愛していると気づいたから、私はあなたを手放します

愛していると気づいたから、私はあなたを手放します

last updateLast Updated : 2026-07-06
By:  妄夢Updated just now
Language: Japanese
goodnovel16goodnovel
Not enough ratings
11Chapters
154views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

愛しているのに、触れられない。 幼なじみの夫は、こう言った。 「もう、女性を愛することはできない」と。 それでも「君がいい」と言い続ける彼と、 子どもを望む現実の間で、私は追い詰められていく。 だから決めた。 彼のためにも、私は他の誰かを探す。 ――そう思ったのに。 なぜあなたは、そんな顔で私を追いかけてくるの? これは、間違った優しさで離れた二人が、 もう一度、互いを選び直すまでの物語。 ※表紙はAI生成イラストを使用しています。

View More

Chapter 1

1

「もう、女性を愛することは——できない」

ガウンを着て、ベッド上で正座をした夫が私にそう言った。

——夫婦の寝室で。

「だから、もう——やめてほしい……」

大丈夫……と自分に言い聞かせる。

「やめてほしいって……、それってどういう……」

声が震えないように、ゆっくり話した。

「子供は……、子供は——諦めてほしい」

頭から冷水を浴びたかのような感覚に陥った。

夫は金色の輝く髪を垂らし、深々と頭を下げた。

筋肉質で大きな体を縮めている。

まるで怯えたように……。

「ディー……、頭を上げて」

夫のディートハルトは眉を八の字にして、今にも泣きそうな顔をしていた。

……ずっと苦しかったんだね。

私はため息を漏らした。

もう、ここまでね……。

「わかったわ。それで、どうしようか……。離婚……する?」

離婚……という言葉が私の心臓の鼓動を速めた。

ダメよ……。

彼にこの気持ちを気づかれては……。

これ以上、苦しめては……。

「離婚は嫌なんだ…………。女性と結婚してなきゃいけないなら、アーシュがいい」

私のことを、アーシュレイではなく——愛称呼びをしてくれるのね。

「アーシュとはずっと一緒にいるし。君といるのは楽しいから……パートナーなら君がいいなって」

ディートハルトは少し笑った。

「ちょっと、私が女性らしくないってこと?」

「あははは……、それそれ。普通の貴族女性はそんな話し方しないよ?」

「そりゃ、私は普通じゃないけど……」

私は膝の上で両手を絡める。

ディートハルトは私の手を優しく包み込む。

その温もりに、緊張が解けていく。

「とにかく、離婚はしない……」

芯の通った瞳で彼はそう言った。

離婚はしないけど、子供はいらないってこと……?

