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9話

Autor: hana
last update Fecha de publicación: 2026-11-02 14:46:06

 帰国して数日が経っても、小春はシンガポールで届いたショートメールを忘れられずにいた。

『今までのことの真相を知りたければ、連絡してください。蓮社長には内緒で』

『あなたが蓮社長のそばにいる限り、不幸は続きます。彼から離れてください』

 画面を閉じても、言葉は胸の中に残っていた。

 送り主は誰なのか。蓮のそばにいると、なぜ不幸が続くのか。いったい、どういう意味なのだろう。

 小春はバッグの中の鈴を握った。赤い糸を指でたどると、少しだけ気持ちが落ち着いた。けれど、疑問は頭の中で絡まったままだった。

 退社時刻が近づいたころ、同じ差出人から新たなメッセージが届いた。

『今日の退社後、会社近くのエンゼルカフェでお会いできませんか』

 小春は画面を見つめた。

 会えば、何かがわかるかもしれない。そう思う一方で、蓮にも佐伯にも話さずに出かけることに迷いがあった。

 それでも、真相を知りたい気持ちは抑えられなかった。

 小春は『伺います』と短く返信した。

 いつもより早く机を片づけ、書類を引き出しにしまう。パソコンを閉じると、蓮に明日の予定を伝えることも、佐伯に声をかけることもなく、バッグを肩に
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  • ツンデレ社長は離せません――クビになった秘書も、赤い糸の鈴を持つ小春も   11話

    美咲の名前が載った記事を閉じても、小春の目にはその文字が焼きついたように残っていた。 小春が記憶を失い、入院していたあいだに、美咲は亡くなっていた。退院して学校へ戻ったとき、美咲の姿はもうなかった。両親から聞いたのは、家族と海外へ引っ越したという話だった。 いつか手紙が届くかもしれない。大人になったら会いに行けるかもしれない。 そう思いながら、十年も過ごしてきた。「どうして、教えてくれなかったの……」 小春は手の中の鈴を握りしめた。赤い糸が指先に触れる。けれど、どれだけ目を閉じても、火事の記憶は戻ってこなかった。 本棚からアルバムを取り出し、美咲との写真が載ったページをめくる。二人で並んで笑う写真。文房具を手に、店の前で撮った写真。ページを進めるたび、懐かしさと寂しさが胸に押し寄せた。 写真の中の美咲は、いつもと変わらない笑顔をしている。 小春は涙をぬぐいながら、アルバムを胸に抱いた。いつの間にか、ベッドの端で眠ってしまっていた。 翌朝、小春は出社前に、もう一度地域新聞のアーカイブを開いた。 美咲の名前が載っていた記事の続きがあるはずだ。小春は日付をたどり、火事から数日後の紙面を探した。 見つかった記事には、被害の大きさが改めて記されていた。店の奥で起きた爆発で建物の一部が崩れ、火は周囲にも広がった。現場には大勢の救助隊が入り、夜を徹して捜索が続いたという。 小春は画面を下へスクロールした。 ――現場にいた人々の救助が終わったとして、捜索は一度終了した。 そこで、小春の指が止まる。 記事の続きには、短い続報が載っていた。 ――その後、崩落した店の奥から音が聞こえ、救助隊が再び捜索。高校生と中学生の二人を発見し、病院へ搬送した。「二人……」 小春の心臓が強く跳ねた。 二人の名前も、なぜ店の奥に取り残されていたのかも、記事には書かれていない。ただ、いったん捜索が終了した後、店の奥から音が聞こえたと記されていた。 小春は記事を何度も読み返した。 高校生と、中学生。 十年前の自分は中学生だった。火事のあとに入院したことも、記憶の一部が抜け落ちたことも知っている。けれど、自分が救助された二人のうちの一人なのか、もう一人は誰なのか、記事だけでは分からなかった。 胸の奥が落ち着かない。 バッグに手を入れ、いつも気持ちを落ち着かせて

