残念なことに、彼の親友たちは彼と同じようにみんな結婚したことがないから経験がないのだ。まさかおばあさんに裏でどうすればいいか尋ねるわけにもいかないだろう。きっとおばあさんから笑われてしまう。自分が以前おばあさんの前で頑固にも、きっぱりと「俺は自分から妻を好きになって追いかけたりしない」などと余計なことを言ってしまったのを思い出し、結城理仁はビンタを食らったかのように顔が痛くなったように感じた。しかし、表面上、彼は別に妻を追い求める必要はなかろう。内海唯花はすでに彼の妻なのだから!「結城さん、心配してくれてありがとう。私ちゃんと休むようにするから」内海唯花は器用な指先でビーズを使い車を作り上げた。「結城さん、先に清水さんを連れてお家に帰って。シロと猫ちゃんたちも忘れずにね」結城理仁の顔がこわばった。「俺はペットは連れて行かない」「じゃあ、清水さんにお願いしよう。私は今店は忙しくないから、二人がここにいても何もすることがないでしょ。それなら、先に家に帰ったほうがいいわ。清水さんの部屋を整理する時間もできるしね」「俺が邪魔なのか!」内海唯花は顔を上げて彼の目を見つめ、また下を向いてハンドメイドに取りかかった。そして、おかしくなってこう言った。「結城さん、あなたって本当に敏感な人よね。私がさっき言ったのは本当のことよ。あなたが嫌いで邪魔だって言ってるんじゃないの。だったら、あなたがここにいて何か手伝えることがある?」結城理仁は厳しい顔つきで何も言わなかった。彼はハンドメイドで何か作ることはできない。彼女を手伝って店番をしようか。でも、彼女は彼の表情が怖すぎてお客さんを驚かせてしまうのを嫌がっている。このような現実に直面して、結城理仁は彼女が言ったことを認めるしかなかった。彼は本当に彼女のために何かできることはなかった。おばあさんはどうして彼にこんなに何でもできる妻を見つけてきたんだ。彼の存在をアピールできる機会すらないじゃないか!結城理仁は心の中でおばあさんに悪態をついた。そんなことを聞いたらおばあさんはきっと、どうせあなたと唯花さんは半年の契約結婚だから、期限が来たら離婚するのだろうと言うはずだ。結城理仁「……」血のつながったおばあさんなのに、なんと残酷なことを言うのだろう!清水は焦って言った。「
内海唯花は結城社長が結婚しているという実証を得てしまい、神崎姫華に代わって残念に思うしかなかった。結城家の御曹司には本当に妻がいるのだ。だから、神崎姫華は彼のことを諦めるしかない。彼女はとても良い女性だ。彼女が早く結城社長への気持ちを整理し、幸せな道を新たに見つけてほしいと思った。「結城社長が結婚しているのに、どうしてその情報が流れていないのかしら」あの神崎姫華でさえ知らなかったのだ。「たぶん、社長夫人を守るためじゃないかな。うちの社長はイケメンだし、若くてお金持ちだから、彼に会ったことのある若い女性なら、みんな彼の魅力の虜になってしまうだろうからね。神崎さんだけが公に彼に告白して追いかけていて、他の女性はそんな度胸はなかっただけで、神崎さん以外にも彼を慕っている女性はたくさんいるから。彼の妻がどんな人なのか、容姿はどうなのか世間にばれてしまえば、彼が愛する妻に迷惑がかかってしまうかもしれない。彼が気づかないところで妻を傷つける人間がいるかもしれないと心配しているんだろう」「他の人のことはわからないけど、姫華は絶対にそんなことをする人じゃないと思う。彼女は世間からすごく誤解されているわ。結城社長が彼女のことを好きじゃないのは、ただあの二人には縁がなかったとしか言いようがないわね」内海唯花はため息をついた。「姫華が一日も早く立ち直ってくれることを祈るわ。