私たちは結婚して二年——白い結婚を貫いている。

正確には今日まで、全て私が振られ続けている。

まさかその理由が『女性とそういうことはできません』だったなんて……。

彼をその気にさせるために、色気のあるネグリジェや下着を着たことか……。

その度に「寒そうだね、風邪引くよ?」と厚手のガウンを着せられてきた。

男性が興奮するような香水、時には媚薬まがいなものまで使ったが……。

——全て空振りだった。

私の髪は赤く、少しウエーブがかっている。

よく肉づきが良いと友人に言われる。

——自分では良く分からないけど。

結婚前は男性をたぶらかす悪女……なんて言われた事もあった。

しかし、ディートハルトには全く効果がなく自信もなくなっていった。

私の二年間の努力……。

それなら、初夜に言ってほしかった……。

「お義母さまにはなんて言えば……。子供を今か今かと楽しみにされているのに……」

そう、私がこんなにも子作りを望んでいたのは、義両親、特に義母からの圧力が凄まじいからだ。

義母も悪い人ではないのだけれども、なんせ気の強い人なのだ。

「うん……。養子も考えてる……」

養子……。あの義母が養子を受け入れるだろうか……。

「それに弟のところにもう子供が生まれたし、うちはいなくても問題ないかなって」

ディートハルトは伯爵家の嫡男だ。まだ義父が家督だが、そのうち弟かディートハルトが継がなければならない。

優先順位からいって、嫡男のディートハルトだろう。

ディートハルトは王宮騎士団でもうすぐ副団長に昇進する。

だから、家督は弟に譲る気でいるのだろう。

しかし、義母は貴族としての体面を何よりも重んじる人。

正当な理由がない限り、それは認めてくれないであろう。

義母は子育てに熱心だった。

貴族女性としては珍しく乳母ではなく、授乳から全て自分の手で子育てをし、料理やお菓子作りまで完璧にこなす超人だった。

そして、何よりも溺愛しているディートハルトの子供を楽しみにしている。

義母からはとうとう不妊症を疑われ、病院にまで通わされた。

正直不妊症かどうか、分からない……。

——だって一度もしてないのだから。

さすがにそのことを義母に打ち明けることもできず……。

だから、余計——辛かった。

今日こそは逃がさないとばかりにディートハルトに迫ったら……。

まさかのカミングアウトだった……。

女性を愛せないってことは……。

「ねぇ、ディーは男性が好きってことなの……?」

ディートハルトは翡翠の美しい瞳を揺らした。

「どうなんだろう……。俺もよく分からないんだ……。女性は……、君や家族以外は苦手で……。その……男性の方が好感が持てる……かな」

まだ、男性が好きって、自覚したばかりなのかな……。

それとも……。

「好きな人が——いるの?」

ディートハルトは俯いていた顔を勢いよく上げて、前のめりになった。

「そんな人はいない!アーシュがいるのに!」

私がいるのに……?