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     『十年前の火事の記事を見てください。あなたが忘れていることが載っています』 昨夜届いたメッセージを、小春は朝になっても何度も読み返していた。 退職するべきか。蓮から距離を置くべきか。考えようとするほど、答えは遠のいていく。 まずは火事のことを確かめよう。辞めるかどうかは、それから決めても遅くない。 小春はそう自分に言い聞かせ、スマートフォンで十年前の火事の記事を検索した。 火災が起きたのは、小春が通っていた中学校の近くにある雑貨店だった。文房具や季節の飾りを扱う小さな店で、小春は学校帰りによく立ち寄っていた。 画面には、短い記事がいくつも並んでいる。 ――雑貨店の奥で爆発。火は建物全体に広がり、一部が崩落。複数の負傷者が病院へ搬送された。 小春の指が止まった。 胸の奥が、かすかにざわめく。 崩れた棚。暗い隙間。誰かの声。 目を閉じると何かが浮かびそうになるのに、あと少しのところで霧に包まれてしまう。「……思い出せない」 不安にかられ、小春はバッグから鈴を取り出した。赤い糸を指でたどると、少しだけ呼吸が整う。 この鈴と火事に、何か関係があるのだろうか。 いくら見つめても、鈴は答えてくれなかった。 出社後、小春はいつもどおり蓮の予定を確認し、会議資料を机に置いた。「今日の午後は、三時から取引先との打ち合わせです。資料は先ほど共有しました」「分かった。……小春、体調が悪いのか?」 蓮の目が、小春の顔を心配そうに確かめる。「特に悪くありません」 小春は笑顔をつくった。けれど、頬がうまく動かない。 本当は、昨夜のメッセージのことも、火事の記事を調べていることも話したかった。けれど、元秘書の「蓮社長のそばにいると不幸が続く」という言葉が、胸の内に引っかかっていた。 蓮に心配をかけたくない。 まだ何も確かめられていない。話せば、余計な心配をかけてしまう。小春は、今は黙っておくことにした。「無理はするな」「はい。ありがとうございます」 小春はそれだけ答え、蓮の机から離れた。 午後の休憩時間、社内の端末で地域新聞のデジタルアーカイブを開いた。火事の翌日に掲載された記事を見つけ、画面を拡大する。 記事には、避難する人々の小さな写真が載っていた。黒く焼けた看板は、かろうじて店の名前を残している。見慣れたはずの通りが、まるで知ら

  • ツンデレ社長は離せません――クビになった秘書も、赤い糸の鈴を持つ小春も   9話

     帰国して数日が経っても、小春はシンガポールで届いたショートメールを忘れられずにいた。『今までのことの真相を知りたければ、連絡してください。蓮社長には内緒で』『あなたが蓮社長のそばにいる限り、不幸は続きます。彼から離れてください』 画面を閉じても、言葉は胸の中に残っていた。 送り主は誰なのか。蓮のそばにいると、なぜ不幸が続くのか。いったい、どういう意味なのだろう。 小春はバッグの中の鈴を握った。赤い糸を指でたどると、少しだけ気持ちが落ち着いた。けれど、疑問は頭の中で絡まったままだった。 退社時刻が近づいたころ、同じ差出人から新たなメッセージが届いた。『今日の退社後、会社近くのエンゼルカフェでお会いできませんか』 小春は画面を見つめた。 会えば、何かがわかるかもしれない。そう思う一方で、蓮にも佐伯にも話さずに出かけることに迷いがあった。 それでも、真相を知りたい気持ちは抑えられなかった。 小春は『伺います』と短く返信した。 いつもより早く机を片づけ、書類を引き出しにしまう。パソコンを閉じると、蓮に明日の予定を伝えることも、佐伯に声をかけることもなく、バッグを肩にかけた。 急いで社長室を出ていく小春に、佐伯は手を止めた。 普段なら、退社前に蓮の予定を確認してから帰るのに、今日はその様子もない。足早に廊下を進む後ろ姿には、いつもと違う緊張がにじんでいた。 胸騒ぎを覚えた佐伯は、少し間を置いてから後を追った。 小春が向かったのは、会社近くのエンゼルカフェだった。 佐伯が店の窓越しに様子をうかがうと、向かいの席には見覚えのある女性が座っている。 美月の元秘書だった。 小春の表情は不安そうに見えた。佐伯は店内には入らず、その場を離れ、会社へ戻った。「春野さんが、先ほどエンゼルカフェで九条さんの元秘書と会っていました」 報告を受けた蓮の顔から、わずかに血の気が引いた。「小春が自分から会いに行ったのか?」「おそらく。退社後、急いで出ていきました」 蓮は椅子から立ち上がった。 今すぐ店へ行きたい。 なぜ自分に何も言わず、元秘書と会っているのか。何を話しているのか。確かめたくてたまらない。 小春が自分の知らないところで不安を抱えているのかもしれない。そう思うと、彼女の変化に気づけなかった自分に、蓮は苛立ちを覚えた。 だが、自分に

