これは僕が、人とは異なる「何か」に変わる、一年間の物語 異人:人間の姿形をしながら、人間とは決定的に異なった体質や性質をもつ異端の存在。 主人公の大学生:荒木 誠 は、ゴールデンウィークのとある一件を境に、そういう存在である彼女たちと、一年間という時間の中で、様々な関係を築くことになる。 吸血鬼の異人:佐柳 琴音 殺人鬼の異人:柊 小夜 旅人の異人:若桐 薫 狼の異人:花影 沙織 雪女の異人:柳 凍子 そんな彼女達と織り成す、あまりにも異質なキャンパスライフ これはそんな大学生活で、滑稽にも青年が、青年然としようとする物語
View More コンビニを後にして数分......いや、そんなに時間が経っていない筈なので、どんなに多く見積もったとしても、時間は数十秒といったところだろう。 僕から一方的ではあるけれど、友人とひとしきり、他愛ない話をして買い物を済ませてから、たったほんの数十秒歩いただけの帰り道...... だからまぁ、予想しようと思えば出来たは筈で、むしろこの場合、こんなことを言ってしまう僕の方がおかしいのかもしれないと、そんな風にも思ってしまう。 しかしながらそれでも......「あのさ......」 まさかまだ、変わらずにそれを携えて居るとは、まだ家に帰らずに、よりにもよって僕の帰り道に居るとは...... そんなこと、思わないじゃないか......「あら、偶然ね......」 そう言いながら、手元の包丁をこちらに見せて、しかしながら彼女自身はそれを全くと言っていい程に、それこそ、その鋭利な凶器すらも自分の身体の一部の様な扱いをしている。 だからきっと僕が、彼女が持つそれに対して多少なりとも気遣いをしたとしても、彼女はそれを、そのことをまったく、気にしない。 気にせずにまっすぐと、こちらを見据えて来る。「......」 何も話さず、何も喋らず、ただまっすぐと......「......」 さっき会ったばかりの、剝き出しの包丁を携えている女の子に見つめられていると、たとえその子の容姿が、一般的にとても綺麗な部類だとしても、その姿は恐怖の対象でしかない。 だから僕は、平然を装いながらも強引に、話を進めたのだ。「それで......こんな所で何してるんだよ?」 もしもこの言葉が、見知らぬ女の子に対してのモノだったら、まるで僕がナンパでもしている様に捉えられてしまうかもしれないが、しかし包丁を手に持っている彼女に対してなら、そんなことはないだろう。 そもそも、その話しかけた女の子が、さっき初めて知り合った女の子なのだから、そういう意味では、
殺人鬼...... 僕はこの言葉の意味を、もういつだったかも、どうしてだったかも忘れてしまったけれど、辞書か何かで調べたことがあって、そしてそこには、『むやみに人を殺す鬼のような悪人』と、書かれていたのだ。 まぁ人間の社会では、殺人というモノが最も重く、最も罪深い行為として認識されている以上、それをむやみに行うような輩は、鬼のような悪人と例えられても、そう言われたとしても、仕方がないのだろう。 人は殺せば息絶える...... そんな当たり前の現象が存在する以上、殺人と言われる罪がなくなることは、決してないのだろう。 しかしながらあくまで、それは『鬼のような悪人』と書かれていたのだ。 それはつまり、殺人鬼という言葉が、その殺人という行為をむやみに行う輩が、鬼のようなその輩が、あくまで人間であるという定義の上で、この言葉は成り立っているということになる。 まぁ、それもそうだろう...... 考えなくても当たり前のことだ。 今ここでこんなことを語っている世界には、人間以上に知識が発達した生き物は存在しないのだから、そんな生き物である人間は、逆に言えば、この世界で『罪』を犯すことができる、唯一の生き物なのだ。 しかしそうなると今度は、そもそも『罪』というモノが何なのかという話にもなってしまう。 もしもそれらが、善と悪の隔たりを決めることが出来る人間が、自らを戒めるために作った様なモノだとしたら...... 果たしてそれらは、明らかに人間とは特異的な違いを持つ者に対しても、当てはまるのだろうか...... 