でも、愛せないって……。

私は顎に手を当てて、天井を見上げた。

離婚してあげて、彼を自由にしてあげるのが一番なんだけど……。

家同士の付き合いもあるし、……何より私の立場が弱いのが問題だった。

うちは貧乏男爵家だからだ。

なんで結婚できたかというと、父親同士が学友だったため、昔から家族ぐるみでの付き合いがあった。

お酒の勢いで父親同士が勝手に婚約を交わしてしまった。

当時義母は相当怒っていたと後からディートハルトに聞いた。

そして結婚の時も、うちの実家を相当な額支援してもらい、実家を立て直すことができた。

その恩義があるため、私からは離婚を切り出せない。

 「はぁ~。とりあえず子供のことは私に任せてくれる?」

 私は頭をかきながら、ディートハルトにそう言った。

 「任せるって?いい養子先を知っているの?」

 「う……ん。とりあえずやるだけやってみる」

いや、あの義母だもの……。

養子も説得も無理だろう。

これは奥の手を使うしかない。

そう……、それは……。

——公認の愛人を作ること。

ディートハルトに似た容姿の男性に、代理で父親になってもらうということだ。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
11 Chapters
1
1「もう、女性を愛することは——できない」ガウンを着て、ベッド上で正座をした夫が私にそう言った。——夫婦の寝室で。「だから、もう——やめてほしい……」大丈夫……と自分に言い聞かせる。「やめてほしいって……、それってどういう……」声が震えないように、ゆっくり話した。「子供は……、子供は——諦めてほしい」頭から冷水を浴びたかのような感覚に陥った。夫は金色の輝く髪を垂らし、深々と頭を下げた。筋肉質で大きな体を縮めている。まるで怯えたように……。「ディー……、頭を上げて」夫のディートハルトは眉を八の字にして、今にも泣きそうな顔をしていた。……ずっと苦しかったんだね。私はため息を漏らした。 もう、ここまでね……。「わかったわ。それで、どうしようか……。離婚……する?」離婚……という言葉が私の心臓の鼓動を速めた。ダメよ……。彼にこの気持ちを気づかれては……。これ以上、苦しめては……。「離婚は嫌なんだ…………。女性と結婚してなきゃいけないなら、アーシュがいい」私のことを、アーシュレイではなく——愛称呼びをしてくれるのね。「アーシュとはずっと一緒にいるし。君といるのは楽しいから……パートナーなら君がいいなって」ディートハルトは少し笑った。「ちょっと、私が女性らしくないってこと?」「あははは……、それそれ。普通の貴族女性はそんな話し方しないよ?」「そりゃ、私は普通じゃないけど……」私は膝の上で両手を絡める。ディートハルトは私の手を優しく包み込む。その温もりに、緊張が解けていく。「とにかく、離婚はしない……」芯の通った瞳で彼はそう言った。離婚はしないけど、子供はいらないってこと……?私たちは結婚して二年——白い結婚を貫いている。正確には今日まで、全て私が振られ続けている。まさかその理由が『女性とそういうことはできません』だったなんて……。彼をその気にさせるために、色気のあるネグリジェや下着を着たことか……。その度に「寒そうだね、風邪引くよ?」と厚手のガウンを着せられてきた。男性が興奮するような香水、時には媚薬まがいなものまで使ったが……。——全て空振りだった。私の髪は赤く、少しウエーブがかっている。よく肉づきが良いと友人に言われる。——自分では良く分からないけど。結婚前は男性をたぶらかす悪女
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more
2
「えっ!?ディートハルトって男色だったの!?」「ちょっと声が大きいよ!」私の唯一の女友達と言って良い、彼女……。伯爵家のご令嬢のイヴェッタが、背中をのけぞらして大声をあげていた。 昨夜夫からのカミングアウトを受けて、彼女の邸宅に約束もなしに訪問し、今に至る。「アーシュレイが約束もなしに来るから、何事かと思ったけど……。そりゃキツイわ……」そういってイヴェッタは香り高い紅茶を口に含んだ。「それで、離婚することになったの……?」 「それが、なぜか断られちゃって……。私も実家に援助してもらった手前、自分からは離婚を言い出せないし……」「……」イヴェッタが大きな瞳を伏し目がちにし、一点を見つめていた。何か考え事をしている時の顔だ。イヴェッタとは王立学院からの友人で、今は私と同じ王宮の魔道具課に勤めている。美しいピンク色の長い髪は、なかなかのくせ毛でいつも編み込みをしてごまかしている。白い肌とピンクの瞳のコントラストが美しい。頬にうっすらソバカスがあり、私はそこが可愛いと思っている。本人は気にしているのだが。大きめの丸眼鏡も彼女らしくて好きだ。年齢は私と同じ23歳。本来結婚していても良い年だが、最近仕事を優先にしている貴族女性も増えており、イヴェッタもその一人と言える。