LOGIN卒業前の最後の長距離ドライブ旅行。私、星野結衣(ほしの ゆい)と彼氏、幼い頃から一緒に育った幼馴染の男友達二人、そして親友の、合わせて五人で長距離ルートを一周する約束をしていた。 3日目、車の一台が故障し、座席は四つしか残らなくなった。 彼氏の篠原拓海(しのはら たくみ)はほとんどためらうことなく、6時間かかる長距離バスのチケットを私に手渡した。 「お前は車酔いしないから、悪いけど我慢してくれ。次の目的地で待ってるよ」 親友の白石莉桜(しらいし りお)が「やっぱり私が行こうかな」と言いかけた瞬間、幼馴染二人が同時に彼女を止めた。 「昨日あんなに吐いたのに、無理するなよ」 拓海も笑みを浮かべながら、私の荷物を車から降ろした。 「こいつは昔からタフだし、細かいこと気にしないから平気だよ」 私はいつものように、「わかった」とだけ返事をした。 だが6時間後、約束の町にたどり着いた私は、彼らが急遽予定を変更して別の街へ向かったことを知った。 グループチャットを開くと、四人で莉桜を囲んで焼肉を食べ、とても楽しそうに笑っている写真が流れてきた。 私に知らせることを、誰も覚えていなかった。 その瞬間、ふとこれまでの年月を思い出した。 莉桜が寒がれば、三着のコートが彼女のために用意される。 莉桜が疲れたと言えば、全員が足を止める。 一方で、私が物分かりよく振る舞えば振る舞うほど、彼らは平気で私に我慢を強いるようになった。 今回ばかりは、もう追いかけたくない。 私は帰りのチケットを買い、半月前に一度断った遠方の企業にも返信を送った。 【お世話になっております。先日のポジションですが、ぜひお受けいたします】 10年以上一緒にいたこの人たちを、私はもう手放すことにした。
View More3ヶ月後。会社のメンバーで週末にドライブ旅行へ出かけることになった。五人で、七人乗りの車が一台。車に乗り込む前、同僚の一人が私に聞いた。「どこ座る?」私は無意識に、一番後ろの席へ向かおうとした。「私はどこでもいいよ」同僚は心底訳が分からないという顔をした。「何が『どこでもいい』だよ。助手席空いてるぞ。お前、車酔いするんじゃなかったっけ?」私は足を止めた。「なんで私が車酔いするって知ってるの?」「この前の出張の時、高速でスマホ見てると吐き気がするって言ってただろ」彼はそう言って、車のキーをポンと放り投げた。「ほら、さっさと前に座って。後で俺の車に吐くなよ」そばにいた何人かが、どっと吹き出した。私も思わず笑ってしまった。助手席に乗り込んだ時、スマホの画面が明るく点灯した。莉桜からだった。彼女から連絡が来るのは久しぶりだ。送られてきたのは、卒業記念の写真がたった一枚。写真の中では、四人が大学の正門前に立っていた。その真ん中には、ぽっかりと一人分の隙間が空いている。【今日、卒業の写真を撮ったよ。一人足りないのが、なんだかすごく目立つね】私はしばらくその写真を見つめ、短く返信した。【いい写真だね】すぐに彼女から返ってきた。【結衣は最近、元気にしてる?】【元気だよ】今回は強がりじゃない。本当だ。拓海から長文のメッセージが届くこともなくなった。最後のメッセージは、半月前で止まっている。【結衣。俺、後になってようやく分かったよ。お前が突然俺たちを切り捨てたわけじゃないんだって。俺たちが何度も、お前を外へ追いやってたんだな】私は返信しなかった。削除もしなかった。ただ、そのままそこへ残しておいた。車が走り出してしばらくすると、同僚が私に尋ねた。「お昼、何食べたい?」私は反射的に答えていた。「なんでもいいよ」すると即座に、後部座席から抗議の声が上がった。「『なんでもいい』は禁止!一人一つずつ食べたいものを言うこと。変な遠慮はナシ!」「そうだよ。せっかく遊びに来てるのに、気を遣い合って譲り合ってたら疲れるだけだろ」私は一瞬きょとんとして、最後に言った。「……じゃあ、焼肉が食べたい」「お、いいね!」「近くで一番評価高い店にする?」「そこに決定!」誰も私を
それ以来、拓海が待ち伏せをしてくることはなくなった。だけど、メッセージだけは毎日欠かさず送られてくる。【今日は冷え込むから、ちゃんと暖かくしてな】【胃が弱いんだから、デリバリーばかり頼むなよ】【時間がある時でいいから、一言くらい返信くれ】昔の私がずっと待ち焦がれていた言葉たちが、今は次から次へと届く。私はそのどれにも、一切返信しなかった。金曜日の夜、涼太から電話がかかってきた。「5分だけ話させてくれ」「……うん」彼にしては珍しく、冗談めいた響きは一切なかった。「俺と悠真でさ、昔のトーク履歴を全部見返してみたんだよ……我ながら最低だと思ったよ」私は黙って聞いていた。涼太は自嘲気味に鼻で笑った。「お前が『どこどこに行きたい』って言うたびに、俺たち決まって『また今度な』って誤魔化してて。なのに莉桜が言った時は、だいたいその日のうちに連れて行ってた。結衣の誕生日の時だって、お前は海鮮が食べたいって言ってたのに、結局莉桜が食べたいって言ったラーメンに行ったよな」私は少し虚を突かれた。その事自体、私自身もう忘れかけていたというのに。涼太は続けた。「その時は、マジで何も思ってなかったんだ。でも今になって見返してみると、ほんと……俺ら三人、クズだよな」私は小さく笑った。「そんな風に言わないで」「まだ俺たちを庇ってくれるのか?」「違うよ」「ただ、もうそんなこと言う必要ないってこと」電話の向こうが静まり返った。