自らのその行為を罪と捉えることが、果たして出来るのだろうか...... あぁ、ダメだ...... こういう言い方をしてしまうと、自らの行いを罪だと自覚できる生き物は、後にも先にも人間だけだという話に、行き着いてしまう。 行き着いて、収束してしまう。 ゴールデンウィークの、急転直下な、あの黄金色の数日間を経て、人間とは程遠い『不死身』という体質になってしまった僕にとって、そういう収束の仕方はあまりにも、都合が悪い。 だからきっと...... これからするこの御話は、そういう都合が悪いモノを捻じ曲げて、引き裂いて、流血を流しに流して、殺されながら前に進む。 痛くて、苦しくて、重くて、辛い...... むせかえる程に酷い血まみ
この場所は、あまりにも寒かった。 時刻はとっくに、深夜を通り過ぎて朝日が昇る手前の時間だ。 これは相模さんからのアドバイスである。『家に帰り、夕食を済ませたら、布団で寝て、そして朝日が昇る直前に、それを持って、この場所に行けばいい、そうすれば君は、彼女に会える。そして彼女に会って、それを使って、君が決めたことを、やればいいさ』 そう言いながら渡された、新聞紙に包まれた物と一緒に渡された小さな紙切れには、ある場所が記されていた。 こんな所に、こんな時間に、女の子が一人で居るのは、それはあまりにもおかしなことだと、普通では考えられないことだと、そう思った。 けれど...... もしもその女の子が『吸血鬼の異人』という存在ならば、きっとそれは異常なまでに、正常な光景なのだろう。 月の姿は見えなくとも、空の冷たい空気と、彼女の姿があまりにも、それがあまりにも、似合い過ぎているのだから...... だからきっと、今彼女はこの場所に居て、然るべきなのかもしれない。 そう思いながら、階段を登り終えた先に視線を移すと、やはり彼女はそこに、風を感じるようにして立って居た。 そして僕は、そんな彼女に声を掛けた。「琴音さん、こんな所で何をしているの?」 その僕の声に気付いた彼女は、振り返り、少し驚いた表情をした後に、言葉を紡ぐ。「なんで......なんで君が、ココに居るの......?」「そんなの、決まっているでしょ?琴音さんを探しに来たんだよ......だからさ......」 そう言いながら、僕は彼女に一歩近づく。 しかしそうすると、彼女は二歩程退いて、僕が近づくことすら拒む。「ダメだよ......来ないで......」「どうして......?」「どうしてって......もう知っているでしょ?私は、人を殺したんだよ......」「うん、知っているよ......僕を刺した通り魔を、あの場で、殺したんでしょ?」 そう僕が言うと、彼女はまた二歩程後ろに退いて、そして僕とは視線を合わせずに、弱々しい声で言う。「そうだよ......殺したんだよ......今まではちゃんと、上手くやっていたのに、それなのに、それなのに私は、あの一瞬だけはどうしても......どうしても抑えられなかった......」「それはどうして......?」「......わ
相模さんが僕に手渡した紙切れは、新聞紙だった。 そしてそれが新聞紙であるならば、おのずとそれには、必然的に記事の内容が書かれていたのだ。 もっとも、このとき相模さんが僕に手渡した紙切れが、本当にただの、何も書かれていない白紙の新聞紙なら話は別だが、しかしそこには、見出しであるのだろう、色彩に富んだ大きな文字で、こう書かれていたのだ。『横浜の夜、吸血鬼あらわる!!連続通り魔を殺害か!?』 その紙切れを見て、そして相模さんの言葉を訊いて、僕は数秒、おそらく本当の意味で、息を吞んだ。「これって......」 そう言いながら、言葉を失う僕に向けて、相模さんは淡々とした口調で言葉を紡いで、僕に事の顛末を説明してくれた。 あのあと、僕が殺された直後に、相手の通り魔の男性は首を吹き飛ばされてしまったらしい、しかしそれを見た周囲の人間は、あまりにも起きたことが異端すぎて、あまりもその光景が異常過ぎていて、まるでそれが、映画か何かの撮影だと思い込んだ人間の方が多くて、すぐに警察や救急車を呼ぶことを判断できた者は、ほとんど居なかったらしいのだ。 