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ビタースウィート

ビタースウィート

Par:  ひとくちネコComplété
Langue: Japanese
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高杉達也(たかすぎ たつや)がいちばん貧しかった頃、客の接待で無理やり酒を飲まされ、腹の中は酒でいっぱいだった。 家に帰ったときにはもう足元もおぼつかず、それでもふらつきながらポケットの中をまさぐって、溶けかけたチョコレートを二つ取り出した。 「なあ、これ食べて。君の好きなやつだ」 その後、何度も言い争いをした日々の中で、私はいつもあの二つのチョコレートを思い出していた。 だからこそ、何度も譲ってしまった。彼のために仕事を辞め、妊娠し、そして流産した。 けれど、さっき、彼のパソコンに開かれたままのチャット画面を見てしまった。 チャットの中で、彼の友人が言っていた。【春奈さんが会社に入ったこと、奥さんはまだ気づいてないよな?】 【春奈さんが海外に行った年、達也さん、街中を探し回ってさ。春奈さんの好きなチョコレートをどうしても見つけたくて、あのとき、結局引き留められなくて、泥酔して泣きながら帰ってきたよな】 【その時、俺は思ったんだ。達也さんはもうあの人なしじゃ生きられないって】

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Chapitre 1

第1話

【達也さん、まだ来ないのか?春奈さんがもう待ちくたびれてるよ】

【この前、ちゃんと満足させてやらなかったんじゃないのか?】

高杉達也(たかすぎ たつや)のパソコンに開きっぱなしになっていたチャット画面が、私の視線を釘づけにした。

野原飛雄(のはら とびお)のアイコンが、次々と点滅を続けていた。

【春奈さんが会社に入ったこと、奥さんはまだ気づいてないよな?】

【達也さんもよくやるよな、そんなことで春奈さんを何日も泣かせて】

【覚えてるか?春奈さんが海外に行った年、達也さん、街中を探し回ってさ。春奈さんの好きなチョコレートをどうしても見つけたくて、あのとき、結局引き留められなくて、泥酔して泣きながら帰ってきたよな】

