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第7話
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ずれていた愛憎 第25話
海辺の風は、いつも自由を運び、アトリエの窓の外の数本のヤシの木を揺らしていた。 陽光が大きな窓から差し込み、作業台に整然と並べられた精密な工具を照らしている。 かつて別荘の片隅で埃を被っていた道具たちは、今や凛の器用な指先で生き返っていた。アトリエの壁には、師匠とチームの受賞証明書がずらりと飾られている。 ここはもはや逃げ場ではなく、彼女の仕事の拠点であり、夢が再び船出する港となっていた。 作業の合間、凛の視線が机の上の写真立てに止まった。 中には、夕日の海岸で知樹と並んで写った写真があり、二人は肩を並べ、温かく自然な笑顔を浮かべている。 彼女はスマホを取り上げ、軽く指を滑らせて短いメッセージを送った。【夜に会おう】暮れかかる頃、知樹の車がアトリエの前に止まった。 「まずどこか寄っていく？」ドアを開けながら、知樹が優しく尋ねた。 凛は澄んだ瞳で頷いた。「うん、父に会いに行こう」 車は見慣れた海岸線を進み、やがて海を見渡せる静かな墓地に着いた。 松や柏の木が青々と茂り、かすかに波の音が聞こえる。 凛は清楚な白いデイジーの花束を抱え、父の墓前に立った。 写真の中の父は、相変わらず穏やかで優しい笑顔を浮かべている。 ゆっくりと腰を下ろし、花束を墓石の前にそっと置いた。 「父さん、会いに来たよ」 「父さんを傷つけた人たちは、皆それ相応の罰を受けた。法律が正義を示し、娘もこの因縁に決着をつけた」 彼女の目は静かな水面のように、墓石の父の笑顔を見つめた。 「安心して、私は今、とっても元気だよ」 振り返ると、少し離れたところで静かに立ち、いつまでも優しい眼差しを向け続ける知樹の姿があった。 彼女は心からの温かい微笑みを浮かべた。「新しい人生を始めるから、祝福してね」 立ち上がり、墓石の父の優しさに満ちた顔をもう一度深く見つめた後、ためらうことなく、未練もなく、きっぱりと背を向けた。 夕陽の残光が彼女の影を長く引き、彼女は一歩一歩、待ち受ける知樹のもとへと歩いていった。 墓石は静かに立ち、海風が嗚咽のように、長いため息と祝福を運んでいく。 過去のすべての愛憎、涙と因縁は、この瞬間、背後に広がる深まる夕闇の中に置き去りにされた。
ずれていた愛憎 第24話
調査と裁判はついに決着を迎えた。 凛が提出した証拠は、最も鋭い刃のように、悠真と紗良の罪から逃れようとする全ての妄想を正確に断ち切った。 「被告人黒川悠真、隠匿罪、証拠隠滅罪、職権乱用罪……数罪併合で懲役15年に処す」 「被告人森田紗良、危険運転致死傷罪、公共危険罪、傷害罪……無期懲役に処す」 判決書の一文字一文字が地に落ちて重く響いた。凛の離婚訴訟も無事成立した。 彼女は望んだ結果を得たが、想像していたような爽快感はなかった。 ただ、長い荒野を歩き抜けたやっと辿り着いた終着点のような、重たく、ほとんど麻痺した疲労感だけが残った。 悠真は武装した2人の法執行官に挟まれ、脇口からよろよろと出てきた。 晩秋の白い陽光が彼を照らし、顔に縦横に走る涙の跡と、一晩で生えそろった憔悴したひげを浮かび上がらせた。 かつての気高さと余裕のかけらもない、完全に塵芥に堕ちた汚れた姿だった。 囚人輸送車の狭い鉄格子の後部座席に無理やり押し込まれようとした瞬間、悠真は何かを感じ取ったように、突然振り向いた。 彼の視線は、遠くのプラタナスの木の下に立つ人影を捉えた。 凛はベージュのトレンチコートを着て、静かに立っていた。彼女の平静な視線が悠真に向けられた。 「凛」 悠真の喉から、絶望に歪んだ金切り声が迸った。 崖っぷちに追い詰められた獣のように、最後の力を爆発させ、一時的に拘束を振り切り、よろめきながら凛の方へ走り出した。「凛！間違ってた！本当に間違ってた！助けて！僕を助けて！お願いだ！あなたを愛してたあの頃の僕を見てくれ」 「何もいらない！助けて！中に入れるな！一人にしないで！頼む！凛」 その声は嗄れ、絶望に満ち、一言一言が血を吐くようで、最も卑屈な哀願と最深の恐怖に満ちていた。 15年という長い刑期は、彼が持っていた全て、金、地位、誇り、未来を粉々に砕くに十分だった。 この恐怖は死よりも甚だしい。 凛の視線は、終始平静に彼を見つめていた。 涙と鼻水を垂らして叫び、プライドも何もかも捨てて這いつくばるように哀願するその姿、「黒川悠真」という最後の光が消えていく瞳を。 彼女の顔には何の表情もなかった。喜びも、憐れみもない。ただ氷原のような無関心だけ。
