Mag-log inくそっ…!なんでこうなった!?ガシャーンッ!!耀は苛立ちを晴らすようにリビングのガラステーブルを思い切り蹴りつけた。「キャーッ!!」粉々になったガラス片が辺りに散らばり、飛び散った欠片で笑の足が僅かに傷ついた。「痛っ…!」触ってみると指に血がついて、笑の顔が青ざめた。「お父さん!」「うるさい!!」荒い息を吐きながらギロッと睨みつけられ、笑は言葉を失った。「お前のせいだ!お前のせいで、我が家はもうおしまいだ!」せっかく福が真田当主の側付になったというのに!これからどんどん良くなっていくと思っていたのに!「この出来損ないめっ!!」バシッ!!今度の平手打ちも容赦なく、笑はそのままガラス片の散らばる床に倒れ込んだ。耀は、福と縁を切ったものの、彼の動向はずっと調べていた。そして今の彼が真田グループに就職しただけでなく、当主の側付として働いていると知ったのだ。これを利用しない手はなかった。彼は仕事を取る時に負けそうになる度に、この事実をそっと取引相手に告げていた。そうすることで、相手は耀のところと関係を持つことで真田家との繋がりを得られる可能性を見出し、多少の損をしても彼の会社と協業することを選ぶのだった。耀は福に株や金を取り返された困難を、彼の今の立場を利用することで補った。家族なんだから助け合うのは当たり前。本気でそう思っていた。だがー。耀は、以前福の弁護士として株などを取り返しに来た男、蜷川誠人の威圧するような目が、忘れられなかった。「これ以上、彼を食いものにするのは止めていただきます。これから少しでも手を伸ばそうものなら、私も手加減はしませんよ?老いさらばえるまで刑務所暮らしをさせることなど、容易いことですから。…よく考えて、これからは息をひそめて生きていってください」そんな風に言われて、耀のプライドは容赦なく踏みつけられた。これまで使い込んだ「福の」金も、少額のものは目を瞑ってくれていたのに、全て回収された。そのせいで事業に資金が回せなくて、今では家でも会社でも肩身の狭い思いをしているというのに!またこの娘はー!「今すぐ謝りに行って来い!土下座でもなんでもして、許してもらうまで帰って来るなっ!!」「っ……」笑はただ呆然と、信じられないものを見るような目で父親を見つめた。「さっさと行け!!」血走った目で髪の毛
「笑!ちょっと来なさい!」その時、階下から自分を呼ぶ父の声がした。それはとても怒っているような口調だったが笑には心当たりがなく、逆に「こんな時になんなの!?」と腹を立てながら部屋を出たのだった。バタンッー少し強めにドアを閉め、いかにも不機嫌な様子で階段を降りてくる娘を見て、望月耀は苛立ちを新たにした。なんだ、この態度は!彼は、息子の福が家を出て以来、この家にはピリピリとした空気が始終漂っていると思った。居心地が悪く、ちっとも安らがない。そんなだから、他所に癒やしを求めてしまうのだっ。そう思った。実際は彼が愛人に会社の金を貢ぎ、その穴埋めに息子の金を使い、それを知った息子が家を出て行き、しかも親子関係まで清算されたせいなのだが、彼はそれをまったく気にしていなかった。ま、そのうち帰ってくるさ。そんな風に楽観視していたのだ。妻は愛人の存在に激怒していたが、「ただの遊びだ。離婚するつもりはない」そう言ったら大人しくなった。目下の彼の心配事は、福の株が手元になくなった以上、その配当金はもう自分の懐には入ってこない。では、会社に空けた穴を埋めるものはどこから持ってくるべきか…。それだけだった。あとは、娘をどこの家に嫁がせるか…。親心として、少しでもいい家に嫁がせてやりたい…とは思うものの、あまり高望みもできない。中舘家の息子とは仲がいいと思っていたが、どうやらそこまででもなかったらしいし…。と色々考えて、彼なりに方々あたってみたのだが、そこで驚くべきことを言われたのだった。「なに、お父さん?」ぶすっとした顔で尋ねる笑を見て、耀は怒りのままに口を開いた。「なにじゃないっ。お前、どこで真田家の怒りを買った!?」「え…」戸惑う娘に、更に問い質した。「あちこちで言われたぞっ。〝お前との結婚で繋がった家とは今後一切の関係を切る〟と真田家から通達が来たってな!どういうことだ!?」「そ……」そんな…。なんで?私は何もしてないのに…っ。驚愕に目を見開いて絶句している娘を敵のように睨みつけ、耀は歯ぎしりした。「言ってみろ!何をしたんだ!!」「わ…私…っ…」笑はサーッと血の気が引いて真っ白になった顔で呟いたきり、その視線をうろつかせるばかりで何も言わなかった。「笑!!」「わ、私じゃない!私はやってない!!」慌てて喚き散らすも、耀の
