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第727話

Author: 小春日和
突然、真奈は眠りから目を覚ました。目の前は真っ暗で、周囲は静まり返っており、人の気配などまるでなかった。

「黒澤はお前が俺に捕まったと知ったら、どんな顔をすると思う?」

立花の声がまだ脳裏にこだましていた。真奈は何かに気づいたように、すぐに身を起こして布団をはねのけた。だが次の瞬間、激しいめまいが襲い、視界がぐらついた。

飛行機の中で、立花は自分に何を注射した?

どうして体にまったく力が入らないの?

「パタン!」

突然、部屋の照明がぱっと点いた。真奈が顔を上げると、そのときになってようやく、自分が今どこにいるのかがわかった。

部屋は広々としており、フランス・バロック様式を模した装飾が施されていた。華やかで明るく、高貴な雰囲気を漂わせているが、一方で煩雑な彫刻が隅々にまで施されており、ベッドの正面には巨大な人物画が飾られていて、その存在感が胸を圧迫してくるようだった。

「瀬川さん、ボスがお着替えをさせてくださいとおっしゃっていました」

その声を聞いて、真奈はようやく入口に立っているメイドの存在に気づいた。

その耳に馴染みのある声が届いたとき、彼女の中に信じがたい感情が湧き上がった。

目の前に立っていたメイドは他でもない、以前自分が証拠を託した桜井だった。

「……あなたなの?」

真奈の弱々しい声には、明らかな困惑と信じられないという思いがにじんでいた。

真奈が立花に拉致されて雲城へ連れて行かれたあの時――出発の直前、彼女はすべてを桜井に託し、森田の携帯を持って海城へ戻るよう頼んでいた。

当初は、桜井が海城に到着してから黒澤たちとすれ違ってしまったのだと思っていた。後には大塚に頼んで桜井の行方を探させたが、結局手がかりは得られなかった。

まさか、桜井が再び立花のそばに現れるなんて、真奈には到底信じられなかった。

桜井は真奈の目を見ることができないようだったが、それでも手にした服を抱えて近づき、淡々と告げた。「瀬川さん、お着替えが終わりましたら、私についてホールへお越しください。ボスがお待ちです」

立花社長ではなく、ボスだ。

あの客船の中で、桜井こそが最も純粋で無垢な存在だと信じていた。

けれど今となっては、彼女は完全に見誤っていた。

真奈は桜井を鋭く見つめながら、低い声で問いかけた。「……あなた、最初からずっと立花の味方だったの?
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