「えれな。えれなが目を覚ましたわ。誰か主人を呼んで来てください」
目にたくさん涙を溜めた母が私を覗き込んでいる。
「えれな、本当によかった!」
白衣をきた父が部屋に飛び込んで来た。「病室?」
私が呟くと、母が私を思いっきり抱きしめて来た。「本当に良かった。あなた2日も意識がなかったのよ⋯⋯」
母の顔をみると目の下にくっきりクマがある。「院長、三池勝利さんの意識が戻りました」
看護師が父に知らせに来ると、父は母と私をぎゅっと一瞬抱きしめて扉の向こうに消えていった。
たった2日、あんなに悩み苦しんだ2ヶ月間は夢だったのだろうか。検査やら複数箇所骨折しているので入院期間は少なくとも1ヶ月になるとのことだった。
扉をロックする音が聞こえて兄が入って来た。「えれな。大丈夫か?」
兄が心配そうに尋ねて来る。「お兄ちゃんアメリカから帰ってきたの?」
彼はアメリカにいるはずだ、飛行機で飛んできたのだろうか。「当たり前だろ、車に轢かれて意識がないって聞いて気が気じゃなかった」
私を抱きしめながら兄は震えて泣いていた。あれから、2週間がたった。私はもう2週間入院するらしい。
入学式には、なんとか間に合いたい。♢♢♢
「退屈⋯⋯」
一人寂しく呟いていると、ノックをして兄が入って来た。兄は私が無事退院するまでは日本にいるらしく、毎日お見舞いに来てくれている。「退屈しているかなと思って、持って来た」
紙袋を覗くと兄がいつも読んでいるバスケ漫画が入っている。「これ、お兄ちゃんの部屋に忍び込んでもう全部読んだやつだよ」
今思えば兄は漫画をこれしか持っていない。実は、彼も娯楽を排除して努力をしてきたということだ。「知ってる。でも、紹介したくて俺の彼女!」
(えっ? 彼女? どこに?)私が目をパチクリしていると兄は続けた。
「彼女に本場のバスケが見せたくて、アメリカまで
時が経ったせいか自分の気持ちを客観的に分析をしてしまう。三池もどんな私でも夢中みたいに見えて、理系らしく後で自分の気持ちを分析してしまったりするのだろうか。そんな分析する暇もないくらいライオットには私をときめかせて欲しかった。彼が私の世界に転生する直前に『赤い獅子の裏話』を書くと私に告げたと言うことは、自分が日本にいる時、私に気がついて欲しいというメッセージだと思った。「もっと、ラブレター的なものを期待していたのに。」私が彼と思い合っていると言うのは、私の勘違いだったのだろうか。『赤い獅子の裏話』のライオットはモテモテで、エレナは彼を一途に慕っていた。エレナのキャラクターデザインがショートカットになっていたから、あれは私をモデルにしたのだろう。「何だか主人公が浮ついてて好きになれない。どうしてエレナの一途な気持ちと同等な気持ちを返してくれないのか。」読み取れたのはモテモテの彼を一途に思うエレナが彼にとっても、おそらく一番なだけ。主人公ライオットの愛は分散されているように見えて寂しかった。そもそも、みんなに好かれるなんて状況あるのかしら。高校時代、人気者の三池を嫌いだった経験からすると、どんなに人格的に優れた人気者でもアンチはいるのだ。「にしても、方向間違ったかな。まだ到着しないなんて。あの、すみません、そこのエスパルの方、道をお尋ねしたいのですが。」中央宮からかなり離れて人の気配がなくなっていたが、水色の髪色をした背の高い男性の後ろ姿が見えて話かけた。水色の髪色はエスパル出身者しかいなかったはずだ。皇宮で働いている人なのだろうか、鎖国状態で危険視されていたエスパルの人も受け入れているなんてアランは器がでかい。「私、エレナ・アーデンと申します。いにしえの図書館に向かっているのですがこちらで方向は宜しいでしょうか?」私は優雅に彼に挨拶をしながら道を尋ねた。「俺のエレナ、俺が図書館までご案内しますよ。」爽やかなその美青年は微笑みながらそう言って、私を持ち上げてお姫様抱っこするとスタスタと
「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
