるのが非常に不愉快であった。(舐めるなよ! 私はいつだって全盛だ! たしかに負けた。だが、それは相手だって強いんだから当たり前に起こる事。私が衰えたわけじゃない。むしろ私は…… まだ、これからだ!!) 自分はまだ成長する! これからが一番いい所なんだと。そう言う左田は出版社で新しい企画となる『月刊マージャン部』の編集をする傍らプロ活動にも力を入れた。「私の勝負はまだこれからだ!」それが左田純子の口癖であった。◆◇◆◇ 中條ヤチヨには物語を作る才能があった。就職先が決まったヤチヨはみんなが勉強してる時間に小説を書いていた。 それは『気付いたら年がら年中牌♡握ってた』というタイトルの実話を元にした青春小説だった。ヤチヨがなぜ麻雀部に入ったのか。どうしてこんなにハマってのめり込んでいったのか。今はもう生活の一部になったこの麻雀。それについて熱く語る主人公と、そのライバルや友人の物語である。ヤチヨが麻雀部でも抜け番にそれを書いていて、マナミがふと気になってそれを読んだ。「なにこれ凄い面白いじゃない! 物語のパートだけでなく麻雀の戦術パートもあって解説付きで理論的! しかも、これは私たちで開発した新戦術
175.第六話 クラシックルール カオリはwomanとの別れが近いことを知り、このままではいけないと思った。私もタイトルを獲らないと! と。 これはとてもバカな考えである。タイトルなんてそう簡単に獲れるものではない。生涯に一度でも獲れたものなら大偉業という話なのであるが、何せマナミ、ミサト、ユウという同世代の3人は既にタイトルホルダーだ。カオリがそう思ったのも仕方ない。C3リーグを繰り上げ1位昇級というのも立派な実績なのだが、カオリにはまだその価値はわからない。 カオリは6月から予選が始まる競技麻雀業界史上最も格式の高いタイトル戦『麻雀師団名人戦』に参加することを決めた。ちなみに去年は参加していない。参加は義務ではないし、ルールも30000点持ちだったり飛びなしだったりと普段のものと違った『クラシックルール』を採用しているからまた一から覚えてそれ用の戦略を考えるのが面倒だったのもあった。 しかし、今年の師団名人戦は決勝戦が11月10日なのでギリギリ間に合う。カオリの誕生日は11月11日だ。womanに優勝した所を見てもらうにはこのタイトルを獲るしかない。 クラシックルールに精通しているのはプロ歴の長い成田メグミや杜若アカネだ。彼女たちに教えてもらいながら師団名人戦へ向けてカオリの特訓が始まった。◆◇◆◇ 一方、三尾谷ヒロコと中條ヤチヨは最近麻雀部によく来ていた。「あんた達3年生でしょ。私が言うのもなんだけど毎日遊びに来てていいの?」と心配するのは佐藤ユウだ。ここは佐藤家。当たり前だがユウはだいたいの日はここにいる。「いいのいいの、勉強は学校でちゃんとしてますから」と言うヒロコは大学進学を目指しているはずだが、本当に大丈夫なのだろうか。「私は高校卒業したら鹿島の叔父さんがセット雀荘オープンさせたらしいからそこ
174.第伍話 発熱 4月20日。明日はマナミの誕生日だ。ついにマナミも明日で二十歳。大人とされる年齢である。 その日の夜、マナミは夢を見た。○○○○○〈財前真実さん。ずいぶん強くなりましたね〉「だ、誰?」〈私はラーシャ、あなたに憑いたラシャの付喪神です〉「ラシャ? 麻雀マットのこと?」〈そうです。あなたがお姉さんからもらった麻雀マットを何年も大切に手入れしたので付喪神の私が憑いたんです。私はあなたの勝利をきわめてさりげなくアシストすることに徹していました。 あくまでお手伝いという形で、答えを教えることはせず〉「あっ、たまにビリッとくるのはもしかしてアナタがやってたの?」〈ええ、余計なお世話かとも思いましたが、でも最近は明らかに間違えた選択などはしなくなって来ましたよね。なので、私からのアシストはもう終わりにします。いいですよね。もう大人ですから。神様がいるのは小さい頃だけってのは物語のセオリーですし〉「えっ、いなくなっちゃうってこと?」〈私はいつでもラシャに宿っていますよ。ただ支援しなくなるだけです。見えなくても、聞こえなくても、いつもマナミのそばに――――ピピピピ! ピピピピ!ガシャ! 目覚まし時計が鳴ってそこで目が覚めた。今日は土曜日だがマナミは早番の日なので起きなければならない。 誕生日の日くらいゆっくり休んだら? とカオリは言っていたが早番でさっさと仕事を終わらせて、その後でゆっくりすることにしたのだ。「なんだか、変な夢を見てた気がする……」(断片的にしか思い出せないけど…… 私には付喪神が憑いてて、でももう大人だからいなくなる…