【あの時、俺は思ったんだ。達也さんはもうあの人なしじゃ生きられないって】

【でもよかったな、また戻ってきたんだから】

【達也さん、二人が一緒にいる限り、俺はまだ愛を信じられるよ】

私はその場に立ち尽くした。口の中で甘かったチョコレートが急に苦く変わった。

私は甘いものが得意ではない。けれど、このブランドのチョコレートだけは別だった。

三年前、達也がたった二粒のチョコで私を嫁に迎え入れてくれたのだ。

あの頃、彼は何も持たず、実家から追い出されて、苦しい思いで起業していた。

客に付き合って酒を飲まされ、泥酔して帰ってきたときにはもう立つのもやっとだった。

それでもポケットの中をまさぐって、苦労して取り出したのは溶けかけたチョコレートが二つ。

どこで買ったのかと尋ねても、まともに答えられず、ただひたすら口に入れようとばかりしてきた。

「なあ、食べて!君の好きなやつだ!」

チョコレートはもうべたついて、ひとかたまりに溶けていた。

彼の顔は汗で濡れて、間の抜けた笑みを浮かべていた。

それでも、胸の奥がふっと温かくなった。

翌年、私たちは結婚し、彼の事業も成功した。

そして最初にしたことが、倒産寸前のチョコレート工場を買い取ることだった。

それから、私は好きなだけ甘いものを口にできるようになった。

けれど今、その甘さはまるで毒のように喉に絡みつき、息ができないほど苦しかった。

胸の奥がつまって、息をするのも痛かった。

鼻の奥がつんと熱くなり、涙がこぼれそうになったそのとき――

玄関のほうから、達也の声が聞こえてきた。

「馨ちゃん、何見てるの?」

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ノンスケ
ノンスケ
愛人の妊娠、それからどうなったの?交通事故で起訴されるの?お母さんが残したものって何?いろいろ気になることが残ってしまい、不完全燃焼。
2025-12-05 08:14:59
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蘇枋美郷
蘇枋美郷
クズ元夫の義母さんが残した大きなものって何だったんだろう?めっちゃ気になる! クズ女も殺人未遂だし天罰受けてますように!!
2025-12-04 20:25:08
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松坂 美枝
松坂 美枝
間女はあのままクズ男と結婚するのかな 自分を好きになった女が好きという評価は大当たり 本命は主人公なんだろうけど優柔不断にこれからもフラフラ生きていきそうな男だった
2025-12-04 09:58:18
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第1話
【達也さん、まだ来ないのか?春奈さんがもう待ちくたびれてるよ】【この前、ちゃんと満足させてやらなかったんじゃないのか?】高杉達也(たかすぎ たつや)のパソコンに開きっぱなしになっていたチャット画面が、私の視線を釘づけにした。野原飛雄(のはら とびお)のアイコンが、次々と点滅を続けていた。【春奈さんが会社に入ったこと、奥さんはまだ気づいてないよな?】【達也さんもよくやるよな、そんなことで春奈さんを何日も泣かせて】【覚えてるか?春奈さんが海外に行った年、達也さん、街中を探し回ってさ。春奈さんの好きなチョコレートをどうしても見つけたくて、あのとき、結局引き留められなくて、泥酔して泣きながら帰ってきたよな】【あの時、俺は思ったんだ。達也さんはもうあの人なしじゃ生きられないって】【でもよかったな、また戻ってきたんだから】【達也さん、二人が一緒にいる限り、俺はまだ愛を信じられるよ】私はその場に立ち尽くした。口の中で甘かったチョコレートが急に苦く変わった。私は甘いものが得意ではない。けれど、このブランドのチョコレートだけは別だった。三年前、達也がたった二粒のチョコで私を嫁に迎え入れてくれたのだ。あの頃、彼は何も持たず、実家から追い出されて、苦しい思いで起業していた。客に付き合って酒を飲まされ、泥酔して帰ってきたときにはもう立つのもやっとだった。