しかしそれでも、誰が見ても明らかな首無し死体と、不意を突かれて刺された僕の醜態と、通り魔の首を吹き飛ばした吸血鬼の異人である琴音さんが、その場にそんなモノが三つも居れば、それこそ必然的に、その場はパニックの中心になり果てる。 そしてその場がパニックになった直後、琴音さんはその場から、人間では考えられないような身体能力を駆使して、姿を消したのだ。 そしてその結果が、この新聞記事である。 昨日のことを一通り話した相模さんは、その口調のまま僕に言う。「琴音ちゃんの状態は、謂わばバランスを保っていて、どちらにも倒れない天秤のような状態だった」「天秤......ですか......」「あぁ......片方には君から吸い取った人間性、そしてもう片方には、元からあった、吸血鬼の異人としての異人性だ。けれど君が刺されて殺された現場を、一番近くで目撃した彼女は、そのときの君の血液を、一番近くで目の当たりにした彼女は、彼女の中にあったその半分の吸血鬼の異人性を、一気に膨れ上がらせて、暴走したんだ」「......」 無言で俯いている僕は、そのときの彼の言葉でようやく、相模さんが言っていた、『自覚的であるべきだ』という言葉の意味を、言
矛盾が生じてしまう恐れがあるので、予め言っておくと、僕は彼女のことを、とても綺麗で特別な存在だと、それは間違いなく、今でも思っているのだけれど...... なんだろう、それはなんとなく、そう理解しているに過ぎないのだ。 欲求だとか、下心だとか、色気だとか、そういうモノをまだ、微かになんとなく感じることが出来る筈なのに...... それなのに、ただ綺麗なモノを、綺麗だなって...... 僕は彼女に対して、そういう風な気持ちにしか、ならないのだ。「ねぇ......」「えっ?」 考え込んでいたところに、不意に声を掛けられたから、一瞬だけ思考が鈍くなる。「誠、私に話があるって言ってたでしょ?何の話?」「あぁ、うん......」 一拍置いて、少しだけ言葉を考えて、話し出す。「昨日さ、あのあと相模さんに会ったんだ......」「えっ、アイツに会ってたの?」 そう言いながら、彼女の視線は厳しく、冷たく、鋭さを増す。「あっ......」 言葉選び大失敗。 彼女にとっては、名前を出すべきではない人の名前を、僕は真っ先に言ってしまったのだから...... しかしこの話は、やはりあの専門家である相模さんの名前を出さない事には始まらない。 だから僕は、その彼女の視線に臆せずに、そのまま話を続ける。「うん、昨日あの後の帰り道、偶然会って、そのあとファミレスで少しだけ話をしたんだ」「偶然?へぇーそれで?」 明らかに不機嫌な態度をとる彼女に、やはり僕はそのまま話を続ける。「うん、吸血鬼の異人がどういう存在で、そしてこれから先、琴音さんや僕が、どういう風になってしまう恐れがあるのかも、多分全部ではないけれど、粗方訊いたんだ」 そう言うと、彼女は少しだけ表情を真剣なそれにして、口を開く。「そう......それで、誠はそれを訊いて、怖くなっちゃったの?」 その彼女の言葉に、僕は何故か、とても素直に返事をした。「......うん、そうだね。怖くなった......」 そう言いながら、僕は彼女の視線を見つめる。 その見つめた視線に、彼女が合わせながら話してくれる。「そっか......そりゃそうだよね......」「うん......まだ全然、自分が人間ではなくなったなんてこと、ちゃんと自覚はしていないけれど、でも......それでも緩やかに、けれ
「......でも、琴音さんは別に、人間を襲うわけじゃないんでしょ?」 そう言った僕の声は、自分でも驚く程に小さくて、弱々しかった。 まるで、さっき相模さんが言ったようなことに、彼女が含まれていないことを確認するような言葉を選んでいて、それでいて声は明らかに、僕自身が言った台詞が、相模さんに肯定されることを願っているような...... 何かに縋っているような、そういう物言いを、僕はしていたのだ。 しかしそんな僕の気持ちとは裏腹に、相模さんはそれを、真っ向から否定する。「いいや、それは彼女も例外ではないよ。少なくとも吸血鬼の異人である彼女にとって、人間は
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