로그인璃々子はぐっと腹の底に感情を押し込め、普段通りの愛らしさを装った。「だって、オークションに参加しに来たんだもん」「そうか。なら先に入ってろ」「えっ……一緒に入らないの?」「俺はちょっと用がある」一刻も早くミキを追いかけて、誤解を解かなければ。あの冷たい視線から察するに、また面倒な勘違いをされたに決まっている。苛立ちと焦りで足を向ける白彦を、璃々子はすかさず引き止める。「でも、私招待状がないから中に入れないの。ねえ、白彦兄さんの力でなんとかならないかな?」上目遣いで、最もあどけなく可憐に見える表情を作る。昔から彼を思い通りに動かしてきた、百発百中の手口だ。……しかし、今回ばかりは違った。「今は手配してる時間がない。今回は諦めろ、また今度連れてきてやるから」「でも……!」すがりつこうとする璃々子の言葉を遮り、白彦は足早に会場へと消えていった。招待状を持たない璃々子は、当然ながらエントランスで足止めを食らった。地団駄を踏んで悔しがったが、どうすることもできない。だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。白彦が一体誰とオークションに行くつもりなのか、どうしても突き止めたかったのだ。まさか、あのミキじゃないわよね?その予感が、璃々子の危機感を一気に煽る。足早にビルを出ると、冷え切った表情で美奈子に電話をかけた。美奈子自身は事情を知らなかったが、少し探りを入れれば白彦の運転手からすぐに聞き出せる。数分後、璃々子の手元に答えがもたらされた。――やはり、あの女だ。怒りのあまり、握りしめたスマートフォンがミシミシと音を立てる。さっき白彦が自分をあんなに邪険に扱った理由が、ようやく腑に落ちた。許せない。絶対にミキの思い通りになんてさせるものか。せっかくミキの方から離婚を突きつけ、二人の関係に決定的な亀裂が入ったのだ。その上ミキはこの四ヶ月、北里市に滞在したまま一度も立ち寄る気配すらない。明らかに白彦を避けている。今こそ自分が正妻の座に滑り込む絶好のチャンスなのに、ここで邪魔されるわけにはいかなかった。ミキとは同じ家で育った間柄だ。彼女がわざわざこのオークションに足を運んだ理由など、お見通しだった。璃々子はすぐにオークションの出品リストを調べ、ミキの「お目当て」を瞬時に
本当なら、ミキは澪士もこのオークションに行くのか聞いてみたかった。行く予定があるなら、一緒に行けないかと。だが、すぐに思い直した。そんな風に探りを入れるのは、まるでデートに誘っているみたいで馴れ馴れしい。ただでさえ、今の自分は泥沼の絶縁騒動のせいで公私ともに散らかっている。これ以上、優しくて無関係な彼を巻き込むわけにはいかない。結局、その話題を口にするのはやめにした。翌日。ミキは仕事の現場から、直接オークション会場へと足を運んだ。ところがエントランスを抜けた瞬間、最も目立つ場所に立っている白彦の姿が目に飛び込んできた。しきりに周囲を見回し、誰かを待っている様子だ。考えるまでもない。どうせ愛しい幼馴染を待っているのだろう。ミキは冷ややかに一瞥しただけで視線を逸らし、素知らぬ顔で通り抜けようとした。だが、二、三歩進んだところで、あっけなく白彦に見つかってしまう。無理もない。モデルであるミキは平均よりもずっと背が高く、人混みの中にいても嫌でも目を引いてしまうのだ。一方、ミキの姿を認めた途端、白彦は密かに安堵の息を漏らした。昨晩からここまで、ずっと気が気ではなかったのだ。俺からのあの歩み寄りを、拒絶されたらどうしよう。来てくれなかったらどうしよう、と。昨夜は本当なら、ミキがホテルへ戻ってくるのを待って、直接招待状を渡すつもりだった。だが、秘書の美奈子から「会食の席で坂崎社長がお待ちです」と急を要する電話が入ってしまったのだ。坂崎の会社とは重要な提携を控えている手前、顔を出さないわけにはいかない。仕方なく、招待状はホテルのコンシェルジュに預け、絶対にミキの手元へ届けるよう念を押してから慌てて会食へ向かったのだった。もちろん、直接電話をかけて伝えることも考えた。しかし、自分の番号はとっくにミキの着信拒否リストに入れられている。連絡を取る手段がない以上、こうして早めに会場に入り、彼女を待ち伏せるほかなかったのだ。よかった、来てくれた。白彦は胸をなでおろした。彼の中では完全に、ミキが「自分が用意した招待状」で来てくれたことになっていた。白彦は久々に柔らかな笑みを浮かべ、足取りも軽く近づいてきた。その動きに、ミキはすぐに気が付いた。視界の端で捉えた彼の視線は、どう見ても真っ直ぐ自分に向けられて
