唯花はかなりの衝撃だった。当時、彼女が高校生の時、必死に頑張って勉強して、やっと良い大学に合格できたのを思い出していた。結城家の兄弟たちは軽々と良い大学に合格したうえに、飛び級までしていたなんて。「お義姉さん、そんなショックを受けて自分の人生を疑うような顔しないでくださいよ。一番ダメージ受けてるのは俺のほうなんですからね」唯花は考えてみると、確かにその通りだと思った。蓮が最も可哀想だ。彼女は笑って「蓮君、そんなふてくされないで、良い大学に合格できるわよ、きっと。頑張ってね!」と言った。「俺は絶対兄さんたちが行った大学に合格してみせますよ。もし受からなかったら、俺……浪人します」彼は受からなかったら自分で自分を殴ると言おうと思ったが、よく考えて、そんなことをするのはやっぱり良くないと思い、言葉を改めた。理仁は振り向いて弟をちらりと見ると、また車の運転に専念した。「もし合格できなかったら、俺の弟だと絶対に言うなよ」結城蓮「……」「理仁さん、弟さんにそんなにプレッシャーかけないほうがいいわよ」「こいつゲームするのに夢中で、全然緊張感がないんだよ。プレッシャーを与えないとだめなんだ」結城蓮「……みんなが兄さんみたいに自分を律していると思わないでよ」自分を律しすぎて、もしおばあさんが心配して行動を起こしていなければ、彼に義姉と呼ばれる存在は一生現れないことだったろう。理仁は冷たく、フンッと鼻を鳴らした。蓮はそれ以上何も言う度胸はなかった。「ピピッ――」理仁の携帯に新しいメッセージが届いた。彼は少し車のスピードを落として、そのメッセージを確認した。それは清水からのメッセージだった。清水が言うには「若旦那様、神崎夫人がお嬢さんを連れていらっしゃいました。若奥様を送って来られた後は上にあがってこないほうがよろしいですよ」ということだ。理仁は清水から送られて来たメッセージを確認すると、すぐにそれを削除した。姫華たち母娘二人の行動がこんなに早いとは。こんなにすぐ唯月と陽に会いに来た。彼は引き続き、何事もなかったかのように車を走らせた。暫くして、彼は九条悟にメッセージを送った。「後で十分おきに俺に電話をかけてくれ」九条悟はそのメッセージを受け取った後、最初は事態をよく把握できていなかったが、少し考
しかし、おばあさんは彼女自身、実は楽しんでいるのを決して認めないのだ。唯花は一晩寝ておらず、朝コーヒーを一杯飲んで目を覚ましただけで、今眠気に襲われていた。彼女は「ちょっとお姉ちゃんに電話して陽ちゃんは今どうなのか聞いてみるわね」と言った。電話をかけると、神崎親子が手土産を持って陽に会いに来ていることを知った。その目的は唯花はよくわかっていた。「お姉ちゃん、神崎夫人は何か言ってた?」このことを唯花はまだ姉には伝えていなかった。「特に何も言ってなかったわよ。ただ陽ちゃんがひどい目に遭って、辛いわって。姫華ちゃんが三十分ほどずっと柏木家の文句言ってたわよ」妹の友人、それから嫁ぎ先の家族、そのみんなが彼女の夫とその家族たちよりも優しく頼りがいがあるので、唯月はなんだか悲しく心が冷たく感じた。昔の彼女は人を見る目がなく、馬鹿だったのだ。佐々木俊介のようなクズと結婚なんかしてしまったのだから。俊介のような父親が、彼女と息子の陽の親権争いをしようだなんて、どんな了見なのだ?離婚訴訟の裁判に突入したら、彼女は陽が虐待された写真を一緒に裁判官に渡すつもりだ。裁判官が陽のためを考えて、きっと親権は彼女に渡してくれると信じていた。「神崎夫人はちょっと……体調が優れないご様子だったわよ。顔色が真っ青になってびっくりしちゃった。