そして、すぐに佐々木唯月は言った。「でも、全ての男性が佐々木俊介みたいな人じゃないわ。明凛ちゃん、私がこうだからって怖くなって結婚を諦めちゃダメよ。これは私のせいでもあるんだから」彼女は妹のこの親友がまだ結婚しておらず、家族から結婚の催促をされていることを覚えていた。牧野明凛は笑って言った。「男でも女でも頭おかしい奴はいるって分かってます。結婚するかしないかは、やっぱり相手のことを好きかどうか、人生を捧げたい相手かどうかをしっかり見なきゃですよね。唯月姉さんの影響を受けたりしませんから安心してください。でも、もし将来結婚するなら、相手の一家がどのような人たちなのかしっかり見極めてから決めようと思います」彼女の母親は結婚するということは、その相手の男性だけ見ればいいということではないといつも言っていた。相手の男性の家族、それから彼の友人たちとも親交を深めていく必要があり、学ばなければならないことは多い。牧野明凛はちらりと親友を見た。そして、心のうちでとても感服していた。佐々木唯月のこのような結婚は、誰が見ても明らかなほど、決して良いものだとは言えない。子供の佐々木陽がいることで、離婚をしたいと思っても衝動に駆られてできるようなものではないのだ。離婚するに当たって、いざというときの逃げ道も確保しておかなければならない。母親である自分のさまざまな条件も整え、子供の親権を取るための資格と気力をもって男性側と争ってこそ離婚することができるのだ。内海唯花と結城理仁はスピード結婚で、結婚する前はお互いの詳細も知らなかったし、会ったことすらなかった。このような結婚にはとても勇気が必要だろう。牧野明凛は自分にはこのような勇気はないと思った。会ったこともない面識のない男性とスピード結婚するなんて。今のところ、結城理仁は佐々木俊介よりも立派な人で、内海唯花が何か困っていれば彼は全力で彼女の手助けをし、決して手を抜いたりしていない。しかし、彼は内海唯花と半年で離婚するという契約を交わしているのだから、この点だけが牧野明凛は納得いかなかった。親友の将来をとても心配しているのだ。内海唯花は何も言わなかった。言いたいことは姉と二人きりになった時に言うつもりだったのだ。「リンリンリン......」内海唯花の携帯が鳴った。彼女は携帯を取り出し画
結城理仁は、軽く返事をし、続けて言った。「今回の件で、やつらはもうしつこく付き纏ってくることはないだろう」内海家の人間は後悔するしかない。「普段昼食はどこでとってるの?」「外で食べてるよ」結城理仁は返事をして、すぐ聞き返した。「奢ってくれるつもりか?」内海唯花は笑って言った。「あなたに時間があるなら、奢ってあげてもいいわよ。いろいろ助けてもらって、すごく感謝してるもの。ご飯を奢るくらいしか他に何も恩返しできないし、でも、高級なお店はお金出せないかもしれないから、無理よ」結城理仁はそれがおかしく思えた。感謝して彼に食事をご馳走したいと思っているけど、高級なレストランは彼女には無理だと言うのだから、はたして誠意があるのかないのかわからなかった。「昼休みはそんなに長くないし、昼休憩は近くのレストランに人も多いから、もし本当に奢ってくれるなら、夜早めに帰って来て何か美味しいものを作ってくれればいいよ。でも俺たち夫婦二人なんだから、そんなにたくさん作らないでくれよ」彼は今後、絶対に結城辰巳に彼女の料理を包んで食べさせるつもりはない。どうして彼の奥さんが作った手料理をわざわざ結城辰巳の奴に持って行ってやらなきゃならないんだ?彼の従弟だからってなんだっていうのだ?家庭料理が食べたいと言うなら、辰巳自身が結婚して奥さんを作ればいいだけの話だ。そうすれば妻お手製の家庭料理を毎日毎日味わうことができるのだから。