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41・サンドラ・ウッドとリリアナ・ヴェール

Autor: 揚羽渓名
last update Data de publicação: 2026-10-13 06:30:29

 アルフレッドは予想もしていなかったアドルフからの質問に声を失い、手にしていたロケットに視線を落とす。そこにはあの夜、白檀の女が落としていった銀のロケットが握られている。

「……どうしてこれがリリアナのだと?」

「だってそれローズ叔母さんのお気に入りで僕も持ってるから。ちょっと待っててください」

 それだけ言ってアドルフは席を立ちサロンを出ていく。

 しばらくして戻って来たアドルフの手には、確かに銀のロケットが握られていた。

「ほら、一緒でしょ? 叔母さんは子どもたちの誕生日にこれを渡してたんです。ちょっと貸してください」

「あ、ああ」

 アルフレッドがロケットを渡すと、アドルフが手慣れた様子でロケットを開き、ロケットの鎖が繋がった部分のツマミを回した。すると、ロケットの裏側が開いたではないか!

「こんな仕掛けがあったのか」

「ええ。ああほら、やっぱり」

 そう言ってアドルフはロケットの裏側をアルフレッドにも見えるよう掲げてくれる。そこにははっきりと『愛
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  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   57・和解の申し出と母の資料

     リリアナは父の言葉にまるで打ちのめされたかのようにソファに座り込んだ。和解という言葉が重くのしかかる。 ただ、今の父の一言でアイリーンとフィオナはリリアナがサンドラだったという事を父には告げていないらしい。「とりあえず座られたらどうです? ヴィンスさん」「君は?」 父が怪訝な顔をしてルークを見ている。当然だ。「婚約者ですよ。どうぞ、おかけください」 ルークは誰の、とは言わなかったが、父からしたらこの状況ではリリアナの婚約者だと思い込んでいるだろう。ルークの言葉に父の顔色が変わった。「貴様が娘を傷物にしたのか!」 顔を真っ赤にしてルークに怒鳴りつける父を見て、リリアナの心が少しだけ揺れた。 もしかしたらまだ望みはあるかもしれないと思えたけれど、懐かしい気持ちはあるものの、父の顔を見るとどうしてもあの発表会の時の事を思い出してしまう。 リリアナから何もかもを奪ったあの発表会の事を。「お言葉ですが、彼女を傷つけたのは僕じゃない。あなた達だ」 冷たいルークの言葉に父は黙り込む。「父様、突然あんな手紙を送ってくるなんて一体どういうつもりなの?」「突然ではない。ずっと考えていたんだ。私はなんて事をしでかしてしまったのだろうと。お前が優秀な調香師だと分かっていたのに、うちのアトリエから追い出すような形になってしまった事を悔やんでいるんだ」「それはつまりヴェール家のアトリエが傾きかけているから、彼女と和解したいとそういう事ですか?」 ルークの言葉に父はキッと顔を上げた。「そうだ。アトリエあってのヴェール家だ。リリアナだって本当はローズが育てたあのアトリエに戻りたいとそう思っているはずだ!」 父の言葉にリリアナの心はどんどん冷えていく。一瞬感じたあの懐かしさや郷愁も、父の言葉によって粉々に砕け散る。結局、父はリリアナの事を調香師としてしか見ていない。 リリアナは視線を上げて静かに首を振った。「いいえ。私はもう自分のブランドを立ち上げた。夢を叶えたわ。それなのにどうして今更ヴェール家へ戻りたいだなんて思うと思うの?」「な、なに? いや、しかし

  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   56・父からの手紙

     父からセレスティア経由で手紙が届いたのは、シャルロッテがやって来てから一週間と少しした頃だ。「……今さら話がしたいだなんて、一体どういうつもりなんだろう……」 リリアナは何度もその手紙を読み返し、ため息をつく。 ずっと音沙汰の無かった父からの突然の手紙にこの数日はずっと気持ちがソワソワしている。「リリアナ様! 今日はもうその工程は終わってますよ!」「え? しまった!」 気がそぞろになりすぎて危うく実験を失敗しそうになり慌てて火を止めると、それを見ていたローズのラボで働いていた年配の調香師イライザが怖い顔で詰め寄ってくる。「お嬢、昔からずっと言われていますね? 何か考え事がある時は、絶対に調香してはいけない、と」「……はい」 誰かにこんな風に叱られるのはいつぶりだろう。 何だかそれが懐かしくてジンとしていると、そんなリリアナを見透かしたようにイライザは腰に手を当てて入口を指さす。「今日はもうお嬢は退場だよ。お嬢に何かあったら、私たちはローズ様に顔向け出来ないんだから」「はい……ごめんなさい」 イライザには昔からよくこうやって叱られ退場を言い渡されていたのでついその時の癖で頭を下げると、当時を知らない新しいメンバーがどよめく。「あ、あのリリアナ様が叱られている!」「まるで子どもみたいに怒られてる!」「皆、酷くない?」 あんまりな仲間たちの反応に思わずリリアナが半眼になると、仲間たちはそんなリリアナを見て笑った。 このラボにはどこのアトリエにもありがちなギスギスした感じが一切無い。それはアルフレッドが、リリアナを慕っている人たちだけをここへ連れてきてくれたからだ。「でもイライザさんの言う通り、色々考え事しながらするのは危ないですって。だってあのエバンズ家ですら昔、大事故起こしてるんですから」「そうなの?」 いつも色んな情報をいち早く掴んでくる若い調香師マークの言葉にリリアナが首を傾げると、マークは頷く。

