神崎姫華が結城理仁を追いかけることは家族だけが反対しているのではなく、彼女の親友でさえも彼を追いかけるのは難しいから、諦めるように諭していた。さらに言えば、お互いの会社はライバル関係にある。それに比べ内海唯花は彼女にエールを送った。それで彼女は内海唯花に頼り、唯花を気持ちを打ち明けられる親友と捉えるようになったのだ。「もし結城社長に妻子があったり、それか彼女がいるとするなら、彼がいくら優秀でも私だって追いかけるようなことはしないわ。私、神崎姫華は優れた人間なんだから、他人の男を奪うような真似なんかしない。でも、彼は独身なんだし、彼のことが好きなら行動を起こさなきゃ。努力したなら、たとえ結果がどうなっても後悔することなんてないでしょ」神崎姫華は心に溜まった本音を一気に吐き出した。内海唯花は心の内で思った。神崎姫華の性格は他の金持ち同様、傲慢だと聞いていた。彼女にはそうなるだけの条件もあるし、横柄でわがままだと。しかし、この時、彼女には姫華が恋に悩む普通の女の子にしか見えなかった。神崎姫華のこの考え方を内海唯花も理解できた。それにその考え方はとても良いとも思った。親友に付き合ってパーティに参加したあの夜、結城社長に関する噂は耳にした。彼はまだ独身で、出かける時にはボディーガードを従わせて若い女性が近づくのを許さないと。彼はどのような若い女性にもそのチャンスを与えなかった。神崎姫華だけが大胆にも公の場で彼に告白し、それでようやく結城社長と噂になったのだ。「神崎さんは間違ってないわ。誰にだって本当の愛を追い求める権利があるのよ。神崎さんがさっき言った言葉を借りれば、結城社長は未婚で、彼女もいないんでしょう。それなら、あなたが彼を追いかけたって違法じゃないんだし、倫理的な問題もないし、いたって普通のことだわ」神崎姫華はそれに激しく頷いていた。「唯花、あなたが最初に私が結城社長を追いかけるのに賛成してくれた人よ」内海唯花は笑った。これで神崎姫華がどうして彼女のところに来たのか理解できたというものだ。何かをする時に、家族や友人から支持を得られず、突然ある人が彼女の味方について支持してくれたら、当然その人のところに行って、自分の気持ちを訴えるだろう。「唯花、あなたは恋愛経験がある?」「私?大学の時に一度恋愛したことある
「男の人を追いかけるっていうなら、実際のところ男性が女性を追いかけるのとだいたい同じよ。相手に合わせて諦めないで、根気強く努力を続ければいつか必ず結果が出るわ」神崎姫華は少し考えてから言った。「根気強く続けて、諦めないってのはわかってるの。実を言うとね、私の義姉さんも当初、積極的に兄さんを追いかけていたのよ。私はそれをずっと見ていたの。あの時はね、兄さんは結城社長と同じように傲慢で冷たく、全く心を動かされなかったんだから。義姉さんは毎日毎日、兄さんに付き纏ってたけど、一生懸命真心込めてやれば結果は出るのよ。兄さんは最終的に義姉さんに心動かされたわ。ある時から義姉さんはもう諦めようと思って、兄さんの前には現れなくなったの。ところが兄さんは彼女がいることに慣れちゃって、もう姿を見せない、諦めるって気持ちを見せたとたん、今度は兄さんのほうが追いかけるようになったの。今はね、この町で私の兄が奥さんを溺愛しているって知らない人は誰もいないわ」神崎姫華が最も憧れているのは兄嫁の大恋愛結婚だった。兄嫁がはじめ兄を追いかけていた頃、今の彼女と同じように確かに苦しい時期を過ごしたが、最後はまるで甘いハチミツの中に溶け込んだかのように、兄からとても愛され甘い日々を過ごしている。結婚した後も、彼女の兄は妻を依然として溺愛していて、さらに磨きがかかっている。