Masuk愛しているのに、触れられない。 幼なじみの夫は、こう言った。 「もう、女性を愛することはできない」と。 それでも「君がいい」と言い続ける彼と、 子どもを望む現実の間で、私は追い詰められていく。 だから決めた。 彼のためにも、私は他の誰かを探す。 ――そう思ったのに。 なぜあなたは、そんな顔で私を追いかけてくるの? これは、間違った優しさで離れた二人が、 もう一度、互いを選び直すまでの物語。
Lihat lebih banyak1
「もう、女性を愛することは——できない」ガウンを着て、ベッド上で正座をした夫が私にそう言った。
——夫婦の寝室で。
「だから、もう——やめてほしい……」
大丈夫……と自分に言い聞かせる。
「やめてほしいって……、それってどういう……」
声が震えないように、ゆっくり話した。
「子供は……、子供は——諦めてほしい」頭から冷水を浴びたかのような感覚に陥った。
夫は金色の輝く髪を垂らし、深々と頭を下げた。
筋肉質で大きな体を縮めている。
まるで怯えたように……。
「ディー……、頭を上げて」
夫のディートハルトは眉を八の字にして、今にも泣きそうな顔をしていた。
……ずっと苦しかったんだね。
私はため息を漏らした。
もう、ここまでね……。「わかったわ。それで、どうしようか……。離婚……する?」
離婚……という言葉が私の心臓の鼓動を速めた。
ダメよ……。
彼にこの気持ちを気づかれては……。
これ以上、苦しめては……。
「離婚は嫌なんだ…………。女性と結婚してなきゃいけないなら、アーシュがいい」
私のことを、アーシュレイではなく——愛称呼びをしてくれるのね。
「アーシュとはずっと一緒にいるし。君といるのは楽しいから……パートナーなら君がいいなって」
ディートハルトは少し笑った。
「ちょっと、私が女性らしくないってこと?」
「あははは……、それそれ。普通の貴族女性はそんな話し方しないよ?」
「そりゃ、私は普通じゃないけど……」
私は膝の上で両手を絡める。
ディートハルトは私の手を優しく包み込む。
その温もりに、緊張が解けていく。
「とにかく、離婚はしない……」
芯の通った瞳で彼はそう言った。
離婚はしないけど、子供はいらないってこと……?
私たちは結婚して二年——白い結婚を貫いている。
正確には今日まで、全て私が振られ続けている。
まさかその理由が『女性とそういうことはできません』だったなんて……。
彼をその気にさせるために、色気のあるネグリジェや下着を着たことか……。
その度に「寒そうだね、風邪引くよ?」と厚手のガウンを着せられてきた。
男性が興奮するような香水、時には媚薬まがいなものまで使ったが……。
——全て空振りだった。
私の髪は赤く、少しウエーブがかっている。
よく肉づきが良いと友人に言われる。
——自分では良く分からないけど。
結婚前は男性をたぶらかす悪女……なんて言われた事もあった。
しかし、ディートハルトには全く効果がなく自信もなくなっていった。
私の二年間の努力……。それなら、初夜に言ってほしかった……。
「お義母さまにはなんて言えば……。子供を今か今かと楽しみにされているのに……」
そう、私がこんなにも子作りを望んでいたのは、義両親、特に義母からの圧力が凄まじいからだ。
義母も悪い人ではないのだけれども、なんせ気の強い人なのだ。 「うん……。養子も考えてる……」養子……。あの義母が養子を受け入れるだろうか……。
「それに弟のところにもう子供が生まれたし、うちはいなくても問題ないかなって」
ディートハルトは伯爵家の嫡男だ。まだ義父が家督だが、そのうち弟かディートハルトが継がなければならない。
優先順位からいって、嫡男のディートハルトだろう。
ディートハルトは王宮騎士団でもうすぐ副団長に昇進する。
だから、家督は弟に譲る気でいるのだろう。
しかし、義母は貴族としての体面を何よりも重んじる人。
正当な理由がない限り、それは認めてくれないであろう。
義母は子育てに熱心だった。
貴族女性としては珍しく乳母ではなく、授乳から全て自分の手で子育てをし、料理やお菓子作りまで完璧にこなす超人だった。
そして、何よりも溺愛しているディートハルトの子供を楽しみにしている。
義母からはとうとう不妊症を疑われ、病院にまで通わされた。
正直不妊症かどうか、分からない……。
——だって一度もしてないのだから。
さすがにそのことを義母に打ち明けることもできず……。
だから、余計——辛かった。
今日こそは逃がさないとばかりにディートハルトに迫ったら……。
まさかのカミングアウトだった……。
女性を愛せないってことは……。
「ねぇ、ディーは男性が好きってことなの……?」
ディートハルトは翡翠の美しい瞳を揺らした。
「どうなんだろう……。俺もよく分からないんだ……。女性は……、君や家族以外は苦手で……。その……男性の方が好感が持てる……かな」
まだ、男性が好きって、自覚したばかりなのかな……。それとも……。
「好きな人が——いるの?」
ディートハルトは俯いていた顔を勢いよく上げて、前のめりになった。
「そんな人はいない!アーシュがいるのに!」
私がいるのに……?
