FAZER LOGIN社長秘書の小春は、機密資料流出の疑いをかけられ、美月から突然クビを告げられる。翌朝、蓮は彼女を専属秘書として呼び戻し、「俺のそばにいろ」と独占欲を見せる。赤い糸の鈴を見て、蓮は小春が十年前に自分を火事から救った少女だと気づく。しかし、小春は火事で大切な人を失い、蓮との約束を忘れていた。美月の嫉妬と資料流出の謎を乗り越え、二人は過去ではなく今の想いで結ばれていく。
Ver mais「春野さん、雇用条件はこちらです。昨日の件で、給与や待遇に変更はありません」 佐伯は書類を差し出した。 小春は受け取り、目を通す。正式に解雇されたわけではない。頭ではわかっていても、昨日まで働いていた職場が、どこかよそよそしく感じられた。「昨日は退職したつもりで、荷物までまとめてしまいました」「無理もありません。九条さんが社長の指示で訂正を出し、正式な解雇ではなく、調査のため一時的に帰宅してもらっただけだと社内に伝えています」 佐伯の落ち着いた声に、小春は小さくうなずいた。 蓮は昨日、美月の発言をその場で否定すべきだったと謝ってくれた。それでも、何も説明されないまま帰されたときの寂しさは、まだ胸の奥に残っている。「私の席は、どちらになりますか?」「こちらです。ご案内します」 佐伯に案内されたのは、社長室に入ってすぐのガラス張りの仕切りの内側だった。蓮のデスクからよく見える、小さなスペースだ。「丸見えですね」「社長のご指示です」 佐伯は困ったように笑った。「ここであくびをしたら、社長にも見えるんですね」「勤務中は、できれば控えてください」「気をつけます。見られていると思うと、あくびも緊張しそうです」 小春が真剣な顔で答えると、佐伯はこらえきれずに笑った。 デスクには、淡いクリーム色のデスクマットと木目のきれいなペン立てが置かれていた。端には小さな観葉植物。小春の好きな柑橘系の紅茶も用意されている。「私の好みに合わせてくださったんですか?」「すべて社長から頼まれました」 紅茶は、蓮がいつも好んで飲んでいるものと同じ銘柄だった。小春も以前から好きだったが、蓮まで同じものを選ぶとは知らなかった。 小春は給湯スペースで紅茶を淹れ、カップを机に置いた。柑橘の香りがふわりと広がる。 昨日は目も合わせてくれなかったのに、どうして自分の好みを覚えていたのだろう。 小春の胸に温もりが広がる。うれしいと思う自分に、少し戸惑った。 小春が椅子を引いたとき、社長室の奥の扉が開いた。 美月が出てくる。先ほどまで蓮と話していたらしいが、手には書
東條グループに着くと、受付の人が目を丸くした。「春野さん、昨日退職されたんじゃ……」「私もそう思っていたんですけど、今日から専属秘書として復帰だそうです」 そう答えると、受付の人は困ったように笑った。私だって、まだ状況をうまく飲み込めていない。 社長室へ向かうエレベーターの中で、私は何度もスマートフォンを確認した。蓮社長からの連絡は、さっきの電話だけ。詳しい説明は会社ですると言ったきり、何も届いていない。 扉が開き、社長室の前に着く。深呼吸してからノックをした。「入れ」「失礼します」 蓮社長はデスクで書類に目を通していた。私を見ると、ペンを置く。「来たか」「はい。復帰のお話、詳しく聞かせてください」「君は社長室付きの専属秘書として働く。勤務条件は佐伯に確認させる」「そういうことではなくて……どうして、昨日クビだと言われた私を戻したんですか?」「機密資料の件は調査中だ。君の社員証が使われた記録だけで、犯人だと決めつけることはできない」「それはわかっています。でも、昨日は『このまま秘書室に置くことはできない』っておっしゃいましたよね」 蓮社長は答えるまでに、少し間を置いた。「会議室にいた社員に確認が取れた。記録にある時刻、君が来客対応をしていたことは確認できた。少なくとも、君が資料室に入ったという記録は事実ではない」「では、私への疑いは晴れたんですね?」「その時刻に資料室へ入った疑いは晴れた。社内にも訂正を出す。昨日は調査のために帰ってもらっただけで、解雇したつもりはなかった。だが、美月さんの言葉をその場ではっきり否定すべきだった」「でも、私には何の説明もありませんでした」「すまない」 蓮社長の謝罪は短かった。けれど、逃げずに私を見ていた。「君を疑っていたわけじゃない。だが、説明せずに決めたのは俺の間違いだ」 私は彼の顔を見つめた。昨日は何も言ってくれなかったのに、今日は戻ってきてほしいと言う。信じていいのか、まだわからない。「これからは、私のことならちゃんと説明してください」「わかった」「あと、専属秘書って、具体的には何をするんですか?」「今までとほぼ同じだ。俺のスケジュール管理、会議の準備、来客対応」「つまり、今までのお仕事に『社長の目の届く範囲にいる』が追加ですか?」「そういうことだ」「それ、契約内容
