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第7話

Author: 夏日
駿平は、赤く充血した夏生の瞳の奥に潜む深い絶望を見つめ、胸の奥にごくかすかな違和感がよぎったが、すぐにそれを押し流した。

駿平は口調を和らげ、道理を説くような忍耐強さで言った。

「貞行が手を出したのは確かだ。だが強姦となると、可能性は低い。あのとき現場は混乱していたし、君も怖くて何か誤解したんじゃないか。

しばらく頭を冷やさせたのは、今回のことを反省させるためでもあり、事を収めるためでもある。放っておいたわけじゃない。留置場には話を通しておいたから、酷い目には遭わせない」

話を通した?

夏生はもう少しで笑い出しそうになった。だが先に、涙のほうがこぼれ落ちた。

駿平は考えたことがあるだろうか。彼の愛する都和もまた「話を通し」、自分を生き地獄に叩き込んだということを!

夏生は唇を噛みしめた。歯の間に血の味が広がった。

その後の数日、駿平はまるでこの「道具」が機嫌を損ねるのを恐れているかのように、珍しく機嫌を取るような態度を見せた。

会員制のオークションに連れて行き、目の飛び出るような値段のダイヤモンドネックレスや、アンティークのイヤリング、名画まで次々と競り落とし、すべて夏生の名義にした。

だが夏生は、その冷たいダイヤモンドを見つめても、心はただ麻痺していくばかりだった。

オークションが終わったあと、夏生はひとりで甲板に出て風に当たっていた。

背後から、また聞き覚えのある足音が近づいてきた。

またもや、都和だった。

「駿平があんなにたくさん物を買ってくれて嬉しい?」

都和は隣に立つと、柔らかな声で、しかし目には毒を潜ませて言った。

「でもね、どれだけ高価な物をもらったところで、あなたが道具だっていう事実は変わらないでしょう。彼はあなたを使って、両親を追い詰めているだけ。

もうすぐ目的も達成しそうだし、あなたがいつまで彼のそばにいられると思う?私たちが結婚するとき、忘れずに招待状を送るわね」

夏生は聞きたくもなく、背を向けて立ち去ろうとした。

だが都和はすかさず夏生の手首を掴んだ。

「もう行くの?また図星だった?前にも本当のことを教えてあげたでしょう。駿平が愛しているのは、いつだって私。あなたはただの」

「離して!」

夏生は力任せに手を振り払った。

船尾の手すり際で、ふたりはもみ合いになった。船体がわずかに揺れた瞬間、都和のハイヒールの踵が滑り、小さな悲鳴とともに体が後ろへ傾いた。だが都和はとっさに、なおも夏生の腕を強く掴んだままだった!

「きゃあ!」

ふたりは同時にバランスを崩し、手すりを越えて、そのまま眼下の真っ暗で冷たい海へと落ちていった!

刺すように冷たい海水が、瞬時に口と鼻を呑み込んだ。強烈な衝撃と冷たさに、夏生は息が詰まった。泳げない夏生はむなしくもがき、塩辛い海水が喉の奥まで流れ込んでくる。

朦朧とする意識の中、誰かが海へ飛び込み、力強く泳いでくるのが見えた。

駿平だった。

彼は迷うことなく、必死にもがき叫ぶ都和めがけてまっすぐ泳いでいった。背後から都和の体を支え、救命ボートへと向かって泳いでいく。

一度も、夏生のほうを振り返ることなく。

刺すように冷たい海水さえ、夏生の心の底に張りつめた氷の冷たさとは比べものにならなかった。

夏生の意識が薄れかけたそのとき、たまたま通りかかった別の小型ボートが夏生を見つけ、乗り込んでいた人々が慌てて夏生を引き上げた。

夏生は甲板に倒れ込み、激しく咳き込みながら飲み込んだ海水を吐き出した。全身びしょ濡れで、寒さに震えている。

駿平はすでに都和を救命ボートに乗せ、毛布で包み、静かに声をかけていた。

そのとき、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

その視線が夏生の姿を捉えた。最初はただ何気なく向けただけの一瞥だったが、次の瞬間、その視線がぴたりと凍りついた。

「君の顔……」駿平は呟くように言い、眉根を寄せた。

夏生の心臓が、大きく跳ねた。反射的に俯き、自分の顔に手をやる。

分厚く塗り重ねた化粧は、海水に浸り、もがくうちにすっかり剥がれ落ち、素肌が大きく露わになっていた。濡れた前髪は額に張りつき、あの黒縁眼鏡はいつの間にか失われていた。