「……つまりアーシュレイと結婚しておいて、自分は秘密の恋人と仲良くしちゃおうってことね」私は口に含んだ紅茶を危うく吹き出しそうになった。「えっ、どういうこと……?」「貴族男性はおおっぴらに男色と言えない。だから、体面を保つ為にも結婚は必要なわけ。だから、あなたと結婚しておいて、自分は好きな男性と楽しむってことじゃない?しかも騎士団じゃ、選び放題ね」「うっ……、確かに……。でも、今は好きな人はいないって言っていたわ。私のこともパートナーとしては好きっぽいことを言ってたし……」「でも、妻として愛してるって言われてないのよね」イヴェッタの眼鏡がキラリと光り、その奥の鋭い視線が突き刺さった。「はい、言われてません……。結婚するならアーシュがいいとしか……」イヴェッタが大きくため息をついた。「あんたたち、無駄に幼馴染歴長いじゃない?気心も知れてるし、気も使わないし、ディートハルトも楽なんでしょうね。でも、それは友人としての好きであって、恋愛でなかったのね」完
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more
3
私とディートハルトが出会ったのは、5歳の時だった。義父がディートハルトをつれて、我が家にやってきたのだ。父親同士が庭園のテラスで話し込んでおり、暇になったディートハルトが庭園を散歩している時に出会った。それは春の風が運んだ妖精のように美しい少年だった。日に透けた金色の髪の毛はさらさらと風になびいていて、翡翠の瞳と目が合えば見とれてしまう。顔も小さく、幼いながらも均整のとれた体つきをしていた。「君はここの人……?」先に話しかけてきたのは、ディートハルトだった。「あ……、うん。ここの人……」あれ……、なんか変な返事をしちゃったな。「花壇にお水あげてるの?」あ……、そうだった。彼に見とれて忘れてた。今日は祖父と作ったジョウロの魔道具を試していたのだ。祖父は王宮の魔道具課の魔道具師だった。今は引退して、自室で魔道具を作ったり、私に魔道具の作り方を教えてくれている。庭師が水がたくさん入るジョウロがあればいいなと言ったので、祖父と相談して昨日完成したところだった。5歳の私でも持てる軽量のジョウロだが、10分程水をあげてもなくならなかった。試作品としてはまずまずだ。「うん。花にお水をあげているところだよ」「君は庭師の娘さん?」ひたすら水まきをしている私の近くに、彼がしゃがみ込んで聞いてきた。「あ……」私は自身の恰好を見た。今日は水撒きで汚れるからと、アイボリーの男の子のようなシャツに、茶色のズボンに茶色の紐靴をはいていた。髪の毛も最近魔道具の製作中に少し燃えてしまい、耳の下まで切る羽目になった。まだ女の子に見えていただけで、良かったかもしれない……。私はジョウロを置いて、立ち上がり彼に一礼した。「私はここの長女のアーシュレイと言います。あなたは……?」彼も立ち上がり、一礼した。「それは失礼しました。僕はディートハルトだよ。今日は父に連れられてきたんだ」「あ、あなたが……」父が今日は友人が来ると言っていた。そして、同じ年の子供がいるとも言っていた。「ねぇ、それ魔道具だよね?さっきからずっと水あげてるのに、なくならないんだね!どうなっているの?」翡翠の瞳がキラキラと輝いた。魔道具に興味を持ってくれた……?「あ、これは対になっている大きな水がめがあって、そこから水を汲んでいるイメージなんだよ。その水がめの水がなくなら
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more
4
「ねぇ、あそこにいるのディートハルト様じゃない?」「え?どこどこ?本当だわ!今日もなんて麗しいのかしら」令嬢たちがディートハルトを見てうっとりしている。私たちは12歳となり、親に連れられてガーデンパーティに参加することが増えた。そこで同じ年代の令嬢達が、よくディートハルトの噂をしている。一応婚約者だが、貧乏男爵家の令嬢の私と、王都の伯爵家のディートハルトでは釣り合っていない。だから、みんな私を気にする様子はなかった。ディートハルトは更に美しさに磨きがかかり、背も高く少し大人っぽくなった。今も令嬢の黄色い声援を集め、5人ほどに囲まれている。私は立食スタイルの食べあるきに精を出している。ふいに遠くにいたディートハルトと目が合った。彼は二人でいる時はキラキラした瞳なのだが、今は完全に光を失っている。ヤレヤレ……。私はドレスのポケットから、小型の箱を取り出した。その箱を二回トントンと叩くと中からガサゴソと何かが動く。準備万端ね……。思わず口角が上がってしまう。私はその箱をそっと地面に置き、蓋を開けた。すると中から5cmほどの黒い虫が10匹飛び出し、ディートハルト達がいる方向に走っていった。「キャー!なんですの!この気持ち悪い虫は!」案の定、ディートハルトに群がっていた令嬢たちは魔道具の虫によって、蜘蛛の子を散らすように消えていった。再び箱を二回たたくと、虫たちが戻ってきた。何事もなかったように箱の蓋を閉じ、ポケットにしまった。