どんな男の心にも、手に入らなかった「特別な女」がいるという。江崎詩織(えざき しおり)はずっと、賀来柊也(かく しゅうや)だけは違うと信じていた。なにしろ二人は、若い頃からずっと一緒にいたのだから。でも、そんなのはただの幻想だった。結局、誰もがそんな「忘れられない人」を胸に抱いて生きている。柊也もまた、その例外ではなかったらしい。詩織が柊也と付き合い始めたのは18の時。それから、もう7年が経つ。二千日を超える夜と朝を共にし、誰よりも深く肌を重ねてきたというのに。それでも、彼が若い頃に一度だけ目にしたという女性の面影には、敵わないなんて。なんだか、笑えてくる。7年もかけて、一人の男の本心さえ見抜けなかったのだ。一体どれほどの想いだったのだろう。こんなにも長い間、その人を胸の内に秘めさせてしまうほどだなんて。詩織の意識が逸れていることに、彼女の上で激しく体を動かしていた柊也は気づいた。不機嫌さを隠しもせず、彼女に集中を促す。彼はベッドの上では、いつも貪欲だった。その拍子に、彼の腕がベッドサイドに置かれていた黒いビロードの小箱に当たった。落ちそうになったそれを、柊也は慌てて受け止める。下にいる詩織に当たらないように。見慣れないものだったからだろう。彼は珍しく興味を示した。「なんだ、これ」詩織は感情の読めない表情でその小箱をひったくると、無造作にベッドの脇へ放る。そして柊也の首に腕を絡め、喉仏に唇を寄せた。「こんな時に別のものに気を取られるなんて。もしかして、私に飽きたの」その吐息まじりの囁きに、柊也は抗えない。小箱のことなど一瞬で思考の彼方へ追いやられた。男が自分に夢中になっているその時、詩織は傍らに追いやられた黒い小箱に視線をやった。瞳が、じわりと潤む。──柊也、あなたはこの箱の中に何が入っているかなんて、永遠に知ることはないのよ。……ひと月前、エイジア・キャピタルが上場を果たした。柊也の仲間たちが、彼のためにささやかな祝賀パーティーを開いてくれた。詩織はめいっぱいお洒落をして、そのパーティーで柊也にプロポーズするつもりでいた。本来、そういうことは男がするべきだろう。でも詩織は、柊也を深く愛していたから。彼のためなら、女の意地もプライドも捨てて、自分からプロポーズしたって構わ
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