他にも良い男性はたくさんいるはずだし。結城社長にずっとこだわり続ける必要もないと思う」結城理仁はそれには返事をしなかった。「そうだ、あなたやっと社長さんの顔を拝めたんでしょう。彼って本当にカッコイイの?年取ってる?」結城理仁は口角を引き攣らせた。彼女はどうしていつも彼のことをもう若くないと決めつけるのだろうか。彼はまだ30歳だ。この年齢は男の人にとっては、まだまだ若い部類だ。「確かにカッコよかったよ。そんなに年は取ってないって、まだまだ若いよ。どっちにしろすごくイケメンで、男性の魅力に溢れてたな。もし俺が女性だったら、社長に恋してしまうかもしれない」内海唯花はケラケラ笑った。「あなたと比べてどう?」結城理仁「……うーん、たぶん、やっぱり俺のほうがちょっとカッコイイんじゃないかなぁ」内海唯花は笑って言った。「本当に?自惚れじゃなくて?私は結城社長を見たこ
彼女は普段、夜遅くに店を閉めるから、恐らく店でビーズ細工作りに励んでいるのだろう。内海唯花は彼を見ながら「あなたにそこまで影響されることはないわ」と言った。結城理仁「……」「お姉ちゃんが今夜、佐々木俊介に離婚話を切り出すって。だから私ちょっと心配なのよ」「だったら、君と一緒に義姉さんの様子を見に行こうか?」内海唯花は時間を見て言った。「この時間は、あの人はまだ帰って来ていないわ。彼はいつも夜中過ぎにやっと帰ってくるの」この姉妹は佐々木俊介が部長になり、仕事が忙しく、接待も多いから夜中にやっと家に帰れると思っているのだから、バカ真面目すぎる。実際あの男は浮気相手と一緒にいるというのに!「義姉さんなら自分でどうにかできるって信じよう」結城理仁はただこのように慰めることしかできなかった。内海唯花は少し黙ってから言った。「私はそんなにうまくいかないような気がするの。佐々木家の人たちはみんな、なりふり構わずだから。知ってる?あいつらお姉ちゃんを働きに行かせないようにするために、陽ちゃんに風邪を移そうとしてきたのよ」彼女は佐々木母がやったことを結城理仁に話した。結城理仁はそれを聞いた後、暗い顔つきになった。「陽君は大丈夫なのか?」「今はまだ風邪を移されたかどうかわからないの。お姉ちゃんが恭弥君はウイルス性の風邪にかかっていて、簡単に他の子に移るって言ってたわ。陽ちゃんは普段から体が丈夫で免疫力も高いから、彼らの策略通りに病気にならないことを祈ってるわ」「義姉さんに何かあれば俺たちに電話をするように伝えてくれ。離婚する時、得るべきものはすべてあいつからもらわなくちゃ。特に陽君の親権だ。絶対に奪い取らないと。もし親権が向こうに渡ったら、陽君は奴らにどんなひどい扱いを受けてしまうかわかったもんじゃない」佐々木俊介には新しい女がいて、仕事も忙しい。絶対に子供の面倒を見るような時間はないだろう。だから陽は彼の両親に面倒を見てもらうことになる。彼の両親はずっと佐々木英子の子供の面倒を見てきたから、愛情はあちらに注がれている。陽がそんな祖父母と一緒にいて、ちゃんと世話をしてもらえるとは思えない。内海唯花は頷いた。彼女たちみんな同じ意見で、このように唯花の姉に言っていたのだ。「彼らが離婚した後……義姉さんの暮らしはどんどん
結城理仁は内海唯花を見つめ、内海唯花も彼を見つめて話を聞いていた。「義姉さんの家に様子を見に行ってみるか?」内海唯花は携帯で時間を確認して言った。「佐々木俊介はこの時間、まだ帰ってきてないわ」少し黙ってから、彼女は言った。「お姉ちゃんのことは、お姉ちゃん自身でどうにかするはずよ。私の助けが必要になったら、私は全力でお姉ちゃんをサポートするわ」結城理仁は何も言わなかった。彼は携帯を手に取って誰と連絡しているのかわからないが、メッセージを送っていた。数分後、彼は突然彼女に言った。「気分が落ちているようだし、じゃあ、今日の仕事はこれで終わりにしよう。一緒にどこかぶらぶらしに行こうか?」内海唯花は少し黙ってから、言った。「特に行きたいところはないけど」今、姉の結婚のことを話していたので、この時の内海唯花の気持ちは曇り空になっていたのだ。彼女はいつも姉妹二人が長年互いに支え合って生きてきて、姉が結婚した後、良い人と結婚したと思っていた。姉はきっと幸せになるのだと。しかし、現実は残酷なもので、彼女に大きな痛みを与えてしまった。今や姉の結婚生活は終わりを迎えようとしている。彼女と結城理仁も将来どうなるのか不安な状態だ。今後どのような結果になるのか誰もわからない。哀れな運命を持つ者は、幸せな日々を送れないのか?「君が出かける気持ちがあるなら、俺と一緒に出かけようよ。どこで何をするかは俺に任せて」内海唯花は彼の真っ黒な瞳と視線が合った。彼の瞳はずっと深海のようで、多くの時には氷のように冷たくなる。彼女はいつも彼のその瞳からは、彼の内心を読み取ることができなかった。しかし、この時は彼の瞳から彼女への関心の色をうかがうことができた。急に心が温かくなるのを感じた。彼女は頷いた。「わかった。今片付ける。一緒に出かけて新鮮な空気でも吸おう」ふとレジの下に座っている犬のシロを見て、彼女は小声で尋ねた。「清水さんと、うちのペットたちはどうする?先に家まで送っていこうか?」結城理仁は彼女に手を伸ばした。「なに?」「君の車の鍵だ」内海唯花は車の鍵を取り出しながら尋ねた。「清水さんは運転できる?」「できるよ」「彼の家で働く人たちは車の運転ができることが必須条件だ。彼らが住んでいるところは市内から少し距離があるし、
それを聞いて、結城理仁は眉間にしわを寄せ、何か言おうとしたが内海唯花のほうが先に口を開いて言った。「私と明凛が彼女に何かお返しするわ。いっつも彼女からもらってばかりじゃいけないから」神崎姫華がここにいろいろ置いていくのに、彼女も牧野明凛もどうしようもなかったのだ。受け取らなかったら、神崎姫華の機嫌がどれほど悪くなるかわからない。だから、大人しく受け取ったのだ。受け取ったものを整理している時、二人は神崎姫華が持ってきた物がどれほど高価なものなのか、心の中でわかっていた。今後、機会があれば、さりげなく同じくらいの価値のものを神崎姫華にお返ししなければ。「そういうことじゃなくて、君の店はそんなに大きくないだろう。こんなにたくさん本棚やラックがあるんだから。その神崎さんって人がいつも君の店に物を置いていては、君に売ったわけでもないんだし、店の邪魔になるだろう?」実のところ、結城理仁は面白くなかったのだ。彼自身、妻の店に存在感を残していないというのに、神崎姫華に先を越されてしまった。あの妻をいつも独占しようとする神崎姫華という恋敵は金城琉生よりもたちが悪い。なぜなら、神崎姫華は女だからだ。彼もまさか内海唯花に「唯花、君と神崎さんが付き合うのは面白くないな。ヤキモチを焼いてしまうじゃないか。早く彼女と縁を切ってくれ」などと言えるはずもない。彼がこんな言葉を吐こうものなら、内海唯花はまるで化け物でも見るかのように彼のことを見るだろう。しかも自分は以前ヤキモチなんか焼かないと豪語していたのだから、今更そんなことを言えば、彼の面子は丸潰れだ。「うちは広いから、それなら、家に持っていこうか?」結城理仁「……」神崎姫華が買った物が彼女の店のスペースを占領しているというだけで、彼は気に食わないのだ。それなのに、彼女は神崎姫華の物を家に持って帰るだと?「もう出かけよう」結城理仁は先に折れた。つまらないことで内海唯花と口論になって不愉快になりたくなかったのだ。この娘は度胸がある。夫婦が喧嘩したら、いつも彼はかなり気分を害されてしまう。かつての失敗は今の教訓としなければ。彼女が怒っている時、ショッピングに出かけて彼のカードで何十万円の買い物をするだけでもう気が済んで、いつものように毎日を過ごし、依然として楽しそうにしているのだ。
内海唯花が海辺で海風に吹かれたいと言ったので、結城理仁は妻を乗せて海へと車を走らせた。もちろん、彼の家である海辺の別荘へは行けない。幸いにも、今のこの季節は、夜であることもあって、海辺は夏季のような賑やかさはなく、遊びに来ている人たちがちらほらいる程度だった。夫婦二人は柔らかな砂浜の上を歩き、波と一緒に海の向こうから吹いてくる海風が内海唯花の髪を乱した。それに彼女は少し寒さを感じた。結城理仁は足を止めた。内海唯花も彼に合わせて立ち止まり、尋ねた。「どうしたの?」結城理仁はスーツを脱ぐと内海唯花に渡した。「海風が強いから、俺のスーツを着たほうがいい」内海唯花がそのスーツをなかなか受け取らないので、また彼は言った。「自分で着るのか、それとも俺に着させてもらいたいのかな?」内海唯花はそのスーツを受け取り、それを着ながら言った。「あなたは寒くないの?」「俺だって寒いさ。だけど、君が風邪を引くといけないから」内海唯花は彼を見つめ、ぷはっと笑いだした。「結城さん、あなたのその返事はドラマのセリフと全然違うわね。ドラマの中の男は普通『俺は寒くない、君が着てくれ』って言うのよ」もちろん、彼のこのような嘘偽りのない言葉には、現実味があって逆に良いと思った。「海風がこんなに強くて、吹かれて寒いってわかってたら、ここに来ようだなんて言わなかったのに」内海唯花は彼のスーツを着た後、すぐに体が温かくなった。彼女は頭を傾げて彼を見た。それと同時に彼のほうも彼女を見つめていた。夫婦二人の視線が合った時、彼が言った。「確かに寒いけど、君みたいに縮こまるほどじゃないよ。俺は長袖のシャツを着てるから、半袖を着ている君よりも寒さには耐えられるさ」「あなたがそう言ってくれると、私も罪悪感が薄れるわ」結城理仁は唇をきつく結んだ後、口を開いた。「俺が寒いんじゃないかって心配するなら、抱きしめてくれてもいいんだけど。君の体温をもらえば、寒くなくなるからさ」これは……彼は今、彼女をおちょくっているのか?彼女が何も言わないので、結城理仁は彼女が抱きしめてくれないのだと理解した。一歩踏み出し、彼は引き続き前方に足を進めた。二分も経たずに、彼女は彼に追いつくと彼のスーツを返した。彼が口を開く機会を与えず、彼女は先に言った。「あなたは私よ
内海唯花は、はははと大笑いした。彼女は突然彼のストリップショーを見たくなったのだ。結城理仁は立ち上がると、指で彼女の額にデコピンした。デコピンされた彼女は額がひりひりした。「君は一体頭の中で何を考えているんだ。思いつくことは、いつも人とは違うことばかりだ」内海唯花はわざと「おばあちゃんがいつも私にあなたを押し倒して素っ裸にして、あなたと寝ろって言うのよ。おばあちゃんに女の子のひ孫を見せろってね。ちょっと思ったんだけど、おばあちゃんのその願望を叶えてあげる?」と言った。それを聞いた後、結城理仁はまた彼女の額にデコピンを食らわせた。「いったーい」また痛みが走った。内海唯花も遠慮せず、両手で彼の両頬を掴み、二回つねってそれを彼への仕返しとした。「内海唯花」結城理仁は彼女の両手を掴み、厳しい表情になった。内海唯花は楽しそうな顔を急いで真顔に戻し、彼のその深海のような瞳を見つめた。そして恐る恐る言った。「結城さん、何か言いたいことがあるなら言ってよ。それにその顔、そんなに厳しい表情で見つめないでもいいでしょ、すっごく怖いわ」「聞いて」「うん、聞いてるよ。耳の穴かっぽじって、よーく聞いてますとも」「俺たちが寝るか寝ないかは、俺たちのプライベートなことだろう。俺たち二人だけのことだ。それは俺たち自身で決めることで、誰かに従ってやるようなことじゃないよ」結城理仁は二人の「初めて」をおばあさんに干渉されて決めたくなかったのだ。結婚手続きをした時と同じように、彼はおばあさんには伝えてある。結婚後、彼が内海唯花と生活するにあたってやることは、彼自身のことであって、おばあさんには干渉させないと。「そういうことだったのね」内海唯花はそれを聞いてすぐに緊張を解いた。彼の大きな手を外し、後ろを振り返って歩きだした。歩きながら「ただ冗談を言ってみただけ。もちろんおばあさんに言われたからってあんなことしようだなんて思ってないよ」と言った。彼女は男女間に起こる関係は、双方の同意があって成り立つと考えている。自然の流れに任せるものだ。結城理仁は黙って彼女の後ろ姿を見つめていた。なぜだか自分が正しいのに、何かのチャンスを逃してしまったかのように感じる。つまり、彼は彼女から押し倒され、服を脱がされて、ラブラブするチャンスを失った
結城理仁はスーツを脱いで、彼女に渡した。「これも夢の世界に持って行ったら」今は車の中にいて海風に吹かれる心配もないから、内海唯花は遠慮せずに彼のスーツを受け取り、それを体に羽織って夢の中に入っていった。結城理仁は彼女の睡眠の妨げにならないように車の音楽を切った。彼は黙って車を運転し、彼女は静かに眠りにつき、何か夢でも見ているうちに、彼らはやがてトキワ・フラワーガーデンに到着した。ボディーガードたちはマンションの下を巡回していた。この日の夜はずっと彼らの視界から結城理仁は離れていた。清水がペットたちを連れて帰ってきた後、自分たちの主人が妻を連れてドライブに行ったとわかり、ボディーガードたちは少し焦っていた。しかし、その中の一人も主人に連絡しようとはしなかった。夫婦二人だけの時間を邪魔してはいけないと思ったからだ。そしてこの時、結城理仁の車が戻ってきたのを見て、ボディーガードたちは女主人に気づかれないように、それぞれ急いで四方に散らばっていった。特に七瀬に関しては、消えるスピードが相当速かった。焦りすぎて危うく緑地帯に突っ込んでしまうところだった。なぜなら、女主人は彼のことを知っているからだ。ボディーガードたちのその動作を結城理仁は見て見ぬふりをした。内海唯花はかなり大雑把で細かいことを気にしない性格だ。もしそうでなければ、彼らが毎日毎日マンションの下で徘徊していて、すぐに彼女はおかしいと気づくことだろう。車を駐車し、結城理仁はシートベルトを外しながら「内海さん、家に着いたよ」と彼女を起こした。内海唯花はぐっすり寝入っていて、彼が呼ぶ声が聞こえていないようだ。たぶんビールを二本飲んだせいだろう。結城理仁は彼女を二度揺さぶってみたが、それに合わせて彼女の体も左右に揺れるだけで、まったく起きる気配がなかった。「ビール二本でここまで熟睡できるとは。今後はやっぱりあまり酒を飲ませてはいけないな」結城理仁はこれも運命かとあきらめ、車を降りて助手席のほうへ行きドアを開けた。上半身車の中に入り、彼女のシートベルトを外してあげると、彼女の体を自分の懐まで持ってきて、抱き上げる形で車から降ろしてやった。四方に遠く散らばっていたボディーガードたちだったが、みんなこのシーンを目撃していた。それぞれ手で目をこすっていた
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