「リラ !! 」
薄らと意識が戻る。い心配そうに覗き込むセロの顔が見えた。
「セロ……わたし……」
なんだっけ ? どうしてここにセロがいるの ?
そうか……後からわたしを見付けに来てくれたんだ……。「怪我は !? 」
怪我 ?
凄い剣幕……頭が追いつかない。 わたし、寝てたんだっけ…… ?なにかの不快感で自分の手を見る。そこには見慣れない銃が握られていた。
「きゃっ !! 」
思わず放り投げ、そして周囲の異常に気付く。
頭蓋や胴体の吹き飛んだ人の残骸。「…… !! ち、違う ! わたしじゃない ! 」
「いや、お前が銃を手に……」
「わたしじゃないんだってば !! 」
そうだ ! 何かが !!
誰かがわたしの中にいた !「リラ、もういい。出よう」
「セロ……でも……」
セロは狐弦器を背負ってた。そういえば、最後にそれを見た記憶がある。その後、記憶が途切れ途切れに……。
「山賊……よね ? これ、人だよ ? わたしが…… ! わたしがやったの !? 」
「多分そう」
わたし、人を殺したの ?
「山賊の根城に女一人誘拐された。正当防衛だろ」
本当はそんな簡単な問題じゃないよね。
でもセロはわたしの肩を持とうとする。「覚えてない ? 」
「途切れ途切れなの。
テントにいたら物音がして、頭を出したら捕まっちゃった。村人達はアナスタシアの屋敷に来ると、まずは寝たきりの村長にそれぞれの挨拶を交わす。皺の多い顔に戻らない意識。 それでも手を握り締め、感謝をするように皆は語りかける。 メイドが一人、それを世話し、案内人として動く。 村長の部屋を後にした家族から、大広間へと通される。「どうぞ」 開かれた大広間は天井がガラスで、大きな満月がよく見えた。 キャンドル以外の照明アイテムはないが十分な明るさだ。 村人は用意された長椅子に座る。この大広間こそが聖堂なのだった。 何列もある長椅子と大きな祭壇。「お嬢様、最後のご家族の支度が済みました」「ありがとう、お爺様のお世話に戻っていいわ」「はい、なにか御座いましたらすぐにお呼びください」 メイドが立ち去ると、村民達も自然に口を噤む。「今夜も綺麗な月ですね。幾年月、こんなに平和でいられるか。わたしたちは幸せです」 アナスタシアが祭壇の前でしっとりと話し始める。 しかし、その様子は通常の聖堂とは違っていた。あるべきはずの、神の像がない。どんな聖堂でも、石製、木製に関わらず、信仰する精霊や神の像を建てるのが慣わしなのである。 像が無いどころか、大きな聖杯がアナスタシアの左右に置かれていた。それは彼女の半身以上もある大きさである。「それでは祈りましょう」 アナスタシアの言葉に、村民は胸の前で手を組んだ。「我らの聖杯よ、今宵も命の水を与え給え」 暫く続く詩のような祈り。 それは紛れもなく呪文のようで、呪文ではない言葉だった。正しくは、呪文は精霊や神に対する感謝や助けを乞う言葉である。しかしアナスタシアの口からはそれらの信仰対象の存在は無かった。「我らに恵を。平和の為の命の水を」 詠唱が終わると共に、前列の家族から順に立ち上がりアナスタシアの前へ出る。母親の手の中には持ち運びが出来る壺が抱えられていた。 アナスタシアは大きな柄杓に似た物で、聖杯の中から壺へと注いで行く。 続いて次の家族も総出で
馬車に乗せられたリコとセロは、水の泉を飛ばし、運良くプラムの村に早目に到着する事になった。医者が手配され、大事には至らなかったが、汚物に塗れた冒険者に村人は呆れ返っていた。 リコ達が食べたベリーはプラムだけではなく、アリアでも他の北国でも群生し、毒があるのは現地の常識だったのだ。「全く、わたしとお嬢様がいなかったらどうなっていた事か」 女剣士が欠伸をしながら、ベッドに寝かされた二人を見る。 その傍で、三つ編みの少女は興味津々な様子でセロの狐弦器のケースを眺めていた。「お嬢様、なにか気になることでも ? 」「マシュラ、この狐弦器のケース、とても高価な物だわ ! 中もきっとそうね。マシュラが彼を持ち上げた時も、無意識でケースを手放さなかったもの」「まぁ、吟遊詩人にとっては商売道具ですからね」 マシュラと呼ばれた女剣士は、護衛対象の娘を見下ろし不安にかられる。