それでもポケットの中をまさぐって、苦労して取り出したのは溶けかけたチョコレートが二つ。どこで買ったのかと尋ねても、まともに答えられず、ただひたすら口に入れようとばかりしてきた。「なあ、食べて!君の好きなやつだ!」チョコレートはもうべたついて、ひとかたまりに溶けていた。彼の顔は汗で濡れて、間の抜けた笑みを浮かべていた。それでも、胸の奥がふっと温かくなった。翌年、私たちは結婚し、彼の事業も成功した。そして最初にしたことが、倒産寸前のチョコレート工場を買い取ることだった。それから、私は好きなだけ甘いものを口にできるようになった。けれど今、その甘さはまるで毒のように喉に絡みつき、息ができないほど苦しかった。胸の奥がつまって、息をするのも痛かった。鼻の奥がつんと熱くなり、涙がこぼれそうになったそのとき――玄関のほうから、達也の声が聞こえてきた。
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第2話
彼が歩み寄ってきて、顔色を変えた。「どうした?泣いてるのか?」モニターにはさっきまで開いていたチャットが消え、代わりに私の検査結果が映っていた。達也はすぐに不安そうに私を抱きしめた。「馨ちゃん、どうしたんだ?」私は彼を見つめたまま、涙がぽろりと落ちた。「今月も、ダメだった」彼は報告書に目を通し、ほっと息をついた。「なんだよ、驚かせるなって。言っただろ、子どものことは焦らなくていいって。そんなに急がなくてもいいじゃないか」深く澄んだその瞳に、甘やかな愛情が溢れていた。彼は私の頬を軽くつまんで笑った。「うちには君がいるだけで、もう十分だよ」私は黙り込んで、何も言えなかった。彼はそっと私の涙を拭い、さりげなくパソコンを閉じた。そして私の手を引いてリビングへ連れていった。「そろそろ生理だろ。オーバーシーツは出してベッドの横に置いておいた。今日は牛肉と豚レバーを用意したから。鉄分と血を補うから、ちゃんと食べるんだよ。それから栄養スープもある。保温ポットに入れておいたから、ちゃんと飲んでくれ。夜帰ったらチェックするからな」私はそれでも何も言わなかった。彼はそっと私の額にキスして、子どもをあやすように微笑んだ。「今回は砂糖を多めに入れたから、飲みやすいはずだよ」結婚して三年。彼はいつも優しく、ほとんど執拗なほど私に何もさせようとしなかった。その視線はいつだって、愛しさでいっぱいだった。私は気づかなかった。彼の心がいつから私から離れていったのか。私をソファに座らせると、彼は気だるげに部屋着を脱いだ。背を向けてシャツを取るとき、彼の背中の下のほうにうっすらと赤い痕が見えた。服を着終えてから、ようやくそれが何かに気づいた。――あれは、引っかき傷だ。私のじゃない。ほかの女のものだ。達也は車のキーを手に取り、出かける準備をしていた。振り返って私を見た。「馨ちゃん、おいで」私は機械のように立ち上がり、彼のもとへ歩み寄った。彼は私の頭を軽く撫でて言った。「家で余計なこと考えるなよ。退屈だったら買い物でも行ってこい。今日は客先があるから、帰りは遅くなる。待たなくていいからな。薬はちゃんと飲めよ。帰ったら確認する」距離が近づくと、彼の胸ポケットに古い万年筆
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第3話
スマホの画面が光って、誰かから急かすようなメッセージが届いたらしい。彼は少し焦ったようで、いつもの別れのキスさえ忘れて、軽く私を抱きしめただけで出て行った。そのとき、彼は無意識に左胸の万年筆を手で押さえていた。私に気づかれるのが怖かったのか、それとも――私に触れられるのが嫌だったのか。ドアノブを握る手に力が入り、指の関節が白くなった。長年の愛がただの欺きだったなんて、信じたくなかった。けれど、目の前に突きつけられた現実を見ないふりもできなかった。もっと確かめなきゃと思った。ドアを開けて後を追おうとしたその瞬間、ドアが向こうから開いた。達也が戻ってきてた。私がまだ玄関にいるのを見て、少し驚いた顔をした。「出かけるのか?」私は二秒ほど言葉を失ったまま、「ゴミを、捨てに行こうと……」と答えた。彼は私をソファに押し戻した。「あとでお手伝いさんが来るから、そんなことしなくていい」何かを忘れたようで、部屋に戻るとすぐに出てきて、また慌ただしく出て行った。