結城辰巳:兄貴、やっぱりヤキモチ焼いてんじゃん!はははは、面目丸潰れだな!ちょっと前まで絶対にヤキモチなんか焼かないって言ってなかったっけ?ヤキモチがどんなものかも分からないとかなんとか。今やっとそのヤキモチってものが何なのか兄貴は分かったのかな?内海唯花は笑って「いいよ、今日は早めに帰ってご飯用意するから帰ったら一緒に食べましょう」「ありがとう」結城理仁は妻が必ずしも夫のためにご飯を作らなければならないとは思っていない。内海唯花が自分から進んで彼に作ってくれると言うのだから、彼もそれを嬉しく思っていた。彼も唯花もどちらも同じように働いているのだから、どちらのほうが大変か、楽かなんてないのだ。家庭が円満で幸せな生活を送るためには、夫婦どちらも同じように努力し、共同で歩んでいかなければならない。夫婦二人は5分も話さ
内海唯花は携帯をポケットに突っ込み、店に戻ろうとしたところに姉が出てくるのが見えた。「お姉ちゃん、どこ行くの?」「ちょっと買い物してくるわ、あなたたちにご飯作ってあげる。昼はデリバリー頼まなくていいわ、やっぱり自分で作ったほうが健康的だし」「唯花、陽のことちょっと見ててね」唯花は姉の言うことを聞き、ただ電動バイクで行くのに気をつけてとだけ伝えた。彼女は新車で出勤しておらず、いつもの電動バイクで来ていた。なんといってもそのほうが便利で早いからだ。通勤ラッシュで道が混むのが本当に困る。「お姉ちゃん、送金するね」姉が夫からもらっている生活費を使わせたくなかったので、唯花は姉に送金した。佐々木唯月は電動バイクに乗って遠くまで行った。妹のために食材を買うお金くらいなら彼女にはあるのだ。遠ざかっていく姉を見送り、内海唯花は店に戻った。佐々木陽がここに来たのは初めてのことではないので、牧野明凛のこともよく知っていて、母親が彼を置いていっても泣き喚くことはない。それとは逆に店の中をあちこち歩き回り、本を手に取ったり、ペンを触ったりしていた。とても好奇心旺盛な様子だった。「あんたんとこの旦那さん、何か用事だったの?」牧野明凛は探りを入れているのだ。「仕事中にあなたに電話かけてくるなんて、会いたくなったんじゃないの?」「私のクズ親戚がなにか言ってきてないか聞いてきただけよ」牧野明凛は「あら」と一言漏らし「ってことは自分のことのようにあなたを心配してるってことでしょ。唯花、あなたと結城さん、本当の夫婦になれるように頑張ってみてもいいんじゃないの」結城理仁は依然として彼女に警戒心を持っていて、彼女が近づくのを拒んでいる。だから彼女も急速に彼に近づきたいとは思っていない。自然に任せるのが一番だろう。今朝のあのキスを思い出した。あれは実際、ただお互いの唇と唇が触れた程度で、どちらもそれ以上の関係になろうとしているわけではなかったが、十分に彼女をびっくりさせた。結城理仁が男女関係において純粋であるのを思うと、内海唯花は自分が宝物を手に入れたような気分だった。このご時世、あの年齢の男性でこんなに純粋な人なんて、もはや絶滅危惧種でしょ!また別の角度から見てみれば、結城理仁という人間は、感情というものに対して本当に冷めた人であ
