LOGIN18歳の誕生日――。 神崎澪は、偽物の姉・綾音の罠にはまり、恋人にも裏切られ、雨の夜に命を奪われた。 16年前に取り違えられ、本来なら名家の令嬢として生きるはずだった澪。ようやく「本物の娘」と認められた先に待っていたのは、居場所を奪われ、すべてを失う地獄だった。 だが、目を覚ますとそこは、親子鑑定書が届いた16歳の日。 「今度は、私がすべてを取り戻す」 偽物の姉も、私を踏みにじったすべての人間も、一人残らず地獄へ堕とす。 孤高の御曹司と手を組み、本物の令嬢による人生逆転の復讐劇が幕を開ける――!
View More虹見市の夜は、神崎家のために明かりが灯されている。
パーティー会場はまばゆい光に包まれ、多くの招待客で賑わっている。
その中で、
手の中で固く握り締めたグラスへ視線を落とすと、揺れる琥珀色の酒面には、時間をかけて整えたにもかかわらず、誰一人として気づいてくれない自分の化粧が映っていた。
まるで、自分だけが場違いな存在だった。
トレイを手に忙しく行き交う使用人たちでさえ、彼女の目の前で遠慮なく声を潜めて噂話をしている。
「本物のお嬢様だなんて笑わせるわ。イブニングドレス一つ着こなせないなんて、やっぱり貧乏育ちね」
澪はドレスの裾をぎゅっと握り締めた。
指先が白くなるほど力が入る。
神崎家へ来て、もう二年。
父・
後からやって来た余所者なのだから、疎まれるのも当然なのだ。
それでも、彼女には
血のつながりはなくても、いつも優しく包み込んでくれる姉だった。
この誕生日パーティーも、綾音が自ら企画してくれたものだった。
あの日、綾音は澪の腕を優しく取り、微笑みながらこう言ってくれたのだ。
「澪、この家に来てもう二年になるのに、ちゃんとお祝いしてあげられなかったでしょう。今年は、お姉ちゃんが素敵なパーティーを開いてあげるね」
澪はその言葉を信じた。
そして、ほんの少しだけ期待してしまった。
自分がいい子でいれば、いつか両親も笑顔を向けてくれるのではないか、と。
「澪、こんなところにいたのね」
背後から、柔らかな声が響く。
振り返ると、そこには完璧なまでに美しい綾音が立っていた。
ダイヤモンドを散りばめた高級オートクチュールドレスをまとい、左腕には深雪、右には昴。
まるで、その三人こそが本当の家族であるかのようだった。
澪はそっと足元へ目を落とす。
レンタルしたドレスは身体に合わずぶかぶかで、裾からはほつれた糸が覗いていた。
「お父様、お母様……」
「なんだ、ちゃんと口は利けるんだな」
昴の視線は冷え切ったまま、澪を射抜く。
「神崎家へ来て二年にもなるのに、挨拶一つまともにできんのか」
「お父様、澪を責めないであげて」
綾音が甘く穏やかな声で間に入る。
「澪は小さい頃から田舎で育ったんですもの。マナーのレッスンについていけないのも仕方ありませんわ」
そう言うと、綾音は一歩前へ踏み出した。
次の瞬間――
澪が反応する間もなく、足元に強い衝撃が走った。
綾音のヒールが、床に引きずっていた澪のドレスの裾をしっかりと踏みつけたのだ。
勢いよく身体が前へ投げ出される。
ドン――。
膝が大理石の床へ激しく叩きつけられた。
安物のドレスは無残にも大きく裂け、片脚がそのまま会場中の招待客の前へ晒されてしまう。
辺りから息を呑む音が上がり、必死に笑いをこらえる気配があちこちで漏れた。
「澪……急に立ち上がるから、ぶつかっちゃったじゃない」
綾音の声音には、絶妙な困惑と、まるで自分が被害者であるかのような響きが滲んでいた。
「綾音、大丈夫?」
深雪は慌てて綾音の腕を支えると、一転して澪を鋭く睨みつける。
「なんてはしたないの!神崎家の人間として恥ずかしくないの!」
昴も忌々しげに手を振った。
「さっさと失せろ。これ以上ここで恥を晒すな」
「……はい」
澪は俯いたまま、這うように立ち上がる。
裂けたドレスを必死に押さえながら、ふらつく足取りでその場を後にした。
◇
控室の鏡に映る自分の姿を、澪はじっと見つめていた。
乱れた髪。
涙で滲んだアイメイク。
そして、大きく裂けたドレス。
悔しさで唇を強く噛み締めると、こらえていた涙がまた視界を滲ませた。
それでも、彼女は綾音を恨まなかった。
姉は自分を嫌っているわけではない。
ただ、自分が現れたことで両親の愛情を奪われることを恐れているだけなのだと、そう信じていた。
そもそも――
ここにいること自体が、自分の間違いだったのだ。
