一方、画面の中にいるIgn:s のメンバーも、思いもよらないレオの発言に興味津々。矢継ぎ早に質問を投げかける。『へーどんな猫?ってか住み着いてるって(笑)』 『レオの家に行くぐらいだから、すごく品のある猫とか?』『普通の猫だよ。ただ少し気性が荒くてね。何回ひっかかれそうになったか』 『じゃあ追い出すの〜?』レオは少し考えた後。意味深な笑みを浮かべてニコリと笑う。『追い出さない。むしろずっと住み着いていてほしいな。どうにかして気に入られたいんだよね。俺、あの猫が気に入っちゃったんだ』「……」その時、私の頭に手を置く皇羽さんの手がピクリと反応する。そればかりか「チッ」と舌打ちをし、〝さっきいじめた〟私の首にスルリと指を這わせた。「勝手につまみ食いしやがって。なにが“気に入った”だ。俺が見つけたんだ。気に入られたかったら、全力でこいつを手懐けてみろよ」「こいつ」なんて言葉が悪いなぁ――そんなことを思っていたら、皇羽さんの手に力が入る。え、まさか「こいつ」って私のこと?……まさかね。考えすぎか。皇羽さんが私を襲わないと分かって安心したからか、本格的に眠くなってきた。するとテレビを消した皇羽さんが私の髪に触れる。まるで赤ちゃんを撫でるように、何度も私の髪に手を通した。規則的な動きから来る安心感で、眠さが倍増だ。サラサラと髪が順番に滑り落ちていく。その度に良い匂いが二人を包み込んだ。「やわらかい髪だな。それに俺と同じ匂いがする」シャンプーもボディソープも洗濯洗剤も。全て一緒で同じ匂い。一緒に住んでいるから当たり前なんだけど、それが妙にくすぐったい。この前会ったばかりなのに、すごく仲良しみたいじゃん。「はぁ、たまらないな……」皇羽さんの熱っぽい吐息を聞いて、夢見心地だった意識が少しだけ覚醒する。なんだか雲行きが怪しいような……。重たいまぶたを僅かに開けると、皇羽さんは堪えきれない笑みを隠そうともせず口に弧を描いていた。不敵な笑み丸出しだ。「アイツへのお返しは、ココだけじゃ足らないよな?」トントンとノックするような手つきで、再び私の首を触る。顔をのぞきこまれたから、急いで目を瞑った。そんな私を見て皇羽さんは「起きないなら好都合だな」とおでこにキスを落とした後。自室から、紙とペンを持って来る。手首を痛めた右手に代わり、左手でペンを走らせる。そ
「萌々、昨日自分が何をされたか分かってないのかよ」「な、なにって……」なにって、なに⁉それ以上は聞くのが怖かったため、グッと言葉を飲みこむ。すると皇羽さんが「それよりも」と自分のお腹を労わるようにさすった。「お前の寝相はどうなってんだよ。回し蹴りを食らって気絶するかと思ったぞ」再び寝相の話をするなんて、よほど痛かったんだ。でも私が悪いわけじゃない。皇羽さんにだって落ち度はある!「横で私が寝ているのに、逃げなかった皇羽さんが悪いです。何をモサッとしていたんですか?」 「! ……なんでもない」静かになった皇羽さんを見るに、昨日なにかを書いていたことは秘密にしたいらしい。あの時の私はほとんど眠っていたから、何を書いていたかまでは見えなかったんだよね。本当は根掘り葉掘り聞きたいけど、皇羽さんの右手首が気になる。昨日張った湿布が、半分以上とれかけているからだ。「皇羽さん、ちょっと右手かしてください。湿布を貼り替えます」「……ん」大きなたくましい腕が、ズイと私に向かって伸びて来る。湿布をはがす時、ゴツゴツした指に触れると皇羽さんがピクリと反応した。「小学生じゃあるまいし」なんて思ったけど、耳をほんのり赤く染める皇羽さんを見ると私まで意識してしまう。だんだんと指が汗ばんで来た。いけない、また流されそうになっている!邪念を祓うため、近くにあった油性ペンを手に取る。そして貼り直した湿布に、楽しく落書きをした。といっても私は猫しか描けない。「出来ましたよ」「ん、さんきゅ」どうやら猫に気付かなかったらしい皇羽さんは、持っていたシャツに袖を通す。高校指定のシャツかな?私の学校の物とよく似ている。チラリと時計を見ると、現在七時半。よし、なんとか間に合いそう!自分の準備をしながら、ふと疑問に思ったことを皇羽さんに聞いてみた。「皇羽さんは何時の電車に乗るんですか?調べたところ、私の学校と皇羽さんの学校は近いみたいです。駅も一つしか違いません。日によっては一緒に行ける日がありそうですよ!」いい案だと思ったけど、皇羽さんは「あ~」とシャツのボタンを留めながら唸る。何か不都合があるのかな?何に悩んでいるんだろう?気になって皇羽さんの言葉の続きを待っていると、「いいのか?学校に遅れるぞ?」 「本当に話題を逸らすのが下手ですね……」どうやら私に知られたくない