これを見れば、あいつは少しは喜んでくれるだろうか。冷え切った彼女の心を、少しでも溶かすことができるのだろうか。微かな希望を胸に、白彦はコートを手に取った。午後、白彦は璃々子を専門医の診察に連れて行き、そのまま自宅まで送り届けた。結局、最後まであの招待状については一言も触れなかった。美奈子が密かに教えてくれていなければ、彼女は何も知らないままだっただろう。白彦が帰ろうとした時、璃々子は探るように声をかけた。「白彦兄さん、今度の金曜日は空いてる?」白彦の手がわずかに止まった。「……すまない、その日は外せない用事があるんだ」「そう、いいの。忙しいのに変なこと聞いちゃって」璃々子は胸の内でほくそ笑みながらも、至って穏やかに装ってみせた。白彦も彼女がただ何気なく聞いたものだと思い、気に留めることもなく別れを告げて立ち去った。彼はそのまま自宅へは戻らず、ホテルへと向かった。だが、運悪くミキは不在だった。深夜まで続く衣装合わせに追われ、彼女がようやくホテルに戻ったのは、夜の十時を回った頃だった。部屋に入ると同時、澪士からメッセージが届いた。何の前触れもなく、ただ一枚の画像が送られてくる。それを見た瞬間、ミキの眼頭がじわりと熱くなった。彼女はすぐさま指を動かし、澪士に問いかけた。【これ、どこにあるの?】数秒後、澪士から返信があった。【金曜日の絶世オークション。ジュエリー特設会場の目玉の一つだ】ミキは居ても立ってもいられなくなった。【どうすればそのオークションに参加できる?】【招待状が必要だ】ミキが「詩織に頼もうか」と考えた矢先、澪士から二通目のメッセージが届いた。【俺が持っている。必要なら、今すぐ18階まで持っていくが】ミキは迷わず打ち返した。【欲しい!】【ありがとう。助かるわ】彼が持っているなら、それが一番いい。こんな夜更けに、詩織を叩き起こさずに済むのだから。澪士はすぐさまミキの部屋までやって来た。手には招待状だけでなく、デザートの箱まで提げている。「……つい買いすぎた」彼の声に感情の色はなかったが、ミキにとっては救いの神だった。「ありがとう!」ちょうど、腹の虫が鳴きそうだったのだ。午後からずっとメイクを崩さないよう食事を控え、夜遅くまで何パターンも衣装合わせをこなしてき
秘書の早川美奈子(はやかわ みなこ)が、手に入れた招待状を白彦のもとへ届けようとしていた時のことだ。彼女のスマートフォンに、璃々子からの着信が入った。璃々子は頻繁に白彦へ連絡を入れるが、彼が会議中などで電話に出られないことも多い。そんな時、彼女が決まって頼るのが秘書の美奈子だった。白彦がいかに璃々子を特別視しているか、美奈子は痛いほどよく知っている。それゆえ、璃々子への応対は常に最上級の敬意を払ったものだった。おまけに二人は同じ「早川」という姓だ。その偶然もあって、美奈子は璃々子に対してどこか親近感を抱き、便宜を図ることが多かった。璃々子の方も、そのあたりの立ち回りは如才ない。折に触れては美奈子に気の利いたプレゼントを贈り、巧みに自分側の陣営へと引き込んでいた。結果として、美奈子は白彦の動静を璃々子に逐一流すようになった。誰と会い、どこへ行くのか。璃々子が「偶然」を装って白彦に近づくための機会は、こうして作られていたのだ。「美奈子さん。白彦兄さん、まだお忙しいのかしら?午後の病院、一緒に行けるか気になって」璃々子の甘ったるい声が受話器から流れる。「はい。社長は今、会議の真っ最中でございます。終わりましたら、すぐにお迎えにあがると仰っていましたよ」「そう、よかった。あの、お昼はどうされるのかしら? 