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第110話

last update Última actualización: 2025-10-09 09:43:23
 タクシーが道を走る音が、ハッキリ聞こえた。そんなつかの間の静寂を切り裂いたのは、迷ったような私の声。車の音に負けそうなほど、弱い音。

「……それは、もちろん。はい」

「もちろん」なんて、「はい」なんて返事をしたけど……すみません、玲央さん。

 私の出した結論に、私の気持ちはありません。私は、私の弱い心に負けたんです。

 自分が幸せになるために誰かを不幸にすることは、お母さんが私にしたことと同じだ。

 お金がなくて生活が苦しい。だからお母さんは、食い扶持である私を捨てた……といっても、一生懸命バイトをした私が、むしろお母さんを養っていたのだけど。

 話を戻して。

 お母さんに捨てられて一人きりになった時。私は偶然にも皇羽さんと再会して、衣食住を与えてもらった。幸福をもらえた。不幸のどん底にいた私は、また幸せになれた。

 だけど皆がそうとは限らない。

 私たちが結婚すると聞いて、不幸になる人は大勢いる。だってIgn:sはスーパースターなのだから。大好きだからこそ、大好きな人が誰かの特別になるのは悲しい。発表後、そういった悲しい気持ちをもつ人はたくさん増えるだろう。

 だけど皆が皆、どん底から幸せに戻れるとは限らない。たまたま私は皇羽さんと再会して幸せになれたけど……皆が皆おなじじゃない。きっと長く心に傷を抱える人もいる。私は恵まれていたにすぎない。

 つまり私はお母さんと一緒で、誰かの幸せを奪い、不幸を与えようとしている。あの日、私が抱いた絶望を、今度は私が、私以外の誰かに与えるのだ。

「それは、嫌だな……」

 自分が誰かを不幸にするなんて嫌だ。

 誰にも不幸のどん底におちてほしくない。

 他人の不幸を顧みず、自分の幸福だけを追求してしまう私が、自分勝手すぎて怖い。

 そんな恐怖心が、私の前にたちはだかっている。通せんぼしている。

 その恐怖心に……私は、勝てない。

「皇羽さんには、私から言って納得してもらいます。玲央さん、教えてくださりありがとうございました」

「……ううん」

 そう言ったきり、玲央さんは口を噤んだ。私も私で、なんと言ったらいいか分からないから、それきり黙る。

 既に春休みに入ったのか、学生たちがあちこちで楽しそうに笑っている。その中に、Ign:sのファンの人はどれくらいいるんだろう。

「……っ」

 そう思うとキリ
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