「今日からウチのクラスに転校してきた麗有(うらあり)皇羽(こう)だ。皆、仲良くするように~」「……え?」学校に到着し、一時間目が始まる前。珍しく担任が教室に来たと思ったら、驚くことに後ろに皇羽さんが控えていた。思いがけない光景に、開いた口が閉まらない。反対に皇羽さんは、私の姿を捉えると目を細めて笑った。もちろんイケメン皇羽さんがそんなことをすれば、クラスの女子が黙っているわけはなく。皇羽さんの微笑後、間髪入れずに黄色い悲鳴が教室に轟く。「キャー!カッコいい~!」 「 Ign:s のレオじゃん!違うけど、レオそっくりじゃん!」 「レオー!こっち向いて―!」 「キャー!レオくーん!!」あまりのそっくりさんに、女子達は阿鼻叫喚。むせび泣いて手を合わせる子もいれば、「写真撮っていいですか?」と担任がいるにもかかわらず堂々とスマホを取り出す子もいた。一方の担任は「また〝コレ〟だよ。職員室の二の舞だな」とポツリと零す。どうやら Ign:s のレオは幅広い年齢の女性を虜にしているようだ。「皆~さっきも言ったように、この子はレオじゃなくて皇羽だからな。わざと間違えないように」釘を刺した担任の言葉をしっかりと聞いたにも関わらず、クラスの女子たちは声を揃えて「レオ―!」と名前を呼ぶ。まるでコンサート会場だ。一方の皇羽さんは私から目を逸らした後。スンとすました顔で自己紹介をした。「麗有皇羽です。よろしく」なんてそっけない挨拶。皆からの心象が悪くなりそうだ。……あぁそうか。皇羽さんはレオと間違われることに辟易しているから、わざと間違えて「レオ」と呼ぶ女子達が気に入らないんだ。皇羽さんの気持ちは分からなくもないけど、いかんせんレオそっくりさんなのだ。どこをどう見てもレオな皇羽さんが、女子たちに何の反応もせずに無表情のまま自分の席に座るのはいかがなものだろうか。皇羽さんの印象が悪い=レオへの風評被害になるのでは?心配していると、教室から「ほぅ」といくつもの感嘆の声が漏れる。何かというと、女子達が目をハートにして「クールなレオも素敵」、「俺様な言葉で罵られたい」とあらぬ願望を抱いていた。女子達のめげないガッツに、心の中で拍手を送る。同時に、イケメンは何をしても絵になるのだと悔しくなった。あとは……皇羽さんが〝たくさんの女子に見られる〟というのが何となく引っかか
もしも大事なことだったらいけないし、今すぐ確認した方がいいよね?机の下、不慣れな手つきでメールを確認する。えぇっと、なになに。『ということだから俺は帰る。後はよろしく。居眠りせずにノートとっとけよ。帰ってから写させてもらうからな』「は?」なに、このパシリのような文面。いや「ような」じゃなくて、絶対にパシリだ。そうか。私が在学する高校に、わざわざ皇羽さんが転校してきた理由がやっと分かった――便利だからだ。私がいれば、自分が授業に出なくていいからだ。ようは使い勝手がいいんだ。……なんだ。私は体のいいコマにすぎないのか。それなのに私ったら、さっき「私のそばにいたいから転校してきたのかな?」なんて。己惚れたことを言っちゃった。恥ずかしい。本人に話す前で本当に良かった。……と言っても、胸に開いた僅かな隙間から冷たい風が吹いて止まない。しっかり着込んで来たはずなのに、寒い。頭の後ろでキュッとしばられた髪が、なんだかズキズキと疼いて痛い。触ると、今朝皇羽さんがプレゼントしてくれたばかりのリボンに触れた。そのリボンさえも冷たく感じてしまうのは、どうしてだろう。「……ってダメダメ。元気を出すんだ、萌々」ここで落ち込んだら、皇羽さんの思いのツボだ。「もしかして俺のこと好きになった?」って、ドヤ顔する皇羽さんが脳裏をかすめる。好きになんか、なっていない。ときめいてなんかいない。私の心は奪われていないもん。カチッと電源ボタンを押して、完全にスマホを切る。今日くらいスルーしても怒られないよね?皇羽さんにはやられっぱなしだから、これくらいの反撃は可愛い方だ。それよりも何よりも。口にしがたいこの恨み、どう晴らしてくれようかな。「今日の夜、しっかり覚えといてくださいね。皇羽さん……っ」復讐に闘志を燃やす私を見て、隣の席の男子が「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。 ◇それからは本当に大変だった。休み時間と放課後、驚くことに授業中までも。ちょっとした隙間時間があれば、女子たちに皇羽さんのことを聞かれた。本人がいないなら親戚の私に聞いちゃえ!ということだ。だけど親戚でも何でもない私からしたら、とんでもない話だ。迷惑千万!まさか私が学校で女子に追われる日が来るなんて!なんとか女子の目をかいくぐり、やっとこさ逃げながら。ようやくマンションに到着する。迂回を繰り返したおかげで現在は
