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第621話

Auteur: 北野 艾
身につけているのは船内スタッフの制服だ。正規の客ではなく、業務の合間を縫って紛れ込んだのだろうか。あるいは、仕事を得て乗船したものの、誘惑に負けたのか。

テーブルに積まれたチップの塔は、あまりにも低く、脆い。

男の顔は苦悶に歪み、脂汗が滲んでいる。今夜の戦績が芳しくないことは一目瞭然だった。

隣では、先ほどの口論相手と思しき少女が、目を赤く腫らして男の袖にしがみついていた。「兄ちゃん、もうやめて!これ以上負けたら本当にお金が……!」

「今度こそ勝てる。絶対だ。俺を信じろ」

「兄ちゃん……っ!」少女の悲鳴のような懇願を、男は荒々しく振り払った。

「ベット!」男が全財産を賭けようとしたその刹那、詩織は滑り込むようにテーブルへ近づいた。

「数学的に言えばね」涼やかな声が、熱に浮かれた空気を切り裂く。「ルーレットの回転は毎回が独立事象なの。以前の結果がどうあれ、十回目だろうが百回目だろうが、赤と黒が出る確率は常に変わりません」

その一瞬の隙を突き、少女がテーブル上のチップをすべて自分の手元へかき集めた。

「ノー・モア・ベット」ディーラーが無機質に告げ、象牙色の球が盤面に放たれ
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