The Severer's Bargain

The Severer's Bargain

last updateLast Updated : 2026-11-05
By:  Patricia Dickson Updated just now
Language: English
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Publicly humiliated and stripped of her collar at her own Ascension ceremony, omega Briar Vane has nothing left-no pack, no protection, no name worth keeping. A stranger-Alpha's contract marriage saves her life. Still, it can't save her secret; the power she's spent her whole life burying marks her as the last heir of a bloodline every ambitious Alpha on the continent has been quietly hunting for twenty years. As Briar rises from disgraced omega to the most feared Binder the Accord has ever seen, she gathers four men whom each want a place in the life she's building-and sets out to dismantle, clause by clause and truth by truth, the man who orchestrated her ruin before she ever knew his name.

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Chapter 1

CHAPTER 1: THE ASCENSION

十月の榊ノ湯は、日が落ちると急に冷え込む。

神崎楼の玄関先では、庭の楓が色づき始めていた。夕食を終えた宿泊客が浴場へ向かい、賑わっていた廊下にも少しずつ静けさが戻ってくる。

「女将さん、明日の朝食ですが、七時をご希望のお客様が一組増えました」

フロント係から差し出された連絡票に、綾乃は目を通した。

「三〇二号室の方ですね。昨日は八時と伺っていましたけれど、変更されたんですね」

「はい。明日は早めにお出かけになるそうです」

「わかりました。厨房の準備時間を確認してから、お客様にお返事しましょう。朝食会場の担当者にも伝えてください」

綾乃は連絡票をいったん預かり、予約管理画面と翌朝の配膳予定を照らし合わせた。七時台はすでに希望が集中している。調理場に確認すると、開始を十五分ずらせば無理なく対応できるという返事だった。

「お客様には七時十五分でご案内を。もし早い時間でないと難しいようなら、改めてご相談を受けます」

「承知しました」

係が戻ろうとしたところで、綾乃はもう一枚の用紙に気づいた。

「こちらは、明日の清掃の割り振りですね」

「はい。別館の担当者が一人、午前中に通院することになりまして」

綾乃は表を確かめ、連泊客の部屋とチェックアウト予定の部屋を指で追った。

「では、午前中は退室済みのお部屋から進めましょう。急がなくていい部屋は午後に回せます。休憩時間まで詰めないよう、責任者の方と調整してください」

「ありがとうございます。助かります」

フロント係が去ったあと、綾乃は一日の引き継ぎ事項をまとめた。館内の設備不具合は施設担当へ、食事の変更は厨房と接客担当へ。伝えたつもりで終わらせず、誰が受け取ったかまで確かめる。

宿の仕事は、目立つ場面ばかりではない。客に気持ちよく過ごしてもらうためには、その裏側で小さな調整を積み重ねる必要がある。

女将になってから、綾乃はそのことをいっそう強く意識するようになっていた。

時計は午後十時を回っている。最後の記録を保存して席を立とうとしたとき、事務室の電話が鳴った。

「綾乃、まだ残っているか」

夫の隆哉だった。

「はい。今、引き継ぎを終えたところです」

「少し話がある。社長室に来てくれないか」

「わかりました。すぐ伺います」

用件は告げられなかった。綾乃は机の上を片づけ、社長室へ向かった。

社長室の扉を開けると、隆哉は窓際に立ち、温泉街の明かりを眺めていた。机には何枚かの資料が重ねられている。

「お疲れさまです。何か急ぎの確認でしょうか」

「いや、座ってくれ」

綾乃が向かいの椅子に腰を下ろすと、隆哉も席に戻った。昼間、取引先と話すときと変わらない、穏やかな表情だった。

「綾乃。女将を降りてくれ」

綾乃は、すぐには返事ができなかった。

今聞いた言葉を頭の中で繰り返す。女将を降りる。休みを取るという意味でも、仕事の一部を誰かに任せるという意味でもないのだろう。

「……理由を、聞いてもいいですか」

「これからの神崎楼には、新しい経営方針が必要なんだ」

隆哉は机の資料に目を向けた。

「創業から百三十年近くになる。伝統は大切だよ。でも、それだけを守っていれば客が来る時代じゃない。若い世代にも選ばれる宿に変えていかなければ、先がないと思っている」

綾乃は頷いた。それ自体は、以前から二人で話してきた課題でもある。

「私も、変えていく必要はあると思います。予約の入り方も、お客様が求めるものも、昔とは違いますから」

「だったら、わかるだろう」

「いえ。改革が必要なことと、私が女将を退くことは、別の話だと思います」

隆哉の目が、わずかに細くなった。

「お前は今のやり方に慣れすぎているんだ。日々の運営をきちんと回しているのは認める。けど、これから求められるのは、それだけじゃない」

「新しい取り組みに反対しているわけではありません。何を変えるのか決まれば、現場と相談して進めることもできます」

「その進め方自体を、見直したいんだ」

綾乃は膝の上で手を重ね直した。

隆哉は商談でも、結論を急ぐより相手の考えを聞く人だった。今も声を荒らげてはいない。ただ、綾乃が質問するたび、答えは少しずつ遠ざかっていく。

「私の仕事に、何か問題がありましたか。お客様からご指摘があったのなら、確認したいですし、従業員との連携に不足があるなら改善します」

「そういうことじゃない。誰かが悪かったという話をしたいんじゃないんだ」

「では、どうして私であってはならないのでしょう」

隆哉は答える代わりに、指先で資料の端をそろえた。

「俺は社長として、神崎楼の将来を考えなきゃならない。今の規模の宿を維持するだけでも金がかかる。新しい客を呼び込むためには、思い切った判断が必要になる」

「それはわかります。でも、女将が代わることで、何がよくなるのかを教えてください」

「今ここで、一つひとつ説明しなければいけないのか」

責めるほど強い声ではなかった。それでも、綾乃の胸は小さく縮んだ。

同じ旅館で働き、夫婦として暮らしている相手に、仕事を退く理由を尋ねることさえ難しいのだろうか。

「説明してほしいんです。私にも、引き継ぐ責任があります。今日まで担当してきた業務を、明日から急に誰かに任せることはできません」

「明日すぐに全部変えろと言っているわけじゃない」

「それなら、いつ、どのように変えるおつもりですか」

「細かいことは、これから詰めればいい」

綾乃は黙った。客室の不具合や人員の調整なら、確認すべきことを順に整理できる。けれど今は、肝心の理由がわからないまま、結論だけを受け入れるよう求められている。

隆哉の言う改革には賛成できる。神崎楼を続けていくために、新しい発想が必要なことも理解している。それでも、自分が退くべきだというところにだけ、どうしても考えがつながらなかった。

「隆哉さん。私にも考える時間をいただけませんか」

「もちろん、話し合う時間は取るつもりだ」

その返事に、綾乃はわずかに安堵しかけた。

しかし隆哉は、すぐにこう続けた。

「ただ、後任については、もう考えてある」

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