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第6話

Author: 心砕き
事件の後、病院はこの件を収めるため、すべての責任を発狂した患者に押し付けた。

外向けには「幸吉が他の人を守るために緊急シャットダウンボタンを押した」という正当防衛だと説明された。

みんな、それを信じた。

でも、私だけは違った。

目の前で全てを見た私だけは、絶対に信じられなかった......

数日後、主任から電話が来た。

「友美、B市で全国規模の精神科研究会が開かれる。君を推薦したよ。院長も許可をくれた。この会は、これからの昇進に大きく役立つだろう。ただ......」

「ただ、石田も一緒に参加することになる」

最近、私と幸吉の問題は精神科中の話題になっていた。師匠が心配するのも無理はない。

私は微笑んで答えた。

「大丈夫ですよ、主任」

午後、幸吉が私の机を軽く叩いた。

「行くぞ」

私は彼の顔を見るのも嫌だった。清澄と玲子の件が頭から離れず、今でも心の奥底から許せなかった。

何も言わず、物を持って彼の後ろをついて行った。

車の副座席のドアを開けた瞬間、私は眉をひそめた。

「......ふーん」

幸吉は以前、「自分は潔癖症だから、車内で物を食べるな」と言っていたはずだ。

しかし、副座席には小さなバスケットが置かれ、「光子専用お菓子」と書かれている。

私は幸吉に冷たく言った。

「この車、私が結婚時に持参したのを忘れてないわよね?」

「潔癖症なのは、あなただけじゃないの」

幸吉は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ後、バスケットを後部座席に移しながら言った。

「光子がふざけてやっただけだ」

私がまだ車に乗り込もうとしていた時、突然後ろから力強く引っ張られ、私はよろめきそうになった。

「幸吉!どこ行くの?私を置いて!」

幸吉の顔は一瞬で青ざめ、その後、赤くなった。まさか光子がここまでついてきたとは思わなかったのだろう。

彼は困った表情を浮かべながら言った。

「光子、やめろ。これは全国規模の研究会だ。遊びじゃないんだぞ。重要な会議なんだ」

しかし光子は聞く耳を持たず、私を指差し、声を尖らせた。

「そんな大事な会議に、なんで川口先生だけ連れて行くの?私のことはどうでもいいの?」

そう言うと、彼女は両手
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