佐々木唯月は冷ややかに笑った。「彼がどうしても割り勘にするって言うから、彼が言った通りにやっただけよ。彼が怒ったからって私に手を出してもいいわけなの。あなたたち彼のあんな姿を見て心を痛めてるけど、私が彼にボコボコにされたのが見えないわけ?あなたたちの息子は両親がいて、産んで育ててくれたのよね。まさか私には私を産んで育ててくれた親がいないとでも?そうよ、私の両親は亡くなったわ。でも、親がいない孤児だからって、あなたたちにいじめられて殴られる筋合いなんかないわよ。あなたたち一人ずつ?それともまとめて?どうでもいいからかかってきなさいよ。今まで言えなかった事を今日全部吐き出すわ。私と一緒にいたくないなら、直接言いなさいよ。家庭内暴力をするつもり?私はそう簡単にやられたりしないわ!あんたたちまだ私をいじめて殴ろうって言うなら、死んでもおまえらを地獄に引きずり下ろしてやる!佐々木俊介、前に言ったわよね。私を殴ろうっていうなら、その場で私を殴り殺さないかぎり、寝ない方が身の為だってね。寝ている隙に私があんたをズタズタに切り刻んでやるんだから!」唯月は凶悪な目つきで佐々木一家を睨みつけた。彼らが彼女に手を出そうものなら、彼女は共に滅びる覚悟なのだ!佐々木家の面々「......」「こんの気性の荒いクソ女が、理屈が通じなくて手の付けようがないよ!」佐々木家の父親は唯月を罵ると、息子に向かって言った。「俊介、行こう。私たちと一緒に家に帰ろう」佐々木俊介も今日の唯月にとても驚いていた。知り合ってから今まで、12年は経っているが、彼は彼女がこんなに反骨精神を持っているとは知らなかった。唯月の凶悪な様子を思い出して、俊介は両足をガタガタと震わせていた。そして両親と姉と一緒に帰って行った。同時に会社に連絡し、数日間休みを取った。彼は家でゆっくりと傷を癒さないといけないからだ。佐々木家の姉は車で来ていた。一家四人は車に乗ると、姉は「俊介、彼女と離婚しちゃいなさいよ。陽くんの親権を取って、あんな女は捨ててしまいましょう。そうなればあの女はまだ偉そうにしていられるかしらね」と言った。佐々木俊介は口元の血を拭うと、両親に向かって言った。「あの女と離婚することになったら、父さんと母さんは陽の面倒を見てくれる?」「父さんと母さんは私の子の世話
佐々木俊介は家族が知っていても、彼を責めないのを見て言った。「唯月は子供の出産の後、だんだん太っていったもんだから嫌いになったんだ。莉奈は人の気持ちが分かる子だし、若くてきれいだ。彼女に対する愛こそ本物の愛だと感じるんだよ」佐々木家の母親は「相手はあなたの身分や地位、収入に惹きつけられたのよ。以前のように普通のサラリーマンだったら、誰があなたを好きになるの?」と急所をずばりと言い当てた。「唯月は確かにちょっと凶暴であなたをこんな有様にしちゃったけど、まじめな話、彼女は結婚して長年、あなたのお世話をしっかりしていたわ。あの家もきれいに片付けてるしね。苦労を耐え忍んで暮らして、家事をこなせる人だわ。あの女性は唯月には及ばないわ」佐々木母は確かに息子を贔屓しているが、唯月への評価は的を射ている。「良い妻と結婚しなくちゃ。俊介、あなたが外でどう遊ぼうが、母さんは何も言わないわ。でもね、あのお嬢さんと結婚したいと思うなら、絶対に慎重になりなさいよ。将来後悔したくなかったらね」多くの男が離婚して浮気相手を妻として迎えた後、こんなはずじゃなかったと後悔するのだ。母親は実際は息子の現状に非常に満足していた。だから、息子が愛人を娶って幸せになれず報いを受けるのは望んでいなかった。しかし姉はこう言った。「唯月のどこが良いって言うの?俊介がこんな目に遭ったんだから、私たち家族はこんな嫁を許しちゃダメよ。