LOGIN舞台は古代中国、三教の一つである道教の修仙界。 呪符を扱う四つの正統門派『大篆門(だいていもん)・寒仙雪門(かんせんせつもん)・緑琉門(りゅうりゅうもん)・金龍台門(きんりゅうだいもん)』たちが、日々蠢く邪祟や妖魔を退治し、世を統治していた。 しかしある日、四つの門派を統括する天台山の裏手にある華陰山で、地の主として祀られていた【三神寳(さんしんほう)】が、突厥の手によって盗まれてしまう。 これにより全ての統治が保てず、世が乱れ始めるのだが、それと同時に、十年前に大敵である青鳴天(チンミンティェン)との闘いの末、強力な霊符の反動で謎の死を遂げてしまった最強の呪符師・墨余穏(モーユーウェン)が突然甦る。 記憶は今世でも引き継がれ、前世では叶わぬ恋心を抱いていた寒仙雪門の門主・師玉寧(シーギョクニン)と再会を果たすが、墨余穏は師玉寧に新たな想い人がいることを知ってしまう…。しかし、それは━︎━︎。 それぞれの想いが過去、未来へと繋がり、繚乱していく仙侠中華BL。
View More上に登れば登るほど酸素は薄く、気温も低温傾向にある。
しかし、この者たちは鍛錬を積み重ねた強靭たちばかりが集められている為、何の心配もいらないようだ。 一人の男が言う。「|阿可《アーグァ》様! あそこに廟があります!」
「よし、見つけたな! そこへ向かうぞ!」
|突厥《とっけつ》の|阿可《アーグァ》たちは目先にある廟へ向かって険しい岩場を進む。
様々な木が生い茂り、視界を遮るように霧が立ち込めている。 進むのも後戻りをするのも困難な場所だが、彼らは行く手を止めようとしない。木枝や葉を踏み鳴らす音だけが響き、皆黙々と登り続けると、突厥たちはようやく山の頂上の岩場に聳え立つ、小さな廟に到着した。「本当にここなんですか?」
「あぁ。間違いない。早く扉を壊せ」
|阿可《アーグァ》の命令に従い、数人の下の者たちが、硬く封じられた扉を抉じ開ける。しかし、扉自体は開くものの強力な呪符で護られているせいか、中に踏み込む事ができない。
|阿可《アーグァ》は「チッ」と舌打ちしながら、預かっていた一枚の呪符を胸元から取り出し、扉の中に投げ入れた。 すると、たちまち呪符の効力が消え、ただの物小屋のような空間が広がり始めた。「さすがです! |阿可《アーグァ》様!」
下の者たちから煽てられて気分の良い|阿可《アーグァ》は、颯爽と中に入り、この廟に祀られていた|三神寳《さんしんほう》の一つ・|神漣剣《しんれんけん》を手に取る。
「これが|呂熙《リューシー》殿が欲しいと言っていた神剣か……」
ひとしきり眺めた後、|阿可《アーグァ》は|神漣剣《しんれんけん》の隣に置いてあった符術書・|万墨帛書《ばんぼくはくしょ》と、青銅製の鳥の形をした銅鏡・|神翼鏡《しんよくきょう》も手に取って胸元に仕舞った。|阿可《アーグァ》は踵を返そうと足元に目を遣ると、石段に何やら文字が彫られているのに気付いた。
しかし、|阿可《アーグァ》は突厥の人間な為、この国の文字が読めない。「おい! この文字を読める者はいないか?」
「いやぁ……、分かりません」
「ふんっ。そうか、まぁいい。早く出るぞ」
|阿可《アーグァ》は近くにいた下の者たちを急かせ、一緒に廟の外へ出る。
すると突然、轟々と鳴り響く猛烈な山鳴りがそこにいた者たちの耳を劈いた! まるで、ここに重鎮している山の神が、天に向かって怒りを表しているかのようだ。 すると、次から次へと地響きも鳴り始め激しい雨が降り出す。 「おい! 急いで退散するぞ!」『は、はい!』
|阿可《アーグァ》たちは、急いでこの激しい崖を次々と飛び降りていった。
廟の中はもぬけの殻となり、激しい雨が扉を無情に叩く。 扉から漏れる雷光が、石段の文字を何度も虚しく照らしていた━︎━︎。在天願爲比翼鳥
在地願爲󠄀漣󠄀理枝
天長地久有時盡
此恨緜緜無盡期
天井にあっては比翼の鳥
地上にあっては連理の枝となって 永遠に離れずにいましょうと 永遠の天空、恒久な大地 それらはいつか終わりの時がやってくる しかし、この悲しみだけはいつまでも連綿と続くことだろう(白居昜「長恨歌」より)
