これは僕が、人とは異なる「何か」に変わる、一年間の物語 異人:人間の姿形をしながら、人間とは決定的に異なった体質や性質をもつ異端の存在。 主人公の大学生:荒木 誠 は、ゴールデンウィークのとある一件を境に、そういう存在である彼女たちと、一年間という時間の中で、様々な関係を築くことになる。 吸血鬼の異人:佐柳 琴音 殺人鬼の異人:柊 小夜 旅人の異人:若桐 薫 狼の異人:花影 沙織 雪女の異人:柳 凍子 そんな彼女達と織り成す、あまりにも異質なキャンパスライフ これはそんな大学生活で、滑稽にも青年が、青年然としようとする物語
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人間と同じ姿形をしていながら、人間とは明らかに異なった体質や性質を持ち合わせた、異端の存在。この物語の主軸であり、中心であり、中枢を担っているこの言葉を、僕(荒木 誠)はこの春に、故郷である九州から、大学がある神奈川の横浜に来て、初めて知った。
『人間とは異なる』というのだから、この言葉が、人間ではない何かに対して誂われた言葉であることは、なんとなく、初めて知る人にも、理解できるかもしれない。
実際、僕自身も、最初のうちはこの言葉の字面だけを理解していた。
字面だけを理解して、全てを理解した気になっていた。
そう、たったこれだけの説明では、どうしたってこれを理解するには......
完全に理解するには、あまりにも短すぎるのだ。
そしてそうなると、やはりどうしても、字面だけの、上辺だけを救い上げて理解するような、そういうモノになってしまう。
いや......これでは『理解した』ではなく、ただ『知った』だけなのだろう。
ただ見聞を広めて、言葉を知った。
まるで小さな幼子が、はじめてその言葉を覚える様な......
まだ意味も真意も意図さえも知らぬまま、言葉だけを覚えてしまっている様な......
そういう感覚になってしまうのだ。
けれどもし、この『異人』という言葉の意味が、本当にあの短い説明だけで理解できてしまえるようなモノならば、これから語られるこの物語は、そもそも語り始める前に終わってしまう。
それでは物語として、成立しない。
語らずして終わる物語など、成立する筈がないのだ。
それにこれは、その人間とは明らかに異なった異端の者達が、人間だった筈の僕を巻き込んだ、僕が語り部となって語る御話で......だからこれは、僕が大学生になった、この一年を通して起きた出来事の、謂わば経験談のようなモノだ。
いや、もっと端的に、『思い出』とでも言ってしまおうか......
それにもしも、これから語る、この数十万の文字で紡がれる思い出を、例えばたった数十文字に要約したならば、きっとこうだろう......
『最初は吸血鬼に奪われて、次は殺人鬼と過ごした後に、旅人と追い求めて、その後は狼に悪戯をされて、結局のところ、雪女に損失させられる』
そういう御話なのだ。
やっぱり、これではあまりにも、要領を得ない......
わかってはいたけれど......だからまぁ、退屈しのぎに触れてくれ。
異人というモノが居ることを、この横浜という場所で初めて知って、初めて理解する青年が、化け物に囲まれながら、ただ青年然としようとする、そんな滑稽な物語を......