でも、愛せないって……。
私は顎に手を当てて、天井を見上げた。
離婚してあげて、彼を自由にしてあげるのが一番なんだけど……。
家同士の付き合いもあるし、……何より私の立場が弱いのが問題だった。
うちは貧乏男爵家だからだ。
なんで結婚できたかというと、父親同士が学友だったため、昔から家族ぐるみでの付き合いがあった。
お酒の勢いで父親同士が勝手に婚約を交わしてしまった。
当時義母は相当怒っていたと後からディートハルトに聞いた。
そして結婚の時も、うちの実家を相当な額支援してもらい、実家を立て直すことができた。その恩義があるため、私からは離婚を切り出せない。
「はぁ~。とりあえず子供のことは私に任せてくれる?」
私は頭をかきながら、ディートハルトにそう言った。
「任せるって?いい養子先を知っているの?」「う……ん。とりあえずやるだけやってみる」
いや、あの義母だもの……。
養子も説得も無理だろう。
これは奥の手を使うしかない。
そう……、それは……。
——公認の愛人を作ること。
ディートハルトに似た容姿の男性に、代理で父親になってもらうということだ。
重い扉が閉まる。 ガチャン。 外の音が聞こえなくなる。 「本当に平気?」 私はルシアンを見つめる。 「はい、ぜひこの目で見ておきたいいんです……」 「そう……。あなた、変わっているわね……」 ルシアンがふわっと笑った。 ――かわいい。 ルシアンとも今日でお別れ。 中央の台に小さな魔道具がある。 今日はこれに魔力を入れて、完成させる。 簡易式転移魔道具。 「じゃあ、いくわよ」 私は目をつむる。 魔力の流れに耳をすませる。 ――来た。 手から黄色い光が溢れだす。 台の上の魔道具にその魔力を流し込む。 魔道具がカタカタと震えだす。 汗が頬を流れる、唇が渇く。 ガタガタと激しく動く魔道具。 その魔道具が台の端まで動いていく。 ――その時。 魔道具の動きが止まった。 ふと視線を上げる。 ルシアンだった。 彼が魔道具を手で固定していた。 ――痛いだろうに……。 彼は眉間にシワを寄せながら、笑った。 やるじゃない……。 魔道具はすべての魔力を吸収して、動きを止めた。 「もう、離して大丈夫よ」 「あ、はい……」 私は彼の手を握る。 そして、手を開いた。 彼の手はとても熱く、真っ赤になっていた。 私は彼の手に自分の手を重ねた。 黄色い光と共に、すっと赤みがひいていった。 「あなた、無茶なことするのね。普通はこの部屋にすら、入りたがらないわよ……」 私は手を離した。 ガシッと、今度は私の手が掴まれる。 「こんな小さな手で……。痛くないのですか? 他の人より、たくさん作っていますよね。魔力の消費の激しいものばかり……」 「えっ……? あー……。私はもともと魔力が有り余っているくらいだから……」 「それでも……。俺が帰ったらまた一人で……」 「ふふふ。どうしたの? この部署はそういうところよ……」 「分かっています……。でも、もうあなたを手伝うことができない……」 私はふっと笑いが出た。 「私、この仕事が好きなの。結婚にも興味がないわ。だから、このままでいいの。時々、夜遊びをするしね」 彼の目を見て笑った。 「……」 「だから、あなたは安心して帰りなさい。少し情が移ったのよ。また、元の直場に戻れば忘れるわ……」 ――いつも、そうしてきた。 これが、私からの手紙の返事。 ぎゅっと、痛い
少し前の話……。「アーシュ、おめでとう……」「ありがとう、イヴェッタ……」私はカウンター越しに、アーシュを見上げた。お腹がだいぶ大きくなって、ふうふう言いながらこの店を切り盛りしてる。――私の親友。「アーシュ、ダメじゃないか……。少し休んで……」奥から無駄に逞しい肉体の男性がやってきた。「ディー、大丈夫よ。少しくらい……」アーシュが額の汗を拭った。ディートハルトの目が光る。「きゃっ! ちょっと、ディー! みんなの前で――恥ずかしい……」気が付けばアーシュレイはディートハルトに横抱きにされていた。顔を真っ赤にするアーシュ。「イヴェッタ悪い、少しアーシュを休ませる……」私は無言で手を振って、二人は奥に消えていった。「うぅ……」そして、隣でうなだれる男……。水色の髪と瞳が透き通った湖みたい……。涙をためて、その瞳はさらに透明度が増している。瞬きすると、その涙がサッと目尻から流れた。「――かわいい」私は彼の涙を指で拭った。「えっ?」「あなた、名前は?」「俺は、ルシアンです……」「私は、イヴェッタ。あなたは、アーシュレイが好きなのね……」彼がまつ毛に影を落とす。「かわいそうに……」私は泣いている子供を慰めるように、彼の頭を撫でた。ふわふわの動物の毛みたいだった。彼の髪の毛先を、指で絡めてみた。――悪くない。「俺、アーシュレイさんが赴任してきてからずっと好きで……。それなのに、あの人が突然やって来て……」彼は鼻を赤くして、声はかすれていた。「そうだったんだ……。それは辛かったね……」