「アーシュ、今日もありがとう」キッシュを頬張った時に、ディートハルトが声をかけてきた。最近は愛称呼びをしてくる。「いえいえ、我が婚約者殿はおモテになりますから」そういうとディートハルトは深いため息をつき「女の子は苦手……」ともらした。一応私も女の子だよ……と出かかったが、引っ込めた。「今日の魔道具も最高だったね。あとで見せてよ」ディートハルトは黄色い声援から解放されて、穏やかな笑顔を向けてきた。私は婚約者というか、もはや護衛になっている気がする。そして、他の令嬢の視線が背中に突き刺さるのであった。そんなことばかりしているので、同世代の令嬢と親しくなることもなく、家ではひたすら魔道具の研究に没頭した。そして、翌年祖父が他界した。『私が亡くなったら、この部屋はお前が使いなさい』と祖父が
last updateLast Updated : 2026-07-01
Read more
5
「アーシュ、どうして……?」ディートハルトは眉をハの字にして、苦しそうな表情を向けてきた。   そんな顔しないで……。私は奥歯をぐっと噛んだ。ちゃんと言わないと……。 「もっ、もともと、親同士が好き合ってると勘違いして婚約しっちゃったじゃない? うちは貧乏男爵家で、あなたの家は伯爵家……。それにもう騎士団に入るんだし、女性除けも必要ないわ。あなたの人生がかかってるんだもの、結婚は釣り合った人とした方がいいわ……」私は息も忘れて、彼への気持ちを吐き出した。「嫌だ……」「えっ……?」「僕は、アーシュ以外となんて嫌だ!」腕を掴まれ彼に引き寄せられる。気がつけば、また逞しい腕の中に包まれる。「ちょっ、ディー! きついわ、離して……」渾身の力で分厚い胸板を押しても、びくともしなかった。「嫌だ!離さないよ。だって、離したらアーシュは逃げてしまうだろう?もう、このまま僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい……」ディートハルトはどうしてしまったのだろう……。「に、逃げないから……。お願い、離して?」私は上を向いて懇願した。夕日に照らされて、オレンジがかった翡翠の瞳と目が合う。その瞳からは熱い何かを感じた。幼い頃とは違い、もう大人の男性なのだと……。視線をそらしたいのに、その瞳から目が離せなかった。私たちの距離はどんどん近づき、ディートハルトの顔がぼやけていく。「っ……!」唇がほんの少し——触れる。少し距離を離して、彼が私の顔を覗き込む。前髪がまた触れ合う。何度も角度を変えて、彼の柔らかい唇が降ってきた。息もできず、気持ちも胸も苦しくなる。ようやく唇が離れ、私は肩で息をした。顔に血液が集まり、火照っているのが分かった。「アーシュ、耳まで真っ赤だよ」ディートハルトの吐息が耳にかかり、赤く染まる。私はディートハルトの胸を力いっぱい押して、ようやく腕の中から離れられた。「ディー……、どうしてこんなこと……」ディートハルトは悪びれた様子もなく、首を傾げた。「ずっとしたかったから……?」「えっ……、何言って……」「君は魔道具に夢中で、僕と二人きりの時間を作ってくれなかっただろう?」「うっ……」魔道具課に確実に内定をもらうために、王家が発行する特許を取る必要があった。魔力量が少なく、派手さに欠ける私には努力量でしかその
last updateLast Updated : 2026-07-02
Read more
6
その後私たちは慌ただしく学園を卒業した。私は王宮の魔道具課に就職し、ディートハルトは王宮騎士団に入った。騎士団に入ると最初の3年は強制的に、騎士団寮に入れられ朝から晩までひたすら訓練に明け暮れるようだ。魔物討伐の際は遠征になるため、身の回りの事や簡単な炊事洗濯も騎士団の寮生活で学び、貴族出身の男性にはなかなか過酷な3年間になる。私も実家から通うのは大変なため、王宮の社員寮に住んでいる。ディートハルトとは一応、隔週で手紙のやり取りはしていた。しかし、婚約解消の話はあれからうやむやになり、なんとなくの婚約関係が続いていた。ディートハルトは本当に好きな人がいないのだろうか……。女の子が苦手ではあるけれど……。このままじゃ、うちみたいな貧乏男爵家と結婚することになってしまう。伯爵家の嫡男なのに……。特にディートハルトの母はこの婚約に対して好意的ではなかった。婚約するまでは優しかったのだが、婚約が決まってからは視線が刺さる……。きっと他の令嬢との婚約を望んでいるだろうに……。「はぁ~。どうしよう……」ボンッ!!と大きな音がしたと思ったら目の前が真っ黒になった。「あ、アーシュ!火を使ってるときに考え事はダメだよ!金属真っ黒じゃん」後ろを通りかかったイヴェッタがそう言ってきた。「ははは……、本当だね……。でも大丈夫、耐熱の白衣に帽子を被ってるから!」「アーシュは本当に発明王だね」細々としたものばかりだけどね……と心の中で呟いた。小さい頃に髪を燃やしてから、耐熱の帽子と白衣を作った。魔道具とまではいかないが、魔道具課でも重宝していて先輩方からもほしいと言われて何人かに差し上げた。 「ねぇ、アーシュ。今度の王家主催の夜会はどうするの?私たち王宮に勤めているから、欠席は出来ないわよ……」「あー……、それもあったかぁ……。どうしよう……」日々の業務が充実しすぎて、完全に忘れていた。父か弟にお願いするしかないかな……。 「イヴェッタは誰と行くの?」 「私はお兄様と行くわ」 「そっかぁ……。いいなぁ……」イヴェッタのお兄様は3歳上で王立学園を首席で卒業し、今は魔法省に勤めている。かなり魔力も強くて、さすがイヴェッタの兄という感じだ。しかしこの兄妹は、仕事優先のあまり婚約者もおらず、夜会や舞踏会はいつも二人で出席している。兄妹仲
