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第3話

Auteur: さかなちゃん
英樹の背中が遠ざかっていくのを見ながら、佳奈はこらえきれずに涙をこぼした。

痛みをこらえながらなんとか立ち上がると、ほうきとモップで床に散らかったカップやコーヒーを片付けはじめる。

心配した同僚たちが何人か手伝いに来てくれ、みんな同情の目で佳奈を見つめる。

「高木さん、アイスのブラックって言ってましたよね?なのにあんなこと言うなんて。小野さん、何か高木さんの気にさわるようなことでもしたんですか?」

「そんなわけないでしょ。高木さんって、昔からああいうわがままな人だって有名じゃないですか。ちょっとのことですぐに不機嫌になるから、みんなも彼女のことよく思ってないけど、社長がぞっこんだから、誰も何も言えないんですよ」

「はぁ、社長があんなに夢中になるなんて。小野さん、これからは気をつけてくださいね。私たちはただの社員で、高木さんとは違うんですから。高木さんには社長がついてるから、理不尽なことされても我慢するしかないですね……」

佳奈は、彼女たちが善意で言ってくれていることは分かっていた。

だが、いろんな感情がこみあげてきて、何も言えない。

以前、自分が担当した契約でトラブルが起きたことがある。本当は取引先のミスだったのだが、最終的に全てこちらのせいにされたのだ。

しかし、相手から強く責められたときも、英樹だけは信じてくれたし、彼は自分のために一生懸命に反論して、その疑いを晴らしてくれたのだ。

それなのに今は、真白のあんな出まかせを簡単に信じ、事実を確かめようともしない。説明するチャンスさえくれず、すべてを自分のせいだと決めつけていた。

こんなに一生懸命働いて、英樹のために尽くしてきたのに。その結果が、この程度の信頼しかないというのか?

それとも英樹にとっては、正しいとか間違っているとかはどうでもよくて、ただ真白の機嫌が良ければ、それでいいというのだろうか?

そう考えた佳奈の胸は、きゅっと締め付けられるように痛んだ。

長い時間をかけてすべてを片付け終えると、疲れきった体を引きずって家に帰った。

シャワーを浴びて一息ついた途端、英樹から電話がかかってきた。

「温かい飲み物と痛み止めの薬を持ってきてくれ」

佳奈は大急ぎで言われたものを用意し、英樹の家へと届けた。

数日ぶりに訪れた英樹の家は、すっかり様子が変わっていた。シンプルで洗練されていたはずのインテリアは、何ひとつ無くなっている。

英樹の祖父が植えたという桜の木も、チューリップ畑に変り、モノトーン調だった家具でさえ、英樹が一番嫌っていたはずのパステルカラーになっていた。それに加え、棚には数えきれないほどの宝石やブランドバッグが並べられている……

どう見ても、真白の好みだ。

佳奈は黙ってその光景を眺めた後、明かりがついている寝室のドアをノックする。

ドアを開けた英樹は先に物を受け取り、それから佳奈に目を向けた。

傷の跡が痛々しい佳奈の顔を見て、英樹は一瞬言葉を失った。

「そんなにひどかったのか?病院には?」

佳奈は何も言わずに、首だけ横に振る。

英樹は眉間を押さえながら、珍しく穏やかな口調で言った。

「真白も体調が悪かっただけで、わざとやったわけじゃないだろうから、気にするな。減給分は年末のボーナスで埋め合わせてやるから。病院にはちゃんと行っておけよ。ひどいようなら数日休んだっていい」

「いえ、大丈夫です。私は今月で……」

佳奈は退職することを伝えようとしたが、英樹は彼女の言葉を遮り、クレジットカードを差し出した。

「いいから言うことを聞け。それと、真白の歓迎パーティーを君に頼みたいんだ。それまでに、体調を整えておいて」

言いかけた言葉は、佳奈の喉の奥に引っかかったままになってしまった。

佳奈は小さくうなずき、カードを受け取って英樹の家を後にした。

ドアが閉まる瞬間、真白の甘えた声が聞こえてきた。

「英樹、薬はまだ?お腹痛いから、さすってくれる?」

「すぐ行くから、おとなしく寝てて。勝手に動くなよ」

その優しい声を聞いて、佳奈はそっと笑みを浮かべると、瞳の奥に一抹の自嘲を宿した。

佳奈も生理痛がかなりひどく、これまで何度か会社で気を失い、病院へ運ばれたこともある。

英樹はそれを知っていたが、休暇を許可してくれただけだった。お見舞いに来てくれたことはないし、もちろん痛み止めの薬なんて用意してくれるはずもなかった。

その時は、英樹が忙しくて手が離せないんだと自分に言い聞かせていた。

しかし今なら分かる。ただ自分に興味がなかったから、どうでもよかっただけなんだ、と。

英樹の家を出た後、佳奈は病院に行って、手当をしてもらった。

その後、数日間家で休んでいると、真司から真白の歓迎パーティーの企画案が送られてきた。

花の種類からスイーツ、スタッフの服装にいたるまで、全てにおいて細かい指示が出されている。

佳奈に与えられた時間はたったの3日間。気力を振り絞って準備に取り掛かるしかなかった。

目の回るような忙しさの末、佳奈が準備した歓迎パーティーは、夜7時きっかりに幕を開けた。

真白は、オートクチュールのドレスを身にまとい、パーティー会場の視線は全て彼女に集まっていた。

招待客たちは次々と真白の周りに集まってはお世辞を言い、彼女の機嫌をとる。

「高木さんは相変わらずお美しい。それに、こんなに盛大な歓迎パーティーを開くなんて、中川社長の寵愛ぶりも全然変わっていらっしゃらないですね!」

「そういえば学生時代、高木さんに告白した人がいましたよね?でも、中川社長、それを知るなり相手を転校させて。ラブレターも片っ端から破り捨てたし、陰で高木さんの悪口を言った連中は骨が折れるまで殴られたとか……」

「この業界で、高木さんが中川社長の大切な方だって知らない人はいません!このジュエリー、何億もするんでしょう?ドレスだって世界に一つだけのオーダーメイド。高木さんのためなら、中川社長はどんな大金でも惜しまないんですから!」

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