俊介、お姉ちゃんはあなたと莉奈ちゃんのことを応援してるからね。うまく暮らしていけるかなんて、一緒に生活し始めてからようやく分かるものよ。誰にも分からないでしょ?結婚する当初だって唯月は教養もあるし、礼儀正しかったでしょう。その時、誰も彼女がまさか包丁を持って、街中を俊介を追い回すなんて思ってもみなかったじゃない。あの子が俊介をどんな姿にした?」佐々木家の親二人は何も言わなかった。「俊介、数日は家に戻らないで。お金もあの子にあげちゃダメよ。彼女に謝ったりしないで、彼女から先に過ちを認めて謝罪されるのよ。今度こんなことは絶対しないと約束させてから戻りなさい」姉は「今離婚しないとしても、彼女を調子に乗らせてはいけないわ。さもないと、あなたは家庭内での立場が落ちちゃうわ。大の男は家庭内でも外でも上に立たなくちゃ。女になめられちゃダメなんだって」とアドバイ
「じゃあ、お願いするわね」牧野明凛は笑った。「私たちの仲でしょ、ずっとあなたが店を閉めてくれてたんだから、あなたに損させちゃってたじゃん。今日は私の番、そうすれば私もスッキリだしね」内海唯花も親友に遠慮せず、買った服を持って親友に挨拶し、店を後にした。彼女は車のドアを開け、服を助手席に置くと、結城理仁にこう言った。「先に帰ってて、電動バイクで食材買いに行ってくるから。お米を炊く準備ができるなら、先にお米を洗って炊いといてね。できないなら、私が帰ってからやるわ」結城理仁は彼女の電動バイクを見て言った。「君の新車は?」「今日家を出るのが遅くなったから、渋滞に巻き込まれるのが嫌で電動バイクで来たの」内海唯花はヘルメットを被ると「じゃ、行くわね」と言った。結城理仁が何か言うのを待たず、彼女は電動バイクに跨り走り去ってしまった。結城理仁「......」彼女はたまにそそっかしくて、彼の落ち着いた性格とは正反対だった。そして助手席に置いてある袋を見て、それを手に取り中身を出して見てみた。すると、中には紳士服が入っていたので、彼は眉間にしわを寄せた。彼女は一体どこのオス馬の骨に服を買ってやったのだ?服のサイズを確認し、自分のサイズと同じだと気づいた。しかも全部黒で、まさか彼に買ったのではないだろうな?そう思い、結城理仁はさっきの不愉快さが跡形もなく消え去った。牧野明凛が店から出て来て、彼は彼女に会釈した。それを挨拶代わりにして車を走らせて行った。彼が去った後、金城琉生がちょうどやって来た。牧野明凛は自分の従弟を見て驚き、手を伸ばして従弟の顎に生えた髭を引っ張って言った。「琉生、しばらく見ないうちに、なんでこんな髭伸ばしてるのよ?これ、もう剃ったほうがいいんじゃない。まだ若いんだから、髭なんて生やさないでよ、年取って見えるわよ。あなたもしかして最近めっちゃ忙しくて疲れてるんじゃない?なんか全体的に憔悴しきって元気がないわよ。若者だから張り切って頑張るのはいいけど、限度ってものがあるんだからね。健康じゃないと何もできないでしょ、体を大切にしなきゃ」「大丈夫だよ。ただ仕事がちょっと忙しだけだから」金城琉生は実際は内海唯花のために髭を伸ばしているのだ。その髭もそんなに長く伸びているわけではないが、普段彼の顔はスッキリときれ