  • ツンデレ社長は離せません――クビになった秘書も、赤い糸の鈴を持つ小春も   8話

     新たな進展がないまま、翌週、蓮と小春、佐伯はシンガポールの取引先との商談に臨んだ。 商談当日。小春は会議室のテーブルに資料を並べ、表紙の社名と日付を一枚ずつ確かめていた。 社内で見つかった提案書の改変箇所は、すべて元の内容に戻してある。価格も納期も、蓮と佐伯が確認した最新版だ。「確認は終わったか?」 隣から尋ねられ、小春は最後の一枚を揃えた。「はい。価格、納期、添付資料……三回ずつ確認しました」「三回で足りるのか」「もう数字が踊っているように見えるんです」 小春が真顔で答えると、佐伯が小さく笑った。蓮は呆れたように眉を寄せる。「踊る前に確認を終えろ」「はい。次は、数字が踊り出す前に終わらせます」 そのとき、会議室の扉が開いた。 取引先の担当者、ルーカス・タンが穏やかな笑顔で入ってくる。柔らかな目元と落ち着いた物腰は、厳格な蓮とは対照的だった。「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」 ルーカスは流暢な日本語で一人ずつに挨拶し、小春から資料を受け取った。「春野さんが準備されたのですね。条件が一目でわかり、見やすいです」「ありがとうございます。少しだけ工夫しました」「その丁寧さが、資料にも表れていますね」 褒められ、小春の頬がほころぶ。 蓮はその横で、資料の端を静かに揃えた。表情は変わらない。けれど、紙を押さえる指に少し力が入っている。 商談が始まると、蓮は改変された提案書が社内で見つかった経緯を説明し、正しい条件を改めて提示した。小春も資料の担当者として、数字の根拠や納期の調整について説明する。 途中、ルーカスが一つ確認を求めた。 小春はすぐに該当箇所を開き、補足資料を差し出す。「こちらに計算の内訳があります。少し細かいのですが、順番に見ると迷子になりにくいと思います」「資料を見ながら迷子になることは、よくありますからね」 ルーカスは笑いながら資料に目を通した。「なるほど。とてもわかりやすい。春野さんのおかげで、内容を判断しやすくなりました」 彼の言葉に、小春の表情が明るくなる。「よかったです。数字も、もう踊っていません」「それは何よりです」 ルーカスが楽しそうに笑う。蓮は視線を資料に落としたまま、淡々と次の議題へ進めた。 商談は最後まで穏やかに進んだ。 ルーカスは提示された条件に納得し、修正後