「テレビで Ign:s を見ない日はないよね。どれだけ多忙なんだろう」テレビだけじゃない。SNSを初めとする動画にも引っ張りだこだ。それにコラボキャンペーンとかいって、企業とコラボなんぞしているのを今朝の電車広告で見た。「クウちゃんが言うには〝レオは私たちと同い年〟なんだっけ?」私なんて学校が終わったら疲れてもぬけの殻になっているのに、レオはこうやって朝から晩まで仕事をしているんだもんね。素直にスゴイや。「 Ign:s の事は嫌いだけど、尊敬してる所はあるんだよね」っていうか今日の私が疲れている理由って、皇羽さんの噓八百の設定のせいだよね?皇羽さん激似のレオを見ると、学校でのことを思い出してカチンとくる。あらぬ設定のせいで学校で引っ張りだこになった私の苦労。皇羽さんが帰宅次第、たんまりと聞かせてやるんだから!「お腹もすいたし、晩ご飯を食べながら見るとしますか。本当は消したいけど親友のクウちゃんのためだ、我慢して見るぞ……!」簡単に即席ラーメンを作る。カップにお湯を注いで三分待つ間、テレビではおなじみトークショーが繰り広げられていた。メンバー皆がにこやかに受け答えしている。だけど、その中でもひときわ輝いているのがレオだ。思わず目を瞑りたくなりそうなほどキラキラした笑顔で、楽しそうに司会者と話している。「今日は何を聞かれるんだろう」呑気に考えていると、三分のタイマーが鳴る。リビングへ移動し、どんぶりの中で泳ぐ麺を箸で掴んだ。昨日は雑炊、今日はラーメン。ご飯作りは明日から頑張るつもり。するとタイムリーに、テレビの中でもご飯の話で盛り上がる。『レオくんは昨日の夜、何を食べたの?』 『昨日は雑炊!めちゃくちゃ美味しかったです!』ピタリ掴み上げた麺が、重力に従いカップの中へ戻って行く。だって今、レオは何て言った?「雑炊?」そう言えば昨日、皇羽さんが食べた晩ご飯も雑炊だ。まさかねとか、偶然だよねとか。それらの言葉を強引に頭へ流し込む。そう。偶然に違いないんだ。皇羽さん、私は信じていますからね。あなたががレオじゃないってことを。「それに雑炊なんて家でよく作る料理じゃん」箸から滑り落ちた麺を拾う。「フーフー」と息を吹きかけ湯気を飛ばした。その時、自分の中に湧いた「最悪の予想」も一緒に吹き飛ばす。私の体から、冷や汗なのかただの汗なのか分からない物が
衝撃の展開を迎えた後。これ以上見て居られなくてテレビを消す。完全に伸びてしまったラーメンを何とか胃に納め、ただソファに座っていた。「力が入らないな……」皇羽さんはアイドルだったという事実が、私を抜け殻にしていく。それに「裏切られた」こともショックだ。「皇羽さんと一緒に住んだら楽しい毎日になりそうだなって、そう思い始めてきていたのに」もちろん勝手に転校してきたり、あらぬ設定を付加されたのは予想外だったけど。だけど「いってらっしゃい」と言ってくれたり、一緒にご飯を食べたり。そんな何気ない日常が温かくで、好きだった。「……」これからどうしようか。皇羽さんがアイドルである以上、私が一番に嫌っている Ign:s である以上、もうココにはいられない。アパートを探さないと。だけど未成年に貸してくれるかな?そう考えていた時だった。ガチャと玄関から音がする。時計を見ると夜の九時を過ぎていた。そうか、皇羽さんが帰ってきたんだ。「萌々ー?寝ているのか?」皇羽さんは、いつもと同じように帰って来た。いつもと同じように鍵を玄関へ置き、コートをかけ、足音を響かせ廊下を歩く。何もかもがいつもと同じ。たった一つ違うのは、私が「皇羽さん=レオ」と知ってしまったこと。「わ!なんだよ、ここにいたのか。〝おかえり〟くらい言ってくれよ」「……」リビングに入るや否や、膝を抱えて小さくなる私を見つける。そんな私から何かを察したのか、皇羽さんは「萌々?」と不思議そうに近寄った。「どうした、腹でも痛いのか?」「……」この人は、さっきまでテレビに出て歌って踊り、何人ものファンを魅了してきた。それほどスゴイ人って分からないくらい、今の皇羽さんは〝いつもの皇羽さん〟だった。レオを悟らせない完璧な演技。皇羽さんは、レオの存在を隠すのが上手すぎる。「おい、本当にどうしたんだよ。ご飯は食べたのか?まだなら何か買って来るけど?」「……」一言も喋らず表情さえも崩さない私を見て、いよいよ皇羽さんは焦ったらしい。私の傍をグルグルと周り、額に手をあて熱を確かめる。いつものように優しい手つき。だけど全然、嬉しくない。いつもの皇羽さんなのに、頭の中でレオがちらつく。さっき見たアイドルが頭から離れない。いくら皇羽さんが「日常」を装ったって、もうどうしたって私の中で皇羽さんはレオなのだ。私が嫌いなアイド
私に伸ばし掛けた手を皇羽さんは引っ込めた。「萌々……」と、悲しそうな声色と共に。ズルい。どうして皇羽さんが悲しそうなの。傷ついた顔をするの。騙されたのは私で、利用されていたのも私だよ?「今日はもう寝ます。明日から新しい家を探しますね」「!出て行くって事かよ……」皇羽さんが顔を歪めたのが分かる。見なくても分かる。あなたの声色だけで大体の気持ちが分かる……ううん。分かっている、はずだったの。でも違った。私はあなたのことを何も分かってはいなかった。あなたがレオだと見破れなかった。でも、それでよかったんだ。所せん私たちは友達にもなっていない浅い関係。お別れなんて痛くもかゆくもないでしょう?だからバイバイです。