私のところで食べるなら、何か予約しようと思うのだけど」「本日はあいにく、オフィスで済まされる予定です」「……そう。残念だわ」璃々子の声が露骨に落胆の色を帯びた。美奈子はそれを敏感に察し、機嫌を取るように声を潜めた。「そういえば璃々子様、先ほど社長から絶世グループのオークションの招待状を取り寄せるよう仰せつかりました。二日後の開催分です」「えっ、あの絶世オークション?」璃々子の声が一瞬で明るく跳ねた。「ええ。ジュエリーの特設会場があるとかで……あちこちで招待状の争奪戦が起きているそうですが、社長は人脈を駆使して、二枚手に入れられました」「まあ……でも、白彦兄さんは私に何も言わなかったわ」「きっと、サプライズにされるおつもりなのでしょう」璃々子はすっかり上機嫌になり、笑みをこぼした。「ふふ、そうね。それなら、私が知っていることは白彦兄さんには内緒にしておいて。驚いてあげたいから」「かしこまりました。お口添えはい
そのくせ、私の法的関係を清算してほしいという要求には、四ヶ月もの間、耳を塞ぎ続けている。あまりにも慣れきった光景に、ミキの感情はさざ波一つ立たなかった。絶望すら、とうの昔に枯れ果てている。かつては、「私の電話にも、一度くらいあんな風にすぐに出てくれたらいいのに」と、胸を塞がれるような思いを抱いたこともあった。たった一度でもそうしてくれていたなら、二人はこんな結末を迎えなかったかもしれない。けれど、今はもうどうでもいい。彼が誰を優先しようと、私の知ったことではない。一方、車に乗り込んだ白彦は、大きく息を吐き出した。璃々子の電話は、あの煮詰まった空間から彼を連れ出す絶好の口実だった。だからこそ、彼は今までになく素早く電話に出たのだ。あと一歩遅ければ、ミキから「書類にサインしろ」と決定的な宣告を突きつけられていたに違いない。「白彦様、会社へ向かわれますか?それとも病院へ?」運転手の問いに、白彦は短い沈黙の後、「……ひとまず病院へ」と答えた。璃々子のための専門医を手配したのは本当だが、診察は午後からだ。車が街中を滑るように走る間も、白彦の脳裏には、先ほどのミキの氷のように冷たい眼差しがこびりついて離れなかった。昨夜から今朝にかけて、彼女の視線には一切の温度がなかった。自分に向けられていたはずの、あの温かく情熱的な眼差し。かつての彼女を思い出すたび、彼の中に強い焦燥感が渦巻いていく。思わず、膝の上で拳をきつく握りしめた。ふと、白彦は運転手に尋ねた。「……お前、以前ミキの専属運転手をしていたな?」「はい。奥様――いえ、ミキ様のご送迎を、サワ様からのご指示で担当しておりました」「あいつは……俺がいない時、何をして過ごしていた?」「ほとんど外出されることはなく、ご自宅で過ごされることが多かったと記憶しております。料理をされたり、植物の世話をされたり、あるいはドラマをご覧になったり……」それは、運転手が知る他の裕福な奥様たちの派手な暮らしぶりとは、あまりにもかけ離れたものだった。そんなことは、白彦も分かっていた。かつての彼女は、家の中をいつも完璧に整えていた。庭の木々や生け花を眺めるだけで、部屋にいながらにして四季の移ろいを感じることができた。料理の腕も確かで、手早く作って
「璃々子とは、お前が思っているような関係じゃない」白彦はまたしても否定した。以前の彼なら、釈明など時間の無駄だと切り捨てていただろう。けれど、これほどの冷戦が続いた今、彼はようやく気づき始めていた。彼女がこれほどまでに頑ななのは、璃々子の存在が喉に刺さった棘のようになっているからなのだと。「ストップ」ミキの忍耐は限界に達していた。彼を部屋に入れたのは、あくまで法的な清算――あの『公正証書』の話をするためだ。彼が目に入れても痛くないほど可愛がっている幼馴染の話を聞くためではない。「今日の議題は、あの書類にサインするかどうか、それだけよ。それ以外の話をするなら、今すぐ出ていって」歩み寄る気配すらないミキの態度に、白彦は吐き出せない苛立ちを胸に溜め込んだ。これほど時間を置いても、彼女の想いは変わらない。それどころか、自分を切り捨てる準備を着々と進めている。