大智が行方知れずになってしばらくした頃、吉高は深紅の薔薇を手に明穂の家に訪れた。「明穂ちゃん、僕と結婚してくれないかな」吉高のその言葉が、明穂の心に今も刺さっていた。あの時、彼女は吉高を選び、結婚した。だが、実はその間も大智は明穂に手紙を送り続けていた。届くはずの言葉は、吉高の手で物置の段ボールに封印されていた。
=この電話はお繋ぎする事は出来ません、電波の= 大智の携帯電話は繋がらなかった。受話器から流れる無機質なアナウンスが、明穂の胸に小さく刺さった。 「あら、繋がらなかったの」
(あぁ)寝室の扉は僅かに開き、薄暗い隙間から熱と音が漏れていた。 (あぁ、やっぱり)
明穂の両親は、大智が彼女にプロポーズしたことを知らない。
新婚当初、別々のベッドで眠ることに明穂は寂しさを覚えた。寄り添う温もりを想像していたあの頃の甘い期待は、今や遠い記憶だ。だが、吉高との間に漂う不協和音、紗央里の影や心のすれ違いを思えば、ツインベッドの距離感に心から安堵した。それでも安眠は訪れず、明穂は霞がかった朝を迎えた。カーテンの隙間から差し込む薄い光が、彼女の疲れた顔を冷たく照らす。
時計の針がどれだけ進んだのか、抱き合った二人の上に柔らかな日差しが降り注いでいた。ふと気づくと、明穂の右手が忙しなく動き、何かを探している。 「これか?」 大智がティッシュの箱を差し出した。