そんなに長い時間ここにはいなくて、姫華ちゃんが急いでお母様を支えて帰って行ったわ」唯月がただ一つ気になったのは神崎夫人の様子がおかしかったことだった。神崎夫人の顔がどんどん青くなっていくので、彼女はとても驚いてしまった。姫華も同じように驚いていて、急いで母親を支えながら帰っていったのだ。唯花は姉のその話を聞いて、少し黙ってから姉に告げた。「お姉ちゃん、私たちのお母さん、もしかしたら、神崎夫人が数十年捜していた妹さんなのかもしれない」「げほっごほっ――」後部座席に座っていたおばあさんは唯花のその言葉を聞いて、急に猛烈に咳をし始めた。唯花は後ろを振り返り、心配して尋ねた。「おばあちゃん、どうしたの?エアコンの風が強すぎたかしら?」「ええ、そうね。エアコンの風は乾燥してるから、咳が出やすくって」おばあさんはもちろん唯花の話に驚かされたとは言えない。理仁は落ち着いて車を運転し、ついでに車のエアコ
理仁は唯花を抱きかかえて二人の住処へと帰った。玄関のドアを開けた瞬間、ペットの犬が飛び出してきた。「どけ!」理仁が低い声で一喝すると、子犬はおとなしく床に伏せて、それ以上は近寄って来なかった。シロは知っている。オスのほうの主人は自分のことを好きではないと。幸い、彼は犬をいじめることはなく、餌も水も十分だった。「プルプルプル……」この時、理仁の携帯が鳴り響いた。彼は唯花を抱きかかえているので、携帯を取り出して電話に出ることができなかった。すると相手はすぐに電話を切った。きっと悟が彼に言われた通りに、十分おきに彼に電話をしてきているのだろう。理仁が言い訳をして逃れるために事前に準備しておいた策だ。しかし、今となってはその必要もなくなった。神崎夫人親子はすでに唯月の家にはいないのだから。彼は唯花を彼女の部屋へと連れて行き、ベッドの上に横たわらせて布団をかけた後、携帯を取り出して悟に電話をかけ、小声で言った。「悟、もう電話はかけてこなくていいぞ」「もういいのか?ちょうど自動電話サービスでも利用しようかと思ってたところだぞ」理仁の口角が引き攣った。「ご飯食べたか?よかったら一緒に行く?」「俺はいい。お前は牧野さんと約束して食事しないのか?」悟は言った。「もしデートに誘って断られたら恥ずかしいだろうが。俺たちは会って連絡先を交換はしたけど、彼女のほうから連絡してきてないんだ。俺だって彼女が俺のことをどう思ってるのかさっぱりわからないしさ」理仁「……俺はようやくばあちゃんがなんで俺に対してやきもきしていたのか、わかったような気がする」悟は言葉を詰まらせ尋ねた。「じゃ、今から彼女を食事デートに誘ったらいいかな?」「お前次第だろ。どのみち、女性を追いかけるなら、少しくらい図々しくならないとな」「どうやら君は今、顔の面の皮が相当分厚くなってるようだね」理仁は自分の顔を触った。「その厚さを測ったことはないから、どのくらいかは知らんがな」悟はハハハと笑った。「内海さんは俺の人生の中で最も尊敬すべき女性だよ。この世でたった一人しかいないね!」「黙れ!」理仁は彼に怒鳴り、電話を切った。彼は唯花のベッドの端に腰をかけて、彼女の寝顔を静かに見つめていた。その表情は非常に優しく穏やかになってい