いったいどんな気持ちでこの言葉を書いたのか…。福の心中は複雑だった。「望月」福は准からの呼びかけにハッとした。「すみません…少し、考え事をー」「気が進まないなら、降りろ」冷たく言葉を遮られ、慌てて弁解した。「違います!気が進まないとかじゃ、ありませんっ」「……」じっと見つめてくる視線にも、耐えた。そうしたら、准はふん…と鼻から息を吐き、デスクチェアにギシリ…と背もたれた。「別に責めてる訳じゃない。身内のことなんだから、気にするのは当然のことだ。ただー」准はそこで言葉を止めると、福を強い視線で射抜いた。「だからといって、お前が妹を庇うことを許すつもりもない」ここで決めろ。准は言った。「俺につくか。妹につくか」「……」厳しい選択だった。福はこの調査に入る前、彼に言われていた。「手加減するつもりはない。俺は芽衣を傷つけた奴らを絶対に許さない。例えそれが身内であろうとも、だ」つまり、身内ですらない福を気遣うことなどない…ということだった。実際、福はこの言葉にかなり葛藤をした。でも、もう決めたのだ。自分はこれ以上あの娘を甘やかさない…と。そろそろ〝行動には責任が伴う〟ということを身をもって知る年頃だ。今回の准から受ける報復で、笑がどれほどの痛みを被るのか。それはわからない。でもそれは自業自得。いつも誰かが助けてくれるとは限らないのだ。おそらく准は、友達を裏切れないから…という理由だけで口を閉ざした笑に腹を立てているのだろう。彼女は、彼女の友達に知られることなく計画を知らせることだってできたはずなのに、それをしなかった。つまり、共犯なのだ。准の中で、この件に関わった者は全て〝有罪〟なのだ。直接手を出していなかろうが、見ていただけだろうが、そんなことは関係ない。福は彼の徹底ぶりに、始めは若干引いていた。でも芽衣の受けた虐めや、准の怒りを最大限に買った千羽鶴に込められた〝呪い〟の言葉を知って、納得したのだ。これは、仕方ない。大人しく報復を受けるしかない。それほど悪質だったから。実際に命が危ぶまれていた芽衣に対して、死を望むような言葉を送るなんて…人間のすることじゃない。それに笑も加担していたことに、福は失望の念すら抱いた。だから、彼は決めたのだ。「遠慮はいりません。彼女は、自分のしでかしたことの責任を取らなければいけま
彼にしてみても、自分が教鞭を振るったことで友梨がこうなったことが分かっていたからか、辛抱強く彼女の態度が改善することを待っているようだった。少なくとも、友梨はそう思っていた。だがー。ある日、彼が執事と話しているのを聞いてしまった。「旦那様、友梨はこのままでいいのですか?必要ならば、私の方で躾を施しますが…」この言葉が聞こえてきた時、友梨はムラドに呼ばれて彼の待つリビングに行くところだった。入口の側の壁に身を寄せて、彼女は息をひそめ、その会話を聞いていた。ムラドは投げやりに言った。「結構だ。彼女はリナトからの預かりものだ。適当に躾けろと言われているんだ」「左様でしたか…。では、彼女には子は望まないと?」「ハハッ、いや、子は産ませる。彼女はリナトやアリサの母親と同じ国の出だ。あれとの子なら、容姿が期待できる」「では…?」なぜ徹底的な躾をすぐにしないのか…?と、戸惑う執事にムラドは答えた。「とりあえず、3年はここから出すなと言われてるんだ。理由はわからないが、3年後にはいろいろ片付いてるから、それまでは彼女に戻って来てほしくないそうだ」「……」友梨は自分の耳を疑った。なに……?なんて言ったの…?3年?3年も…ここで飼い殺しにされるの?いったい、どうして…っ。信じられないようなことを聞いて、震える足を抑えきれなかった。彼女はその場にずるずるとしゃがみ込み、理不尽を叫ばないよう両掌で口を塞いでいた。3年…。それって…長いの?短いの…?友梨の頭の中で、その数字がぐるぐると渦巻いていた。「友梨?何してる?」そうして、不意にかけられた声にハッと顔を上げると、そこにはリビンクの入り口に背をもたれるようにして立つムラドの姿があった。彼はタバコに火を付け、ふぅ~と一度煙を吐くと、言った。「聞いていたのか?」「……」彼の自分を見下ろす視線は気怠げで、そこに怒りなどは見えなかった。でも、友梨にはわかった。「あ……」彼女は座り込んだまま後退り、ムラドから視線を外すことができなかった。「ごめ……っ」「連れて行け」「待って!」感情のない彼の声が使用人たちに命令し、友梨は両脇を掴まれた。「待って!嫌ー!」頭を何度も振るけれど、ムラドはタバコを咥えたまま無表情に立っているだけだった。「ムラドさんー!」無理やり立たされて、引き摺