私は今度こそ、その後を追った。彼はいつもより速いスピードで車を走らせ、私は少し遅れながらもついて行った。彼の会社近くのマンションに着き、地下の駐車場へと入っていった。彼は隅のほうに車を停め、降りてすぐ隣の赤いミニクーパーの後部座席に乗り込んだ。その瞬間、車内では茶色の巻き髪の女が、待ちきれないとばかりに彼の首に腕を回し唇を寄せていた。私はハンドルを握りしめ、全身がこわばり、呼吸が荒くなった。二人が絡み合うたびに、車が大きく揺れた。そのときようやく気づいた。――彼がさっき家に戻って、わざわざ取りに行ったもの。寝室に置いてある、コンドームだった。達也は決まったブランドしか使わない。あれはなかなか手に入らないもので、デリバリーでも一時間はかかる。だから、待てなかったのだ。私の目の前を堂々と通って、私が買ったそれを持ち出し、別の女と使うために。達也の手が車の窓に強く当たり、指の関節が浮き上がった。薬指の結婚指輪が私の目に刺さるように光っていた。私は顔をそむけて涙をぬぐい、ぼんやりと隣の車の空っぽの運転席を見つめていた。どれほど時間が経ったのか分からない。再び視線を戻したときには、すべてが終わっていた。女は後部座席か
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第4話
三年前、私が達也と結婚した日。彼女はひとりで隣のホールに座り、私たちの結婚式を最初から最後まで見ていた。そこで私は達也に尋ねた。「あの人、あなたの親戚?」彼はちらりとその女を見て、しばらく黙ったあと、「さあ……知らない人だよ」と答えた。彼女のあまりにも虚ろな表情を見て、私はてっきり失恋でもしたのだと思った。だから、気の毒になって、祝福のキャンディとケーキを分けてあげた。まさか、その失恋の相手が――私の夫だったなんて。私は視線を落とし、ふと笑ってしまう。私が大切にしてきたこの愛は、最初から嘘にまみれていたのだ。スマホが急に震えた。画面を開くと、達也のオフィスのデスクの写真が送られてきた。【馨ちゃん、会社に着いたよ。この書類の山、見えるか?君の旦那さん、もう死にそうに疲れてる。元気を出すためにキスしてくれない?】私は力が抜け、シートの背にもたれたまま、顔を手で覆って力なく笑う。――そうね。確かに、疲れてるでしょうね。でも、その力を注いでいるのは仕事じゃない。春奈は車を走らせて出て行った。私もあとを追う。知るべきことはすべて知ってしまった。もう、尾ける気力もなかった。それなのに、あの車が偶然にも私と同じ道を走り続けていた。十字路で信号が赤に変わり、私たちは並んで停まる。彼女はちらりと私のほうを見た気がする。信号が青に変わり、私は前を見据えたまま、何もなかったようにアクセルを踏んだ。数秒後――車体が突然、激しく衝撃を受けた。頭がフロントガラスにぶつかり、車はそのまま大型トラックに突っ込んだ。耳を裂くようなクラクションの中で、激しい痛みが私の意識を奪っていった。
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第5話
目を覚ますと、全身が痛んでいるとりわけ、腹の痛みがひどかった。達也がベッドの前に立っている。無精ひげを生やしたやつれた顔で、目の下には深い影が落ちていた。かすれた声で、彼が私の名を呼んだ。「馨ちゃん……」力が入らず、私はか細い声で尋ねた。「……どれくらい寝てたの?」彼は私よりも弱々しい声で答えた。「一日だ」たった一日。その姿を見た瞬間、私はてっきり三日も四日も経っているんだとさえ思った。彼はゆっくりと私の手を握り、震える声で言った。「馨ちゃん……無事でよかった……本当によかった……俺を置いて行かなくて……」彼は言葉にならないほど喉を詰まらせ、私の手のひらに顔を深く埋めた。私は天井の白い蛍光灯を見つめながら、静かに言う。「でも、あなたは――私を置いて行ったじゃない」彼は慌てて顔を上げた。「違うんだ!馨ちゃん、誤解だ、説明する!彼女はただの友達だ。ちょうど帰国したばかりで、うちの会社に入りたいって言われただけだ!断ったら、せめてご飯だけでもって言われて……でも何もなかった!本当に昔の友達なんだ!聞きたいことがあるなら、直接俺に聞けばいいじゃないか。