理仁はやはり素直になれなかった。「それは断じてない!」「ほんとのほんとに?」「ない!」唯花は姿勢をまっすぐにし、残念そうに言った。「もしあなたが私のことが恋しくて眠れないっていうんなら、清水さんにお姉ちゃんの家に残ってもらって、私はあなたと一緒にいようと思ったのになぁ。まあ、あなたがそう言うんだったら、やっぱりお姉ちゃんのところに行って来ようっと。最近どんどん寒くなってきたし、もう冬の気配だわ。一人で寝たらなんだかちょっと冷えるのよねぇ、はぁ」結城理仁「……」彼女はつまり、彼が彼女のことを恋しいとひとこと言えば、まくらを抱きかかえて彼の部屋にやって来て、一緒のベッドで寝ると言いたいのか?唯花は、やはり残念そうな様子で、手を伸ばし理仁の顔を二度触った。そしてその手を下のほうへ滑らし、彼の首を通って、最後は胸の位置まで来ると、またそこを触った。理仁が何を思っているのか読み取れない瞳で彼女をじっと見つめた時、彼女はスッとそのやりたいように動かしていた自由な手を離した。「お腹ペコペコだわ。ご飯食べましょ。うちの旦那さんが自ら作った料理の味を確かめに行かなくちゃね」唯花はからかい終わると部屋を出て行こうとした。彼女は理仁の横を通り過ぎて行った。理仁は突然彼女のほうへ体の向きを変え、後ろから彼女の腰を抱き寄せた。「俺をからかっといて、そのまま行く気?」彼の声は低くかすれていて、彼女の腰をぎゅっと強い力で抱きしめた。空手を習っていた彼女でも、彼のそのがっちりと絡みついているその両手を引き離すことができなかった。「ちょっと力を緩めてよ」唯花は彼の手をほどくことができず、彼に力を緩めるようにお願いするしかなかった。理仁は彼女の頬にキスをし、ようやくその力を緩めた。そして彼女は彼の胸の中でくるりと体の向きを変え、顔を上げて美しいその顔に彼をからかうような笑みを浮かべていた。瞳はキラキラと綺麗に輝いていて、まるで真っ暗な夜空に瞬く星のようだった。理仁の瞳にはこの時の彼女がとても魅力的に映っていた。「内海さん」「あなたに『唯花さん』って呼ばれるのが好きなんだけどなぁ」「君こそよく俺を『結城さん』って呼んでるだろ」理仁のこの言葉は少し拗ねているようだった。彼女はどうもあまり親しげに呼んでくれない。「私
夫婦はさっきまでお互いにからかい合っていた。それが食事の時には、理仁は唯花に対してとても細かいところまで気が利いて、彼女を気遣うじゃないか。唯花は彼にこのように優しくされて、驚いた。それと同時にまた心の中で思った。良い旦那さんって、なるほど自分の手で調教しないと出来上がらないのね。彼女自ら仕立て上げた良い夫を誰かに奪われないといいのだが。夕飯が終わってから、夫婦は一緒に彼女の姉の家に行った。陽はその時すでに目を覚ましていた。しかし、自分一人で遊ぼうとはせず、まるで金魚のフンのように母親の後にくっついて離れない。唯花は彼を抱っこすることはできたが、よく懐いていた清水でさえも、抱っこされるのを拒否されていた。「お姉ちゃん、明日って仕事?」唯花は甥を抱っこしたまま姉に尋ねた。唯月は陽を見つめ、暫く悩んでから言った。「唯花、私、仕事を辞めて自分で何かやり始めるわ」陽の現在の様子では、唯月は本当に安心できない。しかし、会社を休むと、まだ新入社員である彼女は仕事を失いかねない。一日考えて、唯月は子供の面倒を見ながら、自分で何か事業を始めようと決めた。「お姉ちゃん、何を始めるか考えてる?」唯月は相手の反応を気にしながら言った。「お弁当屋さんを開こうと思うけど、あなたはどう思う?会社で働く以外なら、料理は私自信があるし。だから、お昼だけのお弁当屋さんはどうかなって。午前中お弁当作りをしてお昼前に売ったら、午後からは店を閉めて陽の世話ができるでしょ」「お弁当を作るなら、かなり早起きしないといけないわよ。とても疲れるわ。お姉ちゃん、あなた一人だけで、やっていけそう?」最初は彼女はきっと問題ないだろうが、毎日毎日ではきついだろう。唯月は言った。「最初は小さなお店でお弁当の種類もそこまで作らないでやってみようかな。すぐ作れるおにぎりとか、卵焼きとか野菜炒めとかシンプルなおかずで。お金が稼げてきたら、ちゃんとした店舗を構えてバイトの子を雇ってやるの」ずっと話を聞いていただけの理仁がこの時、口を開いた。彼は義姉が自分で小さなお店から始めるのには賛成だった。「義姉さん、どこか弁当を売るのに適した場所は見つかっていますか?店じゃなくてお弁当をどこかに運んで道端で売るならどこがいいですか?初期費用はいくらかかるんですか?」「商店
「唯花、明日あなた達はそれぞれ自分の仕事に専念してちょうだい。私のところに来る必要ないから。私一人で陽の面倒を見るわ」唯花は安心できなかった。「だったら、清水さんにここにいてもらうわ」清水を雇ったのは、もともと昼間、陽の面倒を見てもらうためだ。それに彼女と理仁が住んでいる家の掃除もお願いしていた。唯月は少し申し訳なさそうにしていた。清水は妹の夫である理仁が、唯花を疲れさせたくないから雇ったベビーシッター兼家政婦だ。それが結局、いつも清水に自分の手伝いばかりさせることになっている。「お姉ちゃん、私たちは姉妹でしょ。お互いにサポートして当然よ」唯花は姉に心理的負担をかけたくなかった。「お姉ちゃんと陽ちゃんが何事もなく生活してくれるだけでいいの。他の何よりも重要なことよ」「清水さんの給料は、あなたが先に代わりに払ってもらえる?私が社会復帰してお金を稼ぐようになったら、あなたにお返しするから」妹が彼女を手伝ってくれることはとても心強く感謝していたが、それでもそれを当然のことだとは思いたくなかった。理仁は優しい声で言った。「義姉さん、俺たちは家族ですから、そんなに固く考えなくても大丈夫ですよ。俺も唯花さんも稼ぎはまあまああります。それに子供もまだいないし、生活へのプレッシャーはほとんどありません。清水さんの給料に関しては、気にしないでください。俺たちも清水さんへの待遇を悪いようにはしませんから」唯月は妹の夫である結城理仁のことを本当によくできた旦那だと、どんどん思うようになってきた。妹は彼女よりも幸運に恵まれている。理仁は責任感のある男性だ。夜九時過ぎ、夫婦二人は久光崎のマンションから自宅へと帰っていった。おばあさんはその時、すでにリビングのソファに座ってテレビを見ていた。夫婦二人が手を繋いで帰って来たのを見て、おばあさんはその瞬間すごくテンションを上げた。理仁は少しぎこちない様子だったが、唯花のほうは緊張せず自然体だった。二人は夫婦なのだから、手を繋いでも、別に後ろめたいことじゃないだろう?「おばあちゃん、どこに行ってたの?私が起きてからずっと見かけなかったけど」おばあさんの前までやって来ると、唯花は理仁の手を離し、おばあさんの隣に座った。「昔からの友達と一緒におしゃべりしてたのよ。さっきお姉さんのとこ
唯花をなぐさめた後、おばあさんは軽くあくびをし、それから、テレビのリモコンを置いて立ち上がり、夫婦二人に言った。「私は先に休ませてもらうわね。もう年寄りだから、これ以上は耐えられないわ」数歩進み、彼女はまた立ち止まって唯花のほうへ振り向いた。「唯花ちゃん、あなたの枕を持っていったほうがいいかしら?」唯花は笑って言った。「必要ないわ。客間にも枕はあるから」おばあさんは孫の顔をちらりと見ると、それ以上は特に何も言わずに部屋のほうへと歩いて行った。唯花がお風呂に入る時に、おばあさんはすでに大きないびきをかいて寝ていた。あのぐうぐうと大きな音を立てたいびきが、また彼女の部屋で鳴り響いている。唯花「……」十数分後。唯花がパジャマを着て、部屋から出てドアを閉めた瞬間、夫の姿が目に飛び込んできた。彼もパジャマを着ていて、両腕を胸の前に組み、彼の部屋のドアに寄りかかって立っていた。「まだ寝ないの?