牧野明凛はそう言った後、従弟をいぶかしそうに見つめ尋ねた。「琉生、なんでこんなこと聞くのよ?金城琉生はもちろん自分が内海唯花に密かな恋心を抱いていて、彼女が離婚するのを期待しているとは言えず、でたらめを言った。「ただ唯花姉さんの心配してるだけだよ。それ以外の何でもないってば。唯花さんはあんなに優秀な女性なんだ、もし旦那さんが彼女を好きにならないなら、早めに離婚するのも良いと思ってさ。彼女のよさを良く理解してる男性を見つければ幸せになれるに決まってるよ。「それはそうよ。唯花はとっても良い子なんだから、私は結城さんが唯花のことを愛するようになるって思うわ。もしかしたら唯花が彼を好きになるより、彼のほうが先に唯花のことを好きになっちゃうかもよ」牧野明凛は親友が幸せな日々を過ごしていくことを望んでいるのだ。金城琉生はそれを聞いて気が塞いだ。従姉にも彼が内海唯花に片思いしているなんて告白できないし。従姉がそれを母親に言うのが怖いのだ。彼が内海唯花より年下なのは言うまでもなく、内海唯花が既婚者だからだ。もし彼女が離婚したとしても、彼の母親はすぐには彼女を受け入れてはくれないだろう。十分に状況把握ができるまでは、金城琉生は自分の気持ちをしっかりと隠しておいて、誰かに知られないようにしているのだ。夕日が西の空に沈み、黒の帳が人々が暮らす大地に降りる。夜がこうして静かに訪れた。トキワ・フラワーガーデンにて。内海唯花はキッチンで忙しくしていた。キッチンから時折香る美味しそうな匂いにつられて、結城理仁がキッチンの入口までやってきた。彼は手伝いをしようと思っていたが、内海唯花がご馳走する側なんだから自分一人でやると言って、彼には休んでてもらったのだ。それで彼はやることがなく、リビングでテレビを見ていたが、特に面白くないと思い、妻が料理を作る様子を見ているほうが面白いと思って来たのだった。内海唯花の賢く優しい様子に、結城理仁は彼女から目を離さずじっと見つめて、ますます柔らかい目つきになった。彼自身がそれに気づいていないだけで、ただ内海唯花の良いところはたくさんあると思っていた。「内海さん」結城理仁はあることを思い出し、突然彼女を呼んだ。唯花は頭を彼のほうへ向けて目線を送り、引き続き料理に取り掛かって尋ねた。「結城さん、なにかある
結城理仁は少し悶々としていた。しかし、考えを変えれば弟が内海唯花のハンドメイドの販路拡大をしたことで唯花が儲かったわけで、彼女は今、彼の妻でもあるのだから、利益が他人に流れていったわけではないから、そう思うと、もやもやしていた気持ちは良くなってきた。内海唯花は出来上がった料理を持ってキッチンから出て来ると、食卓の上に並べた。夫婦二人は席につくと、一緒に夜ご飯を食べ始めた。彼は機嫌も良く、美味しそうに食べていた。唯花の料理の腕はとても高く、褒める言葉しか出てこなかった。彼は本当にご馳走に恵まれている。食事の後、皿洗いを済ませると、唯花はソファに置いていた彼に買ったプレゼントの袋を持ち上げ、中から服を取り出して理仁に手渡して言った。「結城さん、これサイズが合うか試してみてもらえない?あなたはあんなに私を助けてくれたのに、ただ料理をご馳走するだけじゃ私が納得できないくて、新しい服を二セット買ったの。それから、ネクタイも二本。服は全部あなたが好きな黒よ」結城理仁はそれが彼に買った服だと気づいていたが、それを表情には出さず、服を受け取ってめくって見てから彼女に尋ねた。「君はどうして俺の服のサイズを知ってるんだ?」「おばあさんに聞いたのよ」理仁は何も言わなかった。「試してみる?」「いいよ、ちょうど良いと思う」彼女は全部彼の好きな色を選んだ。「今度俺に買ってくれる時、何を買ったらいいか迷ったら、直接聞いてくれていいから」おばあさんには聞いてほしくなかった。おばあさんが知ったら、裏でどんな企みを抱いているか分かったもんじゃないからだ。「あなたは仕事が忙しいし、いつも邪魔するわけにはいかないよ」結城理仁は黙ってしまった。彼は確かにとても忙しい。こまごまとした煩わしい事は確かに彼女から聞かれるのはあまり好きじゃない。「結城さん、まだ時間も早いし一緒に散歩しよう。そういえば、私がここに引越してきてからしばらく経つけど、まだ近所を散策してなかったもの」結城理仁は少しためらってから、一緒に行くことにした。彼もトキワ・フラワーガーデンの周りはよく知らないのだ。当初、彼に代わってこの家を買ったのは執事だったのだ。それから、夫婦二人は初めて一緒に散歩に出かけた。結城理仁は寡黙で口数の少ない人だし、この二人は