白彦は昏い光を宿した瞳で、ミキを射抜くように見つめた。「……前にも言ったはずだ。復縁に同意し、あの証書の作成を白紙に戻すなら、条件は何でも飲む。その約束は今も生きている」ミキには、どうしても理解できなかった。なぜだ。なぜ白彦は、これほどまでに執着し、頑なに別れを拒むのか。苛立ちが胸の内で渦巻き、彼女の表情は氷のように冷え切っていく。「それからな……譲渡する株の割合だが、さらに五パーセント上乗せしよう。由木グループの株式、合計十パーセントだ。もう一度、よく考えてくれ」由木グループの株、十パーセント。それは間違いなく、白彦が提示できる最大級の誠意だった。かつて彼がグループの下っ端として三年間泥をすすり、ようやく手に入れた株がわずか五パーセントだった。ミキとの結婚を承諾して初めて、会長である祖父から残りの四十六パーセントが譲渡されたのだ。巨大グループの支配者にとって、持ち株比率は命に等しい。最初、彼が三パーセントしか提示しなかったのはそのためだ。五パーセントに上げた時点で、すでに経営権を脅かしかねないリスクを背負っていた。もしミキがその株を手に他の株主と手を組めば、彼は取締役会での発言権を失いかねない。それを十パーセントにまで引き上げる。これはもはやリスク管理の範疇を超え、己のすべてを賭けた大博打に近かった。だが、残念なことに。彼は
ここ最近、先生はずっとAIの話題ばかりだったしな……「これからはAIの時代だ。お前も暇な時はこの対局ソフトと打ってみろ」と、やけに熱心に勧めてきたことを思い出す。「どうして急にAIなんです?」と尋ねると、脇でお茶を淹れていた家政婦が笑って口を挟んだ。「それはもう、先生の可愛い愛弟子さんがお勧めになっているからですわ」「なっ、馬鹿を言うな!私はまだあやつを弟子と認めたわけではないぞ!うちの大学院に受かってから言え!」高村教授は顔を真っ赤にして否定したが、家政婦は楽しそうにクスクスと笑っていた。「本当に素直じゃないんですから。あの子のニュースが出るたびにチェックして、お友達
詩織という女には、つくづく呆れ果ててしまう。京介の気持ちを弄びながら、一方で譲とも怪しい噂があり、今度は賢にまで色目を使っているのか。その節操のなさに、志帆は心底軽蔑した。彼女はスマートフォンを取り出すと、意地悪な笑みを浮かべてグループチャットにメッセージを投げ込んだ。【ねえ、江ノ本大学で誰を見かけたと思う?】この手の話題に食いつくのは、決まって『穀潰し』の太一ぐらいなものだ。要するに、暇なのだ。『衆厳メディカル』に詩織が資本参加して以来、彼の実質的な発言権はほぼ失われ、ただ配当を受け取るだけのその他大勢の株主と変わらなくなっていた。毎日やることといえば、無駄に
「えっ、もう帰っちゃうの?」志帆の声には明らかな驚きが混じっていた。「ああ、実家で急用ができてね」それが建前だと気づいたかどうか。志帆は落胆しつつも、努めて明るく振る舞った。「そっか……残念。じゃあ、今度北里でロードショーをする時に埋め合わせさせて」その提案に対し、悠人は肯定も否定もしなかった。ただ無言で通話を切った。志帆はその沈黙の意味を深く考えなかった。悠人が自分にどれほど心酔しているか、誰よりも知っていたからだ。気を取り直し、彼女は他の招待客への連絡を続けた。だが、現実は冷酷だった。以前なら、柊也の顔を立てて媚びへつらってきた連中が、潮が引くように態度を変えて
【時間は取らせない】【電話でも、会ってでもいい。君の都合に合わせる】返信がなかったからか、それ以上のメッセージは来ていなかった。詩織は迷うことなく、履歴を削除する。身支度を整えている最中に、再び着信があった。画面にはやはり柊也の名が表示されている。時計を見ると、まだ六時半だった。よほど焦っているらしい。彼とは長い付き合いだが、誰かのためにここまで取り乱す姿を見たのは初めてかもしれない。だからといって、それに応じる義務など自分にはない。今回の森田和代の件に関していえば、自分は完全な被害者なのだ。誰であれ、情に訴えて自分を言いくるめることなんてできない。