内海唯花は神崎グループの当主である社長が妻から追われる立場で、最終的に結婚すると決めたとは思ってもいなかった。彼女は笑って言った。「あなたのお義姉さんが実例としているんじゃないの。お義姉さんに習って、その経験を教えてもらったら」「義姉さんは今、私を応援しようとはしないの。兄さんが反対しているから。前は私側についていてくれたんだけど、家族が頑固として反対するものだから、義姉さんもそっちに流されちゃったのよ」内海唯花は同情して神崎姫華を見ていた。名家の令嬢、地位の高い女性は結婚に関して、たぶんそんなに自由ではないのだろう。名家の間では政略結婚なるものは多いらしい。「彼が好きな物を毎日贈ったら?それから、男性を捕まえるにはまずは彼の胃袋を掴まなきゃ。毎日美味しいものを届けるのよ。最初は彼が全く相手をしてくれなくて、あなたを困らせるようなことをしたとしても、粘り強く諦めなかったら、ある日あなたを受け入
神崎姫華「……」彼女は横柄でわがままか?少し考えて、神崎姫華はそれを認めるしかなかった。確かに自分は少しわがままなところがある。彼女は神崎家の皆から可愛がられてきた。そのせいで傲慢で人を見下すような人間にはなっていないが、確かに人付き合いがしやすい人間というわけではない。彼女が気に入らない人が目の前に現れたら、遠慮なしに人に指示して二度とその人間を目の前に現れないようにする。相手には少しも面子など与えてはやらない。それは神崎家と関わりのある親戚でさえも例外はない。暫くして、神崎姫華は感激して内海唯花に言った。「唯花、ありがとう。この年になってもこの私に面と向かってこんなふうに性格を直すよう注意してくれる人はいなかったの」内海唯花は心の中で、あなたの身分を考えたら、誰があなたを怒らせるようなことが言える?と思っていた。彼女と神崎姫華は同じ世界に住む人間ではなく、さらに姫華が彼女を恋のアドバイザーとして思っているから、大胆にもこのように言えたのだ。「唯花」昼休憩をしていた牧野明凛は内海唯花と誰かの話声を聞いてやって来た。神崎姫華を見た瞬間目をこすってみたが、ああ、知らない人だと思った。しかし、どうも顔に見覚えがあった。どこかで見たような気がするのだ。牧野明凛は神崎姫華本人と直接会ったことはないが、見覚えがあると思ったのはネットで彼女の写真を見たことがあるからだ。彼女が結城社長と神崎姫華のゴシップの噂をする時、親友と一緒になって、この二人は家柄が釣り合っていると話していた。「明凛、休憩は終わったの?」内海唯花は親友を呼んで神崎姫華に紹介した。「神崎さん、こちらは私の親友でこの店の共同経営者である牧野明凛よ」神崎姫華は牧野明凛に対しては、あの時感じたような親しみは持てなかったが、内海唯花からの紹介であるから、無下にはせず高貴で優雅な様子で明凛に対して会釈した。これが彼女なりの挨拶と言える。牧野明凛は目の前にいるこの女性が見たところ傲慢で美しい女の子だと思った。それが神崎グループ率いる社長兼神崎家当主の妹で、公に結城社長を追いかけている神崎姫華だと知り、あまりの驚きですぐには反応できなかった。そのぽかんとした彼女の様子に、神崎姫華は思わず笑ってしまった。神崎姫華は内海唯花に好感を持っていて、思っていることを喜
