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3話

作者: 東雲桃矢
last update 最終更新日: 2025-11-25 22:47:46

「……ってことがあってね。もう嫌になっちゃう」

「マサは大変だなぁ」

ここはパティスリーブーシェの2階にある喫煙スペース。パティスリーブーシェは、雅紀の悪友である法明《のりあき》が経営している洋菓子店だ。火曜日が定休日なので、雅紀は火曜日に押しかけ、煙草を吸いながら愚痴を吐き出している。

「反抗期なんだろうけど、毎日毎日、カマ野郎ってさー……。普通に男だっての」

敏貴の前では絶対にしない、荒々しい口調で、ため息をつく。

「あはは、ピンクのエプロンなんかつけてたら、そう思われても仕方ないかもなー」

「大事なプレゼントなの、お前も知ってんだろ?」

「まーな。だからこそ、ボロいとか言われるの嫌だよな」

「ホントそう」

ため息をつきながら、何本目か分からない煙草に火をつけ。煙を肺にまで入れる。

「まったく、あーしの苦労も知らないでさぁ……。いや、こんな苦労は知ってほしくないんだけど……」

「敏貴くん、今何歳?」

「17。反抗期・思春期真っ盛り」

「あちゃー、難しい年頃ってわけね。てか、15年も経つのか。お前は本当に、よくやってるよ」

法明は雅紀の肩に手を置き、しみじみ言う。

「あんがと。お前にそう言われるだけで、ちょっと気持ちが楽になる」

「はは、そうかい」

「はぁ……ここ最近、あーし愚痴ばっかだね。なんかごめんよ」

「いいってことよ。このあと、また買ってってくれんだろ?」

「まーね」

雅紀は帰りにいつも焼き菓子を購入してから帰るのだ。いくら友人とはいえ、毎週愚痴に付き合うのはうんざりするだろう。だから、せめてもの罪滅ぼしに、焼き菓子を買っていく。それに、雅紀も敏貴も、パティスリーブーシェの焼き菓子が好きで、昔からよく食べている。

「にしてもさ、投げ出したくなんねーの? 敏貴くんだって、お前の……」

「やめな」

ドスの効いた雅紀の声に、法明は息を呑む。雅紀は滅多に怒らないからこそ、本気で怒った時の恐ろしさを知っている。

「ごめん、軽率過ぎた」

「……ううん、あーしこそ、ごめん。聞いてもらってるのに。けど、敏貴のこと言われるのは、ちょっとさ……」

「今のは完全に俺が悪い。どれ、そろそろカラオケにでも行きますか」

「その前に、焼き菓子買わせて」

雅紀は煙草の火を消すと、自分に消臭スプレーをかけ、ガムを口に放り込んだ。

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