神崎家へ戻れば人生は変わる。
そう信じていた。
けれど、この二年間、この家が一度でも本当の意味で自分を受け入れてくれたことなど、一度もなかった。
「泣いているのか?」
冷え切った声が背後から降ってくる。
澪が勢いよく振り返ると、そこには非の打ちどころのない端正な顔立ちがあった。
「修……」
恋人の
どこか奔放さを感じさせる短髪。
百八十五センチの長身。
その圧倒的な存在感が、澪へ静かな威圧感を落としていた。
「修……いつからそこに?」
澪は慌てて手の甲で涙を拭った。
しかし、そのせいでメイクは余計に崩れてしまう。
これ以上こんな姿を見られたくなくて、彼女は慌てて俯いた。
「もう十分くらい前からだ。お前は隅に閉じこもったままで、俺のほうを一度も見ようとしなかったな」
修は眉をひそめ、いつものぶっきらぼうな口調で言うと、腕に掛けていたトレンチコートを広げ、彼女に拒む暇すら与えず肩へ掛けた。
コートの丈はちょうどよく、裂けたドレスをきれいに隠してくれる。
ふわりと漂う白檀の香りが、まるで彼自身に抱き締められているような安心感を与えた。
澪は溺れる者が流木にしがみつくように、無意識のうちに襟元をぎゅっと握り締める。
ドクン――と胸が大きく鳴った。
誰一人、自分の存在など気にも留めないこの家で。
修だけが、彼女にとって唯一息をつける場所だった。
「修……」
名前を呼びかけたものの、その先の言葉は喉の奥で消えた。
今日、彼は何か言葉をくれるのだろうか。
あるいは、誕生日プレゼントを。
……けれど、そんなことを尋ねる勇気はなかった。
こんな惨めな自分に、彼から贈り物を受け取る資格などあるはずがない。
恋人としてそばにいてくれるだけでも、自分には過ぎた奇跡なのだから。
それでも――
ほんの少しでも、何かがあれば。
どれほど救われるだろう。
言葉を飲み込む澪を見つめ、修の喉仏がわずかに動いた。
本能に突き動かされるように指先を伸ばし、彼女の涙を拭おうとする。
しかし、その瞬間。
澪は反射的に一歩後ろへ下がり、その手を避けてしまった。
修の瞳から、すっと光が消えていく。
付き合い始めて、もうすぐ二年。
それでも澪は、一度たりとも彼に身体へ触れさせようとはしなかった。
彼が手を伸ばすたび、彼女は決まって無意識に身を引いてしまう。
――やはり、綾音の言っていた通りなのだろうか……。
修は苛立ちを押し殺すように、心の中で小さく舌打ちした。
だが、今はその理由を問い詰める気にはなれない。
紳士らしい距離を保ったまま、淡々と告げる。
「用がないなら戻るぞ。この誕生祭は、主役のお前がいなければ始められないからな」
意味深な言葉だけを残し、修は最後に澪をじっと見つめると、そのまま背を向けて立ち去った。
その言葉の本当の意味を、澪はほどなくして思い知ることになる。
この時の彼女は、まだ夢にも思っていなかった。
待ち焦がれていたはずの誕生日プレゼントが、自分を標的にした最悪の――「公開処刑」になることなど。
千絵子は修の肩に手を置き、声を一段低くした。「修、私が政界でこれほど長年戦ってきたのは、すべてあなたの道を切り拓くためなの。あなたがこれから歩むべき道は、まだまだ長いのよ。権力と地位さえ手に入れれば、どんな女だろうと意のままに操れるようになるわ」今度ばかりは、修の耳にもその言葉が届いた。すべてを掌の上で転がすかのような母親の顔を見つめる。四十代も半ばだというのに、完璧に手入れされたその顔には、歳月の痕跡などほとんど見当たらなかった。ふと、彼の中に一つの確信がストンと落ちた。母の言う通りだ。権力、勢力、地位。それらこそがすべての根幹だ。自分が誰よりも高い場所へ登り詰めさえすれば、女など所詮、彼の手のひらの上で転がせる存在に過ぎなくなる。そして、自分の目の前でちょこまかと跳ね回る道化どもなど、蟻をひねり潰すように、いとも簡単に始末できるのだ。同時刻。港区に近い、全面ガラス張りの高層オフィスビル。エレベーターが二十八階で止まり、ドアが開くと、深紅の絨毯が敷き詰められた廊下が奥へと伸びていた。廊下の突き当たりにある木製の観音開きのドアは固く閉ざされており、その脇には曇り加工の施された真鍮のプレートが掛けられている。そこには上品な字体で一行、こう刻まれていた。――黒沢不動産開発株式会社。桜木早苗はエレベーターホールに立ち、自身が身にまとっているスーツへと視線を落とした。黒のタイトスカートに、白のシルクブラウス。髪は一糸乱れぬようきっちりとまとめ上げられ、足元には真新しい黒のハイヒ