ずれていた愛憎 第23話
凛の沈黙は、悠真に「紗良への処置がまだ足りない」と思わせ、すぐさま蹴りを入れようとした。「もういい」凛の声は大きくない。悠真が猛然と顔を上げ、死んだような目に信じがたい狂喜の光が迸った。まるで全身が燃え上がらんばかりに。彼女が話した！ 自分を制止した！これはもしかして……ついに許してくれたということか？「凛」声はかすれ、震える両手で彼女の手を掴もうとしたが、触れる寸際に火傷したように引っ込め、宙に浮かせたままだった。「許してくれたんだろ？そうだよな！あなたの心にはまだ僕がいるって」「間違ってた！本当にわかってる！昔の僕はクズだった！目が曇ってた！あなたにもお父さんにも。僕は死ぬべきだ！許してくれるなら何でもする！命でも差し出す！凛、あなたさえ戻ってきてくれれば」支離滅裂な言葉に、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだった。かつて高飛車で冷静だった弁護士黒川さんは、今や彼女の足元に這い蹲り、哀れな乞食のようだった。凛は彼を見下ろし、冷たい口調で言った。「彼女の結末は法律に任せるべきよ、黒川さん」悠真は凍りついたになり、さっきまでの歓喜が一瞬で消え去った。凛は平静に彼のそばを通り抜け、真っ直ぐに二階へ向かった。ヒールが磨かれた階段を叩く音一つ一つが、悠真の心臓を踏みつけるようだった。彼女はクローゼットの奥深く、目立たない収納棚を見つけた。古い毛布と廃棄した箱の下から、重そうに何かを引きずり出した。それは、深い青のやや古びた工具箱だった。表面は傷と凹みだらけで、角の塗装は剥がれ、鈍い金属が見えている。悠真の瞳が収縮し、心臓を冷たい手で握りつぶされるようだった。思い出した。これはあの時、パリ留学を諦めて自分と結婚することを選んだ凛が、自らしまい込んだ工具箱だ。彼女が宝物のように大切にしていた専門の道具が詰まっており、あの器用な指先で無限の可能性を生み出した道具たちだ。引っ越してきたばかりの頃、悠真は自分でも深く考えない密かな得意げさで、凛がこの箱を最も奥深く押し込むのを見ていた。まるでそれによって、あの自立し輝き、自分だけの夢を持つ凛までも一緒に封じ込められるかのように。今、この忘れ去られ、意図的に隠されていた箱が、再び引きずり出された。「凛」悠真の声は崩れた恐怖に満ちていた。「何をす
ずれていた愛憎 第22話
「私にできる」凛の態度が緩んだのを感じ取り、悠真は命綱を掴んだように叫んだ。「犯人に償わせてみせる」車は最終的に二人の新婚時代を過ごした別荘の前に停まった。濃い夜闇の中、別荘の灯りはまぶしいほどに明るく、凛の目を刺すように痛かった。「凛」悠真の声には偏執的なほどの期待が込められていた。彼は先に車を降り、回り込んで彼女のドアを開けた。「家に着いたよ」彼は特に「家」という言葉を強調した。まるでここに足を踏み入れさえすれば、過去を全て消し去れるかのように。凛は動かなかった。目の前にあるのは、彼女の短い新婚の甘い記憶と、絶望のすべてが詰まった檻だった。「中を見てくれないか？」彼は懇願するように言った。凛はようやく動いた。この別荘に彼女の大切なものが残されていたからだ。ヒールが冷たい大理石の階段を叩き、虚ろな響きを立てた。ドアの内側では、全てが注意深く「再現」されていた。玄関には彼女が好きだった小さな多肉植物が元の位置に。食卓には彼女が選んだ水色のチェックのテーブルクロス。リビングのソファには彼女のお気に入りだったアイボリーのブランケット。彼女が子供っぽいと嫌っていた星形のナイトライトでさえ、かすかに灯っていた。まるで下手な舞台セットのように、既に幕を閉じた悲劇を再現しようとしている。悠真は成績を見せたがる子供のように、病的な興奮を帯びて、彼女を一部屋ずつ案内した。寝室のナイトスタンドに置かれた愛嬌のある陶器のブタの貯金箱を指さし、「凛、見て、あなたが一番好きだったやつだよ。同じものを買ったんだ」クローゼットのドアを開けると、彼女のサイズと昔の好みに合った新しい服がびっしりと掛かっていた。「あなたの服、全部同じものを買い揃えた。一枚も欠けてない……」「これら、全部覚えてる……」彼の声は次第に小さくなり、灼熱の視線を凛の顔に釘付けにした。褒め言葉を待つ囚人のように。一つ一つの再現は、彼が自ら心に突き立てた刃だった。血まみれになって彼女に差し出していた。凛の視線がそれらを見渡した。懐かしさも感動もなく、ただ死んだような虚しさだけ。かつて彼女の乙女心をくすぐった小物たちは、今や皮肉にしか見えなかった。それらは冷たい展示品のように、彼女の失われた愚かな純真さを見せつけていた。