ライオットのことを考えると、何もかも手につかなくなった。自尊心がズタボロになり、彼との恋と勉強を両立する自信がなくなった。私は少女漫画のアホ主人公のように恋に振り回されるのは嫌だった。恋を糧にして、しっかりと自分のすべきことを頑張りたいのだ。「あれ、でも私がやっていることって確実に悪役の行動。」小学校の頃借りた少女漫画を思い出すと、純粋な主人公の彼氏が入院中に悪役の女に近づかれる漫画があった。外堀を埋めて、あざとい言動で、周りの人間を味方につけた悪役の女。周りの人間は悪役の女が彼の彼女であると勘違いする。主人公はピンチに陥るが悪役の女はしっかり「ざまあ」されている。でも、電車の音で告白を聞きそびれたり、パンを咥えたまま登校したりする主人公が勝利するのはおかしくないだろうか。電車なんて新幹線でもない限り、声が聞こえないほど煩くない。大抵の少女漫画の主人公は聴力検査の再検査に引っかかるレベルで大切な言葉を聞落としたり、天然気取りですっとぼける。家で朝食を食べてから登校もできないズボラな女が好きな男がいるのだろうか。気になる相手を作戦を練って落とすのは当たり前だ。きっと少女漫画界にもダーク主人公の時代が来るに違いない。『赤い獅子の裏話』がヒットしたのは、大ヒットした『赤い獅子』の次回作であり、出てくる登場人物が同じということで話題になったのが大きい。雷さんが読んだら私の彼のかいた『赤い獅子の裏話』は便所の落書きかもしれない。でも、実際レオハード帝国のライオットの立場になったら、突然出兵を言い渡され、周りに翻弄され自分の考えなど尊重されない。敵が架空の魔物なのも彼が本当は戦いたくなかったという表れだろう。長い間入れ替われば、彼がどんな厳しい立場で神視点をもてる程情報を与えられてないことが分かるはず。おそらく短時間入れ替わって見た世界に刺激を受けて小説のネタにしたのだろう。会ったこともないけれど、私の彼をネタにして一儲けした雷さんが私は好きではない。雷
「SNSにでも載せるの?」家でフルーツカービングの練習をしていると、母から話しかけられた。一言だけイラっとする爆弾を置いて、母は自分の部屋へと消えていく。本当に18年一緒に暮らしても、彼女は全く娘のことが分かっていない。私くらいの年頃の子が、みんなSNSに夢中だと思っているのだろう。私は一切のSNSをやっていない。どうして、私の手の内を世界に発信してあげなければならないのだ。知りもしない人間に「いいね。」なんて言われても気持ち悪いだけだ。以前の私なら母は私のことを全然見てくれてないと、悲しい気持ちになり心の健康を害していただろう。今はただ誰でも良いから自分を認めて欲しいと、個人情報を晒すようなバカ共と同類に見られたようで腹立たしい。目の前の果物を全て握り潰してジュースにしてしまいそうだ。果物は高い、お取り寄せしなければ手に入らないものもあった。私の中でジュースにして良い果物はバナナだけ。安売りスーパーでも、一年中5本1束128円で手に入る。物価高も跳ね返す強さに真の果物王の称号を与えられる日も近いだろう。それにしても私のこの怒りっぽさは異常だ。異世界でもずっと苛立っては切れて喧嘩ばかりした気がする。ここまで人様の世界に赴いてキレ散らかしてくるのも私くらいだろう。原因は私が6年間ろくに人間と関わってこなかったからだろう。ゲームばかりしてキレやすくなることは問題視されているのに、勉強しすぎでキレやすくなることはなぜ問題にならないのか。将来、秘書ができるような要職についた時、キレたところを隠し録音されないように気をつけねば。異世界で9割の時間イライラしていて、怒りを抑えられずキレてしまったことが多かった。自分の問題に気が付けた私は「アンガーマネジメント」に関する本を何冊か読んだ。でも、一番の治療法は友達が多く怒ったことなど見たことのない三池の側にいて彼のコミュニケーション能力を学ぶことな気がする。気がつくと三池に心変わりしたような自分を正当化する思考をしている