結城おばあさんは内海唯花が孫の好みを聞いてきたので、すぐに夫婦二人に進展があったのだと思った。嬉しそうに孫の数少ない好みを唯花に教えた。孫が普段何色のトランクスを着るのが好きなのかという秘密まで全て彼女に教えてくれた。結城理仁が着ているものはすべてオーダーメイドで、出来上がると家まで届けてくれるのだ。おばあさんはその時に、孫がどんな色のトランクスを着るのが好きなのか観察していたのだ。「唯花ちゃん、理仁が特に好きなものってそんなに多くないの。あなたもそんなに悩まないでいいわ。適当に服を選べばいいのよ。服のサイズはあなたに教えてあげるから」「もし私が買った服を彼が気に入らなかったら?」おばあさんは笑って「あなたの贈り物をしたいというその気持ちが大切でしょ。彼がそれを受け取って着るか着ないかは彼が決めることよ。でも、私は理仁はもらったものを絶対に着ると思うわ」と言った。あの子は思うことを絶対口に出さないところがあるんだよ。おばあさんが彼に買った服を、彼は嫌いな素振りを見せるが、実際はその服を着て会社に行き見せびらかしているのだ。おばあさんは彼の会社のことには一切関わらないが、孫が会社で何をしているのか知りたいと思えばいつでも知ることができるのだ。結城理仁はいつも九条悟の前で、自分に奥さんがいることを自慢している。おばあさんの話を聞いて、内海唯花は新しい服を二着と、ネクタイを二本買うことに決めた。結城理仁の数少ない好みの物は彼女のお財布の状況を見ると、到底プレゼントできるようなものではないからだ。彼女は昔から現実を見て何事も決める性質の人間なのだ。自分にいくら使えるかを先に考えてから、それに見合うものを買う。その実力がないのに見栄を張るようなことは絶対にしない。そう決めてから、昼の忙しい時間帯が過ぎた後、昼食を食べて電動バイクに乗ってショッピングへと出かけて行った。そのついでに姉と甥っ子を家まで送り届けた。「お姉ちゃん、帰った後、たぶん義兄さんがまた喧嘩し始めると思う」彼女たちが忙しくしていた時、姉に夫から電話がかかってきて、どうしてご飯を作っていないのかと詰問していた。彼女は姉が答えるのを聞いて、考えるまでもなく義兄は姉からご主人様のような待遇を受けていることが分かり、腹が立っていた。佐々木唯月は少し黙った後
「義兄さんは、お姉ちゃんと割り勘にするつもりですよね。お姉ちゃんは今仕事をしていないし、家で義兄さんとの子供を世話してます。義兄さんがこんなふうにするなら、じゃあ私の姉は夫がいるのといないのと、何が違うんですか?義兄さんは姉が家で何もしていないっていつも言いますけど、今日確かに姉は何もしてないですかね。あれ、でも姉は半分はしてるはずですよ。少なくとも食材を買ってきて、お米もあらって炊飯器に水も入れて、義兄さんはボタンを押すだけだし、残りの半分をするだけでいいじゃないですか」佐々木俊介は何か言おうと口を開いたが、内海唯花は彼が話す機会を与えず、続けた。「義兄さんは家の中が毎日きれいなのは、箒に足が生えて勝手に床掃除してるとでも思ってるんですか?陽ちゃんはまだ小さいし、おもちゃで遊んだ後は部屋中散らかってるんですよ。陽ちゃんだって自分で片付けはまだできないし。義兄さんはまさか、あのおもちゃたちにも足が生えて、自分で元の場所に戻ってるとでも思ってるんですか?それから、義兄さんが食べたり、飲んだり、使ったりしてるもの、他はさておき、あなたが毎日着替えている汚れた服も、お姉ちゃんが洗ってないっていうんですか?あなたが毎日食べてる三食のご飯も姉が作ったものじゃないって?いっつも姉が今、お金を稼いでなくて収入がないのを煙たがってるけど、もし姉が家でこの家のことを何もしてなかったら、安心して会社で真面目に働くことなんてできませんよね?この家庭はあなたと姉が共同で築き上げていくものでしょう。あなたは外で働いて、姉は家庭を守る。あなたたち二人は、どっちもこの家庭のために努力してるじゃないですか。姉は今働いてお金を稼いでいないからって、この家庭のために何も努力していないとでも思ってるんですか。実際問題、姉はあなたが会社で働くよりも疲れる仕事をしているんですよ。だったら、あなたと姉と立場を入れ替えてみたらどうです?あなたが家で洗濯、食事の準備、子供の世話、部屋の片付けをして、姉に仕事に行ってもらったら?」姉の結婚前の収入も義兄とそこまで変わらないのだ。佐々木俊介は内海唯花に何度も反論しようと試みたが、何も言い返せなかった。しばらくして、彼はばつが悪そうにこう言った。「唯花ちゃん、俺は一言しか言ってないのに、君はこんなにまくし立ててきて、まるで俺が君のお姉さん