コミュニティを散歩している人たちはたくさんいた。そのほとんどは子供連れの家族で、手を繋いで歩いている若い夫婦もいて、とても熱々な様子だった。二人は他の夫婦がとても仲むつまじいのを見ていた。それとは反対に、彼らは相変わらず肩を並べて歩いているだけで、自分から手を繋ごうとはしなかった。なのに、すれ違った人がこの夫婦を振り向く割合は非常に高かった。美男美女カップルだからだ。最後に内海唯花はコミュニティ内にある子供遊園地に来て足を止め、隣にいる男性に言った。「ここでちょっと休みましょ、子供がたくさんいるし」彼女は大の子供好きなのだ。甥っ子の佐々木陽のことも非常に可愛がっている。結城理仁は何も言わず黙ったまま彼女に付いて、石で作られたスツールに腰掛けた。「陽ちゃんがここにいたら、絶対楽しく遊んでいるでしょうね」理仁は、うんと答えた。唯花は頭を傾けて彼を見た。理仁は彼女にこのように見つめられて、なんだかそわそわした。ところが、警戒心を持って彼女に尋ねた。「そんなふうに俺を見つめて、どうしたんだ?」「カッコイイから、たくさん見つめて、目の保養してるだけ」結城理仁「......」「結城さんって、ハンサムだし、優秀だし、素晴らしい遺伝子を持っているってことよ。もし将来子供ができたら、きっと利口で賢い子が生まれるでしょうね」「俺の子供が欲しくなった?」唯花は笑って「おばあちゃんったら、いっつも私にあなたを襲えって言うのよ。女の子のひ孫が欲しいんだって」と言った。それを聞いて、理仁はこっそり彼女のほうにおしりをずらし、唯花との距離を縮めた。唯花はそれに気づいておらず、続けて言った。「結城さんが私のことをなんとも思ってないって分かってる。実際、私自身もあなたに対して愛なんて持ってないし、お互いに気持ちのない夫婦なのに、本当に私があなたを襲ったら、夫婦同士のプラトニックな心の触れ合いじゃないわ。もしお金を出したらあなたを買ったみたいになるわね」結城理仁はそれを聞いて不機嫌になった。「私たちには、子供なんてできっこないわ。おばあちゃんのために、辰巳君たちに頑張ってもらいましょ」彼らに本当に子供ができる可能性がないだろうか?結城理仁はこの言葉を聞いて、とても不機嫌になった。しかし、彼女に何か言い返すわけでもなく、依然
結城理仁「......」彼は実際、彼女と何を話せばいいのか分からないのだ。周りにいるあの若い夫婦は結婚して間もなく、はちみつのように甘くラブラブで手を絡め合わせて歩いている。子供のいる夫婦は主に子供の話題で話は途切れないだろう。彼ら二人のように、感情も子供もない者同士が何か話そうと思っても、それは難しい話だ。結城理仁の言葉に詰まった様子を見て、内海唯花は笑って立ち上がると、理仁を引っ張った。「さあ、そろそろ帰りましょう。なんだか、あなた、ぎこちない感じだし、まるで私がいつでもあなたを襲おうとしているみたいだわ」「内海さん、君は女の子だろ!」「女だからってどうしたの?言っただけで何も失うものなんかないわよ」内海唯花は彼を引っ張って行った。引っ張ると言っても、彼の服を掴んでいるだけで実際には彼の手には触れていない。もし彼に触れでもしたら、彼は帰ってから百回手を洗うかもしれない。「二日前のトレンドワードを見てないよね。結城御曹司と神崎グループのご令嬢のゴシップよ。