着なれた着物を着こなして、まるで童話に出てくるような、不思議な綺麗さを持っていた少女。 あの夏休みの熱海旅行で遭遇してしまった、想い人の思いによって重さを与えられてしまった、旅人の異人となってしまっていた幽霊の少女。 そして今でも、その後遺症のせいなのか、成仏出来ずに様々な所を旅する浮遊霊的な何かになってしまった... そのせいで、彼女は僕以外からは、認識されることはない。 そこに彼女が居たとしても、そういう風には誰も見ない。 そんな存在に、そんな概念に、彼女は成ってしまったのだ。 しかし... しかしそれでも、そんな、怖くない筈がない自分の状況でも、彼女は外を見たいと思いを馳せて、遠路に花を掛けるのだ。 高貴で高尚な、桐の花を... 時刻はお昼を過ぎた十五時頃 目的の物は早々に買い終えて、そんなに時間を使わずに帰るつもりだったのに、どうやらそういうわけにはいかなくなってしまったみたいだ。 なぜなら今、僕はその浮遊霊的な彼女を連れて、普段なら確実にスルーしているであろうパンケーキのお店に、来ているからだ。 いや...この場合、連れて来られたのはむしろ僕の方なのだろう。 僕と一緒に居なければ、誰からも認知されることがない幽霊的彼女は、とりあえず今は、事ここに至っては、普通の客として周りから認知される。 それはあの時の最後もそうだった。 だから彼女は、あのときも僕と一緒に、電車に乗ることが出来たのだ。 だからなのだろう… だから彼女は、僕と会ったことをいいことに、今日まで彼女がずっと入りたいと思っていたお店に、僕と共に入ったのだろう。 そして今まさに、目の前に座る彼女は瞳を輝かせ、そのお店のメニュー表を見ているのだ。 そんな彼女に、僕は少しだけ戸惑いながら、声を掛けた。
日曜日、あまりにも急な話かもしれないが、僕は今、横浜駅前に位置するとある商業施設に来ている。 いや、まぁそうは言っても、先日花影と話した時に、結局僕と柊は、彼女に協力することになったわけで... それでもって今日は、その文化祭の実行委員で使うであろう様々な道具を買い揃える為に、この場所に来ている。 だからそう考えると、別段僕にとっては急な話というわけではなくて、むしろ明日からは本格的に仕事が始まるため、その前日にあたる今日に買い物を済ませておくことは、僕にとっては普通のことで、当たり前のことなのだ。 しかしながら... しかしながら、別に『様々』と言っても、そこまで多数のモノを買うわけではない。 強いて言うなら、ノートパソコンとその周辺機器くらいだろうか。 実は先日、文化祭実行委員の業務内容の一つであるデスクワークの大半は、皆自前のノートパソコンを使用するということを、花影に言われたのだ。 データ流出等の危険性を未然に防ぐ為の試みだそうだ。 まぁしかし、これに関してはもうそろそろ大学で貸し出されている物を使うのではなくて、自分専用のモノを買うべきだとも、思っていたところだった。 後期からはカリキュラムに『実験』が含まれたことで、その実験に関するレポートを、毎週作成して提出しなければいけないのだ。 そうなると流石にその都度大学にパソコンを借りるのは、非効率だし面倒くさい。 そう考えると、どちらかというと、実行委員の仕事のためというよりも、自分のこれからの生活の為に買うといった方がしっくりくる。 どうせ長いこと、使うであろう機械なのだから。 「ん...あれ...?」 そんなことを考えながら店に入ろうとすると、丁度目の前に、周りの人達とは一風変わった姿をしている女の子を見つけた。 まぁ『変わった姿をしている』と言っても、その姿がまるで人間離れしたモノであるとか、そういうことは一切ない。 姿というのは、いわゆる見た目というか、服装という意味で、その女の子の服装は、他の人達とは違い、着物姿だったのだ。 そう、昔ながらの、まるで日本の昔話に出てくるような、童話に出てくような、色あせた着物。 そしてそれでいて、周りからはそれを不審に思われていない様な、そんな風貌の、中学生くらいの年齢の女の子。 もしもその子が、見知らぬ女の子であるならば