「春野小春さん。今日でクビです」 社長室に入って早々、九条美月さんにそう告げられた。 私は手にしていた書類を、危うく床に落としかける。慌てて抱え直した拍子に、いちばん上の紙が一枚、ひらりと滑った。「あっ」 拾おうと身をかがめた私より先に、東條蓮社長の手がその紙を押さえた。「ありがとうございます」 受け取ろうと手を伸ばす。けれど蓮社長は紙を私に返さず、机の上に置いた。「話を聞いてくれ」 いつもと変わらない、静かな声だった。 美月さんは蓮社長の隣に腰かけている。大手企業を束ねる九条家の令嬢で、当社の取締役でもあり、蓮社長の婚約候補だという噂もある人だ。 今日の彼女は淡い色のスーツを着て、困ったように眉を寄せていた。「社長秘書の小春さんが、機密資料を外部に流した疑いがあるそうです」「私が?」「小春さんの社員証で、資料室に入った記録が残っています」 美月さんはテーブルの上に数枚の紙を置いた。社員証の入退室記録と、流出した資料の一覧らしい。「でも、この時間、私は来客用の会議室でお茶を出して、それから――」「その記録は確認した」 蓮社長が、私の言葉をさえぎった。 私は彼の顔を見た。視線は書類に落ちたまま、こちらを向かない。「社長、私は資料を持ち出していません」「君の社員証が使われた記録がある」「社員証なら、昨日の午後、資料室の前で落としました。拾ってくださった方がいたんですけど、まさかそれが……」 言いながら、昨日のことを思い返す。 廊下で社員証を落とし、数分後にそのことに気づいて戻ると、誰かが拾ってくれていた。顔を見てお礼を言ったはずなのに、急いでいて相手の名前までは確認しなかった。「その話は初耳です」 美月さんが小さく首を傾けた。「では、その方を探して説明してもらいます。社員証の記録だけでは、私が資料を持ち出したことにはなりません」「小春さん。会社の機密が外部へ流出したのよ。そんな曖昧な説明だけで済ませるわけにはいかないわ」 美月さんの声に、責める響きはない。それなのに、返す言葉をひとつずつ塞がれていくようだった。 蓮社長がようやく顔を上げた。目が合う。「調査が終わるまで、君をこのまま秘書室に置くことはできない。今日は帰ってくれ」 胸の奥が、すうっと冷えた。「……私を信じてくれないんですか?」 尋ねると、蓮
「小春さん、今日でクビです」身に覚えのない機密資料の流出を疑われ、社長秘書の春野小春は、九条美月から突然解雇を告げられる。蓮に長年想いを寄せ、婚約候補と噂される美月は、明るく少し天然な小春を疎ましく思っていた。仕事の失敗に見せかけた嫌がらせを重ね、小春を蓮から遠ざけようとする。ところが翌朝、蓮は小春を社長室付きの専属秘書として呼び戻す。社内に情報を流した人物がいると疑う蓮は、小春を危険から守るため、解雇を表向きの措置にしていたのだ。「俺のそばにいろ。君を誰にも渡さない」突然の再採用と強引な言葉に戸惑う小春。蓮は彼女を守ろうとするあまり、過保護で独占的な態度を見せる。小春はその理由がわからないまま、蓮の不器用な優しさに少しずつ心を揺さぶられていく。やがて蓮は、赤い糸のついた小さな鈴を見て、小春が十年前の火事で自分を救ってくれた少女だと気づく。鈴を渡し、「必ずまた会おう」と約束した相手が、目の前にいたのだ。しかし小春は、火事で大切な人を失い、そのショックで一部の記憶を失っていた。蓮との約束も、彼のことも覚えていない。美月の嫉妬が二人を追い詰め、機密資料流出の真相も少しずつ明らかになる。蓮は小春を守ることと、彼女の気持ちを尊重することの間で揺れる。小春もまた、過去の約束ではなく、今の自分の想いと向き合っていく。小春は蓮の不器用な愛情に気づき、自分の意思で彼の隣を選べるのか。美月は、蓮を想い続けることで何を失っていくのか。クビ宣告から始まった二人が、過去の傷と疑いを乗り越え、互いの気持ちを結び直す恋愛物語。