last updateLast Updated : 2026-07-02
Read more
7
ディートハルトから!?私はあわてて手紙を開いた。『愛しいアーシュへ アーシュ元気にしてる?    なかなか会えず、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。    夜はちゃんと寝てる?魔道具作りに没頭してご飯を抜いてない?    ちゃんと夜は寝て、ご飯もしっかり食べるんだよ。 一週間後に王家主催の夜会があるね。ぜひ、エスコートさせてほしい。    ドレス一式送らせてもらうね。(きっと君の事だから、仕事に熱中してドレス注文してないだろうから) では夜会で。アーシュのドレス姿楽しみにしてるよ。 君のディーより』うわぁ……、全てバレてる……。実は監視されている……? 私は周りをキョロキョロ見た。騎士団は忙しいと聞いていたけど、今回の夜会には出席するのね。届いた箱に視線を向ける。眠りたい気持ちを押し殺して、一番大きな箱を開けてみる。黒と赤を基調にした豪華なドレスだった。レースや刺繍、スパンコールにビジューと、眩しいくらいに装飾が施されていた。こんな豪華なドレス着たことないわ……。いったいいくらかかったのかしら……。途中まで計算してみたけれど、怖くなってやめた。小さい箱を開けるとネックレスと、ブローチが入っていた。彼の瞳の色と同じ翡翠色の宝石だった。ちょっと恥ずかしいなぁ……。夜会……中止にはならないわよね……。でも、私のサイズなんでわかったんだろう……?まぁ、深く考えるのはやめよう……。  ◇◇◇あれから仕事に没頭して、あっという間に夜会当日になった。侍女はいないため、女性のコンシェルジュに手伝ってもらった。着なれないドレスを着て、いつもの玄関口を出る。そこには光沢のある黒と赤のタキシードに身を包んだ紳士が立っていた。「アーシュ!」ディートハルトの笑顔が満開で、私までつられて笑顔になってしまった。「すごくきれいだね!」   「ありがとう……」   ディートハルトにエスコートされながら、王宮の会場まで歩く。   社員寮から会場まで徒歩5分だが、ヒールが高く思うように歩けなかった。   「ちゃんと会うのは3年ぶりだね」「そうね……」3年ぶりに会うディートハルトは、肌の色が焼けていて少し男らしく感じた。背はもともと高かったが、さらに筋肉がついて屈強な騎士団員という感じだ。正装姿……
last updateLast Updated : 2026-07-03
Read more
8 触れ合う頬
ドクン……ドクン……。触れ合う頬が熱く、自分の心臓の音がディートハルトに聞こえてしまう……。「窓のところの女性たち……いなくなった?」窓の方に視線を向けると、頬を赤らめた女性たちが恥ずかしそうに、でも名残惜しそうにこちらを見て、その場を去っていった。「い、いなくなったわ……」ちゅっと音をたてて、ディートハルトが頬にキスをした。「なっ!」私はキスされた頬に手を当てて、彼から距離をとった。(からかわれた……!)さっきよりもさらに顔が赤くなっていくのを感じた。ディートハルトは私の顔を見て、またおなかを抱えて笑った。大人びたと思っていた幼なじみのその笑顔に、幼き日の彼と重なり、私はふっと力が抜けた。 ◇◇◇ 「アーシュレイ、久しぶりね」 「はい、奥様。ご無沙汰しております」私はディートハルトのお母様に一礼した。伯爵家の応接室でディートハルトのお母様とテーブルを挟んでソファに座った。侍女が紅茶と焼き菓子をテーブルに置いた。お母様は年を重ねても、おきれいな方だ。金色の髪は長く美しく、翡翠の瞳はディートハルトと同じ色をしている。背はそこまで高くないので、ディートハルトの高身長は伯爵様に似たのだろう。お母様が紅茶を一口飲み、洗練された仕草でカップを置いた。「今日来てもらったのは、あなたたちの婚約のことです」私の喉がヒュッと鳴った。やっぱり、婚約解消の話だったのね……。「か、母さん! それは俺たちで……」隣に座っていたディートハルトが前のめりになった。私はディートハルトに視線を送り、微笑んだ。——大丈夫よ。これはあなたのためなのだから……。ディートハルトは焦った表情のまま、俯いた。「ディートハルト、あなたに任せていたら、アーシュはおばあさんになってしまいます。ここは母に任せなさい」え……?「——例のものを」お母様が執事から何やら書類を受け取り、私たちの前に置いた。「これはあなたが作ったものだと聞いたわ。とても良くできているわね。さあ、ここで今書いてしまいなさい」一枚の紙の上に、私が特許を取得した万年筆が置かれていた。そして紙には【婚姻届】の三文字が記載されていた。私は焦点が定まらず、視線が彷徨った。これはいったい……、どういうこと……?お母様は私たちの結婚に反対していたんじゃ……。お母さまはゆっくり