「駿平。頭が痛いの……寒いっ」

ちょうどそのとき、都和が弱々しく呻き、駿平の胸に身を寄せ、探るような視線を遮った。

駿平はすぐさま視線を引き戻した。

「もう少し我慢してくれ。すぐに医者を呼ぶから」

駿平はもう夏生の方を見ることなく、都和を横抱きにすると、足早に船室へと向かっていった。

夏生はその背中を見つめながら、濡れた裾を握りしめた。指先が氷のように冷たかった。

結局、夏生は何も言わず、救助してくれた人々の手を借りて船に上がり、空いている部屋を見つけて身を整えた。

鏡に映るのは、醜い化粧の下に隠されていた、息を呑むほど美しい顔だった。

それは母が遺してくれたもの。そして夏生にとって、十数年間ずっと隠し続けなければならない「罪」のようなものでもあった。

着替えを済ませ、船を降りようとしたとき、スマホが鳴った。一美からだった。

「夏生」

一美の声には、隠す気もない安堵と喜びが滲んでいた。

「離婚届はもう受理されたわ。今この瞬間から、あなたは駿平とも、早乙女家とも、一切関わりがなくなるわ。あなたのお父様には、こちらから相応の補償を渡すから、今後、二度と姿を見せないでね!」

夏生はスマホを握りしめたまま、埠頭に立ち尽くした。

海風が半乾きの長い髪を揺らし、隠すもののなくなった額と、澄んでいながらもどこか冷たいその瞳をあらわにしていた。

すべてが、終わった。

夏生はタクシーを拾い、家には帰らず、そのまま郊外の霊園へ向かった。

墓石に刻まれた名前を見つめると、生前の彼女の姿が脳裏に浮かんだ。美しく穏やかな人だったが、その瞳にはいつも、どこか消えない哀しみが宿っていた。

「お母さん」

夏生は静かに口を開いた。声は風にさらわれて消えていった。

「お母さんの言った通りだった。綺麗すぎると、本当に騙されるのかもしれない。でも、醜く装ったところで、同じように徹底的に騙されたわ。

自分を隠すことは、安全をもたらしてくれるわけじゃなかった。それはただ、私を傷つける人たちをもっと図に乗らせるだけだった。だから、これからはもう隠したりしない。

この先どんなに険しい道が待っていても、これからはありのままの自分で向き合っていきたいの」

夏生は墓前で深く頭を下げると、踵を返した。その後ろ姿には迷いがなかった。

屋敷に戻ると、夏生は誰にも気づかれないまま、まっすぐ2階の寝室へ向かった。

そこで、三つのことを済ませた。

一つ目は、荷物をすべてまとめること。

二つ目は、化粧をすべて落とすこと。湯気の向こうの鏡には、やがて息を呑むほど美しい素顔がはっきりと映し出された。

三つ目は、スマホで一番早く出る便のチケットを取ることだった。

タクシーで空港へ向かい、搭乗券を受け取り、保安検査を抜け、搭乗を待ち、機内へ乗り込んだ。

その間ずっと、夏生はわずかに俯いていたが、その化粧っ気のない、それでいて息を呑むほど美しい顔は、道行く人々の驚嘆と好奇の眼差しを、時には盗撮のカメラさえも次々と引き寄せていった。

夏生はそれに気づいていなかった。あるいは、もう気にも留めていなかった。

飛行機は空高く舞い上がり、夏生のすべての苦しみと欺瞞を刻みつけたこの街を、遥か後方へと置き去りにしていった。

夏生が知らないうちに、搭乗から間もなく空港で撮影された写真の数々が、驚くべき速さでトレンド入りを果たし、瞬く間に拡散していった。

#空港に現れたすっぴん美女!

#こんな美貌って実在するの!?

#3分でいいからこの女神の正体が知りたい!

#この美貌の前じゃ財界No.1美女・黒川都和もただの引き立て役!

たちまち写真は拡散し、ネット中がこの息を呑むほど美しい女性の正体を追い始めた。

まもなく、その身元が少しずつ暴かれていく。

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