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第1072話

Author: 落流蛍
ほどなく、足音は入口で止まった。

華恋が振り返ると、扉をふさぐほど体格の大きな男が立っていた。体重は軽く百キロほどありそうだ。彼の巨体がそのままドアを塞いでいる。

華恋は時也の方を見た。

時也も入口に立つ男に気づき、顔色をわずかに変えた。

その男は時也の仮面を見て、すぐに電話で言われていた「その男」だと悟った。

しかも、時也のそばに女が一人だけでいるのを見て、さらに勇気づけられた。彼は時也を指し示して言った。

「じいさん、この人が港を貸す相手のやつなのか?」

「そうだ」

義雄は座ったまま動かず、ただ訊ねた。

「準備は整ったかね?」

「とうに終わっている」

孫の答えを聞いた義雄は顔の笑みを引っ込めた。

「さあ、では……」と言いかけて、時也を見据え、その顔には深い笑みが浮かんでいるが、目には笑いがなかった。代わりに強い殺意が宿っている。

「時也様、こちらは我が家の孫、成幸(なりゆき)だ。成幸はあなたに港を貸すことに反対している。申し訳ないがな」

直前で躊躇するケースは見たことがあるが、まさに署名直前で突如反故にするのは初めて見た。つまり――本心から港を借りられると思っていたわけではないのだ。

華恋は目を細める。義雄が本気で港を貸すつもりはないことは明白だ。そもそも霞市で幅を利かせてきた家が、自分の港を貸すなど考えにくい。

港を貸せば収益が減るのだから、利益の問題だ。おそらく時也は何らかの手段で同意を取り付けたのだろう。だが今は時也にその手段を詳しく問う余裕はない。

義雄の孫、成幸が悠然と歩み入ってきたのだ。彼の後ろには同じような巨漢たちが控えていて、まるで壁のように通路をふさいでいる。窓も扉も完全に塞がれていた。

華恋は時也に寄り添う。二人は言葉を交わさないが、成幸の狙いは明白だった。ここで二人を追い込むつもりなのだ。

成幸は得意げに義雄を見やり言った。

「じいさん、これらは昨夜呼び寄せたボディガードどもだ。あいつらが我々の要求に従わなければ、ここで始末するまでだ」

義雄は屈強なボディガードを見回して安堵し、思い直して威勢を上げた。

先日、時也が十数人で押し入ったことを思うと、今の状況では手が出せないと感じているのだ。だからこそ、傲慢な態度を取り始めた。

「成幸、それは見事だ。さすが我が家の長孫だ、よくぞ決断した。今回の締結
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