『赤い獅子』と『赤い獅子の裏話』は主人公が強くてモテモテという共通点はあるが、同じ人が書いたものとは思えなかった。 対外的にはラノベ作家RAIの作品にはなっている。『赤い獅子』は多くの伏線が張り巡らされて、 その伏線がずいぶん後に回収されたりする。そして、主人公であるライオットは神視点を持っているのかという程の洞察力がある。 彼に惚れる人たちも自分のトラウマを解消されたり、 一番かけて欲しい言葉をかけられたり理由があって彼に惚れている。 私はそこに登場人物の女性たちが、本ばかり読んできた童貞の理想の女のように感じた。「両親の期待を得られずに寂しかったね。」 もし、私がそんな風に声をかけられたらトラウマが解消するどころか、 「お前、何様?お前ごときが私を語るな。」 と言った風にムカついたはずだ。「君はいつも頑張ってるって知っているよ。」 かけてもらったら嬉しい言葉。 でもその言葉は私の両親にかけて欲しい。 謎のイケメンにかけられたらムカつく。 「お前はもっと頑張れよ。」 そんなことを思い彼を蹴り上げてしまうかもしれない。ひょっとして、文系の人はそんな恋の仕方をするのだろうか。 トラウマを解消されたり、欲しい言葉をかけられたり。 『赤い獅子の裏話』を読む限りライオットも文系だ。 しつこいくらい、ポエミーな表現が多い。だとしたら、ライオットが恋に落ちたのは松井えれなではなくエレナ・アーデンだ。 彼の母が亡くなった時、エレナ・アーデンは彼に欲しい言葉をかけている。 おそらく、誰にも愛されていないと思っている彼のトラウマを少なからず解消している。私ではなくエレナ・アーデンが彼は好きなのだ。 分析するほど、その解に辿り着いてしまう。 自分や相手の気持ちを分析などせず、ただ馬鹿になって彼を好きでいたいのに。『赤い獅子の裏話』は起こる出来事が行き当たりばったりなところがあり、 主人公ライオットは物理的な強さは感じるが、状況に翻弄されている面もあ
「エレナ! 良かった! 主治医を呼んで来てくれ! エレナが目覚めた」豪華絢爛な寝台で目覚めた私。目の前には銀髪にアメジストのような紫色の瞳をもった超美形。「もしかして、アル?」宝石のようにキラキラしていた瞳が曇っていた。どうやら私はまた『赤い獅子』の世界に飛んできてしまったらしい。私と三池の仮説が確かなら、もしかして6年以上経過している?「レナなのか?嘘だろう。なんてことだ。」可愛い美少年から私より年上なのではないかという位、大人な美青年になったアランが呟いている。私がエレナの体に憑依してがっかりしている。また、彼は一瞬にして私の正体に気が付いた。私が彼をアルと呼ばなくても気がついていた、私を見た瞬間に。一体どうして、本当に超能力でもあるのだろうか。「私、朝起きて大学に行く準備をしていたところだったんですけど、エレナ嬢になんかあったんですか?」私は、意識を失っていないし、普通に外出着に着替えて一人朝食を食べていたところだった。もし、入れ替わることの入り口のスイッチがあるのなら意識を失うことだと思っていたのだ。「オタム湖にボート遊びにいこうと馬に跨った時、彼女が落馬をして意識を失ったんだ。」どんどん彼の瞳が光を失っていく、私は彼を元気付けようと口を開いた。「エレナ嬢は大丈夫ですよ。私と入れ替わっているだけです。日本の私は家にいて、今、家に誰もいないし安全です。」今回の日本での私は意識を失っていない、しかし外出もしていないから安全な場所にいる。「どこにも行かなくても、君がいれば幸せだと言えば良かった。馬なんか乗せるんじゃなかった。」今の状況に相当ショックを受けているのか、あの淡々と物事を解決するアランが切り替えられていない。「おそらく私の世界の1日とこの世界の1ヶ月が同じくらいの時間の流れなので、早めに戻ることができればエレナ嬢に害が及ぶことはありません。」彼を安心させるために、自信はないけれど言い切ってみた。「皇帝陛下に、皇宮医レノア・コットンがお