LOGIN恋人だった幼馴染と結婚し、待望の赤ちゃんを授かった。 ――それが、幸せの絶頂だった。 よそよそしくなった夫が突然こう告げる。 「愛する女性ができた」 そして、中絶と離婚を要求される。 すべてを失った私は自分の死を偽装し、海外へ渡り、一人で娘を産んだ。 五年後。 娘の命を救うため、日本へ戻ってきた私は決めた。 元夫から、すべてを奪う。 正体を隠し、元夫の愛人となった私の復讐が始まる。
View More「おめでとうございます。妊娠されていますよ」
産婦人科の診察室でそう告げられた瞬間、実里は言葉を失った。
「……本当に?」
笑顔の産婦人科医から、隣に視線を移す。
思わず笑いたくなった。
「絶対に妊娠してる」と病院へ連れてきた本人のくせに、広海は信じられないというように目を見開いていた。
それからゆっくりと広海は笑みを浮かべた。
「本当だって……」
広海の声は震えていた。
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診察室を出ると、二人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑い出した。
「私、お母さんになるんだね」
「俺は父親か」
何気ない言葉。
それなのに、声にしただけで喜びや気恥ずかしさ、少し擽ったい何かで胸がいっぱいになる。
病院を出ると、二人の手が自然に繋がった。
そのまま役所にいく。
母子手帳を渡されるのを待つ間も、二人の指は絡んだままだった。
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結婚して三年。
東條広海と東條実里は、周囲が羨むほど仲のいい夫婦だった。
広海は二歳年上の幼なじみだった。
勉強も運動もできる、実里にとっては兄のような存在。
そんな広海が自身の父親の死に涙した姿を見たとき、実里は初めて彼の弱さを知った。
この人を支えたい。そう強く思った。
——やっとか。
広海の妹で実里の親友である東條美渚にからかい混じりの祝福をされて二人は付き合い始めた。
実里には母がおらず、父と二人で暮らしていた。
その父が病で急逝したとき、世界は真っ暗になった。
一人になってしまった実里へ、広海は迷うことなく言った。
——結婚しよう。
——実里を一人にはしない。
まだ大学生の実里と、社会に出たばかりの広海。
だが、周りは誰も驚かなかった。
二人は常に互いが唯一無二で、「遅かれ早かれだよ」という美渚の感想は的を射ていた。
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結婚しても何も変わらなかった。
広海はこれまでと変わらず、どんなときも実里を守ってくれた。
最愛の父を亡くした苦しみも広海がいてくれたから乗り越えられたと実里は思っていた。
(子どもが生まれても同じ……ううん。もっと幸せになるだけ)
この人となら、どんな未来だって幸せだと実里は思った。
家へ帰ると、広海は真っ先に実里をソファへ座らせた。「今日は何もするな」
「そんなわけにはいかないよ」
「駄目だ」
真剣な顔で言われ、実里は思わず笑ってしまう。
「まだ数ミリくらいしかないんだよ」
「それでも俺たちの子どもだ」
広海はそう言うと、実里のお腹に触れた。
まだ平らなのに、その手はまるで壊れ物を扱うように優しかった。
「俺たちのところに来てくれてありがとう」
静かな声。
それから広海は実里を見つめる。
「絶対に幸せにする」
その言葉は、お腹の子に向けられただけではない。
実里にも向けられているのだと分かった。
胸が熱くなり、実里は何度も頷いた。
「うん」
涙が滲んだ。
気丈な性格が災いして、また泣くことが恥ずかしくなる。
「ホルモンバランスが乱れているんだよ」
泣いても仕方がない理由をくれた広海に感謝しながら、抱き寄せてくれた広海の腕の中で実里は泣いた。
◇◇◇
妊娠が分かってからの日々は、幸せそのものだった。
広海は社長である叔父・洋二に妊娠を報告すると、「子どもが三歳になるまでは定時で帰ります」と宣言した。
二人で赤ちゃん用品のサイトを見ながら、まだ気の早い話をするのが日課になった。
「名前、どうする?」
「まだ早いよ」
「早くない。候補を上げて絞り込むまでに半年もないんだぞ」
子どものように笑う広海に、実里もつられて笑顔になる。
「広海の名前っていいよね。雄大な感じ」
「実里の名前も可愛くて好きだ」
「それじゃあ、海とか空とか森とか、自然に関係する名前で可愛い響きの名前を探そう」
「いいな」
「男の子でも女の子でも似合う名前がいいな」
二人で候補を出し合っては笑う。
どれもまだ決め手に欠けたけれど、その時間が幸せだった。