しばらくして、彼が尋ねてきた。「……なら、また戻ってきてくれないか?これからは、俺たちも直すから」また「これからは直す」だ。まるで、彼らが反省しさえすれば、私が当然のように元の場所に戻るべきだとでも思っているみたいに。私は窓辺に寄りかかった。「涼太」「ん?」「あなたたちが態度を改めるかどうかは、あなたたちの勝手よ。私が去るかどうかは、私の自由なの」彼は一瞬言葉を失った。随分と経ってから、低く悪態をついた。「……くそ。お前がこんなに容赦ない奴だったなんて、昔は全然気づかなかった」私は笑みを浮かべた。「私も、最近気づいたばかりだよ」電話を切った後、悠真から一件のメッセージが届いた。【あいつ言い方きついから、気にしないでくれ】その下には、こう付け足されていた。
1週間後。会社での初めてのプロジェクト報告会があった。私の担当部分が、急遽一番最初に回されることになった。プレゼンの前、プロジェクトの責任者が私に尋ねてきた。「緊張してる?」「なんとか大丈夫です」「こういう場は初めて?」「はい」彼は私にノートパソコンを手渡した。「なら、ゆっくり話せばいいよ。間違えたって、命まで取られやしないからさ」私は思わずふっと笑みをこぼした。プレゼンは想像以上にスムーズに進んだ。終了後、責任者がポンと机を叩いた。「この企画案、いいんじゃないか。入社1週目でここまで出来れば上出来だ」会議室の何人かが、それに合わせて拍手してくれた。席に座った瞬間、ポケットの中でスマホが短く震えた。拓海からだった。【お前の会社の下に着いた】私はそのメッセージを数秒ほど見つめ、迷った末に、下へ降りることにした。彼はエントランスの外に立っていた。1週間ぶりに見る彼は、ひどく憔悴しているように見えた。手には紙袋を提げている。私の姿を見つけると、彼は一瞬ハッとした。「……髪、切ったのか?」「うん」実のところ、ほんの少し毛先を整えただけだった。以前の拓海なら、絶対に気づかなかった程度の変化だ。彼は持っていた紙袋を私に差し出した。「車に忘れてたお前の荷物」帽子。上着。それに、私がずっと探していた口紅。私はそれをちらりと見て言った。「そのまま持っててよ」「俺がこんなの持っててどうするんだよ」「じゃあ、捨ててくれてもいいよ」彼の顔色が一瞬で険しくなった。「お前、どうしてもそういう態度とるのか?」私は顔を上げ、彼をまっすぐに見つめ返した。「そういう態度って?」彼は何か言いかけたが、ふっと怒りを飲み込んだ。「……分かった。俺は、喧嘩をしに来たわけじゃない。この数日、自分なりに色々考えた。昔のこと、確かに俺のやり方がまずかった部分もある」彼はそこで言葉を区切り、少し間を置いた。「でも、俺たち付き合って2年だろ。一度くらい、チャンスをくれたっていいだろ」私は尋ねた。「チャンスって、何を?」「俺がやり直すチャンスだよ。お前は、俺が莉桜のことばかり特別扱いしてるって思ってるんだろ?これからは気をつけるから」私は彼を見つめた。「拓海。あなた、やっぱり何も分かってない
3日目の夜、莉桜から電話がかかってきた。数秒ためらった後、私は電話に出た。受話器の向こうから聞こえる彼女の声は、消え入りそうに細かった。「結衣、私のことも責めてる?」「責めてないよ」「そんな風に言わないで」彼女は焦ったように言った。「結衣がそうやって『責めてない』って言えば言うほど、私、もっと苦しくなる」私は何も言わなかった。彼女は少し間を置いて、口を開いた。「本当は、分かってたの」「何が?」「みんなが、私を特別扱いしてること」今度は、私が黙り込む番だった。莉桜は息を吸い込んだ。「昔、一緒にご飯に行く時、みんな絶対、先に私の食べたいものを聞いてくれた。写真だって、まずは私から撮ってくれて……少し歩いて疲れたって言えば、みんなすぐに足を止めてくれた。時々、結衣に対して不公平だなって、私自身も思ってた」私は尋ねた。「じゃあ、どうして言わなかったの?」電話の向こうで、長い沈黙が続いた。「だって」彼女は言葉を区切った。「……みんなに甘やかされるのって、すごく居心地が良かったから」とても正直な答えだった。あまりに正直すぎて、かえって怒りさえ湧いてこなかった。彼女はまた慌てて取り繕うように言った。「でも、結衣のものを奪おうなんて、本当に一度も思ったことないよ。拓海のことだってそう。あなたたちが付き合ってた時、拓海とどうにかなろうだなんて、微塵も考えたことなかった」「知ってるよ」私は彼女の言葉を遮った。「莉桜、私が離れたのは、あなたが誰かを奪ったからじゃないよ」彼女の声が沈んだ。「じゃあ、どうして?」私は窓の外に目を向けた。会社の階下では、まだ残業している人たちの姿が見える。「ある冬の日、五人でキャンプに行った時のこと。あなたが『足が冷たい』って言ったら、あの三人、持ってたカイロを全部あなたに渡したよね。私、あの夜、寒すぎて一睡もできなかったんだ」莉桜は何も言わなかった。「次の日、あなたは『どうしてそんなに顔色悪いの?』って私に聞いた。私は『何でもない』って答えた。あなたは、それを本当にそのまま信じたよね」電話越しに、かすかな呼吸の音が聞こえてくる。しばらくして、彼女が尋ねてきた。「だから、私のことも、もういらないの?」私はすぐには答えなかった。本当のところ、私たちが出会っ
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