無理…。友梨はそう呟いた。寝るだけならまだしも、子供を産むなんて…。無理だわ。そんなに簡単なことじゃない。第一、子供を産んだとして、解放されたらどうするの?子供は当然置いていくのよね?できるの?友梨は、そこまで割り切れる自信がなかった。そう言うと、エマはまるで聞き分けのない子に対するように腰に手をあて、尋ねた。「じゃあ、どうするの?ここを出て、どこか行くところはあるの?」「……」友梨には分かっていた。そんなところはない。理那人はたぶん、ムラドがどんな人物か分かっていたと思う。そんな彼の所に行ったとしても、送り返されるのがオチだ。そうなったら、あのムラドが自分を罰しないとは思えない。下手をしたら、命まで取られるかもしれない…。そう思って、友梨はぶるっ…と身震いした。そんな彼女の考えを察したのか、エマは「ね?」と小首を傾げた。「分かったでしょ?それに、例えここを逃げ出して無事に空港まで行けたとしても、ムラドなら飛行機を止めることができるわ。彼はそれだけの力を持ってる」「そんな…」じゃあ、どうすればいいの…?半泣きになっていると、またエマが言った。あっけらかんと。教え諭すように。「ねぇ、逆に考えてみてよ。私たちはそんなムラドに囲われてるのよ?つまり、ここにいる限り身の安全は保証されてるの。それにー」「それに?」「彼に気に入られれば外にだって連れて行ってもらえるし、欲しいものは何だって買ってくれるの。そう考えたら、私は結構いい暮らしだと思うわ」ここでも最低限逆らいさえしなければ、外の女性たちに比べてよっぽどいい暮らしができる。彼女はそう言った。エマは完全に〝割り切って〟いるようだった。友梨は、そんな彼女の話を聞きながら昨日受けたムラドからの〝罰〟?〝躾〟?を考えて、やっぱり絶望しかないと思った。*3ヶ月後。「友梨!私、妊娠したのっ」友梨は腕に残る傷跡に自嘲的な笑みを浮かべ、目の前ではしゃいでいるエマを見た。「おめでとう」そう言っていいのかすら既に分からなかったが、エマは喜んだ。「ありがとう!この子がどっちか分からないけど、とりあえず一つクリアできそうよ」「……」彼女の顔に浮かぶ本気で嬉しそうな笑みが、友梨には理解できなかった。クリアって…ゲームじゃあるまいし…。そうは言っても、これで彼女は解放までの道筋が整
翌朝ー。目覚めると、彼女はベッドにおざなりに寝かされていた。見慣れない天井に、見慣れない部屋。それなりのインテリア。「……」それだけで、友梨は自分の立場を思い知らされた。彼女は起き上がると、着替えすらしていない自分のしわくちゃな服を見下ろし、そしてベッドから降りた。鏡に映した全身はどこかみすぼらしく、崩れた化粧と乱れた髪はまるで物乞いのようだったし、腫れ上がった瞼は彼女の魅力の一つであった大きな瞳を台無しにしていた。コンコン…ノックの音に振り返ると、ドアを開けて現れたのは使用人ではなく、昨日ムラドの側で見た女性のうちの一人だった。「おはようっ。よく眠れて…はいないみたいね」「…いえ……」眠れました。…というか、気を失っていたみたいです。そう答えると、その女性は目をパチパチとさせて驚いていた。だが昨日のことを思い出したのか、すぐに神妙な顔つきになった。そして、友梨の瞼の腫れは泣いた為だと思い至ったのか、「ちょっと待っててね」と言い残して部屋を出て行ったと思いきや、すぐさま氷の入った氷嚢を持って戻って来た。「これで冷やして。少しは良くなるわ」「…ありがとう…ございます…」戸惑いながらも受け取ると、その女性はニコッと微笑った。彼女は名前をEmma(エマ)といい、半年前にムラドの女になったのだと言った。彼女は肩までの長さの赤毛と、美しい青い瞳を持っていた。鼻の頭に散らばるソバカスは、彼女の明るい性格をよりキュートに見せていた。「ずいぶん頑張ってたけど、無駄よ。あの人…ていうか、この国に根付いてる考えはそんな簡単にひっくり返らないわ。腹が立つかもしれないけど、大人しく子猫ちゃんになってなさい」「……」「逆らっても、いいことなんてないわよ?大人しく言うことを聞いて、甘えて、尽くしてあげなさい。彼らはそれを望んでいるわ」従順と献身ー。そういうことだったのね…。「……」逆らう気なんか、もうない。友梨は受け取った氷嚢で両目を冷やしながら、コクリと頷いた。エマはそれを見てあからさまにホッと息をつき、そして言った。「大丈夫。子どもさえ産めば解放されるわ」「子ども…?」訊き返すと、エマは驚いたように目を見開いた。「知らなかったの?」「知らないわ。どういうこと?」もう何を言われても驚くことはないと思っていたのに、また爆弾を落と