神崎姫華を見送った後、牧野明凛は興味津々で尋ねてきた。「唯花、あなたどうやって神崎さんと知り合ったの?しかも彼女からあなたに会いに来たんでしょ」内海唯花は神崎姫華にバイクを止められ、彼女を結城グループに送ってあげたことを牧野明凛に教えた。牧野明凛「……そんなことまでやっちゃうとは」神崎姫華は結城家の御曹司を追いかけるのに必死で、勇気もやる気も満々だと言わざるを得ない。「神崎さんって、噂に聞くような破天荒な性格じゃないように思うわ。彼女は確かにちょっとプライドが高いところがあるけど。彼女の家柄を考えればそうなるのは当然よ。実際は、彼女の考え方ってすごくまともよ。彼女はとても結城社長のことを好きだけど、もし彼に彼女がいるんだったら、絶対に彼を追いかけるようなことはしないって言ってたし」プライドの高い神崎姫華は他人の恋路の邪魔をするようなことは絶対にしないのだ。牧野明凛はそれに賛同して言った。「そういうことならいいじゃない。私たちと彼女は住む世界が違うから、付き合ってみないと彼女の本当の人柄は分からないし。噂話なんて完全に信じちゃダメね、自分の目で見たことですら、それがいつも真実とは限らないんだから。人から聞いたことなんてなおさらよ」神崎姫華は高貴な身分であるから、多くの人が彼女に嫉妬して、わざと彼女は横柄でわがままな理不尽な人だと噂を流した可能性だってあるのだ。神崎姫華が自分のところにやって来ても内海唯花にはなんら影響はない。唯花はいつもやっていることをいつも通りするまでだ。しかし、牧野明凛はまた内海唯花に、あるおばさんの誕生日パーティに付き合ってくれとぐずり始めた。「今度のパーティーは大塚家の別荘で行われるの。大塚さんはおばさんのお隣さんで、ビジネス上の付き合いがあるのよ。だから仲はとても良いの。そうじゃなきゃ、おばさんだって私を連れて行こうとしないわ。唯花、お願い一緒に来て。おばさんは私と大塚家のお坊ちゃんとの仲を取り持つために呼んだのよ」牧野明凛はこの大塚家の御曹司に少し覚えがあった。結局、彼女はよくおばさんの家に遊びに行っていたし、大塚家とは隣同士だから彼に会う機会はあったのだ。大塚家の坊ちゃんは背は低めでふっくらとしていて、容姿は普通だ。彼がもし名家の生まれでなかったら、街中で誰一人として彼に注目する人はいないだろう
牧野明凛は口を尖らせて言った。「ちょっとブサイクなのよね。容姿が良くない男と結婚したら、生まれる子供だってブサイクでしょ。あなた達みたいにやっぱり夫婦どちらも容姿が良いのが一番よ。そしたら、生まれてきた子供だって可愛いでしょ」彼女は親友のように向上心のあるサラリーマンと結婚するのには賛成だ。結城理仁は名家の出身でなくても、彼は自分の能力で結城グループに入りホワイトカラーになったのだから。結城グループ本社に入れる人は、どの人もエリート中のエリートなのだ。内海唯花「……あんまり小説ばっかり読まないほうがいいわよ。明凛は小説の読み過ぎで、自分もその中のヒロインみたいに若くてカッコよくて、お金持ちの社長と出会いたいって思ってるんじゃないの。若い社長がヒロインだけを愛して一途で、溺愛する系のね。明凛、あれはただの小説よ。現実世界のどこにそんなに若い社長がゴロゴロ転がってる?結城グループの社長も若いけど、あれは先代からもう大金持ちで、そんな家に生まれたんだから、比べようがないわ。あなたも聞いたことがあるはずよ。結城家の御曹司のような社長を追いかけたくても、本人に会うだけでも自分が出世するより困難だってね」牧野明凛は口を開き、そうではないと釈明しようと思ったが、何も言葉が出てこなかった。何も言えないのだ。小説に出てくる主人公に憧れを抱かない人間なんていないだろう。しかし、彼女は別に社長などと結婚したいと思っているわけではない。彼女はそのような男性には本当に興味がないのだ。「唯花、もう一回私に付き合ってよ」「行かないってば」「唯花、私たち友達でしょう?」内海唯花は顔も上げずに「友達よ」と言った。「友達が困っている時には、助けてくれるよね?」「あなたが困っている時には、もちろん助けに行くわよ。でも、今回はお見合いするのと同じでしょう。別に何も困ることなんかないじゃない。だから私の手を借りたいなんて思わないでちょうだい」牧野明凛は必死に助けを求めた。「唯花ちゃん、今回だけ、本当よ。今回で最後だから。ほら、美味しい物もたくさんあるわ、ご馳走があなたを待ってる!」「今日お昼にスカイロイヤルホテルの料理も食べたし、あれでもうご馳走を満喫したわ」親友が諦める様子がないので、内海唯花は最終兵器を出すしかなかった。「彼とデートして