なんで尾けてまで自分を傷つけるんだ!俺は絶対に君を騙したりしない!」彼は理性を失い、稚拙な嘘を並べている。私は静かに彼を見つめた。もう怒りも悲しみも湧いてこなかった。ようやく、はっきり分かったのだ。変わったのではなく――彼は最初から、そういう人間だった。達也は、生まれながらの嘘つきだ。この愛は、最初から彼が見せた蜃気楼にすぎなかった。三年前のあの日、私はなんて愚かな選択をしたのだろう。でも今、死の淵から戻った私はその過ちを正すだけだ。激しく痛む腹部を押さえながら、私は一語一語、はっきりと告げた。「達也、離婚しましょう」彼の体がびくりと震え、呆然と私を見つめた。「どうして?」顔は血の気を失い、額の汗がこめかみを伝い、髪が張りついていた。その姿は壊れそうなほど弱々しかった。私は小さく息を吐き、手を伸ばして、彼のポケットに指を差し入れた。指先で軽く引っかけると、ベージュのストッキングが一枚出てきた。そこには、かすかに残る汚れの跡。「達也……あなたの芝居、もう昔みたいには上
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第6話
達也の顔から一気に血の気が引く。彼は手を伸ばして、そのストッキングを奪い取ろうとしたが——指先が震え、結局、触れることすらできなかった。「お、俺……馨ちゃん……」息を荒くしながら、何も言葉が続かなかった。「離婚しましょう」というあの一言で、私はもうすべての力を使い果たしていた。腹の痛みが増し、意識がぼやける。私は目を閉じて、かすれた声で言う。「出て行って。離婚の手続き、私が退院したら連絡するわ」「いやだ、離婚なんかしない」彼は正気を取り戻したように、はっきりと言い切った。「俺は離婚しない!全部、誤解だ。馨ちゃん、俺を置いて行かないでくれ」私は小さくため息をついた。「達也、あなたも知ってるでしょう。私は同じ過ちを二度は繰り返さない」――私は、達也とは幼なじみだった。互いの初恋の人ではなかったけれど、長い間知り合いだ。大学のとき、私は先輩と付き合っていた。恋に夢中で、毎日が幸せだった。けれど、大学四年のとき、両親が交通事故に遭い、ICUに運ばれた。家の財産は親族に奪われ、治療費すら出せなくなった。私は助けを求めてあちこちを回り、最後に彼――当時の恋人の先輩を頼った。だが、その人は三年前から別の女と付き合っていた。怒る気力もなかった。それでも、父と母を救うために、私はプライドを捨てて頭を下げた。そのときの彼の冷たい笑い顔を、今もはっきり覚えている。「馨、遊びだろ?金の話を出すなんて、覚めるよ。自分だけが特別だと思ってた?みんな同じ、気楽な関係じゃないか」その言葉に心が壊れた。絶望のあまり、ICUで両親の人工呼吸器を外して、自分も手首を切ろうとした。そのとき――背後から大きな手が伸びてきて、私を止めた。達也だった。彼はすでに本家に戻り、会社に入っていて、何年も会っていなかった。それでも、私の家のことを聞いて、夜通し車を飛ばして駆けつけてくれた。「怖がるな、俺がいる」彼は最初にそう言った。その瞬間、私は本当にもう怖くなくなった。彼は治療費をすべて払ってくれ、奪われた財産の一部を取り戻してくれた。私を押し潰していた黒い雲はあっという間に消えてなくなった。けれど、結局、両親は助からなかった。私は深い鬱に沈んでいった。その間ずっと、達也がそ
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第7話
そのあと、彼は私にプロポーズをした。少し考えてから、私はうなずいた。あの頃の私は、もう恋というものに何の期待もしていなかった。けれど、もし彼が望むのなら――私は一緒にいてもいいと思った。私が出した条件はたったひとつ。「ほかの女を作らないこと」だ。彼は私の額を軽くつついて、笑いながら言った。「子どものころと同じだな。相変わらずやきもち焼きだ。今の俺のどこにそんな余裕があると思ってるんだ?」そう、あのときの彼にはもうお金がなかった。家の決めた婚約を拒んで、勝手に私と結婚したことで父親に勘当され、彼は一人で生きていくしかなくなった。私は持っていた全財産を差し出し、彼の起業を支えた。どうせそのお金も、彼が私のために取り戻してくれたものだったから。