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第100話

last update Last Updated: 2025-06-25 09:50:57
 タイミングが悪いことに、皇羽さんが帰ってきてしまった。記者を侍らせている、私の元へ……!

 しかも皇羽さんからは記者の姿が見えていない。きっと、今ごろシャッターを百枚ほど切られているはずだ。私は皇羽さんへ飛びつきたいのを我慢して、横を素通りする。

「は?」

 もちろん皇羽さんは不機嫌になる。「なんでムシするんだよ」と、大胆にも私の腕を掴んで来た。

 な、何をやっているんですか皇羽さん! そんなことをしたらバレるじゃないですか!

「は、離してください。警察を呼びますよ……!」

「はぁ? お前どうした、頭でも打ったかよ」

 皇羽さんの眉が、上がったり下がったりしている。かなり混乱しているみたい。そりゃそうだよね、久しぶりに彼女の前へ現れたのに、変質者扱いされているんだもん。いや、中身はまごうことなき変態だけど。

(それより記者の目をはぐらかさないと!)

 怪しまれたらそこで終わり。夢乃萌とコウが交際していると世界中にバレてしまう。

 私の失態で、たくさんの人が悲しむなんてダメだ。だから何が何でも誤魔化さないといけない。例え、皇羽さんをちょびっとだけ傷つけたとしても……!

「だ、誰かと勘違いしていませんか? 私は一般人です」

「俺がお前を間違うはずないだろ。でもシャンプー変えたか? 前と匂いが違う、今回もいい香りだ」

「!」

 くんくんと、私に近づき匂いをかぐ皇羽さん。もう他人ではありえない距離感になっちゃってるよ! 心臓がバクバク鳴り、混乱は極限状態にまで上がっていく。

「さ、さようなら。では!」

「おい、だから何の冗談だって、萌々!」

 皇羽さんが私の名前を呼んだ時、腕を掴まれる。あぁ、だから、そういう行動も全部写真に撮られているんですって!

 どうしたらいいか分からない。パニックで、泣きそうになってしまう。視界が潤んでいく。

 いつもは第六感が働いて、私の言いたいことを理解する皇羽さんが今日に限って機能不全。どうやら久しぶりに会えた喜びで、それどころじゃないらしい。

 皇羽さん、私だって近づきたいよ。ハグしたいよ、皇羽さんの名前を呼びたいよ!

(だけど出来ないの! 記者に見られているから!)

 断腸の思いで、掴んだ手をふりほどこうとした。だけど皇羽さんを見ると、両腕が空っぽ。あれ? 私の腕を掴んでいるんじゃないの? 皇羽さんじゃないなら、誰が私の手を?

 見ると、
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