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第163話

Author: レイシ大好き
「最近は辛い思いをさせた。欲しい物があれば、好きに選んでくれ」

加津也は大きく手を振り、初芽に一枚のキャッシュカードを差し出した。

「暗証番号は知ってるだろ?足りなかったら俺に言え」

そのカードを見つめる初芽は、最初は少し驚いたような顔をした。

「ありがとう、加津也。優しいね」

加津也は彼女を腕の中に抱き寄せた。

「君は俺の女。これくらいは当然のことだ。午後はショッピングに行け。金を使い切るまで帰ってくるな」

初芽は幸せそうに加津也の胸に身を寄せる。

願わくば、前に感じたあの不安が全部思い違いでありますように。

初芽を送り出した後、加津也はスタイリングを整え、二川グループの本社へと向かった。

彼の目的は、紗雪と一度直接会って話をつけることだった。

ここ最近、考えれば考えるほど、心の中は苛立ちでいっぱいだった。

紗雪のあの三年間の隠し事は、全部ワザとだったのではないか?

二人の間に、ほんの少しの信頼すらなかったから、自分はこの女に対して我慢ができなくなった。

だから別れたのだ。

だが、加津也にはどうしても腑に落ちないことがあった。

恋愛は元々、お互いの合意があって成り立つものだろう?

なぜ紗雪は事態をややこしくにしたがる。

彼女が「二川家の次女」だからって、自分を切り捨てるつもり?

そんなの、させないぞ。

加津也は二川グループビルの前に到着し、紗雪が必ず通る出入口で彼女を待つことにした。

ここには人の目がたくさんある。

いくら紗雪でも、ここで醜態を晒すようなことはしないはずだ。

もし騒ぎになれば、損するのは二川グループだ。

......

その頃、紗雪はまだ何も知らずにいた。

午後、日向と別れた後は会社に戻り、業務の続きをしていた。

会長になってからというもの、彼女に注がれる視線は明らかに増えていた。

常に自分を律していなければならない。

ここで満足してはいけない。

椎名のプロジェクトを獲得できたとはいえ、後続の工程にミスは許されない。

これは初めての提携なのだ。

信頼を築けなければ、次のチャンスは来ない。

その最中、美月から呼び出しが入り、彼女は母親のオフィスへ向かった。

日向との進捗について聞かれた紗雪は、最近のことを丁寧に報告した。

「彼には自閉症の妹がいます。神垣日向自身も誠実な人柄で、既にデ
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