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第148話

Author: 無敵で一番カッコいい
「私、6組に移ることにしたわ」

そう言って、明日香は淡々と立ち上がり、ウォーターサーバーのところまで歩いてお湯をくみ、薬を飲む準備をした。

その一言に、教室内はざわめき始めた。あちこちから、疑いや嘲りの声が上がった。

「マジ?カンニングしてまで6組に行けるなんて、どこまで持つか見ものだな。あそこ、勉強量ハンパないぞ」

「だよな。クラス替えのためにここまでやるとか、必死すぎて逆に痛い」

「俺だったら、そんなとこ行くぐらいなら退学するね」

その言葉に静香がカッと顔を赤らめ、怒りを露わにして叫んだ。

「誰がカンニングしたって?あんたら、自分の目で見たの?さっきの数学の答案、見たでしょ!明日香の答え、全部合ってたじゃない!自分ができないからって人の努力を否定するなんて、情けないにもほどがある!」

数学の答案?

明日香の視線が、隣の淳也の前に座る珠子へと向かう。

珠子は申し訳なさそうな顔で、無垢な瞳を彼女に向けていた。

明日香は何も言わず、自分の席へ戻った。どうせすぐにクラスが変わる。今さらこんなことで揉めても意味がない。

静香のことはありがたく思っている。でも、明日香にとって、他人の擁護はもう必要なものじゃなかった。

明日香は静かに荷物と教科書をまとめ、教室を後にした。

「明日香!」

珠子が立ち上がり、追いかけようとしたが、隣の生徒が小声で制した。

「ほっときなよ。もうすぐ次の授業始まるし」

一方、哲は机に足を乗せ、体を反らせて淳也越しに悠真の方へ口笛を吹いた。

悠真がそちらに目をやると、哲は眉を上げて言った。

「なあ、あいつ、マジで6組に行くのか?」

「さあな。俺に聞かれても困る」

悠真は肩をすくめた。

「うるせぇ!」

突然、淳也が怒鳴った。場の空気が凍りつき、教室は静まり返った。

淳也の視線の隅には、きれいに片づけられた明日香の席が映っていた。椅子を後ろ足で蹴り飛ばし、ドアを拳で叩いて教室を出ていく。

「おい淳也、どこ行くんだよ!授業始まるぞ!」

哲が追おうとしたところで、悠真が腕を伸ばして止めた。

「なんで止めるんだよ?」

「放っておけ。余計な世話は焼くな」

「は?余計な世話って......俺たち三人組じゃん。淳也がいないなら授業なんて意味ねーだろ!」

悠真は静かに言った。

「どうせ行っても、殴られるだけだ
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