夏生が顔を上げ、席を立とうとしたその瞬間――ドンッ、と鈍い音が響いた。すっと伸びた手が横から割り込み、男の手首を掴んで容赦なくひねり上げる。「うわああっ!」男が悲鳴を上げた。「謝れ」低く、凍りつくような声だった。振り向いた夏生の視線の先には、仕立てのいいスーツを纏った男が立っていた。すらりとした長身、まっすぐに伸びた背筋、彫りの深い目元に筋の通った鼻。薄い唇はきつく結ばれ、全身から研ぎ澄まされた気品が漂っている。今その手は男の手首を握りしめたまま、男へ氷のように冷ややかな視線を向けていた。「な、なんだよお前!」男がもがく。「謝れ」早乙女駿平(さおとめ しゅんぺい)はもう一度、同じ言葉を繰り返した。声量は変わらないのに、圧倒的な威圧感が確かにそこにあった。その気迫に呑まれた男は、震える声で「す、すみません」とだけ絞り出すと、逃げ去っていった。駿平は手を離すと、内ポケットからハンカチを取り出し、夏生に差し出した。「これで拭きなさい」夏生は、ぼんやりとそれを受け取った。「女性が、こんな理不尽な扱いを受ける筋合いはない」駿平は静かな眼差しで夏生を見つめた。「次にこんなことがあったら、迷わず警察を呼べばいい」言い終えると、駿平はそのまま踵を返して立ち去った。夏生はその場に立ち尽くしたまま、彼のまっすぐな背中が喫茶店の入り口の向こうへ消えるのを見送った。心臓がうるさいほど鳴っていた。夏生は、彼のことを忘れなかった。家に戻ってから、夏生はすぐに駿平のことを調べ始めた。名前は早乙女駿平。早乙女グループ史上最年少の後継者で、現在26歳。3年前から一族の企業を率い、その手腕は冷徹かつ卓越している。財界では「完璧な男」として名を馳せている。そして、何より珍しいのは、私生活が徹底してストイックであること。浮いた噂ひとつなかった。夏生の心は、大きく揺れ動いた。だが、どう近づけばいいのか考える間もなく、駿平の方が先に夏生のもとを訪れた。「楠瀬さん」リビングに腰を下ろすなり、駿平は前置きもなく切り出した。「君との結婚を考えています」夏生は言葉を失った。「……どうして、私なんですか?」ようやく口にできたのはそれだけだった。「私、こんな見た目ですよ」駿平は、静かで揺
อ่านเพิ่มเติม