槇原美香子は、研究室での虐めにより逃げ出した先でホストクラブにハマってしまう。破産し、絶望していたところ、川に落ちると異世界に転生していた。そこは乙女ゲーム『トゥルーエンディング』の世界。自分はマテリオ皇子を暗殺する脇役。暗殺に失敗した後、現れた男主人公ダニエルにより自分は暗殺者ではなく元貴族令嬢のナタリアだと聞かされる。一向に現れないヒロインのラリカ。マテリオ皇子が皇宮に戻ってきたところで、一気に記憶を取り戻すナタリア。まさか、自分がラリカでマテリオ皇子を裏切りダニエルと結婚した時間があったなんて。 ネガティブで陰湿な彼女だが、今度こそ自分を虐げた奴らに復讐し愛する人と幸せになる決意をする。
View Moreレアード皇帝が体調を崩してから、皇位継承権争いは激化していた。
今世で、私は紆余曲折あり、男主人公ダニエルの専属メイドとして過ごしていた。
毎晩のルーティンワークとして寝室でダニエルの皇子の寝支度を整えようとするが、手がどうしても震えてしまう。
彼の夜着のボタンを掛けようとすると、その手を握られた。
突然の出来事に思わず、彼の澄んだルビーのような瞳を見る。「僕の先程の言葉に一点の嘘偽りもない。ナタリア、君を心から愛している⋯⋯僕と⋯⋯」
薄暗い寝室で、燃えるような赤い髪に憂いを帯びた赤い瞳をしたダニエルが私を見つめている。 あるはずのない聞き間違いだと思い込もうとしたが、私はこの部屋に入る前彼から愛の告白されていた。彼はエステル・ロピアン侯爵令嬢との婚約を破棄したばかりだ。
(私を愛している? 本当に?)胸の鼓動が死んでしまうのかないかと言う暗い早くなり、私は美しい彼の瞳の赤に見入っていた。
その時、突然、寝室の扉が開け放たれた。
目の前には息を切らした失踪中だったはずのマテリオ皇子がいる。
外は雪が降っていたからか、彼の銀髪は湿気でべっとりと顔に張り付いていた。私とダニエル皇子が手を握りしめあっているのを睨みつけると、勢いよく近づいてきた。
マテリオ皇子の手には血が滴る剣が握られていて、私は釘付けになった。
「ナタリアを返して欲しければ、皇位継承権を放棄しろ!」 突然、ダニエル皇子が私の体を反転させ私の髪に刺さった簪を抜いて、私の首筋に立てた。 私の命などマテリオ皇子にはどうでも良いはずなのに、なぜこのような事を彼がするのか理解できない。(ダニエル皇子殿下⋯⋯私を愛していると言ったのは嘘だったのね)
皇子様から「愛している」だなんて言われて浮ついてしまった自分を恥じた。
前世ではホストクラブで破産して、今世でも男に騙されているのだから笑えてくる。 「ふっ」 自嘲気味に鼻で笑ったマテリオ皇子は、剣を床に落とした。前世の私は高校2年生の時、私はキノコと運命的な出会いをした。
愛しくて、奔放なキノコという存在に私の心は虜になった。 そして、大学院卒業後の私は念願のキノコ研究者として生活をしていた。キノコの研究は没頭できたが、研究室というところの人間関係で躓いてしまった。
私の論文を嘲笑った如月教授が、殆ど私の研究を登用して認められキノコ研究の第一人者になった。
私は名声がなくても、キノコさえ研究出来れば良いと思った。
でも、私が邪魔になった如月教授を中心に私への嫌がらせがはじまり心が折れた。私は大好きなキノコの研究が出来る研究室を離れなければならないくらい追い詰められた。
旅行や美容のようなお金の掛かる趣味は持っていなかったから、貯金は十分にあった。
このまま1人でひっそりと家でキノコを育てながら、老後を迎えるのだと思っていた。それなのに30歳の時、初めて行った新宿で呼び込まれたホストクラブにハマってしまった。
昔からハマりやすい人間だった。
アニメやゲームにハマっていた時は、まだ平和だった。
お金が掛かるといってもたかがしれている。キノコにハマり始めてからは、私は給与まで生み出していた。
キノコは趣味が実益に変わる魔法のような素晴らしい趣味なのだ。 しかし、ホストクラブは私の金を食い尽くす恐ろしい趣味だった。その時の私は研究室でハブられ、陰口を言われ、虐げられて自己肯定感がどん底の状態だった。
研究室では誰も褒めてくれなかった私を褒めてくれたホストのスバルに、まんまとハマってしまった。
全財産を注ぎ込み、借金までした私は親から見捨てられた事で我に返った。
今日でホストクラブに通うのも最後にしようと思った。
私は初めてスバルに弱音を吐いた。 「もう、どうしたら良いのか⋯⋯死にたい⋯⋯」 「いや、売掛払ってから死ねよ。バカ子⋯⋯」 私に聞こえないように呟いたであろうスバルの呟きは私の耳にしっかり届いていた。目を落とすと暗い照明で誤魔化されているが、床は埃だらけのホストクラブ。このような偶像崇拝の無価値な場所で、なぜ無意味な時間を過ごしていたのかと心が沈んだ。
よく見るとスバルは地黒でサーファー風なイケメンに見せてるだけで、大してイケメンでもない。
彼は意地悪そうに口をひん曲がらせる癖があり、その表情を見ると心が落ち込んだ。私は彼と話した後にイライラする事も多いのに、彼に会うのをやめられなかった。
普通の女なら彼ごときに貢がないだろう。
店での売り上げも私くらいしか指名客がいないのではないかというくらい低空飛行だ。
しかし、私は普通の女ではなかった。仕事を辞めた後は精神的に不安定で、褒められることに飢えている病的な女になっていたという自覚がある。
私にとって男の容姿など、そこまで重要ではなかった。
私は自分を褒めてくれる人なら誰でも良かった。
そして、褒めるどころか私を馬鹿にし、金蔓にしていた隣に座る男はもういらない。 自然にありのまま生きるキノコは食品になり、薬になり人の役に立つ存在だ。その素晴らしさに触れてる時だけ、私の心は澄み渡る海のように穏やかだった。
心の拠り所はキノコだけだったのに、キノコを見ると研究室での辛い日々を思い出し辛くなってしまうこともあった。キノコから離れ、ホストクラブなどで時間と金を費やしてしまった私は愚か者だ。
私が一生分の稼ぎを貢いだホストのスバルは私が死んでも良いらしい。
しかし、私は死にたいとは思っておらず人生をやり直したいと思っている。
「法外な値段じゃない⋯⋯1000円ちょっとのスパークリングワインを10万円近くで売っていて⋯⋯」
それでも、そういった店で飲み食いしたのだから払わなければいけないのは分かっている。
ただ、私は精神的に普通じゃなくなっていて、それを利用した男に従いたくないだけだ。
「お前みたいなブスと会話してやった手間賃だろうが」
ブス⋯⋯何度も言われてきた言葉は私の心を殺す力を持っていたようだ。
スバルは、私に営業することをやめたのだろう。面倒な客だと切られたのかもしれない。
今まで私の事を表向きは綺麗だとか、美人だとか煽ててきたのに急に私を貶してきた。 私はその言葉と、スバルの見下すような表情に耐えきれず店を飛び出した。店を出て気が付くと酒が入った虚な頭で、土手を彷徨っていた。
どれだけ歩いたのか、ここがどこなのかも分からない。 ただ川からは生ゴミのような汚い匂いがうっすらとして、気分が悪くなった。 その時、誰かに押された気もするが、私は川に落ちて死んだようだ。「傷は治ったよ。君の心の傷は治せないかもしれないけれど⋯⋯マテリオのこと本当に好きになってしまったのか? 彼は女の扱いが上手いから、君のような子を誑かすなんて造作もないだろうな⋯⋯」 ダニエル皇子はそういうと、私の額に口づけをしてきた。 私には目の前の彼の方が、私を誑かそうとする悪い男に見える。 マテリオが女の扱いがうまいなんてゲームの中でも思った事がない。 むしろ、見た目は良いのに性格が残念なせいで女からは疎まれそうな感じだった。 ダニエル皇子は愛おしそうに私を見つめ、優しく私に触れてくる。(まさか、ダニエル皇子に新宿ナンバーワンホストが憑依してるんじゃ⋯⋯絶対、引っかかるものか)「聖水は、いらないと申し上げたはずです。私を助けるのも、私が愛するのもキノコだけです。では、ここで失礼します」 私が立ち去ろうとすると、ふと、体が浮く感覚を覚えた。 ダニエル皇子が私をお姫様抱っこしている。「おろしてください。私には足があります。