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2話

作者: 東雲桃矢
last update 最終更新日: 2025-11-25 22:23:35

「おはよー。なんか機嫌悪くね?」

敏貴が席に座り、教科書やノートを机に片付けていると、友人の涼真が来る。

「……はよ。今日もあのカマ野郎がウザくてさー」

敏貴がため息まじりに言うと、前の席のふたりが振り返る。

「えー、とっくんのお母さんキレイじゃん」

「そうだよ、料理も上手いし、優しいし」

「いけませんな、母親を大事にしないのは。しかも、男の娘……。デュフ……!」

前のふたりこと、夢香と光里。そして隣の席にいるオタクの和登《かずと》が口出しする。

「お前らもうぜーな。男のくせに髪伸ばして、ママとか言ってるだけでキモいのに、サイズの合わない、ピンクのエプロンなんか着やがってよ」

「えー……、でもあのエプロン、とっくんがプレゼントしたんでしょ?」

夢香が不思議そうに小首を傾げる。

「なんで知ってんだよ」

「この前おつかいに行った時、偶然あって、エプロン褒めたら言ってたよ。とっくんが小学生の頃に買ってくれた宝物だって」

「えー、いいママじゃん!」

「何が気に入らねーんだよ」

「いけませんぞ、母親を貶しては」

愚痴るつもりが、注意されてしまい、敏貴のイライラが募って行く。

「あーあーあー! うぜーうぜーうぜー!なんでお前らもあんなカマ野郎の味方すんだよ!」

「まぁ、父親がママ名乗ってるのはアレだけど、事情あるんじゃね?」

「あーね。オネエとか?」

(このまま悪口に進め)

 敏貴は心の中でそうつぶやいた。ストレス発散には悪口が手っ取り早い。

「そういや、アンタの母親、どうしてんの?」

 光里が質問をすると、夢香が軽く叩きながら注意する。そのタイミングでホームルーム開始を知らせる予鈴が鳴り、涼真は席に戻り、まわりの席にいる3人は前を向く。

担任の教師が連絡事項を伝えているが、敏貴はそれどころではない。

 光里に聞かれるまで、どういうわけか母親がいないことについて、気にしたことなどなかった。雅紀は自称ママだが、れっきとした男だ。

 雅紀が長髪で体も細く、声変わりしてないような、女性的な声だったため、しばらく女性だと思いこんでいた時期はあるが。

(俺の母親って、誰なんだ……?)

 その問が、頭の中でぐるぐる回る。

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