私は「家族」のそばに帰った日から地獄に落ちた

私は本物の令嬢。

名門の両親に認められたその日――両親の会社は倒産し、借金まみれになった。

父は絶望して飛び降り自殺をし、兄は借金取りに殴られて半身不随になった。

母は次々と起こる出来事に心を壊され、精神がおかしくなっていた。

時々、突然私の髪を掴んで「なんで死なないのよ！」と叫んだのに、次の瞬間には私を抱きしめて泣きながら、「これからはちゃんと大事にするから」と言ったぐらいだった。

兄と母を治すため、私は大学進学を諦め、あちこちでアルバイトして借金を返した。

でも、兄の病状が悪くなって、手術費を稼ぐために、私は自分の初夜まで売ることになった。

やっとお金を揃えて病院に行くと、母と兄の会話が耳に入った……

母は言った。

「見て、葵梨(あおり)は昼も夜も働いてるのよ。お金のためにうちに来るだけじゃないわ。

彼女は私たちのために進学も諦めてる。もう自分の将来を棒に振ってる。そろそろ手を引いたほうがいいのかしら……」

半身不随のはずの兄は、スーツを着て窓辺に立っていた。

「大学に行かずに働くのは彼女の自由だ。僕たちには関係ない」

そして、飛び降り自殺したはずの父が今、病室に座ってこう言った。

「慎重にしろ。こういう貧乏人は、一度つながったら簡単には外せないな。様子を見ておけ」

私は黙って、両親がくれたお守りをそっと投げ捨てた。

風間家への恩義はもう返した。これからはこの人たちと関わらない。

……

兄が重病になり、私は初夜を売って手術費を稼いだ。

でも、病院に向かう途中、偶然兄の声を聞いてしまった。

「あいつは下町育ちで、金が命より大事なんだ。試さなきゃ、戻ってきた目的はわからないんだろう」

胸がキュッと痛み、私は呆然と兄の風間冬也（かざま とうや）を見つめた。

目の前の冬也はソファにどっしり座り、顔色も冴えて、全身ブランドで固めていた。

病院で弱々しかった姿はどこにもなかった。

借金取りの社長がへりくだって、一束の札を冬也の前に差し出した。

「風間社長、これは彼女がオークションで初夜を売って得た6000万円です。まだ続けますか？」

冬也は酒を置き、無造作に言った。

「続けろ。6000万円なんて酒一本分だ。本心は証明できないぞ。ちょうど先日、6億円で璃音ちゃんに高級車を買ってやった。このお金でちょっとは出費の足しにしてね」

借金取りの社長は一瞬固まり、どうやら利息を上乗せしようとしていることに気づき、少し同情気味に口を開いた。

「風間社長、あの子、本当に……」

偽令嬢の風間璃音（かざま りおん）は、冬也に親しげに腕を絡めると、借金取りの社長に振り向き、叱りつけた。

「早くやりなさいよ。たかが6000万円で何がわかるっていうの？追い詰められたときこそ、本心なんて丸見えになるんだよ。

お金のために自分の体まで売る女なんて、お兄さんや父さん母さんが簡単に受け入れるわけないでしょ？」

胸がまたズキリと痛む。私はバッグから薬を取り出して飲んで、壁にもたれて落ち着いた。

三年間、兄の治療費を稼ぐために大学を辞め、手はタコだらけほどに働き、どんな汚い仕事も全部やった。

でも返ってくるのは――裏切りばかり。

次の瞬間、電話が鳴った。

「葵梨、病院からまたお金の要請だって……」

私は必死に落ち着いてるふりをして、かすれ声で答えた。

「兄さん、もうお金ないよ」

冬也は眉をひそめて、声をちょっと尖らせた。

「どういうことだ！月に十件もバイトしてるんじゃないのか？この前、コンビニでおにぎりも買ってたじゃないか！」

そう、彼も毎月私が十件もバイトしてるのを知っていた。

あのおにぎりも、低血糖になっても病院に行きたくなかった私が体調不良を我慢するために買ったもの。

少し考えたあと、冬也は自分の態度がちょっと怪しいと思い、声を落とした。

「僕のこと負担に思ってるんだろう？わかった、すぐ退院する」

胸がキュッと痛くて、私は震えながら冬也に24000円を送った。

「これ、私の最後のお金……」

――このお金で、もう私たちの関係も終わりにしよう。

カバンを手に立ち上がると、病室の中の笑い声が耳に刺さった。

「これくらいで何がわかるの？本気で信じるなんて無理じゃん。お兄さんが彼女に100万円を出させて私のネックレスを買わせたら、信じてあげるわ」

璃音の声がまだ響き終わらないうちに、冬也からの電話がすぐに鳴った。

「葵梨、母さんの病気、治る見込みはある。でも、海外の薬が必要だと医者が伝えたんだ」

抑えていた感情が一気にあふれ、壁にもたれかかって体がずるっと床に滑った。

手の間から涙がぽろぽろこぼれた。

「兄さん……もう本当にお金、ないよ……」

冬也は言った。

「まだネックレスは残ってたはずだろ？」

私の瞳が一気に見開かれ、声が震えた。

「それは孤児院の院長先生が私にくれたものだよ！」

この家のために、私は全てを捧げた。

借金取りが来たときも、母と冬也を守るために前に立った。

彼らは無傷のままだったのに、私は腕を折られて意識を失い、二度とピアノは弾けなくなった。

全てをあきらめても構わない。彼らがまだ私を愛してくれるなら、それでいいと、必死に思ってるのに。

でも、結局これ全部、ただの遊び、いや、私にっては罠に過ぎない。

今、彼らは最後のネックレスまで奪おうとしている。

涙が傷口に落ち、ひりひりと痛む。

私は気持ちを引き締め、声を出した。

「これは偽物だよ。価値なんてないんだから」

このネックレスは、私が生まれてから一ヶ月のとき、院長が手作りしてくれたもの。

私が唯一、院長先生を思い出せる大事なものだ。

絶対にこの人に粗末に扱わせない。

冬也は低く、抑えきれない怒りを帯びた声で言った。

「母さんよりそのネックレスのほうが大事なのか？わかってるのか、母さんの精神が完全におかしくなったら……」

私は冬也の言葉を遮り、地面にしゃがみ込んだ。

かさぶたになった傷がまた熱く痛む。

「わかってる！わかってる！誰よりも私が、母さんが狂ったときどうなるか、よく知ってるんだから！」

まるで気まぐれな子供みたいで、前の瞬間までは優しく話していたのに、次の瞬間には火ばしで肌を焼こうとする。

皮膚が焦げる匂いは、私の昔の悪夢だった。

おそらく、私が母の面倒を見ていたのを思い出したのだろう。

冬也は珍しく、少し黙った。そして、また冷たい声で言った。

「言い訳はもういい。どうせお前は、母さんを早く良くしたくないんだろう？」

そう言ったとたん、電話は切れた。

ピッ、ピッ、と音がホールに響いた。

わかってる、謝れってことだ。

私は最後の力を振り絞り、この意地悪な遊びに付き合っていた。

でも、もう、体も心も限界だった。