「…」 「…」 その言葉で、一体何のことだかわかっていない僕と、苦笑いをしながら反応する花影。 そしてこのときは、どちらもまるで違う心境で、同じように言葉を失ったのだろう。 そしてそんな僕たちを見て、少しため息をつきながら、どうやらソフトクリームの方は食べ終えたらしい柊が、話し出す。 「文化祭が行われるのは十月の末を最終日に据えた2日間。つまり初日は十月三十日なのよ」 「あぁ、まぁそうだな」 「それで荒木君、今日は何日かしら?」 「今日は…えっと…」 唐突に言われたので、携帯で日付けを確認するのが遅れてしまう。 しかしそんな僕よりも、前に座っている花影がすぐに答えてくれた。 「十月十日です…」 「そう、つまりもう本番までに、二週間と少ししかないの。それなのにこの今の段階で、仕事がほとんど終わっていなくてはいけない筈の今の段階で、仕事どころか人員も、粗方目処が立っているという状況なのよ」 「あっ…」 そうか…そういうことか… そんな風に気が付いた僕の反応を見て、前に座る花影は、何か取り繕うのを諦めたかのように、話し始めた。 「小夜さんのおっしゃる通りです。例年であればこの時期は、設営以外の仕事は完璧に終わってなくてはいけない筈なんです。ところが数ヶ月前から少しずつ、仕事の遅れが出て来てしまっていて…気が付いた頃には、もう今居る人達ではカバー出来なくなってしまっていて…」 「具体的には何の仕事が、どのくらい遅れているの?」 「パンフレットの印刷と、露店販売に参加するサークル名簿の整理と、あと…」 「あと…?」 「開催二週間前から、参加サークルへの事前訪問をしなくていけないんですけど、そちらに回せる人員がなくて…」 「なるほどね。つまり私達は、その遅れている仕事と、二週間前から始まる事前訪問を手伝えば良いってことよね?」 「はい…その通りです…」 そう言いながら、花影はまた苦笑いを浮かべていた。 そしてそれとは対象的に、余裕そうな顔で彼女を見つめて、柊は答えた。 「…わかったわ、その仕事、私と荒木君が引き受けてあげる」 そう答える柊の表情は、なんだか少しだけ大人美て見える気がした。 けれどもその表情は、きっとこの前僕に話した、柊の悪い癖なのだろう。 そう、彼女はただ、後輩の前では格好良く在ろうとしているだけ
そんな風に、そもそも最初からそんな気がなかった癖に、そんなことを考えながら、僕はその花影の言葉に返答した。 「あぁ...まぁ僕なんかでよかったら力になるけど...でもさ、こういう行事の実行委員って、前期の時から粗方人が揃っているモノだろ。そんなところに、こんな本番直前の時期から、まるで素人の僕が加わることに、一体何の意味があるんだい?」 そう、大学の文化祭ともなると、高校や中学までのそれとは違い、桁外れに人員数や仕事量が多くなるということは、まるでそのことを知らない僕でさえも、容易に予想が出来ることだった。 有名人を呼んでの座談会や、ステージ設営の手配、新しい企画の立案に、各サークルの露店販売の申請などなど… そもそも規模が違うのだ。 そんなところに、まるでそれらの経験がない僕なんかが参加したところで、何か出来るモノなのだろうか… しかしそんな僕の問に対しての返答は、思っていたよりも気楽だった。 前に座る花影は、ニッコリと笑いながら、応えてくれる。 「荒木さん、そんな風に考えくれていたんですね。ありがとうございます。そうですね、たしかにその通りです。実を言えば人員も仕事も、今の段階で粗方問題なく、ちゃんと目処が立っているんです」 「えっ…じゃあどうして、僕を…?」 そう僕が言いかけたところで、横に座る柊がいきなり横槍を入れて来る。 「荒木君、沙織の話をちゃんと聞いていなかったの?沙織もダメじゃない。この男はちゃんと言わないとわからないわよ?」「…」 「…」 その言葉で、一体何のことだかわかっていない僕と、苦笑いをしながら反応する花影。 そしてこのときは、どちらもまるで違う心境で、同じように言葉を失ったのだろう。 そしてそんな僕たちを見て、少しため息をつきながら、どうやらソフトクリームの方は食べ終えたらしい柊が、話し出す。 「文化祭が行われるのは十月の末を最終日に据えた2日間。つまり初日は十月三十日なのよ」 「あぁ、まぁそうだな」 「それで荒木君、今日は何日かしら?」 「今日は…えっと…」 唐突に言われたので、携帯で日付けを確認するのが遅れてしまう。 しかしそんな僕よりも、前に座っている花影がすぐに答えてくれた。 「十月十日です…」 「そう、つまりもう本番までに、二週間と少ししかないの。それなのにこの今の段階で、仕事が