  • ツンデレ社長は離せません――クビになった秘書も、赤い糸の鈴を持つ小春も   7話

    「九条美月を呼べ」 蓮の声が、社長室に冷たく響いた。 佐伯はすぐに美月へ連絡を入れた。映像の内容は伝えず、社長から話があるとだけ告げる。 待つあいだ、小春は一時停止された画面を見つめていた。 白黒の映像には、美月の秘書が映っている。小春の社員証を手に、共用端末を操作していた。 その直後、画面の外から別の手が伸びる。秘書は社員証をその手に渡していた。 相手の顔は映っていない。だが、手首のブレスレットには見覚えがあった。丸い粒が連なり、中央にはひときわ大きな飾りがついている。昨日、美月が身につけていたものとよく似ていた。 偶然なのか。それとも――。 考えがまとまらないうちに、社長室の扉が開いた。 美月が入ってくる。淡い色のスーツに身を包み、背筋を伸ばしていた。表情に乱れはない。けれど、室内の張りつめた空気に気づいたのか、彼女の視線が一瞬だけ画面に留まった。「蓮さん、お話って何かしら?」「これを見てくれ」 蓮が映像を再生する。 秘書が端末を操作しているあいだ、美月は表情を変えなかった。だが、社員証を画面の外へ渡した瞬間、膝の上に置いた指がわずかに強張ったように、小春には見えた。「美月さんの秘書が、私の社員証を持っています」 小春が告げると、美月は画面から目を離さずに答えた。「彼女が社員証を拾ったことは聞いているわ。受付に届けるよう、私から伝えたの」「その前に、共用端末を操作している」 蓮の声は静かだった。その静けさが、かえって室内の緊張を深めていく。「提案書の更新履歴には、小春のアカウントが残っている。更新された時刻、小春は会議室で来客対応をしていた。映像の秘書に、端末を操作した理由を説明してもらいたい」「映像だけで、誰が操作したかまで断定できるの?」 美月は画面から目を離し、蓮を見た。「社員証を持っていたことと、提案書を書き換えたことは別の話よ。彼女に連絡を取って、本人から話を聞くべきではないかしら」「その方に連絡を取ってください。本人から話を聞きたいです」 小春の言葉に、美月は一度だけ目を伏せた。「彼女は昨夜、退職届を出したわ」 社長室に沈黙が落ちた。「退職届ですか?」 佐伯が聞き返す。「個人的な事情よ。今日は出社していないわ」 小春は、映像に映る秘書の姿を見つめた。 美月の話では、秘書は社員証を拾い、美

  • ツンデレ社長は離せません――クビになった秘書も、赤い糸の鈴を持つ小春も   6話

     提案書の更新履歴には、小春の社員アカウントが記録されていた。 蓮は、表示された名前だけで小春を疑うつもりはなかった。 社員証の記録に疑いをかけられたうえ、調査を始めると修正履歴まで消されている。 小春の名前を使って、誰かが意図的に罠を仕掛けている可能性があった。「佐伯、元のファイルと更新履歴を保全してくれ。関係者には、まだ何も知らせるな」「承知しました。先方への送付状況も確認します」 佐伯が端末を操作する。 小春は画面を見つめたまま、唇を結んでいた。 自分が作った提案書なのに、自分の名前で内容を変えられている。 悔しさと不安が、胸の中で絡み合った。「小春、君のせいだとは考えていない」 蓮の声に、小春は顔を上げた。「でも、変更者の欄には私の名前が出ています」「表示された名前と、実際に操作した人間は別かもしれない。原因がわかるまでは、誰のせいとも決めつけない」 蓮は言い切った。 小春をかばうだけではなく、事実を確かめようとしている。その姿に、小春の肩から少し力が抜けた。「ありがとうございます。私も元のファイルを確認します」「一人で抱え込むな」「抱え込んでいません。社長も佐伯さんもいますから」「そういう意味じゃない」 蓮が伝えたかったのは、調査を一人で進めるなということだけではなかった。 だが、小春にはその思いが届いていないようだ。「社長、そういう意味とは?」「……後で話す」 蓮は答えを飲み込み、佐伯の端末へ視線を戻した。「先方への送付は、まだです。会議資料として社内に配られた段階ですね」 佐伯の報告に、小春はほっと息をついた。「よかった……。この価格のまま先方に届いたら、大変なことになるところでした」「大丈夫か?」 蓮は、小春の表情を確かめるように見た。「はい。数字が違うと気づけてよかったです」「気づいたのは君だ。よく見ていたな」 短い言葉だったが、蓮の視線には確かな労いがあった。 小春は照れ隠しのように、画面へ向き直る。「担当者ですから。自分が作った資料くらい、間違いに気づかないと」 蓮は何か言いたげに口を開きかけた。 だが、小春はもう元の提案書と添付ファイルを見比べている。 彼の言葉は、また届かずに終わった。 佐伯も二つのファイルを並べ、変更箇所を確認した。 価格だけでなく、納期の条件

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