物々しい雰囲気が漂う鴉の住処で、|鳥鴉盟《ウーヤーモン》の|青鳴天《チンミンティェン》は、虚な目をして黒石の冷えた床に額を付けていた。 「お前はまだ、|緑稽山《りょくけいざん》を仕留められないのか?」 石の床が僅かに震えるほど低い威圧的な声が、青鳴天の耳に襲い掛かる。「はい……」と震える声で答えながら、青鳴天は更に額を床に擦り付けた。 「お前は一体、どこで何をしている。天台山の力が弱まった今、我々が天下を取れる千載一遇の好機なのだぞ。|阿可《アーグァ》と手を組んでやっているというのに、お前と来たらこの有り様か。これ以上、私を絶望させないでくれ」 「……申し訳ありません。父上」 自分の倅だというのに、居丈高で有名な鳥鴉盟の盟主•|天晋《ティェンシン》は、害虫でも見るような目で青鳴天を見下ろしていた。 天晋は、僅かに肩を震わす|青鳴天《チンミンティェン》に向かって、更に言葉を振り下ろす。 「かつてお前が殺したはずの|墨余穏《モーユーウェン》が生きていると聞いた。まさか、それも仕留めそびれていたと言うんじゃないだろうな」 「ち、違います! 確かに私は奴を殺しました! けれど……」 青鳴天は顔を上げ、先日墨余穏と屈辱的な再会を果たしたことを、嫌悪感混じりに話した。 「━︎━︎あれは確かに、あの時のままの|墨余穏《モーユーウェン》でした。どうして甦ったのか、私にも分かりません」 「妙な話だ」 |天晋《ティェンシン》は伸びた髭を弄りながら|青鳴天《チンミンティェン》を見遣る。 青鳴天は続けた。 「巷の噂では、奴は今|寒仙雪門《かんせんせつもん》に身を寄せていると聞いています」 「寒仙雪門? 相変わらず|師《シー》門主も変わり者だな。あのような者を匿ったとて、何一つ良いことなどないのに」 「そうです! 父上の仰る通りです! あの者はもう一度私が必ず……」 |天晋《ティェンシン》は、お前がか? とでも言いたげに、|青鳴天《チンミンティェン》を一瞥した。 その背筋が凍るような視線を感じた青鳴天は、それ以上言葉を繋げることができず、唇を噛みながら俯いた。 「ふん。まぁ、いい。奴は最後の砦にしよう。先ずは|緑琉門《りゅうりゅうもん》からだ。それから|寒仙雪門《かんせんせつもん》へ行けば、奴は自ずと消えるだろう」 天晋は陰湿な笑
|墨余穏《モーユーウェン》は胸の痛みを隠しながら、「そっか」と無理矢理笑みを作った。気まずくなるのが怖くて、墨余穏は更に言葉を続ける。「一緒に過ごせるといいね、その人と。もし、その人と|賢寧《シェンニン》兄が結婚したら、俺はちゃんと玉庵から出て行くから安心して。あ、もう出てった方がいいかな? |金王《ジンワン》先生に診てもらったら、そのまま俺は違う所へ行くよ。俺は|賢寧《シェンニン》兄が居なくても、どこでも生きていける」 鼻の奥がツンとした。 本心じゃないことを口走り、目縁がほんの少し濡れ始める。 墨余穏は師玉寧に見られないように、後ろを振り返って黒い袖で目縁を拭った。 すると、師玉寧はずっと瞳を揺らしながらこちらを見ている。「ん? どうした? |賢寧《シェンニン》兄」「……お前にも、好いている者がいるのか?」 言おうかどうか迷ったが、|墨余穏《モーユーウェン》はそれとなく答えた。「俺? あははははっ。そうだね、いるよ。死ぬ前からずっと思いを寄せてる人が。でも、その人は高嶺の花みたいでさ。ずっと触れられそうで触れられないんだよね。その人にも大切な人がいるみたいだし……」「そうなのか……」 これまで感じていた空気が、夕陽ごと一気に沈む。 女夜叉のせいで足止めを食らってしまった為、夜分に押し掛けるのは良くないと判断した二人は、山を登らず近くにあった簡易的な宿に身を寄せた。それぞれの部屋から大きな溜め息と鼻を啜る音が聞こえていたのは、誰も知らない。 重苦しい夜長がようやく明け、澄んだ朝がやってきた。 何事もなかったかのように二人はいつも通りの雰囲気で山を登り、無事|金王《ジンワン》医官の所へ到着した。 山奥に聳え立つ一軒の屋敷の外は、ありとあらゆる薬草で溢れかえっており、独特な匂いが漂っていた。簡易的な木の門の前で二人の姿を捉えた銀髪の長老・金王は、持っていた桶を真ん中で持って小さくお辞儀をする。|墨余穏《モーユーウェン》と|師玉寧《シーギョクニン》も丁寧に拱手し、|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》の紹介でここを訪ねたと話した。「はい。伺っておりますよ。天台山の若き道士が来られると。あなたが、あの|豪剛《ハオガン》の……。どうぞお二人ともお入りください」『お邪魔します』 同時に発した言葉が重なり、二人は互いを見遣る。 墨余穏は