その柊の言葉で、また僕も、あのときのそれを思い出してしまう。 だからきっと、こんな普通なら関わらない、そんな場所に駆り出されるとしても、それは仕方がないことなのだ。 だからせめて、抗うように、僕はあのときとは違う言葉で返す。 「そうかい…そりゃよかったよ…」 時刻はお昼を差し掛かった頃だから、十二時かそのぐらいの時間だろうか。 僕は柊と大学内にある喫茶店に来ていた。 しかしながら大学内の喫茶店と言っても、別段特別にメニューが面白いわけでも、大学生向けに安価な値段で商品を提供しているわけではない。 とこにでもあるような、変わり映えのないメニューが、変わり映えのない値段で売られているだけだ。 しかしもしそんな中でも面白さを挙げろと言うのなら、我大学の名前、神野崎大学の名前が付いたソフトクリーム、『神大ソフト』が、二百円という比較的安価な値段で売られているくらいだろうか。 ただのソフトクリームに、チョコレートやらイチゴやらのソースが掛かってているだけなのだが、何故だかこの大学の名物になっているらしい。 そんなソフトクリームを注文して、黙々とそれを食べている柊と、その隣で紙コップに入ったコーヒーを啜る僕は、今一人の少女、柊の高校時代の後輩で、今は同輩であるこの少女... 花影 沙織 (はなかげ さおり) を、前にして居るのだ。 『便利な奴』と、そういう風に言われたあの日以来、そう日数を置かないうちに、僕は例の、柊の元後輩である花影を、紹介されることになった。 薄いフレームの赤渕メガネに、綺麗に切り整った肩口までの髪型で、それでいて服装は奇を衒わず、今の季節や流行を押さえた、大学内でよく見る女の子的な服装。 そして話し方は、初対面の僕や高校時代からの先輩である柊にも、なるべく適切丁寧な言葉遣いを心掛けているような、そんな印象が見受けられる、物静かな少女だった。 「小夜先輩、荒木さん、今回の話を引き受けて下さって、本当にありがとうございます。」 最初の挨拶もそこそこに、本題に入ろうとするその彼女の言葉は、なんだか少しだけ、たどたどしさを感じた気がした。 しかし彼女は、そう言いながら小さく僕たちに頭を下げるのだ。 それに柊のことを下の名前で呼んでいることから、この2人の間柄はかなり深いモノのような、そんな気もしてしまう。 これは.
大学という教育機関は、中学までのような義務教育ではなく、また高校のような場所とも違い、全国の様々な場所から、様々な年齢層の奴等が集まる場所だ。 だから別に、同期の中で多少の歳の差が生まれることも、しばしばあることなのだ。 だから僕は、そんな彼女に対して、小言の様に言うつもりはないけれど… やはり友人なら、思ったことは隠さずに言うべきなので、言おうと思う。 「あのな…そういうことは出来れば最初に言うべきじゃないのか…残念ながらもう僕は柊のことを歳上として扱うことが出来る気がしないんだけど…」 結局、小言になってしまった。 しかし当の彼女は、それを聞いても何も思うところが無いような声で、無いような表情で、応答する。 「あら、別にいいわよそんなこと。荒木君とだって学年は同じなんだし、それに今さら歳上扱いされる方が、なんか変な感じがして気が休まらないわ」 「…そういうモノなのか…?」 「そういうモノよ。それに私たち、そもそも出会いがあんなんだったんだから、そんなことにまで気が回らなかったのも無理はないでしょう?」 「あっ…」 柊のその言葉で、僕は思い出す。 彼女との出会いを、思い出す。 夏休み前の前半最終… あれはどう考えても、散々な日々だった… なぜなら僕は、今日この場に同席している僕の友人 自分のことを押し殺すことで他人をも惨殺するようになってしまった… 僕とは違い、殺人鬼の性質を持ってしまった少女… それでいて今はもう、都合よくも普通の女子大生である、謂わば元異人 あの血の匂いが絶えない、青春の日々を共に過ごしたこの少女 柊 小夜 (ひいらぎ さや) に、殺されていたからだ。 ころされて、コロサレテ、殺されて… それでいて僕もまた、死ねない身体の、不死身の体質を持った異人であるばっかりに、彼女との関係を持ち続けてしまっている。 あのときに、あんなことをされたのに… あんな風に、殺されたのに… 未だに僕は、この柊という少女との関係を、裁ち切れずに大切に持ち続けてしまっているのだ。 出会い頭に殺されて、その後は付きまとわれて、それで最後も殺されて… そんな咽返るような、血の匂いが絶えなかった、あの日々を思い出す。 女の子と共に、同じ部屋で寝た、謂わば青春の日々を… 僕はその柊の言葉で、思い出したのだ。
Komen