クソ不味い!しかも甘いぞ!なんで甘い?まさか彼は塩と砂糖を入れ間違えたのか?佐々木俊介はキッチンに戻り、調味料入れを持ち上げて見てみると、砂糖と塩、そして味の素が同じケースに入っていた。さっき彼が作っている時、絶対に砂糖と塩を入れ間違えたのだ。結婚する前、佐々木俊介は家にいて母親が食事を作ってくれていて、結婚した後は唯月姉妹が作っていたのだ。だから彼は全くと言っていいほど料理を作ることができない。砂糖と塩を間違える人が作り出した料理を食べられるほうがおかしいだろう。そして炊飯器のご飯を見てみると、それは佐々木唯月が水を入れて用意していたものだから、食べることができる。でも、おかずがないのでは、美味しい物を食べ甘やかされてきた佐々木俊介には白米だけを食べることはできないのだ。自分が会社で半日働き、家に帰って熱々の料理を食べることができないことを思い、佐々木俊介は怒りがどっとこみ上げてきた。頭に血が上ったまま部屋まで行き、唯月がベッドの上で携帯をいじっているのを見て、怒りが更に燃え上がった。急ぎ足で彼女のもとへ向かって行き、片手で唯月の携帯を叩き落とすと、髪を引っ張り、そのまま床に引きずり下ろした。そして、彼女に殴る蹴るの暴行を加えた。その時、彼は子供が目を覚まさないように、怒鳴ったりしなかった。佐々木唯月は油断していて、彼に髪を掴まれて床に倒されてしまったのだ。彼女はハッと我に返ると、すぐに彼に抵抗した。佐々木俊介は男でもあるし、先手を取った側だから、唯月がいくら抵抗しても不利な状況だった。佐々木俊介に殴られて顔に青あざができ、鼻が腫れても、唯月は負けを認めようとはしなかった。彼女は以前、同僚から夫婦が殴り合いの喧嘩になった時に、何があっても勝て、負けてはいけないと言っていたのを覚えていた。男に自分は簡単にはいじめられない女なのだと分からせるためなのだと。そうすれば、男を抑え込むことができる。もし負けてしまえば、男のほうは暴力に覚えて癖になってしまうのだ。家庭内暴力は、一度許してしまえば、それは永遠に繰り返されることになる。佐々木俊介がまた拳を振り下ろして、彼女が激痛を感じている時でも必死に彼のその手を掴み、腕を思い切り噛み付いた。力いっぱいに噛み付かれて俊介は叫び声を上げ、もう片方の手で彼女の髪の毛を引っ張った
佐々木唯月は包丁を握りしめ彼を追いかけた。佐々木俊介は唯月が、まさかここまでやるとは思っていなかった。結婚してから、彼女はいつも優しく思いやりがあった。ここしばらくの間、彼がいつも彼女を怒鳴っても、あまりにひどい場合を除いて、彼女が怒って彼と喧嘩をすることなどなかった。今回彼が手を出すと、彼女は狂人のようになってしまった。彼に殴り返してきただけでなく、包丁まで持ち出してきた。佐々木俊介は家を出て、外に逃げていった。佐々木唯月も引き続き、包丁を握り彼を追いかけて行った。夫婦二人は追いつ追われつで、下の階まで走っていった。この騒ぎが同じコミュニティに暮らす人たちをとても驚かせた。唯月が包丁を持って佐々木俊介を五つの通りを過ぎるまで追いかけ、疲れて動けなくやってようやく息を切らせて道端に座り込んだ。佐々木俊介も疲れていた。彼女とかなり距離を取って座った。彼の両親と姉が急いで駆けつけ、彼らを見た時、佐々木俊介はどれほど辛い思いをしたことか。