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第4話

Author: タロ芋ポッピングボバ
葵は口紅を塗り直し、化粧室を出ようとしたところで、廊下の角を曲がった先に人影を見つけ、足を止めた。

少し離れた場所で、裕介が莉奈を壁際に追い詰め、深く口づけている。

裕介の長い指が莉奈の髪に差し込まれ、もう片方の手は腰を強く抱き寄せていた。莉奈は顔を上向かせ、その白い首筋が緩やかな曲線を描いている。

どれほどそうしていたのか。ようやく裕介が唇を離すと、親指で莉奈の赤くなった唇をそっとなぞった。

「これで満足か?」

莉奈はその胸元に寄り添い、甘えるような声を出す。「裕介……私、やっぱり欲張りすぎるかな。もう家宝の指輪まで貰ったのに、それでもキスしてほしいなんて……お姉ちゃんが見たら、また傷ついちゃうよ。

でも……私だって寂しくて、辛いの。あの出来事さえなければ、私たちは一緒になっていたはずなのに……」

裕介の瞳に揺らぎはなかった。ただ莉奈をさらに強く抱き寄せる。「葵がどう思おうと、俺たちには関係ない。そもそも、俺はあいつが好きじゃない。これから先も、好きになることはない。俺が好きなのは、君だけだ。莉奈」

そう言って、裕介は再び莉奈に唇を重ねた。

その光景を、葵は物陰から見つめていた。心臓を、見えない手で力いっぱい握り潰されたようだった。息をするのも苦しい。

葵はそっと胸元を押さえる。

――これはきっと、昔の自分が彼を愛していた、その名残なのだ。

この痛みも、残っている熱も消えてしまえば、すべては終わりだ。

裕介と莉奈は、3分間近くキスをしてからようやく離れ、そのまま廊下の奥へと姿を消した。

2人が完全に見えなくなってから、葵はようやく物陰から出た。

深く息を吸い込み、乱れたドレスの裾を整える。

預けていたバッグを受け取って帰ろう。

そう思って宴会場へ戻った時、莉奈の声が聞こえた。

「お姉ちゃん!」

莉奈が駆け寄ってきて、葵の手首を掴む。「裕介が贈ってくれた指輪、どうして盗ったの?欲しいって言ってくれればあげたのに!」

「……盗った?」葵は一瞬、何を言われているのか分からなかった。「何の話?」

「まだシラを切るつもりなの?」莉奈の目が赤く潤んでいる。「私、さっき化粧室に行っただけなのに、戻ったら指輪がなくなってたの。スタッフの人も、お姉ちゃんが私のバッグの近くにいたって……」

その声を聞きつけ、健一と貴子も駆け寄ってくる。事情を聞くなり、健一は葵の頬を平手で打った。「葵、一日でも騒ぎを起こさないと気が済まないのか!」

頬に鋭い痛みが走る。何が起きたのか理解する暇もない。

貴子も甲高い声を上げた。「誰か、この子の身体を調べて!」

数人のスタッフがすぐに葵を取り囲み、乱暴にドレスを引っ張った。

「やめて!私、指輪を盗ってなんかないわ!」

必死に抵抗する葵。

だが次の瞬間――

ビリッ。

布が裂ける音が、宴会場に響いた。

ドレスの肩口が大きく裂け、白い肩が露わになる。周囲から驚きの声と、面白がるような笑い声が一斉に上がった。

「ありました!」スタッフの一人が葵のバッグから取り出したのは、あのダイヤの指輪だった。「やっぱり葵さんが盗んだんです!」

莉奈は指輪を受け取ると、ぽろぽろと涙をこぼした。「お姉ちゃん……もう証拠も出たのよ?まだ嘘をつくつもり?」

葵は全身を震わせながら、何か言おうと口を開いた。

そのとき、人垣がすっと割れた。重く落ち着いた足音が、こちらへ近づいてくる。

顔を上げると、裕介がこちらへ歩いてくるところだった。磨き上げられた革靴が大理石の床を踏むたび、その音が葵の胸を容赦なく打ちつける。

「なぜ指輪を盗んだ?」その声は決して大きくなかったが、たった一言で、ざわめいていた会場が一瞬にして静まり返った。「俺が一度でも、君を妻だと思ったことはない。自覚はないのか?」

葵は顔を上げ、冷えきった裕介の目を見つめた。

「葵、世の中には、君がどう足掻いても手に入らないものがある」薄い唇から紡がれる一言一言が、毒を塗った刃のように胸へ突き刺さる。「たとえ一生をかけても、無理だ」

葵はふっと笑った。

その笑顔に、裕介の眉がほんのわずかに動く。

葵が泣くところも、取り乱すところも、感情を爆発させるところも見てきた。けれど、こんなふうに笑う姿だけは知らなかった。

まるで何かから解放されたような、それでいてどこか彼を嘲るような笑みだった。

「私、盗んでなんかいない」

声は小さかった。けれど、その言葉は静まり返った会場の隅々まで、はっきりと届いた。

シャンデリアの光が葵の瞳に細かなきらめきを落としている。それは涙にも見えたし、星のようにも見えた。

「それに――」

葵はゆっくりと息を吸い込む。そして、もう迷うことなく、一語ずつ言葉を紡いだ。

「裕介、私はもう、あなたのことが好きじゃない」

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