これで、私たちは支え合って生きていけると思っていた。けれど、彼はあまりにも優しすぎた。何年経っても変わらないその優しさと愛情が、少しずつ私の心の壁を壊していった。そして私は、勘違いしてしまったのだ。――もしかしたら、彼が政略結婚を拒んでまで私を選んだのは、私を愛していたからなのかもしれない。――もしかしたらあの逃げられた結婚こそ、彼が私のもとへ戻るためのきっかけだったのかもしれない。――もしかしたら、本当に彼は私を愛しているのかもしれない。だってそうだろう。毎日、どんなに忙しくても料理を作ってくれて。どうにかして私に薬を飲ませようとして。いつ電話をしてもすぐに出て。酔って立てなくなっても、私の好きなチョコレートを忘れずに買ってきてくれて。あんなに優しい人を、好きにならずにいられるわけがない。あのときの私は本当に馬鹿だった。考えもしなかったのだ。彼があれほどまでに優しかったのは、ただ――もともとそういう人間だったから。私を助けたのも失恋の痛みから逃げたくて、たまたま落ち込んでいた私に手を差し伸べただけだった。彼の思いやりは性格に過ぎなかった。誰が妻になっても、同じように優しかったはずだ。目を開けて怯えたような達也を見やり、私は自嘲気味にふっと笑った。――ほらね。逃げた婚約者の春奈にさえ、彼は怒ることなく、同じように優しくしている。「これまでのこと、全部、私の勘違いだったのね。達也、穏やかに終わらせましょう。あなた
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第8話
達也は私と目を合わせられず、視線を逸らした。白い蛍光灯の光が、彼の額に浮かぶ冷や汗を照らしている。「馨ちゃん、そんな言い方をするなよ。大したことじゃないんだ」いつもの穏やかな表情を保とうとしながら、彼は無理に笑みを作った。「春奈は……あまりいい相手と結婚しなかったんだ。やっとの思いで離婚して、国に戻ってきた。昔の知り合いとして、頼まれたら無視もできないだろ。少し手を貸しただけなんだ……彼女も会社のためにいろいろ尽くしてくれてる。馨ちゃん、俺が起業した頃を覚えてるだろ?あの時だって君が助けてくれた。あの時の客たちがどれだけ厄介だったか、君も知ってるはずだ。……俺たちの子どもも、ああやっていなくなったんだ」私はシーツをぎゅっと握りしめる。胸の奥が、またじんわりと痛みだした。――あの子は望んでいたわけじゃなかった。仕事の関係で酒を飲まされ、転んで流産した。私は長い間、その悲しみから抜け出せなかった。この世で、もう両親もいない私はどうしても自分と血のつながった家族が欲しかった。それ以来、達也は私に仕事をさせようとしなかった。生活のすべてを管理し、少しでも疲れさせまいとした。彼が罪悪感と痛みに揺れているのは分かっていたし、私は彼の好きにさせていた。一人で全部を背負う姿がただただ気の毒で。まさか――その重さを、別の誰かと分け合っていたなんて思いもしなかった。私は歯を食いしばり、かすれた声で言う。「つまり、私、土屋春奈に感謝すべきってわけ?私の代わりに仕事をして、私の夫の面倒まで見てくれて?」「違う!そんな意味じゃない!」達也は勢いよく身を乗り出し、私の手をつかんだ。「馨ちゃん、落ち着け!自分を傷つけるな!」彼は焦ったように早口で言い続けた。「君が嫌なら、すぐに春奈を辞めさせる!二度と会わない!馨ちゃん、あの女なんか君とは比べものにならない!取引先の連中は酒だけじゃ済まないんだ!君にあんなこと、させられるわけないだろ!春奈は何でもできる!あの男たちがどうすれば気分よくサインするか、あいつはよく分かってる!馨ちゃん、俺はただ……あの女を利用してるだけなんだ!」――吐き気がする。「そうね。確かに、あの人はどうすれば気持ちよくさせられるかも、よく知って
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第9話