神崎さんは結城御曹司のことが好きで、みんなの前で彼に告白して追いかけてるの。男の人が好きな子に出会ったら、もちろん追いかけるだろうし、女の人が好きな人に出会ったら、それももちろん追いかけるでしょ。どちらも本当の愛を追い求めてるんだわ。私は神崎さんのこと、とてもすごいなって思うの。彼女は間接的にだけど私を助けてくれたわ。彼女は私のことなんて知らないけど、私は裏で彼女が本当の愛を手に入れて彼と結婚できるように応援してるわ。今は彼になかなか振り向いてもらえなくて大変だと思うけど、いつか彼が彼女に振り向いて彼女を好きになったら、立場が逆転して溺愛されるはずよ」神崎姫華が間接的にだが『不孝者の孫娘』の注目検索をランキングから押し下げてくれて、内海唯花姉妹への影響が軽減されたのだ。だから、唯花は神崎姫華に対して好感を持っていた。さらに神崎姫華の自分の気持ちに正直に恐れず突き進むストレートな性格に、唯花は彼女を気に入っていた。結城理仁は自分の妻の話を聞いて、眩暈がするほど呆れてしまった。そして、心の中で否定した:もしその結城御曹司とやらが自分の夫だと知っていたら、まだそんなふざけた話ができるのか?「結城御曹司は神崎さんのことを嫌っているようだけど」結城理仁は自分に代わ
内海唯花は「......あなたは会社でもチーフでしょ?社長に会う機会もそんなに少ないなんて、あなたたちの社長って本当に……うん、お高くとまってて、謎が多いわね」ネット上にも全く結城御曹司の写真は出回っていない。結城御曹司はどこへ行くにもボディーガードがついている。以前パーティーでもボディーガードの数が多すぎるし、みんな背も高く体格が良くて彼女と親友がつま先立ちしても彼を一目見ることすらできなかった。結城理仁が結城グループで働いていて、しかもホワイトカラーであっても結城御曹司に会う機会が少ないのを思い、内海唯花の心が落ち着いた。結城理仁は彼女の話に返事をしなかった。誰かが彼をどう評価しようとも彼は全く気にしなかった。彼は何をするのも自分の意向に従って行っているからだ。結城御曹司の話題を夫婦で話しながら彼らの住むB棟に帰ってきた。結城理仁のボディーガードは付近を一緒に歩き回っていた。自分たちの主人とその奥さんにくっついて回ってはいなかったが、夫婦二人が行く場所には彼らもついて行き、ひと時も視線を彼らから離していなかった。もちろん、内海唯花は常に誰かから見張られているということは知らなかった。彼女が何気なくあたりを見回すと、そう遠くないところにいるあるボディーガードが見えた。その瞬間、その人に見覚えがある気がして立ち止まり、結城理仁に「あの男の人、なんだか見覚えがあるんだけど」と言った。結城理仁はギクリとした。そのボディーガードは、あの七瀬だ。七瀬は自分の主人と奥さんが自分を見ていることに驚き、すぐに何事もなかったかのように歩いて来た。「こんばんは。あなたはあの時の代行業者の方ですよね?」内海唯花は思い出した。この見覚えのある男性は、結城理仁が酔っ払った時、運転代行で彼を連れて帰って来た運転手だった。七瀬「はい、そうです」若奥様は視力も記憶力もピカイチだ。「あなたもここに住んでいるんですか?」「ええ、でも私はただ借りているだけです。普段は配車サービスをしていて、たまに運転代行の仕事もしているんです」内海唯花は「そうなんですね」とひとこと言った。彼女はこの代行業者の男を覚えていたが、知り合いでもないし、たまたま会っただけなので軽く挨拶しただけで、特に気にはしなかった。結城理仁は七瀬をチラ
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら