「できてたんだけど、神崎さんが突然店にやって来て、気に入ったって言うから彼女にプレゼントしたの。私たち一緒に暮らしているし、いつでもあなたに作ってあげられるから」結城理仁はそれを聞き、顔を曇らせ、真っ黒な瞳で彼女を凝視した。内海唯花「……結城さん、もしかして怒った?」結城理仁は怒った様子で声には冷たさが含まれていた。「君は俺にくれる予定だったものを、俺に聞くこともなく他の人にあげたのか。それを怒ったらだめだって?」しかも神崎姫華にやるとは!神崎姫華は彼女の夫を追いかけ回している女性だぞ、わかっているのか?彼にあげる予定だった鶴を自分の恋敵にあげるなんて。本当に全く心が広いことで!内海唯花は携帯を見るのをやめ、お椀を持って食べながら歩いて来ると、結城理仁の横に座って彼の機嫌を取るために言った。「結城さん、ごめんなさい。私が悪かったわ。明日作ってあげるから、怒らないでね」結城理仁は暗い顔のまま彼女を見つめていた。そして、薄い唇をきつく結んでいる。彼の気が晴れていないのを知り、内海唯花はあのうどんを彼のほうに差し出して言った。「じゃあ、私の夜食ちょっとおすそ分けするから」結城理仁は相変わらず暗い顔をして「君の食べかけを、俺に食べさせる気か?」と言った。彼は少し潔癖なところがある。誰かが食べたものは絶対に口にしない。「さっき数口食べただけなのに。嫌ならいいわ。私お腹すいてるし」内海唯花はそう言うとすぐに手を引っ込め、引き続きうどんを食べ始めた。「私の料理の腕は最高なのよ。普通のうどんが私の手にかかれば、すっごく美味しくなるんだから。要らないって言うなら、本当に損してるわ」「内海さん、話をそらさないでもらえないかな。俺たちはあの鶴の話をしているんだよ」「もうあげちゃったんだもの。まさか神崎さんのところに返してくれなんて言いに行けないでしょ?彼女はお母様と一緒に海にバカンスに行くって言ってたから、たぶんもうこの町にはいないと思うわ。それに、私は神崎さんがどこに住んでるかなんて知らないし」ああいう富豪たちが住んでいる屋敷はとても高級で、安全対策もバッチリだ。たとえ彼女が神崎お嬢様の住んでいるところを知っていても、彼女の家の玄関にもたどり着くことはできないだろう。「ごめんってば。あなたの同意を得ずに、あげるはず
結城理仁は内海唯花のお椀に残っているうどんを見ながら、虫の居所が悪そうにしていた。反対に、彼女は満足そうにうどんを食べていて、彼の気持ちなどちっとも気にしていないようだった。こいつ……どういう神経なのだ。結局のところ、他の夫婦と違って彼らには愛情がなく、ただ一緒に生活している関係に過ぎない。結城理仁は一旦不満を抑え、低い声で聞いた。「神崎姫華さんって神崎グループのお嬢様じゃないのか?どうして君のところへ行った?いつ知り合いになったんだ」そのわけを知っていても、彼はわざとそれを聞いた。なぜなら、彼女たちが知り合った経緯は神崎姫華から聞いていて知っているが、内海唯花の認識の中では彼はまだ何も知らないことになっているからだ。内海唯花は彼に神崎姫華と知り合った経緯を一から説明した。確かに神崎姫華の言った通りだった。「神崎さんが私を訪ねてきたのは、その結城社長への思いを吐露したかったからよ。結城社長を口説いても家族からの支持が得られないで、鬱々としていたらしいの。それに、どうやったら彼を落とせるかアドバイスしてほしいって」すると、結城理仁は少し眉をつり上げた。神崎姫華は内海唯花に自分を口説く方法を教えてもらいに来たのか。彼は顔色を変えず、また口を開けた。「方法があるのか。それとも以前にも男を口説いたことがあるのか」「あるわけないでしょ。私の初恋すらも、始まってすぐ散っていったのよ。恋愛経験なんか、白紙同然ね」内海唯花は言いながら、結城理仁へ視線を向けた。「でも、うちの結城さんよりマシかな。あなたの方こそ白紙そのものでしょ。ちょっとだけ顔を触れられても、飛び上がるほどびっくりして、痴漢を防ぐかのように私に警戒していたしね」結城理仁は暗い顔をして、彼女を睨みつけた。内海唯花はへらへら笑って、残ったうどんをスープまで全部平らげた。「さすが私、おいしかったわ」「じゃ、明日もうどんを食べよう」はい?結城理仁は思わず彼女の額を突いた。「おいしいおいしいって何回も言ったから、俺に食べさせようとしているんじゃないかと。だから明日もうどんにしよう」ぺしっとその手を叩き、内海唯花は言った。「もともと料理が上手なの。結城さんの家族も私の料理がとてもおいしいって言ったじゃない。いいよ、食べたいなら、明日また作ってあげる」「そ
それに、彼はまだ30歳だぞ。いい歳した男とはどういうことだ?もう何度も彼女に年を食った男だと言われたぞ!我慢強い人間じゃなければ、その言葉に刺激されて今はもうぼろが出ていたことだろう。「うちの社長はまだまだ若い、年食った男じゃないぞ!」しっかり怒りを抑え、結城理仁は自分のために一言弁解することにした。彼を見つめて、内海唯花は言った。「社長に会ったことがないって言ってたじゃない?どうして彼はそうじゃないと断言できるの?あれほど立派な結城グループを仕切る人がとても若いわけないわよ。ビジネスの世界にはあまり関心を持ったことがないけど、結城グループはどれだけすごい会社か、これぐらいは知ってるわ。ほぼA市の何とかっていう会社と同じレベルでしょ」結城理仁は「……アバンダントグループ」と相槌した。A市のアバンダントグループは結城グループと同じく、それぞれ所属する都市のマンモス企業だ。裏にいる伊集院涼という人物がまさに億万長者で、今の社長の座に君臨する桐生蒼真は結城理仁よりも一つ年下だ。アバンダントグループは理仁たちの町にも支社があるが、ビジネスは被っていないので、衝突もせず、平和に共存している。「具体的になんの会社かは知らないけど、とにかくすごい大企業でしょ。お宅の社長がもし若かったら、長年会社にいる年配の部下たちをちゃんと指導できるの?社員が彼の言うことにちゃんと従ってこそ、社長の座にしっかり座れるじゃない?」結城理仁が頷いたのを見て、彼女は結論を出した。「だから、彼は絶対結構年を取った人なのよ。経験も浅く、能力もない人には誰もついて行かないもん」結城理仁「……」その解釈はもっともだったが、彼がそんなに年を取ってないのも事実だ。もちろん、もし30歳という若さで、年を取った男だと言われるなら、もう認めるしかない。「私は神崎さんと本当に気が合うはずよ。彼女には自分の愛する人を大胆に追いかける勇敢さがあって、結城社長も独身でしょう。結城社長が突然結婚したり正式に彼女がいると明言したりしない限り、私は彼女を応援したいの。もし結城社長が結婚したり彼女がいたりするなら、神崎さんも自分の矜持があって、他人の恋路を邪魔するような真似は絶対しないから、その時はちゃんと諦めるって言ってたよ。私も神崎さんは倫理観がしっかりしてる人だから、ただ自
「アドバイスならあるけど、私は神崎さん側につくと決めたから、教えられないよ」言い終わって、内海唯花は食器を片付け、キッチンへ行った。結城理仁は黙って、その姿がキッチンへ消えるのを見ていた。やがて、彼は椅子から立ち上がり彼女について行った。キッチンの入り口にもたれかかり、低い声で聞いた。「神崎さんと知り合ったばかりだろう、どうしてあっち側についたんだ」「神崎さんとは確かに知り合って間もないけど、社長さんとは知り合いですらないもの。どっちの味方になるなんて、もうわかりきったことでしょ。それに神崎さんの性格が好きだから、彼女が結城社長を口説くのを応援してるわ。当たり前のことじゃない?あなたのとこの社長は絶対プライドが高い人間なのよ。神崎さんに落とされたら、とんでもない愛妻家になるかもしれないよ。プライドの高い人がそうなったら絶対面白いと思わない?まあ、小説によくある話みたいね。店にいる時大体暇だし、もしネット通販がうまくいかなかったら、時間を作って小説を書いてみるのも一つの道かもだね。神崎さんが結城社長を口説くことを小説にしたら、バカ売れかもよ!」結城理仁:……どんだけ稼ぎたいのだ!彼女へ渡している生活費はまだ足りないのか。本当に毎日お金のことばかり考えやがって。「うちの社長は絶対神崎さんに落とされないと思うから、俺は社長の側につくよ」結城理仁は最近自分がますます嘘も上手になった自覚があった。こういう事を言っても顔色一つ変えず、息づかいも穏やかだ。「じゃ、神崎さんが社長さんをゲットできるかどうか、賭けをしようよ。結城さんが勝ったら、何でもいい、私に三つお願い事をしてよ。もちろん、私ができる範囲でよ。逆に私が勝ったら、洗濯や料理、それと掃除、とにかく家事を全般的にお願いするわ。少なくとも二か月以上してもらわないと」結城理仁はあっさりと頷いた。「じゃ、後でしらばっくれないように、その賭けを書面にしようか、それにサインするんだ。」すると、彼はその契約書を書いていった。彼がこれほど自信があって、契約書まで用意しようとすると、内海唯花は少し自信が持てなくなった。結城理仁は結城グループに勤めていて、社長と間近に接したことがなくても、性格について彼女よりよく知っているのは当たり前なのだ。神崎さんのような女性に口説かれた
彼がもし男が好きだったら、九条悟は絶対真っ先に辞職し、彼から遠く離れるだろう。彼のアソコに障害がある?今のところはそのことにあまり興味がないから、彼女をそういう目で見ていないだけだ。もし本当に興味を持って本当の夫婦になった時、覚えていろよ!やがて、結城理仁は腰を上げて、自分の部屋に戻って行き、勢いよく扉を閉めた。ドンと大きい音がしたのは、彼が今どれほどイライラしているかを示していた。内海唯花は彼がドアを閉めてからようやく体を起こした。その紙を手に取って丸め、ゴミ箱に捨てて、小声で呟いた。「よく考えてよかった。そうじゃなきゃ、彼に負けるに決まってる」今回のことで、相手の情報を完全に把握していない時には気安く賭けなんかしない方がいい、絶対負けるからと思うようになった。自分が先に賭けを申し出て、また後悔し、前言撤回したことについて、内海唯花は全く気にしていなかった。まだ契約書にサインしていないので、後悔しても問題はない。内海唯花は鼻歌を歌いながらリビングの電気を消し、機嫌よさそうに自分の部屋に戻った。大きいベッドで携帯を暫くいじってから、シャワーを浴びて寝た。翌日、起きてからいつもの癖で厚いカーテンを開け、窓を開けると、冷たい空気が一気に入ってきた。内海唯花は体を縮めて、急いでまた窓を閉めた。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだ。先ほどの冷たい空気が、彼女にこれから気温が下がり始めることを教えてくれた。東京とA市は大体同じ地域にあり、気候は似たようなものだ。秋が深り初冬の頃、朝と晩は常に肌寒さを感じるが、お日様が顔を少しだけ出したら温度がだんだん高くなっていき、寒さは全く感じられなくなる。気温が下がって雨も降ってくると、薄手のコートが必要だとようやく気づくのだ。一伸びしてから、内海唯花は顔を洗い、歯を磨いて着替えて部屋を出た。それからキッチンに入って結城理仁にうどんを作ってあげようとした。今日うどんが食べたいと彼が言っていたから。冷蔵庫を開けると、食材がほどんどなく、卵がいくつしか残っていないことに気付いた。彼女がよくうどんに入れるネギは、昨晩全部食べてしまった。そこで、市場へ野菜を買いに行くことにした。内海唯花がキッチンを出ると、ちょうど結城理仁が部屋から出て来た。彼は青い運動着を着て、スニー
それから夫婦一緒に下へおりていき、結城理仁はジョギングに、内海唯花は電動バイクで市場へ買い物に行った。内海唯花がバイクに乗った時、結城理仁は彼女に注意した。「食材を多めに買っといて、店に持って行くといい。昼は自分で料理作ってよ、デリバリーなんか注文しないでさ」「わかったわ」「またデリバリーでも頼むとわかれば、毎日スカイロイヤルホテルに頼んでそっちに送るぞ」内海唯花は彼のほうを向き睨みつけた。「分からず屋!」結城理仁は思わず暗い顔をした。近くで通りすがったふりをしていたボディーガードがその言葉を聞いて、思わず笑い出した。その分からず屋にこれ以上話したくなくて、内海唯花は電動バイクに乗って走り出した。「聞き分けのない小娘!」彼女が遠ざかるのを見て、結城理仁は呆れたようにそう言った。内海唯花は市場で新鮮な野菜と日持ちのいい果物をたくさん買ってきて、冷蔵庫にぎっしりと詰めた。ジャガイモやかぼちゃ、苦瓜、玉ねぎなどが袋に入れ、袋を開けたままに床に置いていた。ジョギングしてから着替えをすませた結城理仁はその成果を見て、絶句した。しかし、彼は何も言わなかった。一方、内海唯花はうどんを作る準備をしていた。買ってきた牛肉を取り出し、それから二本のネギと白菜も洗った。食材の準備が出来てから鍋も取り出して洗い始めた。結城理仁はキッチンの入り口からチラッと覗き、ベランダに出て、そこのハンモックチェアに座った。ベランダに植えた元気いっぱいの植物たちを見ながら、ブランコをぶらぶらすると、確かに居心地がいいものだ。どうりで彼女は毎日暫くここに座っているわけだ。「プルルル……」結城理仁の携帯が鳴り出した。それは九条悟からの電話だった。キッチンにいる妻に聞こえないように、声を小さくして電話に出た。「理仁、奥さんのクズ親戚たちがどっかのテレビ局に頼んで、奥さんとの仲を取り持ちに行くと聞いたぞ」社長夫人に関する問題は大体九条悟が直接対処しているので、何か動きがあったら、彼が真っ先に知らせてくる。結城理仁は冷たい目で声を低くした。「まだそいつらを奈落の底まで叩き落してないのか」「まだだよ。一気にやっつけるのは簡単だが、それじゃあ生温いだろ。ゆっくり泳がせておいて、今持っているものを少しずつ失わせて、絶望させたほうが復讐
これはこれは、ますます面白くなってきた。今の内海唯花はまだ知らない。このわずかな数分の間に、彼女の夫がまた一つの面倒事を解決してくれたことを。できたての肉うどんを、用意した二つのどんぶりに入れて、それから自分のうどんに少々七味を入れた。もちろん、注意して入れすぎないようにした。あまり辛くすると、食べられなくなるのだ。彼女自身は辛さに少々弱いからだ。「結城さん、うどんが出来たよ」内海唯花は自分の分を持ちながらキッチンを出て、ベランダにいた結城理仁を呼んだ。返事はしないが、彼はそれを聞いてちゃんと部屋へ入ってきた。テーブルに自分のうどんがまだ出てきていないのを見て、自らキッチンに行って、自分の分を取ってきた。「七味か柚子胡椒がいるなら自分で入れてね。お姉ちゃんがくれたのよ、辛いのが好きだから」同じ母がお腹を痛めて産んだ子供なのに、姉妹二人の食べ物の好みはあまり似ていない。内海唯花は麺類を食べる時だけ少し七味を入れるが、それ以外は辛い物を食べないのだ。一方、唯月のほうは、辛くないと物足りなく感じる。お粥を食べても自家製の唐辛子ソースを入れるほどだ。家のベランダには大きな植木鉢がいくつも置かれていたが、そこには花ではなく、何種類かの唐辛子やハーブが植えられている。「七味も柚子胡椒もあまり好きじゃない」内海唯花は結城理仁を見つめながら笑った。「辛いのが苦手なの?じゃあ、今度作る料理に全部唐辛子を入れてみようかな、食べる勇気ある?」結城理仁「……」うっかりして、彼は自分の小さな弱点を口にしてしまった。顔を強張らせて黙々とうどんを食べていた結城理仁を見ると、内海唯花はつまらなくなった。この人と一緒にご飯を食べるとお喋りもできず、よく時間を無駄にするのだ。彼女は携帯を取り出し、朝ごはんを食べながらニュースを見た。こうすると朝食を食べるスピードが速くなる。あっという間にスープまで胃袋の中におさまった。携帯をしまい、自分の食器を持ってキッチンへ行こうとした時、向かいに座っていた結城理仁のどんぶりにはうどんとスープはなくなったが、肉、ネギ、白菜など全部残っていた。普段仕事が忙しい彼のことを考え、すぐお腹が空いてしまうのではないかと心配して、肉を多めに入れてあげたのに。まさか、全然食べないなんて!ネギと白菜も!
内海唯花はそのお金を突き返した。「結婚してから、あなたがこういうお肉を食べないことを知らなかったの。今度作る時には入れないわよ。でもお金はしまってちょうだい。そのよくお金で解決しようとする癖は本当によくないよ。ビルでも建築できるほどの大金持ちだとでも思ってるの?」もし出来るなら、数えきれないほどの何千万円の現金をパッと出してみてくださいよ。「さっき作ってる途中で言ってくれればよかったのに。鼻の下にちゃんと口があるんだから、言いたいことを言ってくれないと……」そう言っている途中で、お金の束が持っていた空のどんぶりに入れられた。内海唯花のこぼす愚痴は、そこでピタリと止まった。結城理仁はお金を押し付けると、これ以上返す機会も与えず、すっと去っていった。中に入れられたお金をみてから、逃げるように去って行った男の姿を確認してみると、もう玄関のドアを開けて、外に出てしまっていた。「結城さん、私は町で放浪してる物乞いじゃないのよ」返事してくれたのはバタンッとドアが閉まる音だった。ドアを閉めると、結城理仁自身も思わず笑ってしまった。内海唯花はどんぶりの中のお金を取り上げて、ぶつぶつと言った。「お金があるから偉いとでも思ってるの。あなた自ら私にくれたよ、私がゆすったんじゃないからね。お金で口止めするなんて、何回も成功できると思わないでよ」そのお金を少し確認してみると、四万円くらいだった。「なんだ。たったの四万円。できればお金を詰めた袋を丸ごと私へ投げてちょうだいよ」内海唯花はまた小言をこぼした。結城理仁がお金を押し付けてくるその態度が、かなり侮辱的だと感じていた。しかし、もし彼がこの方法で彼女の口を止めるのが気に入ったのなら、内海唯花は喜んでそうさせようと思っていた。お金をポケットに入れ、キッチンで食器を洗い、少し片づけた後、作っておいた料理を分けて昼ご飯として店で食べることにした。準備を終えて、内海唯花も仕事に行った。家を出たとたん、佐々木唯月から電話がかかってきた。「もしもし、お姉ちゃん」唯月からの電話なら、彼女はいつもすぐに出る。姉に何かあったのではないかと心配しているからだ。「唯花、もう仕事に行ったの?」「家を出たばかりだよ、どうかした?」「さっき陽に、もうご飯を食べさせてあげたから、今か
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