「今日から研修として、辺境の地から若き魔道具士が来てくれた。みんなよろしく頼むよ」拍手の音が聞こえる。私は目の前の魔道具をじっと見つめた。ここの回路を繋げば、もっとスムーズに動く?「初めまして、ルシアンです。どうぞ、よろしくお願いします」「うーん、じゃあ、彼女について色々学ぶといい……。……さん」「イヴェッタさん!」突然大きな声で呼ばれて、勢いよく頭を上げた。魔豪具課のみんなが私を見ていた。私は下がった丸眼鏡を上げた。「何か……?」私はわざと低い声で答えた。こっちは忙しいのに……。所長が男性を私の前に連れてきた。ん……? はて、どこかでみたような……。長身ですらりとした体形。水色の瞳に、同じ色の髪。嫌味のないイケメン……。どこかの酒場でひっかけたか……?「あの、イヴェッタさん。ルシアンです! よろしくお願いします!」さわやかなイケメンが頭を下げた。「じゃあ、イヴェッタさんあとは頼んだよ……」所長はスタスタと自分の机に戻っていった。――押し付けられた。私は小さくため息をつく。彼はじっと私を見て、頬を赤らめていた。は……?ルシアン……。最近その名前を執事から聞いたような……。――手紙。そうだ、連日その名前で、手紙が届いてたんだった。中身読んでいないのよね……。「まあ、とりあえず、よろしく……」私は半笑いでそう言った。 ◇◇◇ ルシアンて子は、なかなか筋が良い。私の作業中は声をか
瞼が光に包まれる。目を開けていなくても分かる。――朝が来た。手をかざしながら、ゆっくりと瞳を開けると光が降り注いだ。見たことのない大きな窓。「えっ……」すっかり目が覚めた。ガバッと勢いよく起き上がると、ズキッと頭に痛みが走った。「水飲む?」冷たいコップが額に触れた。「ああ、ありがとう……」俺はそのコップを受け取り、喉を鳴らして飲み干した。飲み干した後に気づく。今、誰から受け取ったのかと……。視界の端に映る女性……。ベッドに腰かけて、こちらを見ている。ピンクの長い髪と、ピンクの瞳。薄いスリップドレスを着ている。「……」その瞳と目が合った。「おはよう、ルシアン」少し低めの声で彼女は言った。「あ、おはようございます……」沈黙が流れる。もう一度、彼女を見る。彼女の肩や首には、無数の赤い点が――。そして、俺は視線を下げて自分の下着を確認した。何も——着ていなかった。俺は勢いよく、布団に潜った。ど、どういうことだ?えっ……、これってつまり……、彼女と……?頭の中で、処理できない事実がグルグルと回る。確か昨日、アーシュレイさんのお店に行って……。そうだ――。彼女が妊娠したと聞いて、ショックを受けて……。それで……、そこにいた彼女の友人に慰められて……。――酒場に行って……。その後の記憶が――ない。冷や汗が止まらなくなった。彼女の気配がしなくなった。俺はそっと布団の隙間から、彼女を探した。彼女は着替えを済ませて、カバンの中身を確認していた。そして、テーブルに置いてあった丸眼鏡をかけた。イヴェッタさん――。王都の魔道具課のエース。俺の憧れの人……。もちろん、魔道具士として……。彼女はカバンから、何かを出して、テーブルに置いた。そして、こちらを振り向いた。「ふふふ……。まるで、女の子ね……。じゃあ、私、仕事に行くわね……。――さよなら」「え……!?」彼女の足元が光る。光の中で、彼女は笑った。もう、関係などないかのように……。部屋に静寂が訪れる。俺は頭を抱えた。未婚の女性に何てことを……。俺はベッドから出た。あちらこちらに脱ぎ捨てられた、衣類を一枚一枚手に取る。そして、断片的に記憶がよみがえる。酒の力を借りて、彼女に――。頬が熱くなる。ふと、テーブルに目がいった。