内海唯花は深夜11時にようやく店を閉めて、電動バイクに乗って家に帰った。「内海さん、気をつけて帰ってね」隣の店の女店長がいつも通り親切に彼女に注意した。内海唯花は微笑んで「わかりました」と返事した。女店長は遠ざかる内海唯花を見つめながら言った。「本当に努力家でいい子なんだから。可哀そうな身の上で、貪欲なクズみたいな親戚にも付き纏われたけど、彼女はそれに負けず立ち上がることができる子だわ。あのような親戚たちに良いように利用されなくてよかったわ」「見ていよう。内海さんは幸運の持ち主だ。その運は後から開花するんだよ。彼女はやっぱり良い運気を持ってる。それに、後は富や地位も手に入れるだろう。最初は苦しいことが多いけど、それを過ぎれば幸せな人生が待っているんだ。あの彼女をいじめていた奴らは、将来彼女の運にあずかりたいと思っても一滴さえもらえないだろうねえ」女店長は夫をちらりと見て、唇を尖らせて言った。「毎日毎日口から出まかせを。人の運勢を見ることができるなら、なんで占いの店でも開いて金を稼がないんだい?妻の私の運勢を占ってちょうだいよ。私はいつになったら大金持ちになれるのかしらね?さあ、さっさと店の前を片付けて、閉めたら風呂に入って寝るわよ」女店長は夫が運勢占いの本を見ただけですぐに人の運を占えるようになるとは信じていなかった。そんなに簡単に運勢占いができるようになるなら、みんな今頃占い師になっているだろう。内海唯花が家に到着したのは深夜11時半で、家に入った時に中は真っ暗だった。結城理仁がまだ帰って来ていないのを知り、内鍵はかけなかった。こんなに大きな家に夫婦二人だけで住んでいて、普段はどちらも仕事で家にいない。部屋の中は冷たくがらんとしていた。お腹が少しすいたので、唯花はキッチンへと行き、冷蔵庫を開けて中にある食材を確認した。そして、卵とネギ、天かすを取り出してうどんを作る準備をした。外から鍵を開ける音が聞こえ、彼女がキッチンから出ると結城理仁が玄関を開けて入って来るのが見えた。「結城さん、おかえりなさい」結城理仁は彼女のほうに顔を向け、うんと一言返事し、鍵をかけると歩きながら彼女に尋ねた。「君も帰ってきたばかりなのか?」「明凛に用事があるから、今夜は私が店の戸締りをしたの。私はいつもは深夜11時半くらいに家に着
「できてたんだけど、神崎さんが突然店にやって来て、気に入ったって言うから彼女にプレゼントしたの。私たち一緒に暮らしているし、いつでもあなたに作ってあげられるから」結城理仁はそれを聞き、顔を曇らせ、真っ黒な瞳で彼女を凝視した。内海唯花「……結城さん、もしかして怒った?」結城理仁は怒った様子で声には冷たさが含まれていた。「君は俺にくれる予定だったものを、俺に聞くこともなく他の人にあげたのか。それを怒ったらだめだって?」しかも神崎姫華にやるとは!神崎姫華は彼女の夫を追いかけ回している女性だぞ、わかっているのか?彼にあげる予定だった鶴を自分の恋敵にあげるなんて。本当に全く心が広いことで!内海唯花は携帯を見るのをやめ、お椀を持って食べながら歩いて来ると、結城理仁の横に座って彼の機嫌を取るために言った。「結城さん、ごめんなさい。私が悪かったわ。明日作ってあげるから、怒らないでね」結城理仁は暗い顔のまま彼女を見つめていた。