ふと実里は窓の外に広がる夜空を見上げる。
(お父さん)
心配性だった父は天国から見てくれているだろう。
(私ね、幸せだよ)
広海と出会えて。
家族になれて。
そして新しい命まで授かった。
(この人と結婚して、本当によかった)
不思議なくらい温かい気持ちになった。
安心したせいか、急に眠気が襲ってくる。
「眠いか?」
「ちょっとだけ……」
そう答えたところまでは覚えていた。
気づけば広海の腕に抱き上げられていた。
「起きなくていい」
優しく囁かれる。
何度も抱き上げられてきた腕は、今も変わらず温かい。
広海は実里を寝室まで運ぶと、そっと布団へ寝かせた。
前髪を撫で、小さく微笑む。
「おやすみ」
その声を最後に、実里は深い眠りへ落ちていった。
◇◇◇
寝室の扉を静かに閉めた広海は、足音を忍ばせながらリビングへ戻った。
使用人には下がってもらったから、部屋は静まり返っている。
実里が残したカップに手を伸ばした——そのときだった。
テーブルの上に置いてあったスマートフォンが震えた。
午前零時を回った深夜。
画面に表示された名前を見た広海の表情が、わずかに変わる。
数秒の沈黙。
やがて彼は通話ボタンを押し、静かに耳へ当てた。
(広海との再会が衝撃的すぎたんだ)パーティーでのこと。エレベーターでのこと。どちらも、実里が想像してもいなかったこと。身構えずに受け止めた衝撃はかなり大きかった。◇◇◇広海とエレベーターで鉢合わせしたあと、実里はすぐに高橋誠へ連絡を入れた。『東條広海が、マンションに?』高橋誠はそう言って驚いたあと、しばらく黙り込んだ。『……それは、確かですか? 見間違いでは?』「見間違えるはずがありません」『何か、話をしたりは……』実里は、エレベーターの前で広海と遭遇した状況を説明した。広海は誰かと電話中だったこと。顔を合わせたのも一瞬で、すぐにその場を去ったこと。『東條広海は、美空ちゃんを……』「……分かりません」美空を隠すようにはした。でも、隠せていたかは分からない。とっさに美空を隠そうとしたあの動きが、広海の目を引いた可能性もある。裾が広がるドレスのような服を着ていたわけではない。美空を完全に隠せるわけがない。その場をすぐに去った。振り返らなかった。(だから……)もしかしたら、広海はこちらを見ていたかもしれない。そうしたら、美空が見えただろう。あのとき美空は振り返っただろうか。――すっごく、かっこいい人だったね!――背もたかーくて、お顔もかっこよかった!(……振り返ったかもしれない)自分なら?芸能人を見るような感覚なら、振り返った。美空を責める気はない。だって、美空は何も知らない。.『分かりました。確認してみましょう』「か、
美空が入院した。手術のためではなく、詳しい検査を受けるための入院だ。三日ほどかけて検査を行い、その結果を踏まえて今後の治療方針を決めるという説明を受けた。もっとも、今回の検査だけですべてが決まるとは限らない。結果によっては追加の検査が必要になるし、手術を受けることになれば、また入院することになるだろう。.「ママ、ちゃんとごはん食べてね」「……それはママの台詞じゃないかしら?」病室で美空にそう言われ、実里は思わず笑ってしまった。「だって、ママ、美空のことばっかり心配してるもん」「そうね」「だから、ママもちゃんとごはん食べて、ちゃんと寝るの」「分かりました」少しおどけた口調で実里が頷くと、美空は満足そうに笑った。ベッドの上には、台湾から連れてきたウサギのぬいぐるみ。少しくたびれたその姿が、きれいに整えられた病室の中では妙に目立っていた。「寂しくなったら、この子をぎゅってするからね」「……うん」本当は、実里のほうが寂しかった。生まれてからずっと一緒に暮らしてきた娘。離れて眠ることなど、ほとんどなかった。けれど、美空は頑張ろうとしている。だったら、母親である自分が不安そうな顔を見せるわけにはいかない。.「また明日、会いに来るからね」「うん! ママ、ばいばい!」元気に手を振る娘に笑顔を返し、実里は病室をあとにした。廊下に出て、扉が閉まった途端、胸の奥がきゅっと縮んだ。(……三日だけ)そう言い聞かせる。たった三日。しかも、面会できないわけではない。それなのに、病院を出る足取りはひどく重かった。◇◇◇マンションに戻ると、実里は玄関で立ち止まった。「……ただいま」返事はない。当たり前だ。美空は病院にいる。分かっているのに、いつもの癖で声をかけてしまった。リビングへ向かう。広い部屋。整えられた家具。大きな窓から差し込む午後の日差し。何も変わっていないはずなのに、昨日までとはまるで違う場所に感じられた。(……静か)美空がいない。美空がいれば、何かしら声が聞こえていた。「ママ、見て」「ママ、これなあに?」「ママ、だっこ」そんな声が、今はない。実里はソファに腰を下ろした。美空が今朝まで使っていたクッションが、隣に置かれている。思わず手を伸ばし、抱き寄せた。(……一人、か)台湾へ逃げ