ずれていた愛憎 第21話
悠真の心臓が激しく震え、目の縁が真っ赤になった。ペンを手に取り、「財産分割協議書」の上を滑らせ、最後の一筆を記す。ほとんど待ちきれないほど急いで書類を押しやった。凛は俯き、書類に記された容赦ない条項に目を通す。動産、不動産、基金、株式、すべてが彼女の名義に移される。一瞬の躊躇もなく、彼女はペンを走らせ、自分の名前を記した。その動作は素早く、彼を一瞥することさえなかった。「離婚協議書も」彼女の声は平静そのもの、まるで他人事のようだった。その平静さに、悠真の死んだような心が突然跳ね上がった。狂おしいほどの喜びと苦しみが一気に頭の先まで駆け上がる。彼女が受け取った！彼のすべてを受け取ってくれた！この巨額の財産移転が、彼の絶望的な認識の中で、彼女の態度が軟化した信号となり、まだ一片の情けが残っている証拠となった。彼はそのかすかな光にすがりついた。「凛」疲れきった声は、ほとんど興奮したような切迫感に変わっていた。「あの古伊万里の茶碗、今夜オークションにかかるんだ！一緒に見に行かないか？」凛は眉をひそめ、偏執狂じみた悠真の様子を見て、離婚協議書に署名させるのは不可能だと悟った。しかし、あの古伊万里の茶碗は確かに大きな研究価値がある……凛はついににうなずいた。オークション会場は煌々と灯りに包まれ、色合いが優しく、形の優雅な茶碗が丁重に壇上へと運ばれていく。悠真はすぐに札を上げ、入札するたびに一瞬のためらいもなく、まるで贖罪のごとき切迫感で、これを落札すれば過去の温もりの一片でも取り戻せる。そう思い込んでいた。しかし、オークショニアが彼の高値を読み上げた時、傍らから冷ややかな声が静かに響いた。「3600万」凛だった。彼女は自身の入札札を掲げ、ライトに照らされた横顔はまるで翡翠のように冷たく硬い輝きを放っていた。「凛？」悠真は愕然と振り向き、目に宿った希望が砕け散っていくのを感じた。凛は彼を見ず、視線は台上の古物だけに注がれていた。「好きなものは、自分で買う。黒川さん」他人行儀な呼び方で、完全に線を引かれた。どんな法文よりも冷たく決然としていた。帰路、車内は窒息しそうな静寂に包まれた。窓の外では、街の光が急速に後ろへと流れ去っていく。まるで遠く置き去りにされた過去のように。ハン
ずれていた愛憎 第20話
あの眩しいほどの陽光が降り注ぐ島から戻ってきた悠真は、まるで背骨を抜かれたようだった。凛の笑顔ひとつひとつが、焼けた烙印のように、彼の爛れた心臓に焼きついていく。いや、こんな形で終わらせるわけにはいかない！彼は彼女に、謝るべきだった。説明すべきだった。たとえ、それが万が一にも届かぬ希望だとしても。震える手で、彼は一通のメッセージを送った。離婚に同意し、弁護士を通じて財産分与をするという名目で凛と会うことを提案した。拙くて自己中心的な言い訳だったが、それしか手段がなかった。送信ボタンを押した瞬間、巨大な虚脱感に襲われた。翌日、悠真は2時間も早く到着していた。かつて凛に告白した時の窓際の席に座り、見慣れた街の風景は広がっているが、心はすっかり変わってしまった。彼女がかつて褒めてくれたオーダーメイドのスーツに身を包み、髪もきちんと整え、クマや血走った目を隠そうとしたが、指先は無意識にテーブルクロスの端を何度も撫でていた。時間は一秒一秒が拷問のように過ぎていく。あの懐かしくも遠い姿がレストランの入り口に現れた時、悠真の心臓は止まりそうになった。凛が来た。シンプルなベージュのトレンチコートを着て、髪はゆるくアップにし、化粧もしていないが、陽光と潮風に育まれたような静けさと距離感を漂わせていた。彼女はまっすぐに歩み寄り、彼の向かいに座った。その目は静かで、まるでどうでもいい他人を見るようだった。「契約書は？」冷たい声に、悠真が用意していた言葉は喉元で詰まった。彼は飢えるように彼女を見つめ、かつての温もりを探そうとしたが、そこには底知れぬ冷たい湖が広がっているだけだった。「凛」声はひどくかすれていた。「ここ……覚えてるか？僕たちの初デートはここだった……あなたはここのデザートが最高だって……」凛は反応せず、彼の精一杯の装いを淡々と見渡した。その目には一片の波紋もなかった。悠真の心は沈んでいき、焦ったように続けた。「あの古伊万里の茶碗も！ずっと探してたやつだろ？覚えてる！ずっと覚えてた！もうオークションに手配して……」口調は次第に早くなり、彼女の好みを覚えていることを証明できれば、過去に戻れるとでも信じるかのようだった。「黒川」凛は静かに彼を遮った。声は大きくないが、冷たく鋭い刃のように