一瞬、私はこの世界から切り離されたような感覚に陥った。音も光も、何も感じなかった。だが、腹部の痛みが再び私を現実へ引き戻した。そっとガーゼに手を添えた。――これが生き延びた代償なのだ。私は愛する人を失い、もう二度と、自分の血を分けた家族を持つこともできなくなった。達也の顔がすぐ目の前にあった。いつもとは違う、妙に真剣な表情で私を見つめている。その目を見て、懐かしさと、ぞっとするほどの違和感が同時に胸を刺した。「馨ちゃん……実は、春奈もかわいそうなんだ。彼女も君と同じ日に、両親を亡くしたんだ。でも、君ほど幸運じゃなかった。あの時、春奈は一人で海外にいて、夫に暴力を振るわれ、両親の最期にも立ち会えなかった。……あの頃、結婚式から逃げたあと、彼女はすぐに後悔したんだ。それで、俺を探して戻ってきた。けど、俺はもう君との結婚を控えていた。だから、式場の隣のホールで俺たちの結婚式を最後まで見届けてから、チケットを買って、夫のもとへ戻ったんだ。春奈の人生がこんなふうになったのは、本当なら君のせいなんだよ。馨ちゃん、お願いだ、一度だけ春奈を許してやってくれないか。同じ境遇の女同士だろ?君は彼女が欲しかった人生を手に入れた。少しだけ、譲ってくれ。離婚はやめよう。俺も春奈とはもう会わない。お互い、一歩ずつ譲り合えばいい」達也は私の髪を撫でながら、穏やかな声で言った。「どうせ、君にはもう他の選択肢なんてないだろ?君を愛せるのは俺だけだ」――その言葉に、全身が冷えた。私は思い出した。これは、彼がビジネスの場で相手を追い詰める時の顔だった。今、その表情を私に向けている。吐き気がこみ上げ、私は全身で彼を突き放そうとした。「あの女の不幸なんて、私には関係ない!それに、今はあなたがいるんでしょ?もう不幸じゃない!あの女の人生はあの女に返してあげる!」達也は私の肩を押さえつけ、顔色ひとつ変えずにため息をついた。「馨ちゃん……君が子どもみたいに我がままなのは、俺が甘やかしすぎたせいだな。俺たちみたいな人間に、きれいなんてあり得ない。春奈はただの玩具だよ。そんなことで怒るなんて、君は厳しすぎる。でもいいさ。君が嫌なら、やめる。どうせ、あの女には俺たちの子どもを産む資格なんてない
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第10話
その後の一か月、私は退院できなかった。達也は病院に泊まり込み、私の生活もリハビリも細かいところまで世話をした。私が口をきかなくても、彼は気にせず、勝手にあれこれ話しかけてきた。夜は私が眠るまで寝ようとせず、目を覚ませば私の手を握っていて、少しでも動くとすぐ気づいた。会社の者が毎日、彼に報告に来ていた。やがて、飛雄も現れた。彼はこっそり私を一瞥すると、達也を引っ張って部屋を出ていった。私はそっとドアのところまで行き、途切れ途切れに聞こえた。「春……自殺……」少しの沈黙の後、足音が近づいてくる。私は急いでベッドへ戻った。座り直したところで、達也が入ってきた。「馨ちゃん、会社で用事だ。少し出てくる」私は何も返さなかった。彼は私の頭を撫でた。「あとで薬膳を食べるんだよ。看護師が見ているから」そう言って、足早に出ていった。私は静かに本を読み、薬膳を食べる。そして、看護師が昼休みに入ってドラマを見る隙を見て、そっと病室を抜け出した。そしてそのまま警察署へ向かった。「半月前のひき逃げを通報します。運転手は土屋春奈です」春奈が呼び出されたとき、達也も一緒に来ていた。彼はほっとしたように息をつき、早足で私に近づき、しゃがんでじっと私の様子を見た。「どうして出てきた?傷はまだ痛むだろ?」痛い、痛くないわけがない。でも私はぼんやりして過ごすより、痛みを抱えてでもはっきりしていたかった。私は離婚届を取り出し、達也に差し出した。「署名して」達也は一瞥すらせず言った。「馨ちゃん、こんなの必要ない」「あなたが署名しないなら、この女を刑務所に入れる」私は春奈を見た。「あなたが言うほど、この女ってどうでもいい存在じゃないんじゃない?」でなければ、何日も付き添っていた私を放って彼女に会いに行ったりしない。そして首に、あの半分残った赤い痕をつけて戻ってきたりもしない。達也はため息をついた。「馨ちゃん、君は勝てないよ。君が入っている病院は俺が出資してるんだ。病院の診断書がなければ、彼女を有罪にできない」彼は離婚届を取り上げ、ゆっくりと引き裂いた。「それなら、俺が彼女を牢屋に放り込んでやるよ。そして君は、俺のそばにいろ」
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