last updateLast Updated : 2026-07-04
Read more
9 結婚初夜
「奥様、本当に良くお似合いです。マーメイドラインのウェディングドレスを、ここまできれいに着こなす方はそうはいません!」新婦の控室で力説してくれているのは、伯爵家に移った私の専属の侍女になったカトリーヌだ。小柄な彼女は私と同じ年で、ふわふわの金髪のショートヘアに、大きな瞳でとても可愛らしい。悪女のような容姿の私とは大違いだ。そして何より、とても良い子で私に尽くしてくれる。彼女も同じ男爵家の出身なのに……。それを一切出さず、心を込めて接してくれる。「同じ女性でも、ため息が出ちゃいます。この細く美しいくびれに、この豊満なバスト、そして形の良いお尻……。う、美しすぎます……」先ほどから、カトリーヌは何やら呼吸が荒いような……。彼女も忙しかったから、大丈夫だろうか……。 「今日はこのドレスに合うように、髪の毛を巻いて生花を差していきますね。きっと女神様のように、さらに美しくなりますよ!」 「ふふふ……、ありがとう」ここ数カ月の激務のおかげで体重は落ち、ダイエットの心配はなくなった。ほとんど寝ていないため、目の下のクマはカトリーヌが綺麗に消してくれた。鏡の前にいる自分が昨日と同じ人間とは思えなかった。カトリーヌの腕は本物だ……。それに、そうしてもらわないと、あの美しい幼なじみの横には立てない。いや、ここまでしても、かすんでしまうかもしれない……。それほど、ディートハルトは美しく、それでいて男性としての色気まで持っているのだ。私が幼なじみではなかったら、きっと眩しくて見ていられないだろう……。つくづく、すごい人と幼なじみになってしまったものだ。そして、そんな彼と本当に結婚することになるとは……。ただディートハルトは……、本当に良かったのだろうか……。——好きな人とか、いなかったのだろうか。
last updateLast Updated : 2026-07-05
Read more
10 酔っているの?
 「はぁ~、可愛い……」ディートハルトはその力強い腕で、私を抱きしめてきた。 「やっと、一緒になれたね。この日をどんなに待っていたか」やっと……って——何言っているの……?彼の体が火照り、私の体まで伝わってきた。あ……。「ディー、酔っているでしょう……」「うん、せーかい!ははは……」彼は顔を持ち上げ、天使のような顔で笑った。時計を見ると深夜2時を超えていた。   「今まで飲んでたの?」「うん、レインや先輩方が——離してくれなくて」「レイン……?」初めて聞く名前だった。「同期の治療士……。相棒みたいなもん……」「そっか……、ディーはどこにいってもすぐに仲間ができていいね……」うしろに流した髪が彼の顔に落ちてきて、私はその髪を耳にかけた。 「そんなことないよ。アーシュの方が……。みんなアーシュに見とれてた……」 「え?」 「俺のなのに。みんなアーシュを見ていた。今日は特に女神様みたいだって、みんな釘付けだった……」ディートハルトが眉間に深いシワを作った。こんな顔見たことない……。 「そ、そんなことないよ。参列者の女性なんて、みんな頬を赤くしてディーに夢中だったよ」 「俺は……女性は——嫌いだ……」女性が嫌いって……。 「私も一応女性だよ?」ディートハルトは瞳を大きく開いた。 「もちろん、知ってる……。アーシュは普通の女性と違う。親友だし、かっこいいし……」ディートハルトが私の胸元に顔を埋めた。まるで子どもが甘えるように。「かっこいいかぁ……。悪女みたいだって言われることはあったけど、かっこいいは初めてかも」「子どもの頃にガーデンパーティーで女の子に囲まれていたとき、虫の魔道具を使って追い払ってくれたじゃん。アーシュは俺のヒーローだって思ったよ」「懐かしい!あの魔道具は女性を撃退するために考えたんだよね。我ながら良い作品だったわ……。でも、父と母にバレて、あの魔道具は使用禁止になったのよね……」 「画期的だったのにな……」 ディートハルトが残念そうに言った。「本当に……きみは……すごい……よ」上にのしかかったディートハルトの重みが急に増し、息遣いが規則的になった。「えっ? ちょっと、ディー!? 寝ているの?」ディートハルトの肩を揺さぶるも、全く動かなかった。(ひぃ……、お……重い。この筋肉の
last updateLast Updated : 2026-07-06
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status