そして、薄い唇をきつく結んでいる。彼の気が晴れていないのを知り、内海唯花はあのうどんを彼のほうに差し出して言った。「じゃあ、私の夜食ちょっとおすそ分けするから」結城理仁は相変わらず暗い顔をして「君の食べかけを、俺に食べさせる気か?」と言った。彼は少し潔癖なところがある。誰かが食べたものは絶対に口にしない。「さっき数口食べただけなのに。嫌ならいいわ。私お腹すいてるし」内海唯花はそう言うとすぐに手を引っ込め、引き続きうどんを食べ始めた。「私の料理の腕は最高なのよ。普通のうどんが私の手にかかれば、すっごく美味しくなるんだから。要らないって言うなら、本当に損してるわ」「内海さん、話をそらさないでもらえないかな。俺たちはあの鶴の話をしているんだよ」「もうあげちゃったんだもの。まさか神崎さんのところに返してくれなんて言いに行けないでしょ?彼女はお母様と一緒に海にバカンスに行くって言ってたから、たぶんもうこの町にはいないと思うわ。それに、私は神崎さんがどこに住んでるかなんて知らないし」ああいう富豪たちが住んでいる屋敷はとても高級で、安全対策もバッチリだ。たとえ彼女が神崎お嬢様の住んでいるところを知っていても、彼女の家の玄関にもたどり着くことはできないだろう。「ごめんってば。あなたの同意を得ずに、あげるはず
結城理仁は内海唯花のお椀に残っているうどんを見ながら、虫の居所が悪そうにしていた。反対に、彼女は満足そうにうどんを食べていて、彼の気持ちなどちっとも気にしていないようだった。こいつ……どういう神経なのだ。結局のところ、他の夫婦と違って彼らには愛情がなく、ただ一緒に生活している関係に過ぎない。結城理仁は一旦不満を抑え、低い声で聞いた。「神崎姫華さんって神崎グループのお嬢様じゃないのか?どうして君のところへ行った?いつ知り合いになったんだ」そのわけを知っていても、彼はわざとそれを聞いた。なぜなら、彼女たちが知り合った経緯は神崎姫華から聞いていて知っているが、内海唯花の認識の中では彼はまだ何も知らないことになっているからだ。内海唯花は彼に神崎姫華と知り合った経緯を一から説明した。確かに神崎姫華の言った通りだった。「神崎さんが私を訪ねてきたのは、その結城社長への思いを吐露したかったからよ。結城社長を口説いても家族からの支持が得られないで、鬱々としていたらしいの。それに、どうやったら彼を落とせるかアドバイスしてほしいって」すると、結城理仁は少し眉をつり上げた。神崎姫華は内海唯花に自分を口説く方法を教えてもらいに来たのか。彼は顔色を変えず、また口を開けた。「方法があるのか。それとも以前にも男を口説いたことがあるのか」「あるわけないでしょ。私の初恋すらも、始まってすぐ散っていったのよ。恋愛経験なんか、白紙同然ね」内海唯花は言いながら、結城理仁へ視線を向けた。「でも、うちの結城さんよりマシかな。あなたの方こそ白紙そのものでしょ。ちょっとだけ顔を触れられても、飛び上がるほどびっくりして、痴漢を防ぐかのように私に警戒していたしね」結城理仁は暗い顔をして、彼女を睨みつけた。内海唯花はへらへら笑って、残ったうどんをスープまで全部平らげた。「さすが私、おいしかったわ」「じゃ、明日もうどんを食べよう」はい?結城理仁は思わず彼女の額を突いた。「おいしいおいしいって何回も言ったから、俺に食べさせようとしているんじゃないかと。だから明日もうどんにしよう」ぺしっとその手を叩き、内海唯花は言った。「もともと料理が上手なの。結城さんの家族も私の料理がとてもおいしいって言ったじゃない。いいよ、食べたいなら、明日また作ってあげる」「そ
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