「お嬢様、もう夜です。お屋敷に戻りませんと集会に間に合いません。この二人は明日まで目覚めない」「そうね。でも他の人の目に付いたわ。今日は彼女達の護衛についてちょうだい」「いけません ! お嬢様」「マシュラ、お願い。それに、夜のお屋敷は安全よ。村の人より部外者の二人の方が異質なのだから」「……ええ。それはごもっともです……。 では、お気をつけて」 三つ編みの少女は無邪気に笑うと、病室から出て行った。靡いたワンピースの裾が花のようにふわりと翻る。「アナスタシアお嬢様……」 □□□□□□□□□ 村と言うには、どれも豪勢な石造りの建物だ。 地図上に村として記してあるプラムの村は、冒険者にとっては旨味がない辺境である。 財力のない冒険者はグリージオのような支援金制度のある街を目指す。 そして腕に自信のある者たちは、リコのいたレベルの高い魔物のいる高山を目指すが、流石に考え無しに雪山の集落を目指すほど安易ではない。魔物は強くなれば強いほど遭遇率も落ち、勿論一度出会したら命に関わる討伐となる希少生物なのだ。故に一度は
旅に出る前……わたしが雪山の山小屋集落でうじうじしてた頃は何も思わなかった。 ジルから、セロがわたしと旅に出たがってるって聞いた時は、嬉しかった。 レオナの言う通り塞ぎ込むより、自分から仲間を探しに行く旅もいいかもって。 だからあの時、急な状況よりもわたしの心は浮かれてた。細かいことなんて考えなかったもの。 でも旅をしてれば必ずこんな事も起きる。「……っ」「……」「ね、ねえ。セロ。ちょっと先に行っててくれる ? 」「……いや。そろそろ次の森に入る。単独行動は控えてくれ」「ト、トイレよ」「なら……ここで待つ。そこの草の影で……別に見たりしない。鳩を連れてけ」 そういう問題じゃない ! それにあの草、すぐそこじゃん、近すぎるわ !「いや、でも。わたしも……ほらあの草薮は風上だしさ。匂いとか……」 気付いて !「別に気にならんが ? 」 気にして !! そこは気にして !!「わたしは恥ずかしいの ! 」「そうか。じゃあ、風下のそっちで……」「違うの ! もっと距離を !! 」「危険だ」 危険なのはわたしのお腹なの !! うえ〜ん、なんで ? 空腹で急に食べたから ?「なんでそんなに一人になりたがるんだ ? 」 深い意味は無いの !!「あの、あのね !! 」 ギュルルルルルウ…… !「くっ !! 」「もう、腹減ったのか ? 」「お腹壊したの !! 察してよ ! 出来ないわよ !
「カイが先か。しかし……人より丈夫だとしても、生身の人間であるカイが先 ? レイ、おかしいと思わないか ? 」 カイは大陸の最西端。 ドラゴンが攻撃を受け、命からがら逃げ惑ったとしても、他の大陸まで逃げ及ぶようなことは無い。本能的に飛龍同士のテリトリーを理解している。 例え討伐中シルドラが大陸を一周したとしても、一番遠いのはカイのはずだ。 何故、シエルの連絡が遅いのか。 レイはポーカーフェイスのまま答える。「シエルは魔力も少なくなってたからな。落ちた時に怪我はなかったが、回復まで時間がかかるのかもしれない」「いや、白魔術師には精霊や神の守護がある。魔力切れ程度では死にはしない幸運者だよ。 身体が不自由になっても、魔力があれば俺たち凡人より出来ることが多いだろ ? 」 エルはシエルの知る術の半分以上を把握している。単純に博識なだけで、シエルが直接言った訳ではない。 最もこれだけ頭が回転しなければ、若くして王になどなれないのだ。 事実、シエルはエルより先に、カイと共にリラとセロの二人に会おうと企てている。 エルがシエルを疑問に思ったところで、レイも勘づく。シエルはリラと合流を優先しているのでは ? と。「……シエルを先に探そう。リラはあとだ」 この言葉に、レイはホッとする。 セロはリラに対して淫らな感情は無い。それ以上に女性嫌いときている。今、懸念するべきは、リラをエルに引き合わせ、強引にセロと引き剥がされることだった。 リラに好意があるレイにとって、リラをセロに預けるままにしているのは気がかりではある。しかし、リラの自由を誰よりも願うのもレイなのであった。 この暴君な王からリラを守りたかった。「シエルの捜索は俺がやるよ。リラも見つかったんだ。いいだろ ? 恐らく、シエルはあの性格だ。どこかで面倒事を断りきれずに足止め食らってるのさ」「……それだけならいいけれど。白魔術師は珍しいからな&he