「涼真は鷹斗の叔父にあたる。つまり、真島家の威光を借りているようなものよ。彼をただの警部補だと思って甘く見てはいけないわ」千絵子は言葉を継いだ。「真島家は、鷹斗という隠し子の存在を公に認めたことは一度もないけれど、裏ではずっと、あの母子を庇い、人脈や資源を注ぎ込んでいる人間がいるのよ。それらを後ろ盾にしているからこそ、涼真も佐伯警部に正面から噛みつく度胸があるというわけね」涼真という名を聞き、佐伯も忌々しそうに歯を食いしばった。「その件を抜きにしても、涼真という男は根っからの厄介者でして。私も何度か取り込もうと試みましたが、あの向こう見ずには、どんな脅しも利益もまったく通じないのだ……」聞けば聞くほど、修の顔色は険しくなっていく。くそっ! 何が一流の身辺調査チームだ。揃いも揃って飯を食らうだけの穀潰しどもめ、後で全員クビにしてやる!「そんなの関係ない」修は首を強張らせ、一語一語区切るように言い放った。「俺の目的は単純だ。望月鷹斗を潰す。背後に誰がいようと知ったことか。どんな手を使ってでも、あいつを完全に終わらせろ」オフィスが一瞬、静まり返った。佐伯は千絵子をちらりと見やり、次いで修へと視線を移した。その顔には明らかに、「この若坊ちゃんは、なんでこうも融通が利かないんだ」と書いてあったが、口に出す胆力はなかった。千絵子は佐伯に向き直り、事務的で冷静な口調に戻った。「佐伯警部、今日はここまでにしましょう。お戻りになって、私の連絡を待っていてください。警察内部のことは、私の方で手配しておきますから」佐伯は地獄に仏とばかりに慌てて立ち上
利弘の顔に貼り付いていた仮面が、とうとう耐えきれずにひび割れた。「あの日、お前が綾音のために俺へ突っかかってこなかったら、俺も本気で信じていたかもしれないな」修は冷笑する。「けど、あいつはお前が何をしてくれたのか全部知った上で、平然とお前を裏切るようなことを言ったんだよ」その笑みは、今度ばかりは自嘲にも見えた。利弘は何も言わなかった。顔は影に沈み、その表情を読み取ることはできない。長い沈黙の後、ようやく口を開く。「そんなにベラベラ喋って、結局何がしたいんだよ……澪の代わりに俺へ説教でもしに来たのか?なら、四の五の言わずにさっさとやれよ。どうせこんなザマなんだ。肋骨がもう一本折れたところで、どうってことねえよ」「自意識過剰だな。負け犬を追い打ちする趣味なんて持ち合わせちゃいない」修はコートの襟を整え、ドアの前まで歩いていく。そしてノブに手を掛けた。「忠告しに来ただけだ。澪は、お前が思っているほど甘い相手じゃない」修は振り返らずに続ける。「身の程知らずにもあいつに手を出せば、最後には自分で恥をさらすことになるだけだ。そうなれば、俺が手を下すまでもなく、お前を始末する奴が現れるさ」ドアが閉まる。病室には、再び静寂が落ちた。利弘は閉ざされたドアを見つめたまま、灰のように顔色を失っていた。修は病棟の出入口を抜けると、道端に停まっていた黒塗りの高級車へ乗り込んだ。
「何ぼんやりしてんの!あいつらを食い止めなさい!」我に返った理奈が、その場にいた剣道部の部員たちへ向かって鋭い声を張り上げた。残りの部員たちは、手にしていた防具を次々と床へ置き、一斉に取り巻きたちの前へ立ちはだかる。まるで人の壁となって、彼らの行く手を塞ぐように。床に這いつくばった利弘は、すでに腫れ上がった頬を押さえながら、痛みに顔を歪め、唸るように叫んだ。「てめえら……覚えてろよ……親父に言ってやるからな」取り巻きたちは、もはや勝ち目がないと悟ると、転がるようにして道場から逃げ出していった。それから三分後。生活指導主任が息を切らしながら部室へ駆け込んできた。後ろには二人の警備員を引き連れている。血まみれで床に倒れている利弘の姿を目にした瞬間、主任の顔から一気に血の気が引いた。「誰の仕業だ!」その声に、千尋が人だかりの中から一歩前へ出る。「僕です」主任は彼を睨みつけ、唇を震わせた。「お前……今すぐ指導室へ来い!」千尋は言い訳もしなければ、許しを請うこともしなかった。ただ一度だけ振り返り、理奈へ視線を向ける。理奈は段ボール箱の縁を掴んだまま、その場に立ち尽くしていた。ただ黙って、まっすぐ彼を見つめている。千尋はそんな彼女へ小さく頷くと、踵を返し、主任の後ろについて道場を出て行った。翌日、処分通知が掲示板