「美空、ママに似てる?」「ええ」「ほんと?」「ええ」念を押す美空に、思わず笑みが浮かぶ。「えへへ。美空、ママに似てるの、うれしい!」そう言って笑う娘を見つめながら、実里は遠い昔のことを思い出していた。◇◇◇初めて広海を見たとき。実里はいまの美空のように、格好いい子だと思った。整った顔立ち。年齢のわりに落ち着いた雰囲気。同じくらいの年頃の男の子とは、どこか違って見えたことを、実里は今でも覚えている。けれど、一目で惚れたかといえば微妙なところだ。広海は見た目は良かったが、愛想が悪かった。話しかけても笑わない。何を考えているのか分からない。一緒に遊んでも、つまらなさそうにしている。だから実里は、自然と広海の妹である美渚とばかり遊ぶようになった。美渚はよく笑った。実里が何かを提案すると、目を輝かせて賛成してくれた。一緒に遊ぶなら、断然、美渚のほうが楽しかった。(……なのに)不思議なことに、気づけば広海を目で追っていた。美渚と遊んでいるときも。誰かと話しているときも。広海がどこにいるのか、つい探してしまった。そして、なぜか広海も近くにいた。実里たちの遊びに混ざるわけではない。何かを話しかけてくるわけでもない。ただ、少し離れたところに座っていたり、同じ部屋で本を読んでいたり。何が楽しいんだろうと、そう思ったこともある。一緒に遊びたいのなら、そう言えばいいのに、と。けれど、誘っても素っ気ない返事が返ってくる。だから、実里もそれ以上は誘わなくなった。それでも、広海の姿を探す癖だけは、なかなか消えなかった。.「昔から、実里のことが好きだった」結婚する前だっただろうか。広海がそんなことを言った。「昔って?」「初めて会ったとき」「え……嘘でしょう?」思わず笑ってしまった。だって、あの頃の広海は本当に愛想が悪かった。実里のことが好きだなんて、少しも思えなかったから。「一目惚れだったんだよ」「一目惚れした相手に、あんなに無愛想だったってこと?」そう聞くと、広海は少し困ったように笑った。「あの頃は、好きだって分かっていなかったから」「どういうこと?」「好きだって気づいたのは、あとからだったから」なぜか実里が気になった、と。気づけば目で追っていた、と。「だから、実里のそばにいたかったんだ
実里の心臓が跳ねた。(……広海!?)目の前に立っているのは、東條広海。どうして、こんなところに。そう考えた直後、実里は広海がスマートフォンを耳に当てていることに気づいた。誰かと電話をしている。(……よかった)こちらには気づいているようだが、電話中なら挨拶も必要ない。実里は咄嗟に美空の前へ体を滑り込ませた。娘の小さな姿を、自分の体で隠す。広海に美空を見られてはいけない。絶対に。「……すみません」小さく会釈をする。広海が反射的に空けた場所に滑り込む。実里は美空の手を握り、エレベーターから降りた。広海がこちらに視線を向けている気がするけれど、まっすぐ顔を前に向けて進む。「ママ?」「行きましょう」できるだけ自然に。急いでいると悟られないように。(……早く、ここから)走って逃げたい。一刻も早く広海の視界から消えたい。けれど、美空の手を引いて走るわけにはいかなかった。長時間の飛行機移動を終えたばかり。美空の心臓に、余計な負担をかけたくない。だから、ゆっくり。いつもと変わらない歩幅で。(……お願いだから)振り返らないで。声をかけないで。どうか、美空に気づかないで。自分の足がひどく遅く感じられた。一歩。また一歩。広海との距離が、少しずつ開いていく。それなのに、背中に視線が突き刺さっているような気がしてならない。「ママ、どうしたの?」「……なんでもないわ」声が震えないように気をつけた。美空は不思議そうに実里を見上げたが、それ以上は聞いてこなかった。そして、背後でエレベーターの扉が閉まる音がした。(……っ)実里は思わず息を吐いた。広海はエレベーターに乗ったのだろう。少なくとも、追いかけてくる様子はない。(……よかった)胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけ緩んだ。けれど、まだ安心はできない。ここは広海が現れた場所なのだから。どうして広海がこのマンションにいたのか。偶然なのか。それとも。(……考えるのは、あと)今は美空を連れて、ここから離れなければ。実里はエントランスの出口へ向かった。「美空、外に出るよ」「うん!」実里は足を止め、娘の前にしゃがんだ。「ちょっと待ってね。上着、ちゃんと着られているかを確認するね」そう言いながら、美空の上着の襟を整える。ファスナーを確認