私がこれ以上、皇羽さんの温もりを知ってしまう前に――「私が Ign:s 嫌いって知っているでしょう?これまで通りなんて無理ですよ」「……~っ、チッ」荒々しい皇羽さんの舌打ちが聞こえ、両頬を掴まれる。いつもより強い力で上を向かされた。「萌々だって、俺のこと分かっていないくせに……っ」「皇羽さん……?」すごく真剣で、これまでにない真っすぐな瞳が悲しそうに揺れている。そうかと思えばいきなり私を抱き上げ、移動を始めた。いくら「降ろして!」と声を上げようが全てスルー。見上げると、どうやら怒っているらしい。皇羽さんの口がへの字に曲がっている。連れて行かれた先は寝室。柔らかいキングサイズのベッドに勢いよく降ろされる。「きゃっ!」「……俺が、」倒れ込んだ私に、皇羽さんが覆いかぶさった。慈しむように、私の両頬に再び手を添える。「俺がどんな気持ちでレオをやってるか、少しも知らないくせに」「……へ?」「俺が……なんでもない」そう言って口を閉ざした皇羽さん。何か言葉を飲んでいるように見えたのは気のせいだろうか。「それにな、俺だって傷ついたよ。Ign:s が嫌い、デビュー曲が嫌いって言いやがって……。だけどな、そんな事を言われても俺はお前が好きなんだ。ずっと変わらず好きなんだよ」「⁉」皇羽さん、今なんて言った?ジワジワと目に涙がたまっていく。どうして涙が出るのか分からない。だけど皇羽さんの言葉に、確かに胸を打たれた私がいる。まるで「誰かに必要とされる」この瞬間を、ずっと待ちわびていたように。「~っ」「こっち向いて、萌々」私の涙が零れる前に、
皇羽さんが二人?どういうこと?訳が分からなくて口をパクパクさせる私に、もう一人のレオは王子様のごとく、ベッドへ倒れる私へ手を伸ばす。私に乗る皇羽さんを乱暴に押しやった後、お姫様を扱うように私の背中に手を添え丁寧に起こした。「やっほー野良猫ちゃん。この前ぶりだね」「この前?」ハテナを浮かべていると、もう一人の皇羽さんは「忘れちゃった?」と首をかしげる。「元気な俺を看病してくれた時があったでしょ?あの時はおかゆを食べなくてごめんね~」「看病、おかゆ……」ふと――脳裏に過去が蘇る。そう言えば、皇羽さんの存在に違和感を覚えた日があった。皇羽さんが熱で倒れた日だ。――いま皇羽さんがつけているニット帽を初めて見る。それにさっき出かける時は、いつもの帽子を被ってなかった?――あと皇羽さんの表情がいつもと違う気がする。獰猛な野獣のオーラから、可愛い小動物へ変わっているというか熱があるって言っていたのに元気そうだったり、そうかと思えばやっぱり熱があったり。あの日の皇羽さんは何か様子が違っていた。……ん?もしかして、あの時の皇羽さんって!「あの日ココにいたのは、あなただったんですか⁉」「ピンポーン♪」驚いて目を白黒させる私を、さもおかしそうに笑って見るもう一人の皇羽さん。そうかと思えばふっと真剣な顔になり、私の手の甲へ口づけを落とした。「初めまして萌々ちゃん。俺は玲央(れお)。知っての通り Ign:s のレオだよ。そして皇羽は、俺の双子の兄だ」「……は?」この二人が双子?皇羽さんが兄で、この人が弟?「世間には内緒にしているけど、俺の調子が悪いときや気分がノらない時……おっと。気分が悪い時は、皇羽に〝レオ役〟をしてもらっている。代打、影武者……う~ん、なんて言ったらいいかな。そうだ、ピンチヒッターだ」「ピンチヒッター……」繰り返す私に大きく頷いた玲央さんは、話を続ける。「最近の皇羽の無茶には手を焼いていてね。コンサートを控えている大事な時期だっていうのに、熱があるのを黙ってテレビに出るわ、手首を痛めているのにダンスをするわ。もうメチャクチャだよ。ピンチヒッターがピンチになってどうするのって話だよね」「えっと……」頭がこんがらがる。そんな中でも玲央さんの言葉に引っかかりを覚えた。「聞いてもいいですか?」目を細めてアイドルスマイルを浮かべ
◇「いらっしゃいませ~」「今日も元気だねぇ萌々ちゃん! でも、ちょっと顔が赤くない? 大丈夫?」「あはは……! 大丈夫です!」 現在、バイト中。 皇羽さんがコンサートで家に帰らない間に私はバイトを見つけ、借金返済のためにせっせと働いている。ちなみに何のバイトかと言うと……「にしても、娘の作った服がこんなに似合うなんてねぇ。娘の趣味に付き合ってくれてありがとうねぇ、萌々ちゃん」「いえ! 私こそこんな可愛い服で働けるなんて嬉しいです!」 ここは小さな喫茶店『Lotory』(ロトリー)。店長は60代後半の優しい紳士な男性で、真島 正浩(まじま まさひろ)さん。娘さんは秋奈(あきな)さん。 秋奈さんは服を作るのが趣味だけど、その趣味を活かせる機会がなかったらしい。 その時に店が軌道に乗り、人手不足を解消するため私を雇ったのだけど「作った服を制服にしちゃえばいいんじゃない?」と秋奈さんが提案。 よって私は、毎日ちがう服を着てお仕事をしているというわけです。「秋奈さん天才ですよね。