明日仕事でしょ」唯花は彼をからかった言葉は忘れたふりをして、まるで口から出まかせに彼にこう言ったような感じを出していた。そして彼の目の前を通り過ぎ、客間のほうへと歩いて行った。そして客間の扉を開くと、彼女はぽかんと口を開けてしまった。シーツは、ない。布団も、ない。枕も、見あたらない。明らかに彼女がベッド用品を揃えて買って来たというのに、どうしてなくなっているのだ?泥棒でも入ったの?泥棒が入ったといってもまさか、ただベッド用品だけを盗んで去って行くわけないだろう。彼女は振り返って、あの壁に寄りかかって立っているツンデレ男を見た。絶対に彼が彼女がお風呂に入っているうちに、客間にあるベッド用品を全て持ち去ってしまったのだ。理仁は依然として何も言わず、さっきと同じように静かに彼女を見つめていた。唯花は体を方向転換させ、彼の前にやって来ると、少しだけ足を止め、また彼の部屋のほうへと歩いて行った。歩きながら「確か誰かさんが言っていたわね、部屋に入って契約書を好きに探していいって」と言った。理仁は彼女が部屋に入った後、自分もその後に続き、ドアを閉めて冷静に言った。「ゆっくり探せばいいさ。見つからなかったら、今後はその契約書の話はしないでくれよ。だって、そんなもの初めから存在してなかったんだからね」彼の部屋にある金庫を
彼女は彼のベッドに上がると、横たわり、気持ちよさそうにこう言った。「前に一回ここで寝たけど、あなたのベッドって格別に暖かく感じるのよね。たぶん、これも私の幻覚なんでしょうけど」布団を引っ張って来て自分にかけると、彼女はニコニコと笑って言った。「理仁さん、おやすみ」理仁は黒い瞳をキラリと輝かせ、彼女を暫く見つめていた。そして急に、彼女の上の布団をはがし、その上に覆いかぶさろうとした。が、彼女は勢いよく起き上がり、素早く床に下りてスリッパを履いて出て行こうとした。「唯花さん」理仁は手を伸ばして彼女を掴まえた。「あの、わ、私部屋に戻ってトイレに行ってくる」月一回のあれがやって来て、雰囲気がぶち壊しだ。しかし、この場にいた某氏は理解できていない。「俺の部屋にもトイレくらいあるぞ」「だけど、あなたの部屋には足りない物があるのよ。部屋に戻ってトイレに行ってから、またここに戻ってくるわ。だけど、あなたは今日、私と寝られないわよ」唯花は少し残念そうに彼の頬をつねった。「もうちょっと我慢してね」理仁がいくらあっち方面に疎いとは言えども、この時ようやく状況を理解したようだ。彼はゆっくりと彼女を掴んでいた手を放し、彼女は自分の部屋へ戻っていった。少ししてから、唯花が再び彼の部屋へと戻ってきた。そこで彼女が見たのは理仁が彼女に背を向け、両手で枕を抱きしめて、なんだか悶々としている様子だった。唯花はその光景を目にして、やっぱり他の部屋で寝た方がいいだろうかと迷っていた。まあいい、やっぱりおばあさんと一緒に今夜は寝ることにしよう。唯花はまた身を翻して部屋の外へ出て行こうとした。「君を抱きしめることもさせてくれない気?」ん?唯花はその瞬間足を止め、振り返って、あの悶々としている男を見た。「ただ抱きしめてるだけも辛いかと思って」「一人じゃよく眠れないんだ」彼が我慢できるというのだから、だったら彼女は何も遠慮することはない。それで、唯花は嬉々として理仁の傍へと戻り、布団をめくりながら言った。「あなたもそんな様子を見せないでよ、夫に毎日愚痴をこぼす主婦みたいよ」「俺は男だ」「あ、女じゃなく男のほうの主夫だね」理仁は手を伸ばして彼女を引っ張り、横たわらせた。彼は彼女の上に覆いかぶさり、機嫌の悪そうなキ
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