殿下の助けはいりません」「キノコを愛でられれば良いって? そうやって、マテリオの事も誘惑したの? 僕もまんまと君に誘惑されたよ」 ダニエル皇子が何を言っているのか、全く理解できなかった。 そして、先程彼は私がマテリオ皇子に誑かされた可能性を話していたのに、今は逆のことを言っている。(ナタリアが、マテリオ皇子を誘惑? 暗殺ではなくて?) ダニエル皇子は笑いながら、私を馬に跨らせ自分はその後ろに乗る。 私を抱きしめるように馬の手綱を握っていて、その距離の近さに緊張した。「どこに連れて行く気ですか? 家に帰してください」「本当にあの家に帰る気? また、虐められるよ。僕の側にいれば守ってあげるよ」 後ろから、耳元で低い声で囁かれ空気のわずかな振動に体がびくついた。 大事なアマドタケを落としてしまわないように、そっと首元から服の中に入れる。「私を守れるのはキノコだけです。殿下は必要ありません」「僕のキノコも君を守りたいみたいなんだ。君にも愛でられたいみたいだよ。ふっふっ」 ダニエル皇子は自分で言った言葉に自分でうけて楽しそうに笑っている。 彼のキノコとは何だろうか。 私は前世で自分の部屋に残して来たキノコたちに思いを馳せた。
「まだ、遠くには行っていない! マテリオ・ガレリーナを追え!」 うっすらと聞こえる低い男の声と共に重い瞼を持ち上げる。そこにはいかにも主人公といったオーラを放つ、赤い髪のダニエル皇子がいた。 周囲にいるのはダニエル皇子についている皇室の騎士たちだろう。 「ナタリア、目が覚めたのか。聖水で傷は閉じたが目が覚めないから心配したよ」 ふと目が合ったダニエル皇子が私に近づいてくる。 私はどうやら木陰に寝転がされていたようだ。 重い体で起きあがろうとすると、直ぐにダニエル皇子が私を支えてきた。 ゲームでは彼の婚約者のエステル・ロピアンからマテリオ皇子殺しを依頼されるシーンと、マテリオ暗殺シーンしかない暗殺者。 名前もない脇役だと思っていたが、名前はあったようだ。「ダニエル皇子殿下? ナタリア⋯⋯私の名前?」「そうだよ。エステルは本当に酷い女だな。暗殺者を雇ったと聞いていたのに、それが君だったなんて⋯⋯」 ダニエルが私の髪を愛おしそうに撫でながら、髪についた葉っぱを丁寧にとってくれる。 とても暗殺者に対する仕草とは思えない。 それにエステルはダニエル皇子からの依頼だと言って、マテリオ皇子を暗殺するようナタリアに伝えていたはずだ。 マテリオ皇子の暗殺は、このゲームの冒頭シーンに当たる。 ゲームのプロローグで、ナタリアが暗殺依頼を受ける場面があった。 マテリオ皇子が暗殺され、ダニエルは次期皇帝の座を確固たるものにしていく。(私は暗殺に失敗したけれど、これは隠しルート?) 隠しルートでは、暗殺されたはずのマテリオ皇子はひっそりと生きている。 そして、ヒロインのラリカと偶然出会い彼女とささやかな幸せを築くというルートだ。「私、マテリオ皇子殿下の暗殺に失敗したのですね⋯⋯申し訳ございません。暗殺者失格です⋯⋯」「ふっ、何を言ってるの? 貴族令嬢だった君に武力に長けた兄上が殺せるはずがない。最も兄上なら君に攻撃できないと思って、最高の嫌がらせとして君にナイフを握らせたんだろうけど⋯⋯本当に、反吐がでるほど、嫌な女だ⋯⋯エステル⋯⋯」 どうやら、ナタリアは貴族令嬢だったらしい。 過去形で話すということは、家が没落でもしたのだろう。 私はマテリオ皇子を刺した確信は合ったが、彼に刺されたという確信がなかった。 私の刺したナイフをマテリオ皇子
目を開けると、私は森の中の湖のほとりにいた。 木々が色とりどりに染まっていて、落ち葉が湖にはらりと落ちては浮いていた。 キラキラと輝く湖面に映った人間には見覚えがある。 私は槇原美香子としての人生を終え、異世界に転生したのであればこのキャラにだけはなりたくなかった。 頭の中がこんがらがっているが、朧げながら私は湖面に映る女として生まれ人生を送ってきた気がする。 私は異世界に転生したが、前世を思い出すと同時に今世で今まで過ごした記憶を失ってしまったようだ。