こんなにかわいい服が作れるなんて!」「モデルがいいんだよ。可愛い萌々ちゃんだから着こなせるんだろうね」「またまた〜。秋奈さんの腕がいいんですよ!」 秋奈さんが作る服のテイストは「不思議の国のアリス」のアリスが着ているような服に近い。女の子なら憧れちゃうような、可愛いがギュッと詰まった服。何枚もレースのヒラヒラが重ねてあって、バイト服とは思えない可愛さ! コスプレさせて貰ってる気分だよ。「今まで作り貯めてたからねぇ。今年一年、同じ服を着ないと思うよ」「い、一年!?」 つまり365着はあるって事!? どこに収納しているの⁉ っていうか、そんなに服を作るお金があるんだ!「どうりでお店もお家も広いと思った。真島家、お金持ち……!」 ほぅと感心する私に、店長は優しく笑ってくれた。「よかった、本当に元気そうだ」と安心した顔でお店の奥へ入っていく。「(もしかして店長……)」 私の顔が赤いから、体調が悪いのに無理して働いてないかと心配してくれたのかな? 優しい。店長、ありがとうございます! そして、すみません……!「顔が赤いのには理由があって……っ」 思い出すのは昨日のこと。 皇羽さんとバスルームで色々あった後。 あれから私たちがどうなったかというと――・
私の足の間に、皇羽さんの足が強引に割り込まれる。背中に手を回され、ギュッと隙間なく抱きしめられた。その密着感たるや。どちらともない息遣いが、熱気のこもったバスルームに艶やかに響く。 「なぁ萌々、さっきから服が透けて下着が見えている。まさか、わざと?」 「え! 違いますよ……!」「ふぅん? でも俺に〝嫌いじゃない〟とか言うし。どうだかな」「ひゃっ!」 私を抱きしめたまま、皇羽さんは器用に手を動かす。スタート地点は私の太もも。そこからツツツと上がっていき、腰、お腹、おへそと蛇のように左右へ這う。 だけど胸まであと一歩というところで。時間が止まったように動かなくなった。 「あ……な、にっ?」 「なぁ萌々、自分の顔がどうなってんのか分かるか?」 「え?」 鏡に目をやると、モクモクと湯気が立ち込める中。顔を真っ赤にして、物欲しそうな表情を浮かべる私がいた。「これが、私……?」 しかも同じような顔つきの皇羽さんと鏡越しに目が合ってしまう。ぎらついた視線を浴びて、ようやく意識が戻った。「 や!」 恥ずかしくて両手で顔を覆う。だけど皇羽さんは「問題ない」と言わんばかりに、冷静に私の指へ順番にキスを始めた。親指、人差し指、中指……まるで一つずつ鍵を開けていくみたいだ。 皇羽さんの唇の感触がくすぐったくて、ついに顔から手を退ける。すると彼の興奮した顔が真正面にあって――熱っぽい皇羽さんの視線が、私の顔の隅から隅まで突き刺さる。 「もっと見せろ、俺を欲しがるその顔を」 「欲しがって、なんか……っ」「じゃあキスしなくていいのか?」 「ッ!」 トントンと。まるでノックするみたいに、皇羽さんは私の唇を指でつついた。「素直になれ、萌々。どうしてほしい?」「~っ」「キスしてほしい? それとも、キスしないでほしい?」「わ、私は……っ」 答えなんて簡単だよ。「キスしないで」。この答え以外にない。 絶対に、間違えようがない。 そう思っているのに―― 「皇羽、さん……」 「ん?」「キスして、お願い」 「……了解」 あぁ、間違えちゃった。なんで、どうして――そんなことを思っていると、皇羽さんが顔を近づけて、私のソレと重ねた。柔らかくて、温かくて、どうしようもないくらいヤミツキになりそうなキス。 気持ちいいと、そう思ってしまった。もっと
あの皇羽さんが素直に謝るなんて。まるで天然記念物を見たような衝撃が走る。「萌々を一人にさせた。悲しい思いをさせた。後は、コンサートのことも。全部悪いと思っている」「そんなにスラスラと謝られると、逆に〝悪い〟と思っているように聞こえません」「……」眉を下げて「手厳しいな……」と、困った顔をした皇羽さん。私を抱きしめたまま、はぁと短くため息をつく。「コンサートの後、ミヤビに怒られた。脱ぐのは〝ミヤビのキャラだから勝手にキャラブレするな〟って。確かに、今まで一度も脱いだことなかった。今日が初めてだった。萌々が見えたから、つい……」「私?」「そーだよ。まさか萌々がいるなんて思わないだろ。あれだけ Ign:s を嫌っているのにコンサートを見に来てくれてるなんて、夢にも思わないだろ。 だけど萌々がいた。俺を見てくれていた。手作りのうちわまで持って」「あ、あれは友達が!」 言い訳をする私を、皇羽さんは更に強く抱きしめた。そして「知ってるよ」と。本当に全ての事を知ってるような、落ち着ついた声のトーンで話す。「萌々がどういう経緯でコンサートに来てくれたか、何となく分かっている。まだ Ign:s を嫌っているのも分かるし、レオの代役を務めている俺を好きになるわけないって分かっている。 分かっている、つもりだけどな」 皇羽さんは私を引きはがす。切れ長の瞳を細め、眉を下げて笑った。「己惚れるつもりはない。だけど萌々が〝嫉妬した〟なんて言うから、俺は嫌でも期待してしまう。萌々は俺に気があるんじゃないか?ってな」「え……、あっ」 急いで自分の口に蓋をした私の手を、皇羽さんは上から握る。そしてちゅッと、控えめにキスを落とした。「今この場で、俺の事を〝嫌い〟って言え。じゃないと俺は、またお前に告白してしまう。飽きずに何度だって伝えるぞ。この口から〝好き〟って言葉を聞くまで、萌々を離さないからな」「!」 瞳を揺らす皇羽さんを見て、改めて自分が犯した過ちに気付く。 私を好きだと言ってくれた皇羽さんに、「嫉妬した」と言ってしまった。その言葉は、裏を返せば「好き」と言っているようなものだ。でも私は……皇羽さんの告白に応える気はない。まだ皇羽さんを〝恋愛対象として〟見られていない。 ファンに嫉妬したのも、連日一人だった寂しさから来る怒りからかもしれないし。再び一
「皇羽さん、シャワーがもったいないので早くバスタブを洗いたいのですが……」「……たのか?」「え?」 シャワー音で、皇羽さんの声がかき消される。何を言っているのか聞こえない。 皇羽さん、いつもの大きな声を出してよ。そして私を解放してください! 壁ドンされたままだと落ち着かないんです……っ。 だけど皇羽さんは私の願いとは裏腹に、シャワーのホースを指でつまんで意図的に回した。するとホース先のヘッドまで回ってしまい、今までバスタブめがけていたシャワーが私たちの頭上から降って来る。 これにより私と皇羽さんは、着衣のままお湯をかぶる羽目に。「わあ⁉ ちょっと皇羽さん何をしているんですか、服がビショビショじゃないですか! 退いてください、タオルをとりますからっ」 皇羽さんの両腕から強引に抜け出し、バスルームの端を通って出ようとした。だけど皇羽さんに手をつかまれ、されるがまま彼の腕の中へ戻る。 しかも、それだけじゃなく。 気づけば私は、後ろからギュッと皇羽さんに抱きしめられていた。絶妙な力加減により、私の力では振りほどけない。例えもがいても、力を入れて静止させられる。 キツく抱きしめられると、皇羽さんの体のラインをいやでも意識してしまう。ゴツゴツした筋肉が、私の体の至る所で当たっていた。しかも服までずぶ濡れだから、余計に……!「皇羽さん、せめてお湯を止めてください。もったいないです……っ」 どんどんと温かくなるバスルームにつられて、私の顔も赤みを増す。この〝のぼせていく感覚〟。まるで大きな湯船につかっているみたい。現実は、服ごとずぶ濡れなのに。 異様な空間が、私の意識を勝手に操作している。これでもかと皇羽さんを意識してしまう。「なあ萌々、聞いて良い?」「な、なんですか……?」 クルリと向きを変えられ、皇羽さんと向かい合う。 その時に見た皇羽さんは髪がシャワーで濡れていて、いつもと違う見た目になっていた。服を着たまま濡れているからか、お風呂あがりとも違う色っぽい顔だ。 水もしたたるいい男、なんていうけど。もともと爆発的にいい男が水(シャワー)に濡れたら、一体どうなるのか。その答えは、バスルームに設置されている鏡にあった。 鏡に写っているのは、真っ赤な顔をした私。今まで見たことないほどの赤みを帯びている。これが本当に私の顔? まるで全力で皇羽さ
◇ ドサッ「あー疲れた……」 帰ってきて、一番にソファへ寝転ぶ。疲れない靴で行ったはずなのに、足がジンジンして痛い。それにむくみもすごくて、一回り厚みを増している。まるで私の足じゃないみたいだ。「コンサートって体力勝負なんだね……」 喋りながら、意識が遠のいていくのが分かる。どうやら疲れすぎたらしい。眠気を我慢できない。今にも目を瞑ってしまいそう。「皇羽さん、今日は帰ってくるよね……ふわぁぁ」 お昼から始まったコンサートは二時間ほどで終わり、もう夕方。いま寝たら夜に眠れなくなってしまうからダメなのに――そう思うも体がソファへ沈んでいく。夕寝待ったなしだ。 だけど目を閉じると、瞼の裏に今日の皇羽さんが浮かび上がる。 家にいる時は誰でもない、ただの皇羽さん。 だけど今日の皇羽さんは、皆の「レオ」だった。 皆から注目されて、熱い視線を向けられて……。「しっかりしてよ玲央さん。あなたが頑張ってくれないと、皇羽さんはずっと〝皆のレオ〟だよ……」 代打でもピンチヒッターでもなく、本物のレオになってしまう。そうしたら、もうこの家に帰って来ない気がする。そう思うと不安で仕方がない。……私だっていつまでこの家にいるか分からないくせに。 そのくせ自分がココにいる間は、皇羽さんにそばにいてほしいと思う。ワガママだなぁ私。ここまで〝こじらせちゃう〟なら、人のぬくもりなんて覚えなければ良かったのに。 でも覚えてしまった。皇羽さんと一緒に過ごす時間が、あまりにも心地よくて――「ふー……ダメだ。ちょっと落ち着こう。せっかくクウちゃんとコンサートに行ったんだし、変なことばかり考えて終わっちゃダメだよね。もったいないよ」 コンサートに行って、良かったことがある。 今まで皇羽さんと玲央さんの見分けがつかなかったけど、今日のコンサートで何となくレオの特徴を掴んだ。 いつもキラキラして王子様のような、玲央さんのレオ。 たまにダークな笑みや雰囲気を纏う、皇羽さんのレオ。 今日は圧倒的に、皇羽さんのレオが多かった。 玲央さんはダンスの激しくない曲に戻ってきて、一曲歌ってまた暫く引っ込むという行為を繰り返していた。そんな玲央さんに、私が不満を抱いたのはいうまでもなく……。「しんどくない時ばかりに出てくるんだから。全くもう。次に会ったらクレームをいれてや、る……ス
驚いたレオが瞳孔を開いた瞬間、中の人物がどちらか分かった。あの目つき、今のレオは皇羽さんだ。いつ入れ替わったのか分からないけど、あれは皇羽さんで間違いない。「萌々ー! レオがヤバい! 服を脱いでる! 一枚ずつ脱いでる!」「う、うん……」「暑いんだねぇ、それなら仕方ないねぇ!私がその服を受け止めますー!レオ、こっちに投げてー!!」「……」私のすぐ近くに、一週間ぶりの皇羽さんがいる。一緒に住んでいるのにろくに会えなくて、その会えなかった日数が不思議と寂しさを募らせて……。そう、私は寂しかったんだ。皇羽さんの姿が見えなくて声も聞けなくて、少しだけ凹んでいた。だからこそ今日は皇羽さんに会えるのを、ちょっとだけ楽しみにしていたのに。それなのに……「まだまだいくよ、ハニーたち!ついてきてるー⁉」「キャアあぁ!」「レオ―!」「投げてー!」「服でいいから抱きしめさせてー!!」「……っ」あの広い部屋で一人過ごした私のことなんて忘れてしまったように、目の前で皇羽さんは楽しそうに笑っている。歌って踊り、アイドルとしての自分を無遠慮に見せつけてくる。これでもかっていうほどに。彼の輝きは、暗い観客席にいる私とはすごく対照的だ。まるで光と影、決して交わらない二つ。そんなことを考えていると、今日埋まるはずだった胸の穴は、なぜか大きくなった。それがさっきから切なく軋んで……あぁ、なんでだろう。皇羽さんを、すごく遠くに感じるよ。「~っ!!」なんか、無理!限界を超えた私は静かに席を立ち、トイレへ直行した。会場ではいよいよ皇羽さんが服を投げたのか「キャアアア!」と大歓声が響いている。なんだ皇羽さんってば、ちゃんとレオをやれているんじゃん。そりゃそうか。家に帰るのは短時間、学校よりも練習が優先なんだから、ちゃんと出来て当然だ。そう思いつつ、洗濯カゴに積まれた大量の服を思い出す。汗をかいて何枚も着替えたんだろう。「これを本当に一日で着たの?三日じゃなくて?」って量だった。彼の努力は理解している。玲央さんの代役なのに、充分すぎるほど頑張っている。それなのに心の隅で黒い塊が出来て、意地悪なことを言っちゃうのは、きっと――「もうやだ、何も聞こえない……っ」 耳を塞いでトイレへ急ぐ。だけどいくらキツく耳を塞いだって、ファンたちの熱い声は簡単に私の手を突き抜け鼓
ファンの熱気にあてられてか、なんだか私もザワザワしちゃって落ち着かない。皇羽さんへ抱く気持ちがなんなのか分からない。それなのに皇羽さんと距離が遠のく度、言いようのない寂しさに襲われる。今だって今日会えるかどうかわからないのに、「皇羽さんに会いたい」と願ってしまっている。あぁダメだ。こんなの変だ……っ。だってさ。これじゃあ、まるでさ。私が皇羽さんのファンみたいじゃん。早く会いたい・声を聞きたいって思う、そういうキラキラした温かい気持ち。その気持ちが、いつの間にか私にもある。ここにいる Ign:s ファンの人達と、全く同じだ。「レオ、ううん。皇羽さん……」なんでだろう。早く、早くあなたに会いたいの――胸を高鳴らせているうちにオープニング、そして一曲目が終わっていく。歌い切った後、メンバーはマイクを持ってステージに並んだ。そして、「お待たせ、ハニーたち!!」レオが、その口を開いた。「きゃあああああ!」「レオー!!」「もっと呼んで―!!」割れんばかりに歓声!メンバーが一人ずつ挨拶する度に拍手喝采!会場の熱量が、秒ごとに温度を上げていく。一方の私はというと、メンバー全員の挨拶が終わって分かったことがある。それは、一番人気はやっぱりレオだということ。彼が口を開く度にファンは絶叫していた。すさまじい声量にレオは何度もマイクを離し、喋るタイミングを測っている。だけど……「ん?なんかレオが……」Ign:s のメンバーを見ていると、レオだけ肩で息をしているように見える。まるで疲れているような……。なんで?一番よく喋ってるから?それで呼吸が追い付かないとか?でもコンサート終盤ならまだしも、一曲目が終わったばかりだ。今から呼吸が乱れているようでは、二曲目から心配すぎるよ、レオ……。クウちゃんが「 Ign:s のコンサートは10曲くらいある」と言っていた。笑っているけど、レオは明らかに疲弊している。あと九曲もあるのに体力が持つの?きっと、今のレオは玲央さんだ。雰囲気が柔らかいもん。皇羽さんの家に来て、ダラダラと過ごした日を思い出す。「体調が悪い時や気分がノらない時に皇羽さんにピンチヒッターを頼む」って自分で言っていたし、あの日もきっと練習をサボっていたんだろうな。もう!仮病を使って家でのんびりしているから本番に弱いんだよ。真面目に練習して
