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第200話

Author: 無敵で一番カッコいい
明日香が目を覚ましたのは、週末の朝だった。

夢の中では、まるで全身を揺さぶるような大災害を体験したかのような疲労感に包まれていた。パジャマは汗でじっとりと濡れ、体は炉のように熱を帯びている。

階段を上ってきた芳江が、息を切らしながらお粥を持って現れた。

五階までの道のりは、年老いた体にはあまりに堪える。だが、明日香のためならと、彼女は一歩ずつ階段を上ってきたのだった。

明日香はぼんやりとベッドに座り、どこか遠くを見つめていた。その瞳には光がなく、魂をどこかに置き忘れたような虚ろな表情を浮かべている。

芳江が部屋に入っても、明日香はすぐには気づかなかった。ようやく声をかけると、明日香はわずかに反応し、顔をこちらに向けた。

「お嬢様、一日一晩、ずーっと眠っとられましたわ。ちょっとでも、何か口にしてくださいましね」

涙を含んだような潤んだ瞳で、明日香は芳江を見つめた。

「......昨日、警察が家に来たけど......お父さんには、何て?」

「詳しゅうは分からんのじゃけど、旦那様は『この件は必ず落ち着かせる』って仰せじゃったわ。お嬢様にナイフを向けた相手を、絶対に許さんとも......」

明日香は再び視線を落とし、包帯で覆われた自分の手を見つめた。

思い返すまでもない。宏司の運命はもう決まっている。

康生が動くなら、その報いは何倍にもなって返されるだろう。たとえ刑務所に入ったとしても、宏司が安らかに過ごせることはない。苦しみと後悔に満ちた日々が、これから待ち受けている。

だが、それを知っていながらも、明日香には何一つ変えることはできなかった。

お粥の碗を手に取ったが、傷の縫い目が引きつるたびに鈍い痛みが走り、食べるのも一苦労だった。

芳江が部屋を出ていった後、ふと部屋の中に違和感を覚え、明日香は周囲を見渡した。

家具がいくつか消え、壁に飾られていた絵もすべてなくなっている。

「......芳江さん、壁にかかってた絵、どこに行ったの?」

芳江は、はっと何かを思い出したように答えた。

「そうそう、お嬢様がこの部屋に引っ越してきてから、災難が続いとるじゃろ?そんで旦那様が、『この部屋の風水が悪いんじゃないか』ってお考えになって......数日後に部屋の改装をすることになったんよ」

明日香の手が小さく震えた。

「......改装の間、私は
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