  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   55・過去に潜む答え

     リリアナの言葉にアルフレッドは考え込んだ。 以前、祖母がローズの話を持ち出した時こう言ったはずだ。『あなたにも話さなければ不公平だ』と。 それはつまりもう一人の後継者候補である叔父もそれを知っているという事である。「リリアナ、よく聞いてくれ。君の母親は昔レ・パルファンに居た過去がある。代表調香師だった訳ではないようだが、その時に一度だけエバンズ家とヴェール家は手を組んだ事があるそうなんだ」「母がレ・パルファンに居た事は先程聞きましたが、手を組んだ事があるというのは初めて聞きました。でも母はそんな事一度も……」 そこまで言ってリリアナは口を噤んだ。 そう言えば母は父との出会いをただの一度も教えてくれた事が無かったからだ。いつ聞いてもうまい具合にはぐらかされてしまい、結局何も聞けないまま母は亡くなってしまった。「今まで俺は君が狙われているのだと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない」「どういう事ですか?」「君が狙われているのではなく、何かを隠そうとすると必然的に君を狙わなければならないのかもな」「何かを隠そうとしている?」「ああ。ただ一つ分からないのは、ヴェール家だけで事を起こしたにしては、あまりにも今回の一連の出来事は巧妙に仕組まれているなという事だ」 失礼を承知で言うと、それほどヴェール家に計算高い人間がいるとは思えない。誰か、もっと狡猾な人間が裏で全ての手を引いているのではないか。 アルフレッドの考えにリリアナも深く頷いた。「確かにそうですよね……」 アルフレッドの言うとおりだ。何かがもう少しで解けそうで眉根を寄せていると、ふとアルフレッドが何か思いついたようにポツリと言った。「ああ、そうか……狙われていたのはうちもか」「え⁉」「よく考えてみてくれ。俺はあの婚約発表の時、酩酊していた。それは直前に誰かに薬を盛られたからだ。そして婚約の相手は君ではなくアイリーン。まずこの時点でおかしいと思わないか? どうして調香を生業にしているエバンズ家の嫁にと、わざわざ調

  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   54・ここに来た本当の理由

     アルフレッドの言葉にリリアナは思わず両手で口元を押さえた。まさかアルフレッドがシャルロッテにそこまで言うとは思ってもいなかったからだ。  けれどシャルロッテはそれを聞いても動じる事などなかった。まるでアルフレッドが最初からこう言う事など最初からお見通しだったかのように。 「話になりませんね。今日はもう帰ります。最後にどうしても彼女に伝えたい事があるので、あなたは下がりなさい」 「いいえ。あなたが彼女を傷つけないとは言い切れない——ん? どうした? リリアナ」  頑としてサロンに残ろうとしたアルフレッドに、ふわりとあの白檀の香りが近寄ってきた。 「アルフレッド様、駆けつけてきてくれてありがとうございます。私なら大丈夫なので少しの間だけリビングでお待ちください」 「だが——」 「アル、往生際が悪いですよ」  ぴしゃりと言うシャルロッテを睨みつけ、アルフレッドは渋々部屋を出ていく。  そんなアルフレッドの態度にリリアナがビクビクしていると、不意にシャルロッテから微かな笑い声が聞こえてきた。 「ありがとう、リリアナ」 「いえ……その、大丈夫なのでしょうか? 彼の態度のせいで彼が後継者候補から外れるなんて事は——」 「そんな事はしませんよ。ただ孫の孫らしい姿を見る事が出来てとても嬉しかったのです。あの子は幼い頃から両親にエバンズ家の後継者になるべく厳しく育てられてきました。だからあんな風に自我を通そうとするのは彼にしてはとても珍しい事なのです。あの子がクラバットも結ばす髪も整えずに私の前に現れたのは、これが初めてですよ」 「そうなのですか……」  不意にアルフレッドの子供時代の話を聞いてしまい、リリアナが何気なく腹部を撫でると、シャルロッテが身を乗り出してきた。 「私にも撫でさせてもらえる?」 「もちろんです」  そんな事を言われるだなんて思ってもいなかったのですぐさま了承すると、シャルロッテはまるで少女のような笑顔を浮かべて腹部を撫でながら腹部に話しかけてくる。 「あなたは余計なしがらみになど巻き込まれず、自由に生きるのですよ。その為に必要な力は私が全て貸しましょう。——それからリリアナ、