こういうこと、皇羽さんに聞きたいよ。直接「どういう事ですか?」って聞いてみたい。私に対する皇羽さんの思いを聞いたら、ソワソワした私の心も少しは落ちつく気がするから。「だけど家にいないんだから、聞きようがないよね」気になった事を放置するのは性に合わないんだけどな――と。ここで何気なくテーブルに転がる物を見る。そういえば、この前からずっと転がっている。どこかで見たような。何だっけ?もしや皇羽さんの物?と、少しワクワクしながら手に取る。目に入ったのは「バイト」という文字。そこでスゴイ速さで記憶が戻って来た。「これ、私が貰って来たバイトの情報誌だ!」なにが「気になったことを放置するのは性に合わない」だ。思いっきり放置している物があるじゃん!クウちゃんにコンサートのチケット代を返さないといけないし、皇羽さんには言わずもがな色々買ってもらってるし、そして玲央さんにも!仮病でウチにいた日にお金を借りている!私、かなりの人に借金しているヤバい人だよ! 「バ、バイト!バイトしなきゃ!時給の高いバイト~!!」再びリビングに戻り、ペンを片手にハイスピードで情報誌をめくる。自分に合いそうな求人を見つけ、片っ端から丸をしていった。「スマホがあって良かった!スグに電話ができる!」皇羽さんのことで憂う余裕は一気になくなり、情報誌とスマホを行ったり来たりと大忙し。気になるバイトはいくつかあったけど、夜遅くまでの勤務だったり、保護者の同意が必要だったりと。様々なことが原因で自ずと絞られていった。「これが最後の一件だ!」意を決して電話をかける。そのお店の採用方法は「電話で軽い面接をする」だった。つまり電話が繋がった瞬間から選考が始まるってこと!ガチャと音がして、男の人の声がする。私は頭が真っ白になりながらも、一生懸命受け答えをした。すると……「明日から?本当ですか、ありがとうございますッ!」結果は、なんと採用!明日、一応履歴書を持ってお店へ行き、そのまま働くことになった。「何とかバイトを見つける事が出来たよ~……」良かった、まずは一安心だ!スマホをテーブルに置いて、ほぅ~と脱力する。あ、皇羽さんに「バイト決まりました」って報告した方がいいよね?皇羽さんが帰ってきた時に私が家にいなかったら、絶対に心配するし。「メールで言うのもいいけど、直接いいたいなぁ」バイ
『え⁉』「え⁉」私と司会者の反応が同じだったことはさておき。ニコリと笑うレオを、他のメンバーさえも驚いた顔で見ている。あの黒髪の人は〝かげろう〟って名前だったかな?あの人だけは無表情。だけどその他のメンバーは、これでもかと目を見開いている。『ちょ!またまた爆弾発言だよレオくん!じゃあズバリ聞いちゃおうかな⁉そのお相手とは⁉』興奮する司会者の隣で、焦った様子のリーダー・ミヤビが「まぁまぁその辺で」と穏便に済ませようとしている。だけどミヤビの努力もむなしく、愛想よく笑うレオがパカッと口を開いた。『それはですね、ウチに住み着いている野良猫です!』 『は……はは。なーんだ、野良猫かぁ~』明らかに残念そうな司会者と、やや顔に青線が入ったミヤビ。しかし当の本人はというと「驚きました?」って、悪気なしにケラケラと笑っている。これには、さすがの私もミヤビに同情しちゃう。『すみません司会者さん、ウチのレオはヤンチャなもので、ははは』「……ははは」つられて乾いた笑いが出る。無意味にドキドキしちゃった。口から心臓が出るかと思ったよ。「と言っても、私が焦る必要なんて全くないんだけどね……」だけど今日のレオがやたらと皇羽さんに見えて、変にドキドキしちゃう。告白の件以来、自分のペースを狂わされっぱなしだ。「でも野良猫の話なら良かったよ。これで安心してテレビを見られる……ん?」そう言えば――と、いつか玲央さんと話したことを思い出す。 ――野良猫? ――そ、萌々ちゃんのこと ということは、さっきレオが言った「野良猫」って……。「つまり私の事だ!じゃあレオは〝私に必要とされたい〟と思っているの?な、なんでぇ?」顔を青くしたり赤くしたり。オロオロと一人で百面相をする私に、レオは容赦なかった。まるで「私が混乱している事はお見通し」と言わんばかりに、一瞬だけカメラへ目を向ける。そして―― 『今、家で俺の事を見てくれていたら、帰ってたくさんヨシヨシしてあげるからね』 「!!」名前を呼ばれたわけじゃないのに、いきなり名指しされたかのような勢いのあるストライク。その破壊力の大きさに、バックンバックンと心臓が唸り始める。ここまで言われて、気が付かない私じゃない。そんな表情で言われて、分からない私じゃない。いま画面越しに目が合った人。その正体に、やっと気づいた