佐々木家の父親と母親は自分の可愛い息子が狼狽しきった様子で、両頬が大きく腫れ上がっているのを見て、死ぬほど怒り狂った。姉のほうは服のそでをまくり上げて、怒鳴った。「このクソ女、うちの弟に手を出しやがって、殴り殺してやろうか!」母親は息子の様子に心を痛めて涙を流し、佐々木唯月を怒鳴りつけた。「息子に何か恨みでもあるのか?うちの息子をこんなひどい有様にして、前言ったでしょ、彼女の両親が死んでから誰もちゃんと教育する人がいなかったのよ。彼女はがさつで嫁には相応しくないって。それでも結婚するって言うんだもの。あなたは一人の立派な大人の男性よ。たった一人の女にすら勝てないなんて。いつも私たちの前では彼女に教育してやるんだなんて大きな態度を取っておいて、今の自分の状況を見てごらんなさいな」佐々木家の母親は当時、家族全員が唯月に早く嫁いで来いと願っていたことなど忘れてしまっていた。その時、唯月の収入がとても高かったからだ。それが今は彼女を嫌って相手にしていない。佐々木家の父親は「うちの息子をここまで育て上げた俺ですら殴ろうとはしないのに、唯月の奴、酷すぎるぞ。彼女は今どこにいるんだ、父さんが行ってお前の敵をとってやろう。あいつが降参するまで、こてんぱんに叩きのめしてやるから。お前の
佐々木唯月は冷ややかに笑った。「彼がどうしても割り勘にするって言うから、彼が言った通りにやっただけよ。彼が怒ったからって私に手を出してもいいわけなの。あなたたち彼のあんな姿を見て心を痛めてるけど、私が彼にボコボコにされたのが見えないわけ?あなたたちの息子は両親がいて、産んで育ててくれたのよね。まさか私には私を産んで育ててくれた親がいないとでも?そうよ、私の両親は亡くなったわ。でも、親がいない孤児だからって、あなたたちにいじめられて殴られる筋合いなんかないわよ。あなたたち一人ずつ?それともまとめて?どうでもいいからかかってきなさいよ。今まで言えなかった事を今日全部吐き出すわ。私と一緒にいたくないなら、直接言いなさいよ。家庭内暴力をするつもり?私はそう簡単にやられたりしないわ!あんたたちまだ私をいじめて殴ろうって言うなら、死んでもおまえらを地獄に引きずり下ろしてやる!佐々木俊介、前に言ったわよね。私を殴ろうっていうなら、その場で私を殴り殺さないかぎり、寝ない方が身の為だってね。寝ている隙に私があんたをズタズタに切り刻んでやるんだから!」唯月は凶悪な目つきで佐々木一家を睨みつけた。彼らが彼女に手を出そうものなら、彼女は共に滅びる覚悟なのだ!佐々木家の面々「......」「こんの気性の荒いクソ女が、理屈が通じなくて手の付けようがないよ!」佐々木家の父親は唯月を罵ると、息子に向かって言った。「俊介、行こう。私たちと一緒に家に帰ろう」佐々木俊介も今日の唯月にとても驚いていた。知り合ってから今まで、12年は経っているが、彼は彼女がこんなに反骨精神を持っているとは知らなかった。唯月の凶悪な様子を思い出して、俊介は両足をガタガタと震わせていた。そして両親と姉と一緒に帰って行った。同時に会社に連絡し、数日間休みを取った。彼は家でゆっくりと傷を癒さないといけないからだ。佐々木家の姉は車で来ていた。一家四人は車に乗ると、姉は「俊介、彼女と離婚しちゃいなさいよ。陽くんの親権を取って、あんな女は捨ててしまいましょう。そうなればあの女はまだ偉そうにしていられるかしらね」と言った。佐々木俊介は口元の血を拭うと、両親に向かって言った。「あの女と離婚することになったら、父さんと母さんは陽の面倒を見てくれる?」「父さんと母さんは私の子の世話
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら