失恋カレシ

失恋カレシ

last updateLast Updated : 2026-01-26
By:  朱宮あめOngoing
Language: Japanese
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失恋と失職に落ち込んでいた桜は、モデルの友人に誘われて訪れた舞台で、同級生の波音と再会する。 再会した波音から新たな舞台『失恋カレシ』の演技の練習相手になってほしいと頼まれ、新たな仕事が見つかるまでという契約でその仕事を引き受けることになるが、契約が成立するやいなや、波から思い切り甘やかされることに!? 【失恋カレシとは】  女子向けスマホ恋愛シミュレーションアプリ。  ある日、大失恋したヒロインがネットの広告にあった『失恋カレシ』を注文する。  すると翌日、失恋を慰めてくれるイケメンが現れ、甘やかされる毎日を過ごすうちに恋に落ちてしまう……というストーリー。

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プロローグ
 六年ぶりに再会した高校時代の同級生は、俳優になっていた。「桜、ずっと会いたかった」 そう言って、彼は優しく私を抱き寄せた。 ずっと、ただの友達だと思っていた彼。 生涯、あの人しか愛せないと思っていたのに、なぜか彼を見ると落ち着かない。 どうして?「契約しよう。俺が桜の失恋を慰めるカレシになるよ」 彼が提案してきたのは、甘くて残酷な契約。 偽物の恋人。 好きになってはいけない。 だけど……。「好きだよ、桜」「そんなにあいつがいいの?」「俺を好きになってよ」 毎日囁かれる甘い言葉は、次第に私の心を蝕んでいく……。 *** 男女の最後というものは、こんなにも呆気ないものなのだろうか。『別れよう』 視界に映るのは、SNSのメッセージ。たったの四文字で、私たちの関係は終わった。 真っ暗な画面を見つめて、ため息をつく。 あれから一週間。追加の連絡は一切ない。 分かっている。彼はそういう人だ。分かっているのに、未だに通知がきていないか画面を見てしまう。 いくら願っても、彼からのメッセージがくることなんて有り得ないのに。「はぁ……」 想い続けて六年間。 焦がれてこがれて、ようやく手に入れた恋だった。 それなのに……。「なにがダメだったのかなぁ……」(自分なりに尽くしたつもりだったんだけど……) 彼――冬野真宙くんと私は、高校と大学の同級生で、現在同じ職場に通っている。 高校生のときから真宙くんに片想いしていた私は、教師を目指していた彼を追いかけて同じ大学に進んだ。 真宙くんはすらりとした長身で、頭が良くて、爽やかで……女の子にものすごい人気で、彼女が絶えたことなんてほとんどない。 そんな彼に三度目の告白でいい返事をもらえたときは、本当に嬉しかった。 付き合って半年。たった半年……。 飽きっぽい彼に飽きられないように、自分なりに頑張ってきたつもりだったのに。 押し過ぎたのがいけなかったのか、尽くし過ぎたのがいけなかったのか。 真宙くん以外に経験がない私には、いくら考えても分からない。「どうしたらよかったんだろう……」 ぽつりと呟いても、この部屋に答えてくれる人はいない。 真宙くんはもう、私のことなんてすっかり切り捨てて、同期の女の子と付き合い出している。(未練なんて
last updateLast Updated : 2025-12-19
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第一話
 翌日。 「あっ! 桜~! こっちこっち!」  池袋駅前で、親友でモデルの沙羅と落ち合う。  沙羅とは高校時代からの親友だ。  沙羅は大学生のときにスカウトされて芸能界入りし、今はモデルと女優両方の仕事をしている売れっ子芸能人。  今日は、肩を大胆に出した黒のロングワンピースとサングラスをかけている。スタイル抜群の沙羅には黒が良く似合う。  本人は変装のつもりなのだろうけれど、オーラは全然隠しきれていない。  すれ違った人たちが、沙羅をちらりと見てひそひそとなにか話しながら通り過ぎていく。 (さすが沙羅だ……)  私も沙羅みたいに綺麗だったら、真宙くんにももっと好きになってもらえてたのかな。……なんて卑屈な考えが浮かんでしまう。 (ダメだ……今日はなにを考えてもマイナスなほうへいってしまう……)  それは、付き合っていたのに彼に愛された記憶はほとんどないからか。  会いたいという言葉も、好きという言葉も、全部私発信だった。  足が重くなる。  ――と、そのとき。 「桜~!!」  沙羅の高い声が、耳朶を叩いた。その声は、いとも簡単に私の心の重い雲をふっと取り払っていく。 「あ、沙羅。久しぶ……」  沙羅は私を見るなり、テンション高く抱きついてきた。 「わわっ!」 「久しぶり!! 元気にしてた?」 「うん、元気だよ」  無理に作り笑いを浮かべて答える。  今日は私の話をしにきたわけじゃない。せっかく好きな人ができたっていう明るい話で会ったのに、私のせいで暗い気持ちにはさせたくない。 「半年ぶりかぁ。でも、沙羅のことは最近よくテレビで見るからあんまり久しぶりな感じはしないけどね」  すると、沙羅ははにかむように笑う。 「えへへ。桜はいつも私が出てるドラマ見ると連絡くれるよね! 実はそれ、すっごく楽しみにしてるんだよ! 出演情報とか言ってないのに、ちゃんと見てくれてるんだなぁって」 「当たり前だよ。沙羅は私の元気の源だもん」  沙羅の存在は、私にとって本当に大きい。 「ありがとう。さて、じゃあ行こっか!」 「うん」  ふたり横並びで歩き出す。 「それで、沙羅の好きな人ってどんな人なの?」  歩きながら、話を続ける。 「あっ、うん! あのね、七木大雅って言うんだけど、知っ
last updateLast Updated : 2025-12-20
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第二話
 しばらく街中を歩いていると、沙羅がひとつの建物の前で立ち止まった。「さて。着いたよ」「ここ……?」 見上げる。沙羅が私を連れてきたのは、大きな劇場だった。『舞台・麗しの刀語り』とある。「……もしかして、今日って舞台を見るの?」「そっ! 実は、知り合いの俳優から余ってるチケットを二枚もらったの! でもモデル仲間と一緒だと七木さんの話できないし……それどころか彼を横取りされる可能性もあるし」 なるほど。だから私を誘ったのか。 私には人の好きな人を奪うなんてそんな度胸はないし。そもそも大失恋の直後でそんな元気もない。「桜は舞台なんて興味ないかもしれないけど……今回だけ、付き合ってくれないかな?」 上目遣いで見てくる沙羅に、私は笑顔で頷く。「もちろん」「桜~!! ありがとう!」 それにしても、舞台なんて見るのは初めてだ。「……あ、お金払うよ。いくら?」 バッグから財布を取り出しながら尋ねる。「いいのいいの! 私も貰ったやつだから!」「そうなの? それじゃあ……今日の帰りは私がご飯奢るね」「だからもうその奢り癖直しなって~! 私はそんなことのために桜に会ってるんじゃないんだからね!」 沙羅はぷんっと頬をふくらませて、私を咎める。「で、でも、なんか悪いし……」「私たちは親友でしょ! いきなり誘ったのは私だし、悪いとか言わないの! それよりもうそんな暗い顔しないでさ。今日は嫌なことは全部忘れて楽しもう?」 沙羅はぎゅっと私の腕に絡みつき、ぐいぐいと強引に歩き出す。 いつもより強引な沙羅に、私は内心で首を傾げる。 ……この感じは、覚えがある。 あれはたぶん、私が真宙くんに二度目の告白をしてふられたとき。あのときも沙羅は強引に私を外へ連れ出してくれた。 もしや、と思った。「……ねぇ、沙羅。もしかして知ってる?」「え?」 沙羅は今、ドラマのレギュラーが決まってものすごく忙しいはず。それなのに、急に連絡があったからなにかあったのかなとは思っていたけれど……。 意を決して言う。「私が、真宙くんと別れたこと」 沙羅はくるりと振り向くと、私を見て気まずそうに笑った。「……実は、SNSで大学時代の友達が呟いてるの見ちゃって……」「…………そっ、か」(SNSか……) 私の知らないところでまで、私のことはいろいろと広がってい
last updateLast Updated : 2025-12-20
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第三話
 沙羅と一緒に観劇したのは、いわゆる2.5次元舞台というやつだった。『舞台・麗しの刀語り』は、もともとスマホゲームだったらしい。 男性キャラのみで構成されているゲームで、ターゲット層はほぼ女性。 私たちが観劇した舞台の観客も、圧倒的に女性が多かった。 そして2.5次元舞台とは、ゲームの中のキャラクターたちを舞台俳優が演じて、リアルにキャラクターたちを再現するというもの。 沙羅がパンフレットを見ながら、私にあれこれ説明してくれる。「私が好きなのは、あの白髪の人ね。七木大雅さんっていうんだ」 舞台を観劇しながら、沙羅がこっそり耳打ちしてくれる。「七木大雅……」「覚えた? 覚えて?」「う、うん」 とりあえず頷く。圧が強い。(七木大雅さんか……) 歳は私たちより二つ上の二十六歳。 全国イケメンコンテストのグランプリを受賞して芸能界入りした、華やかな経歴を持つ人らしい。 注目して見てみると、とってもかっこいい。 殺陣も上手で体もしなやか。歌も上手い。 本番一発勝負の世界でこんなに堂々と動けるなんて、心からすごいと思う。 私は初めての舞台をわくわくしながら見終えた。(あっという間だった……!) かなり長い間上演していたはずなのに、振り返ってみると本当にあっという間で。 最初は楽しめるか心配だった舞台だったけれど、役者たちの完璧な再現力と演技力にあっという間に虜になった。(そういえば、あの人どこかで……) 舞台の観劇中、ひとりだけ気になる人がいた。(見たことがあるような気がしたんだけど……誰だっただろう?) なにを隠そう、この舞台の主役の男の人。 金髪の鬘をつけたその人は、カラコンと化粧で素顔はよく分からなかったけれど、その声とオーラを私はどこ
last updateLast Updated : 2025-12-23
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第四話
 スタッフに連れられて入ったのは、劇場の地下にある控え室。 廊下にはキャストたちがぞろぞろといて、なかなかの密度だ。 先程まで役に入り込んでいた俳優たちも、今は素の表情が垣間見える。なんだか不思議な感じがする。「お疲れ様でーす」 すれ違うキャストやスタッフに挨拶をしながら、沙羅はずんずん迷いなく進んでいく。 ほら、やっぱり。 全然緊張なんかしてない。緊張どころか、鼻歌まで歌っているし。 沙羅はとある控え室の前で立ち止まった。つられて私も止まる。「沙羅、ここ?」「そう、ここ」 控え室に貼られたキャストの名前を見る。『絢瀬波音様』「え……」 張り紙の名前に、目を見張る。(絢瀬、波音って) そこに書かれていたのは、私がよく知る人の名前だった。(えっ? えっ!?)「波音ー! 私、入るよー?」 沙羅がノックをしながら、扉越しに声をかける。すぐに中から「どうぞー」と返事が返ってきた。 がちゃっと扉が開いて、隙間から覗いたひとりの男性と目が合う。 大きな切れ長の瞳は、カラコンで深い青色に染まっている。すっと通った涼やかな鼻梁に、薄い紅色の艶っぽい唇はきれいな三日月形。 女性のように美しい人がそこにいる。「や。桜。久しぶり。どうだった? 俺の演技」「うそ、波音……?」 絢瀬波音。目の前にいたのは、高校時代の同級生である絢瀬波音だった。「まさか、こんなところで会えるなんて思わなかったよ」 波音の声は、さっきまで舞台上で聞いていた声と同じ。厳密に言えば、役になりきっていたときとは少し違うけど。 一瞬言葉に詰まってから、我に返った私はばっと波音に駆け寄った。「波音!? 本当に波音!?」「そうだよ。久しぶりだね、桜」 波音は私の勢いに驚きながらも、苦笑混じりに頷く。「うそ。波音まで俳優さんになってたの!?」「そっか、桜は俺が俳優に
last updateLast Updated : 2025-12-24
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第五話
「ふふっ」 あの頃のように言い合っていると、不意に沙羅が小さく笑った。「沙羅?」 どうしたんだろう、と波音と顔を見合せてから沙羅を見る。「なんかこうしてると、高校生のときに戻ったみたい。桜と波音って本当に仲良かったよね。懐かしいなぁ」「え、そ、そうかな」 急に恥ずかしさが込み上げる。 でもたしかに、波音のおかげでかなり元気が出た。(あの頃も波音にはよく恋の愚痴を聞いてもらっていたなぁ……) そういえば、波音は今恋人とかはいるのだろうか。指輪はないから、結婚はしていなさそうだけど。でも芸能人だし、彼女くらいはいそうだ。「なぁ、今日このあと暇?」「え? えっと、このあとは……」(沙羅と飲みに行くつもりだったけど……)「桜、久しぶりに飲み行かない?」「おぉ! いいじゃん行ってきなよ!」 沙羅が代わりに答える。(いや、勝手に!)「行ってきなよって、それなら沙羅も行こうよ」 さすがに会ったばかりでふたりきりは厳しいし、という思いを込めて言うと、沙羅はまた顔の前で手を合わせた。「ごめん! 桜たちが今日サシ飲みするっていうなら、今日は私も七木さんを食事に誘ってみたいな、なんて」「あ、そ、そっか」 そういえばそのために来たんだった。「あぁ七木な。今呼んでくるよ」 波音は事情を既に知っていたらしく、さっと立ち上がると控え室を出ていった。 波音がいなくなると、沙羅がさっと私に駆け寄ってきた。耳元で小さく囁く。「ねね、波音、めっちゃイケメンになってたでしょ!」「え、あ、そうだね」 もちろん高校時代から波音は女子から人気があったけれど、その辺は私はあまり記憶がない。(当時はずっと真宙くんのことばかり追いかけてたからなぁ……) 甘いような、苦いような記憶が蘇り、苦笑いのようななんとも言えない表情になっていると。「ねぇ、
last updateLast Updated : 2025-12-25
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第六話
「おまたせ~」 数分後、波音がひとりの男性を連れて戻ってきた。「お邪魔しまーす」 波音の隣には、例の男子・七木大雅さんがいる。 波音くんとそう変わらない高身長。小さな顔。 さすが、俳優さん。イケメンだ。「……なに、これ?」 私と沙羅を順に見てから、不機嫌そうに波音を見る七木さん。どうやら、愛想はそんなによくはなさそう。「あぁ。このふたりは俺の高校時代の同級生。七木のファンなんだって」「わっ! 七木さん本物!」 沙羅の目がきらりと輝く。「私、白峰沙羅っていいます!」「……どうも」 七木さんはぺこりと頭を下げた。「……あの、七木さん! 今日、このあと一度私と食事に行ってもらえませんか!」 沙羅が言う。 すごい。会って数秒で七木さんに食事を申し込んだ。 私にはこんな度胸はない。「……まぁ、波音も行くなら行くけど、ふたりはちょっと」 あっさりだ。沙羅のような美少女を前にしても、七木さんの表情は崩れない。すごい。「えっ……いや、それは……」 波音のほうが七木さんからさっと目を逸らした。それを見た七木さんが眉を寄せる。「なんだよ? お前が誘ってきたのに行かないはなしだろ」「いや、まぁそれはそうなんだけど……俺もできれば、桜とふたりで飲みに行きたくて」と波音。「桜? ――あぁ」 七木さんはちらりと私を見た。 微妙な沈黙。「……なんだ、そういうことか」 七木さんはなにやら波音に意味深な視線を送ると、沙羅を見て微笑んだ。「分かった。俺でよければ飲み付き合いますよ」 「本当ですか!?」 沙羅の顔にパッと花が咲く。「ありがと、大雅」 なぜか波音が礼を言う。「いい
last updateLast Updated : 2025-12-26
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第七話
 改めて波音に連れられて入ったのは、渋谷にある高級バーだ。 会員制で、客席はすべて個室になっているという珍しい造りのバーだった。「わぁ……」 個室に入ると、中央にある暗い照明の真下に大きな水槽があった。青い水の世界を泳ぐ熱帯魚たちは涼やかで優雅。 かすかに流れるクラシック音楽と、壁に飾られたグラスの光沢が高級感を漂わせている。「すごいね。ここ……」(まさに芸能人御用達って感じ……どうしよう。めちゃくちゃ高そう) 内心ビビる。「ここなら人目も気にせず飲めるでしょ」「たしかに人目は気にならないけど……」 お財布のほうがものすごく気になる。なにせ私は現在無職だ。「なに飲む?」 メニューを見せてもらい、ずらりと並んだカクテル名を見て覚悟する。どれもかなり高い。でも、せっかくの波音との再会だ。(……今日くらい、飲んでもいいよね)「じゃあ、パナシェにしようかな」 波音にメニューを返しながら言う。「さっき飲んでるときも思ったけど、ビール好きなんだな?」「うん。波音は?」「じゃあ俺はミントジュレップかな」 ミントジュレップはウイスキーベースのカクテルだ。「あ、それ美味しいよね! 私も好き!」「ウイスキーも好きなの?」 波音が驚いた顔をする。「うん! 飲むのは大体ビールかウイスキーかな。ワインは後味がちょっと苦手で」「分かる。喉に残る感じね」「そうそう」(沙羅以外の人とお酒の話ができるなんて……) 楽しい。 真宙くんの前では一度もアルコールを飲んだことはない。可愛くないと思われるのが嫌で、職場の飲み会でも無理してずっとノンアルの甘いものを選んでいた。 けれど、今回は波音が相手だからか、素直に好きなものを好きと言える。 しばらくしてカクテルが届くと、私たちは
last updateLast Updated : 2025-12-27
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第八話
「本当は、桜と真宙が別れたこと、SNSで見かけて知ってた。……知らないフリして、ごめん」 波音はバツが悪そうに私を見つめた。 私は困惑気味に波音を見る。 沙羅だってSNSの書き込みで知っていたのだから、波音が知っていてもおかしくはない。(……あの書き込み見られたんだ……) ネットでは、まるで私が真宙くんのストーカーであるかのような書き込みをされている。 波音にまでそれを見られたという事実は、さらに私の心を抉った。「……キモいよね。真宙くん追いかけて職場まで同じところ受けるとか……本当、ストーカーって言われても全然言い訳できないよ」 なんとか笑って誤魔化そうとするけれど、上手く笑えている自信はない。(……堪えなきゃ。ここで泣いたら、余計惨めだ) ぐっと唇を噛んで、震えを止める。「……ねぇ、桜」 波音が私を呼ぶ。右手はまだ波音に掴まれたままだ。「まだ好きなの? 真宙のこと」 波音はまっすぐに私を見てくる。私は目を泳がせた。「……好きじゃないよ。真宙くんには新しい彼女がいるんだし、ふたりを邪魔する気だって全然ないし、むしろ半年だけでも付き合えたことが奇跡っていうか……」 言っていて、どうしようもなく惨めな気持ちになる。 じわりと視界が滲む。 うそ。本当は好きで好きでたまらない。こんな終わりじゃ納得できない。別れなきゃならない理由を知りたい……。 ダメだ。もう堪えられそうにない。(私って、なんでいつもこうなんだろう……)「……桜」 ぐいっと腕が引かれて、あたたかいなにかに包まれる。 波音に抱き締められていた。(え……
last updateLast Updated : 2025-12-28
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第九話
「ん……」 かすかな衣擦れの音がして、私はパソコンを弄っていた手を止めてベッドへ目を向けた。「あ、起きた?」 見ると、目を覚ました波音が身体を起こしていた。「うーん……頭痛い……」 額を押えながら気だるげに呻いている。私はミネラルウォーターを渡しながら、波音の顔を覗き込む。「もう。弱いのにお酒なんか飲むからだよ。お酒飲めないって言ってくれたら、普通に食事だけでもよかったのに」 諭すように言うと、波音は少し不貞腐れたように口を尖らせた。「……だって、桜は酒が好きだって沙羅が言ってたから。同じものが好きって言ったほうが、話だって盛り上がるでしょ」 子供のような言い訳に、思わず吹き出しかける。「……なにそれ。今さらそんな気を遣ってくれたの? 波音が?」 高校時代はあんなに自由気ままだったくせに。「……笑うなよ。こっちは久々に会えて嬉し過ぎて、めちゃくちゃ緊張してたんだから」 さらにバツが悪そうにする波音に、とうとう堪えきれず笑ってしまう。「悪かったな、子供で」「ううん。私も会えて嬉しかったよ。……少し元気出た。ま、いきなり寝落ちされたときは驚いたけどね。もう外でお酒は飲んじゃダメだよ」「分かってるって……あぁもう、俺カッコ悪すぎ……」 波音は頭を抱えながらベッドの上をコロコロ転がる。そして、なにかに気付いたようにばっと身体を起こした。「ってか、待って。ここって……」 ハッとしたように私を見てから、周囲に視線を走らせる波音。「私の部屋だよ。波音、寝ちゃったから家の場所聞けなくて」「ここが桜の家……マジ? わざわざ運んでくれたの? 桜ひとりで?」「だって、あのまま置いていくわけにいかないでしょ」
last updateLast Updated : 2025-12-29
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