  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   53・子どもはエバンズ家のもの

     突然やって来たと思ったら突然そんな事を言い出したシャルロッテに、リリアナはゴクリと息を飲んだ。シャルロッテに命令される謂れなど無いのに、この威圧感は何なのだろう。 サロンでシャルロッテと対峙すると、それだけで震え上がりそうになってしまう。「もう一度言います。リリアナ、今すぐにアルフレッドの元に戻り、婚約をし直しなさい」「……何故ですか?」「そのお腹の子はアルフレッドの子だそうですね。であれば、その子は今後エバンズ家の正当な跡取りになる可能性があるからです」 毅然とした態度でそんな事を言うシャルロッテに、リリアナはゴクリと息を飲んで見つめた。 この人は一体何を言っているのだろう? この子は確かにアルフレッドの子だが、リリアナの子でもあるのだ。「いいえ、戻りません」 アルフレッドならきっと分かってくれる。ここまでアルフレッドという人を見続けてきたが、彼はこの子を決して自分のような目には遭わせないだろう。もしかするとそれも考えてリリアナとの婚約を破棄してくれたのかもしれない。 けれどシャルロッテは譲らない。「あなたに拒否権はありませんよ、リリアナ。あなたも知っての通り、エバンズ家と繋がりを持つとはそういう事です」「それはそちらの勝手です。それに彼と婚約していたのはサンドラです。リリアナではありません。婚約証明書にもそう書かれていたでしょう? 彼の子を妊娠していたのはサンドラで、私ではありません」 屁理屈だと言われてもいい。怖くて堪らなくても、リリアナはこの子を守りきらなければならない。 そんな思いを込めてシャルロッテを見つめると、ふっとシャルロッテの目が優しくなった。「……なかなか知恵もあるようですね。喜ばしい事です。やはりあなたはローズの娘なのですね」「母様?」「ええ。あなたの母親がエバンズ家を出ていく時に、今のあなたと同じような目をしていました。あの子は私が直々に調香を教えた子です。我が子のように可愛がっていいましたが、私よりも先に逝くなんて……親不孝な子です」 シャルロッテの

  • 一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした   52・新しい生活と、守られている感覚

    「……え?」 あまりにも突然のアルフレッドからの申し出にリリアナが固まっていると、アルフレッドが苦笑いを浮かべた。「もちろんそうなればメロウ・ブルーの代表調香師は辞めてもらう事になるが、その代わり君は夢を叶える事が出来る。どうする?」 苦渋の決断だった。本当はこのままリリアナとの関係を続けていきたいが、それをするとリリアナはエバンズ家の者としていつまで経っても自分のブランドを立ち上げる事が出来ない。 アルフレッドの存在こそが、リリアナの夢の邪魔になってしまうのだ。 そんなアルフレッドの心を汲み取ったのか、リリアナは泣き出しそうな顔をして静かに言った。「はい。婚約破棄……してください」「……分かった」「今まで、お世話になりました」 アルフレッドはリリアナの願いを受け入れてくれた。 二人の婚約破棄はすぐに世間に知れ渡り、それによってサンドラ・ウッドという女性の名は過去のものになっていく。 その代わり、リリアナ・ヴェールの名がまた復活した。アルフレッドが会場でリリアナの名を取り戻してくれたのだ。そのかげで世間の目はリリアナに同情的になり、今はエバンズ家で大切に保護されているという事になっている。 そんな中、リリアナは小さなトランクを持って従兄弟が住む街へと向かっていた。 アルフレッドがリリアナと婚約破棄した直後にありとあらゆる手続きをして、あっという間にリリアナのブランドの立ち上げの書類を仕上げてくれたからだ。 それだけじゃない。従兄弟のアドルフと話をつけ、リリアナはまた引っ越す事になった。理由は叔母が使っていたラボが今もそのままになっているからだ。「婚約破棄してもこうして助けてくれるなんて……思ってもみなかったな」 婚約破棄をした時点でリリアナは完全にアルフレッドの庇護から外れるつもりで居たのだが、アルフレッドは子どもの為だと言ってリリアナへの援助は打ち切らなかった。「私が出来る恩返しは素晴らしい作品を残す事と、ブランドを成功させる事だけ」 

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