|黄林《フゥァンリン》の後についていくと、|金龍台門《きんりゅうだいもん》の正門付近で、松明を持った人集りが見えてきた。 「何が起きたんだ?!」 眉間に皺を寄せながら|墨余穏《モーユーウェン》が黄林に尋ねると、黄林が口を開く前に|金冠明《ジングァンミン》が先に口火を切った。 「ここ最近、|金華《きんか》の猫という人間に化けた妖獣がこの周辺に出没し始め、男なら男根と金品を奪い、女なら下腹部の人肉……特に子を孕んでいる女子は母胎ごと取られるという悲惨な事件が頻発している」 「はぁ……」 |墨余穏《モーユーウェン》は顔半分を歪ませながら、その悲惨な現場を目撃する。丸裸の男が横たわり、下半身から悍ましい量の鮮血を漏らしている。まるで、血溜まりの上で身体が浮いているかのようだ。墨余穏は思わず、大事な部分を隠すかのように、身体をくの字にして縮こまった。「|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》が言っていた、根こそぎ取られるというのは、こういう意味なのか……」 顔を歪ませながら|墨余穏《モーユーウェン》がそう言うと、背後にいた|師玉寧《シーギョクニン》が死体を見ながら呟いた。「しかし、凄い血の量だ。余程、男に強い怨みがあるのだろうか?」「いや、まだ男ならこの程度で済みますが、孕んだ女子の死体はもっと悲惨ですよ……。顔も抉られ、原型を留めません。あれは言葉を失うぐらい、目も当てられませんよ……」 |金冠明《ジングァンミン》は俯きながら、そういう死体を幾つか見てきたと言う。俯く金冠明を見たあと、|墨余穏《モーユーウェン》は目線を死体に向けた。この死体と金華の猫との間に何があったのかは分からないが、少なからず金華の猫は人間の心を得てして、男女問わず人間に強い怨みを抱いていることは間違いない。金と男女の縺れは人の人生を狂わすと、|豪剛《ハオガン》が生前言っていたのを思い出し、墨余穏は小さく息を吐いた。 墨余穏はそっと、一途に想う恋の相手に視線を向ける。 その相手もまた、何かを思うように死体を見つめていた。「|水仙玉君《スイセンギョククン》。何か気になることでもあるのですか?」 |金冠明《ジングァンミン》が|師玉寧《シーギョクニン》に訊ねると、師玉寧は死体を見つめたまま小さな声で呟いた。「いや、昔を思い出しただけだ……」 聞いていた|墨余穏《
(何で先に行っちまったんだろ、|賢寧《シェンニン》兄は……。俺、何かしたのか? ) |墨余穏《モーユーウェン》は段々と親鳥に置いていかれた雛鳥のように寂しさを募らせ、怒りよりも疑問が膨れ上がってきた。|師玉寧《シーギョクニン》の行動が全く理解できず、|墨余穏《モーユーウェン》は自分に何か非があったのか、何か怒らせるようなことをしたのか、考えを巡らせる。 (行きに俺が冷たくあしらったからか? もしかして昨日の夜、飲めなかった一葉茶を庭先にこっそり捨てたのを知っているとか? いや、そんな単純じゃないか。ん〜……、あ、そうか! |香翠天尊《シィアンツイてんずん》が俺に触れたから、それで機嫌が悪くなったのか! うん、それしか考えられない。ったく、図体はデカいくせに、そういうところは小さいんだよなぁ〜) 勝手な理由を見つけると、|墨余穏《モーユーウェン》は妙に自分で納得してしまい、それ以上追求するのをやめた。 |師玉寧《シーギョクニン》のことを考えていたら、あっという間に金龍台門へ繋がる賑やかな下町に到着し、|墨余穏《モーユーウェン》は久しぶりに絢爛華麗な雰囲気を肌で感じた。 金龍台門のお膝元となるこの下町は、昔から商いの町として知られ、出店で賑わっている。華やかさゆえに妓楼も多く存在し、客を捕まえやすいのか、昼夜関係なく酒楼の前で首元をはだけさせた若い女たちが立っている。|墨余穏《モーユーウェン》の目の前にも、待ち構えていたかのように一人の仙姿玉質な妓女がふらふらとやって来た。 「そこのお兄さん、お一人? もし良かったら私と一緒に遊ばない?」 「あははっ、美人さんからのお誘いを断るのは忍びないけどごめん。今から金龍台門へ行かなきゃならないんだ。それに、先に行っちまった美人を今度こそ怒らすとまずいから、もう行かないと」 「そっかぁ〜、お兄さん彼女いるんだぁ〜、残念! でも、ちょっとだけ。だめ?」 妓女は墨余穏の腕を掴み、大きな果実のような胸を擦り付けながら、上目遣いで引き止める。 「ごめんよ、お姉さん。他を当たってくれないか」 |墨余穏《モーユーウェン》は苦笑いをしながらそっと腕を引き抜き、駆け足でその場を後にした。 (危ない危ない。こんな所で道草食ってる場合じゃないんだ。早く|金冠明《ジングァンミン》のところへ行かないと、待た
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