(ワーキングメモリーの問題かしら⋯⋯) 黒髪に紫色の瞳をした私は、乙女ゲーム『トゥルーエンディング』の隠しキャラであるマテリオ・ガレリーナ第1皇子を暗殺する脇キャラの顔をしている。 今いる場所にはゲームの中で見覚えがあった。 ここには皇室の隠し通路の出口がある。 虫の鳴き声、鳥の囁きに隠れて足音がする。 もしかしたら、今から、ここにマテリオ皇子が来るのかもしれない。 私はそこで待ち伏せしてマテリオ皇子を暗殺する。 今回の暗殺は第3皇子のダニエル・ガレリーナの依頼だ。 ちなみにダニエル皇子はこの乙女ゲームのメインヒーロだ。 彼は婚約者のロピアン侯爵家と組んで、第1皇子であるマテリオ皇子を罠に嵌めて暗殺する。 マテリオ皇子はメイドの子ということもあり、第1皇子にも関わらず後ろ盾がなかった。 生まれのせいで、幼い頃から冷遇され無愛想で貴族たちとの交流も薄い。 周りが敵ばかりだと認識しているマテリオ皇子は、身分を盾に傍若無人な振る舞いをするようになっていた。 ダニエル皇子のマテリオ皇子暗殺は暴君を倒したと言うことで物語上は肯定されていた。 なぜなら、ダニエル皇子の双子の兄オスカー第2皇子をマテリオ皇子が毒を盛って殺害しようとしたからだ。 ヒロインのラリカが平民でありながら、ダニエル皇子に見初められ結婚するのがこの物語のトゥルーエンディング。 しかし、マテリオ皇子がオスカー皇子に毒を盛ったという目撃証言も作られたものである可能性も否定できない。 それでも、オスカー皇子は皇后の息子でマテリオ皇子がその血筋に嫉妬し毒殺を試みたという噂は消えなかった。 普段のマテリオ皇子の周囲との交流のなさと、横暴な振る舞いが彼自身を陥れていた。(人は変われるはず⋯⋯まだ20歳になった
レアード皇帝が体調を崩してから、皇位継承権争いは激化していた。 今世で、私は紆余曲折あり、男主人公ダニエルの専属メイドとして過ごしていた。 毎晩のルーティンワークとして寝室でダニエルの皇子の寝支度を整えようとするが、手がどうしても震えてしまう。 彼の夜着のボタンを掛けようとすると、その手を握られた。 突然の出来事に思わず、彼の澄んだルビーのような瞳を見る。「僕の先程の言葉に一点の嘘偽りもない。ナタリア、君を心から愛している⋯⋯僕と⋯⋯」 薄暗い寝室で、燃えるような赤い髪に憂いを帯びた赤い瞳をしたダニエルが私を見つめている。 あるはずのない聞き間違いだと思い込もうとしたが、私はこの部屋に入る前彼から愛の告白されていた。 彼はエステル・ロピアン侯爵令嬢との婚約を破棄したばかりだ。(私を愛している? 本当に?) 胸の鼓動が死んでしまうのかないかと言う暗い早くなり、私は美しい彼の瞳の赤に見入っていた。 その時、突然、寝室の扉が開け放たれた。 目の前には息を切らした失踪中だったはずのマテリオ皇子がいる。 外は雪が降っていたからか、彼の銀髪は湿気でべっとりと顔に張り付いていた。私とダニエル皇子が手を握りしめあっているのを睨みつけると、勢いよく近づいてきた。 マテリオ皇子の手には血が滴る剣が握られていて、私は釘付けになった。 「ナタリアを返して欲しければ、皇位継承権を放棄しろ!」 突然、ダニエル皇子が私の体を反転させ私の髪に刺さった簪を抜いて、私の首筋に立てた。 私の命などマテリオ皇子にはどうでも良いはずなのに、なぜこのような事を彼がするのか理解できない。 (ダニエル皇子殿下⋯⋯私を愛していると言ったのは嘘だったのね) 皇子様から「愛している」だなんて言われて浮ついてしまった自分を恥じた。 前世ではホストクラブで破産して、今世でも男に騙されているのだから笑えてくる。 「ふっ」 自嘲気味に鼻で笑ったマテリオ皇子は、剣を床に落とした。 前世の私は高校2年生の時、私はキノコと運命的な出会いをした。 愛しくて、奔放なキノコという存在に私の心は虜になった。 そして、大学院卒業後の私は念願のキノコ研究者として生活をしていた。 キノコの研究は没頭できたが、研究室というところの人間関係で躓いてしまった。 私の論文を嘲笑った如
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