「これ、木の実だ」 セロが通りすがり、川へと垂れ下がるように育った木を見上げる。樹木に野イチゴのようなツタが絡まり枝の先にモコモコと実をつけている。「食べれるの ? 」「鳩を近付けて見よう。動物が食えば少なくとも死に至る果実じゃない」「よし ! 食って ! 」『ポ、ポポ !? 』 髪に絡みつく鳩を掴んで木に乗せる。 鳩はフンっといいながら、その木の実を咥え、ツッツッと喉へ押し込む。「「食える !! 」」「おい、結構あるぞ !! 」「は、半分食べよ !! 少し持って出発するとして ! 早速食べよ ! 」『ポ……』「「鳩邪魔 !! 」」 両手でむしってガツガツと頬張る。「ん、甘〜い !! 」「ああ。ジャムのようだ」「口の中真っ赤 ! 」「気にしてられん。とにかく食うぞ」「んむ、ング。美味しい……」「はぁ〜。お腹いっぱい。でもまだまだなってるね」「甘いものってそう大量には入らないよな。残った物を包んで持って行こう」 スカーフを取り出すと、食べ切れる分だけを摘んでいく。「実の付きがいい木だな」「ね。でも生き返った ! 」「これでよし。もし食べきれなかったら煮込んでソースに出来る。 プラムを目指そう」「おー ! 」 ふふ、お腹いっぱいになったらなんだか楽しくなってきた。 シエルのお陰で大手を振ってグリージオに向かわず済むし、プラムに着いたらまず宿屋で身体を流して……。「……」「どうかしたか ? 」「あの、さ。わたし達がアリアの聖堂で貰ったチップの金貨って……まさか」「ああ。テントと共に落ちたが ? 」 嘘でしょ…
「なにか来る ! 」「何あれ、鳥…… ? って、なんかこっちに急降下してくるわ」 ヒュオ !! 「射落とす ! 」「待って、ただの鳩だよ ! 」 わたしが手を伸ばすと、鳩はスピードを緩める。ここまま抱えようとすると、柔らかな鳩胸をボフっと収めてくれた。『ポプ ! 』 わたしのの手を傷付けないよう、脚をそっと乗せてその瞳をじっと見つめてくる。「……この鳩……なんだか魔力を感じるかも……」 次の瞬間、鳩の目の色が変わる。 真っ赤になったその目玉がふとそばの草むらへと逸れる。釣られてわたしたちは草むらを見ると、薄ら草薮の前に人型が現れた。「な、何 !? 誰っ !? 」「これは……白魔術 ? お前の仲間じゃないのか ? 」 セロの問いに、完全な人型が答える。『僕はシエル。白魔術師で、元パーティのメンバー』「これ、会話できるの ? 」『完全な会話じゃない。思念として送ってる。僕自体の意見や性格は変わらないけど、 会話とは違うんだ』「そういう……魔術なのね…… ? 」『ところで、吟遊詩人になったって本当 ? 』 目の前に現れた十歳程の子供。不釣合いなほど位の高い法衣を着こなし、わたしを見つめる。「う、うん。そうなの。セロは……凄い奏者で、わたしは彼の音楽無しでは生活できない ! 」『……そう。 僕は動物の目を使って遠くを視る魔術が使える。カイは今、モモナ港からグリージオを目指してる。何も状況を知らない。 僕がいるのはすぐ近くのコッパーの村。このままなら一番最初に合流するのは僕とカイ。 この鳩に、二人の状況を聞いたよ。記憶が無いんだね、リラ』 合わせてセロが地図を広げる。「カイが既に出発しているなら……コッパーまでは歩きで一日、二日か……」『リラは魔族の血を引く者。グリージオのエルンスト王は仲間だけど、DIVAを使っての旅は反対するかもしれない。 加えてリラの魔力が凄まじいから、定期的に余った魔力を僕がデトックスする必要がある。 でも極端な話、僕がいればリラはグリージオの聖堂からも追われず、魔力を使い余すことなく、安全に旅が出来るってこと』「あの ! あの……わたし、実はグリージオには……」『戻らない気だね。鳩から記憶を共有した。 リラ、森をひとつ焼くなんてどうかしてる。 でも、健全に音楽がやり