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2、妙な妖(あやかし)

last update Huling Na-update: 2026-01-10 16:21:13

 本来ならドムとサブの合意の元で行われるダイナミクスのプレイは一方的に行使されるものではない。それを合意もなく行使され、見せ物にされる。

 他の社員は笑うか、関わらないように視線を逸らすか、そそくさと帰ってしまうかのどちらかで職場で空良の味方はいない。とても惨めで悔しかった。

 ——もう嫌だ、ドムになんて縋りつきたくない。

 両手で自身の体をかき抱き、自分より頭ひとつ分以上背の高い男を睨みつける。

 ——人間でも人外でも、ドムはお断りだ。

 ドムからの嫌がらせは入社してからずっと続いている。せめて外では無様な姿を晒したくない。

 見惚れていたのも忘れたように、空良は敵意のこもった視線を男に浴びせた。

「自分で、ちゃんと立てます……。お気遣い……っありがとうございました」

 震える四肢に力を込めて、真っ直ぐに背を伸ばす。

 良くなっていたサブドロップも、今の緊張感でぶり返してきている。

 ——早く帰らなきゃ……。

 男から距離を取ろうとしてまた直ぐにふらついた。咄嗟に腕を伸ばしてきた男に支えられそうになり、空良は条件反射のごとく腕を弾き返す。

「僕に……触らないで下さい」

「無理に動いてはダメだよ。一先ず雨露を凌げる所へ行こう。それに追われているんでしょう?」

「貴方には関係ありません。僕は一人で逃げ帰れるので、放っておいて下さい!」

 ——さっさとこの場から離れたい。

 男をすり抜けようとすると、軽々と横抱きにされてしまい、顔がカッと熱くなった。

「ちょ、何してるんですか!」

 こんな人通りの多い所で、この抱き方は恥ずかし過ぎた。女性のように扱われた事にも腹が立って仕方ない。

「君と私の姿はもう人間には見えなくなっている。君は捕まらないから安心していいよ」

 追われていたのに気づかれている。あと、やはり人間ではなかったみたいだ。伊藤には見えなくなっているのには安心出来た。

 しかしドム自体に触られたくない。あと、女性のように扱って欲しくもなくて降ろして貰おうと両手で男の胸板を押し返す。男の体はびくともしなかった。

「あの……? 降ろしてください」

 昔から母譲りの色素の薄い髪の毛と顔立ちのせいで、今でも揶揄われることが多い。女性扱いされるイコール男として見られていないのが丸わかりだ。

 過去に初めて好きになった女性には「自分より可愛くて綺麗な人とは付き合えない」とハッキリと交際を断られた。

 それ以来容姿に関しても、サブという第二次性にしてもコンプレックス以外の何ものでもなかった。

「僕は男です。下ろしてください。女性扱いされるのは嫌なんです」

 体に力をこめて即座に降りようとすると、ふんわりと微笑まれる。

「女性扱いはしていないよ。どこからどう見ても成人男性だからね。私がこうしたいだけなんだ。では、どうやって連れていけばいい? 望みを言って欲しい」

 ——下ろす気はないんだ……。

 成人男性だと言われたのは嬉しかった。少しだけ気分が上向く。

 それにしても見えないとは一体どういう意味なのだろうか。

 ——雨が体を透過して濡れる事がなくなったのもそのせいなのかな?

 妖が視える人にしか見えない可能性を考える。その前に自分も今の今まで、霊や妖を見た事がないのに気が付いて首を振る。

 一体何処に連れて行かれてしまうのかも謎で、不明瞭過ぎる事が多くて不安にかられる。

 ——来た……っ!

 両手を口に当てて声を押し殺す。走ってきた伊藤がキョロキョロと周りを見渡して舌打ちしているのが分かったからだ。

 思わず男の胸元に隠れるように顔を埋めた。見えないとは言われたが、もし見つかったら……と思うと手が震えてきて止まらなくなった。

 こんなに近くにいるのに、いつまで経っても声を掛けられなくて訝しげに思い顔を上げた。

 ——え、あれ?

「ほら、言ったでしょう? 見えていないから安心して?」

 結果的には良かったものの、不可解な事ばかりで、どういう原理なのかいくら考えても分からない。

 走り出そうとした伊藤が何もない所で、足を払われたように派手に転んだのが見えた。

 それを見て男が忍び笑いを含ませている。もしかしてこの男が何かしたのだろうか、と思考を巡らす。

「いえ……あの、だから、この体勢で運ばれるのを望んでいません。歩くくらいなら自分で出来ますので大丈夫です」

 ドムは嫌いだから触られたくない、という言葉は呑み込んだ。サブだと知られて突然コマンドを発令されたりと急に態度を豹変されても厄介だ。

「私が妖でドムだから?」

 確信をつかれた言葉に返事を躊躇いはしたものの、ハッキリと「そうです」と返した。

 それにどうしてそう思ってしまうのかは分からないが、この男には今まで出会ったドムたちのようにはなって欲しくないと願っている自分もいた。

 初めて会った筈なのにどこか懐かしい。胸の奥が騒ついて仕方なかった。

「ドムでごめんね。心配だから私がこうして君を連れて行きたい。それが理由では駄目?」

 少し傷付いたような表情ではにかまれる。

「っ!」

 何も言い返せなくなってしまった。

 穏やかで愛しむような表情を向けられると、自分が男の親切心を無下にしている気分になってきて口を噤む。

 伊藤のように、人を見下したり、命令したり、偉そうに威張り散らすドムしか知らなかったので男の態度と言葉には正直戸惑ってしまう。

 あまりにも無害で優しい笑みを浮かべられるのは、今は居心地が悪い。初めてなのもあってどうしていいのか迷う。

 機嫌を伺うように顔を覗き込まれると、対応に困った。

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