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第8話

作者: 余韻
明里はそれを聞くや否や、表情をこわばらせて部屋の奥へ駆け出した。

「陽太くん、どうしたの?」

椿も慌てて後を追った。かわいい孫に何かあったのかと心配だった。

部屋の中では、陽太がソファーに倒れ込んでいた。意識がはっきりしないうえに、むき出しの肌には発疹がたくさん出ていた。

明里は泣きじゃくりながら陽太を抱きしめた。「陽太、どうしちゃったの?さっきまで元気だったのに、なんでこんなことに?」

椿もびっくりして、おろおろと歩きまわった。

でも明里は反応が早かった。テーブルの上で半分食べられたケーキに目をとめて、すぐに声を上げた。「陽太に栗のケーキをあげたのは誰?」

使用人の一人が、うつむいて小さな声で答えた。「唯様が陽太様に渡していたのをお見かけしました……」

その瞬間、その場にいた全員の視線が唯に集まった。

明里は潤んだ瞳で唯を見つめ、信じられないというように口を開いた。「唯さん……陽太は栗のアレルギーだって、何度も念を押したよね。どうしてそんなものを食べさせたの?

確かに唯さんは雅人との子供に恵まれていない。でも、だからといって私の子を逆恨みするなんて!

野次馬のように駆けつけたセレブ夫人たちは、事の次第を把握し始めた。

ただ、先ほど唯から少しアドバイスを受けていた彼女たちは、この世界でのいざこざには慣れているため、誰も口を開こうとはしなかった。

かわりに、明里の泣き声だけが大きく響いた。

唯は冷めた目で、明里親子による自作自演の罠を見下ろしていた。「栗?本当にそれが栗のケーキだと言い切るの?」

明里が一瞬たじろぎ、すぐに言い返した。「当たり前じゃない?陽太の栗アレルギーを知っていながら、わざとやったんでしょ!」

陽太も少しずつ意識が戻ってきた。ぐったりと明里の腕の中で、気分が悪くて小さくしゃくり上げていた。

「ママ、この悪い女がわざとケーキをくれたの。食べても大丈夫だよって言ってた……」

椿が怒りに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。「唯!よくもこんなひどいことができたものね!」

見物のセレブ夫人たちも、ひそひそと話しはじめた。

「まさか……物静かでいい人そうに見えたのに、あんな根性悪だったなんて」

「もしかして、松尾家が明里さんに優しくしているのが気に入らなかったの?嫉妬ね?」

唯は静かに、それでいて鋭い口調で言い放った。「明里さん。先ほどから栗のケーキと言うが、今日の献立表の中に、栗を使ったものは一つもないよ」

椿はテーブルの残骸を指さして罵った。「言い訳は見苦しいわよ!証拠がここにあるじゃない?」

唯は歩み寄ると、鼻で笑った。「まず、この栗のケーキは陽太くんが自分で取ったものです。そしてこれは栗に見立てただけで、中身に栗は入っていません」

マダム会に先立ち、唯は出席者の好みを完璧にリサーチ済みだった。当然、明里親子の情報もだ。

わざと仮の献立表に書いた「栗のケーキ」という記述。あれは相手を釣り上げるための撒き餌にすぎなかった。

正式な献立表に、栗のケーキなど存在しないのだ。

まだ子供だし、悪いことを企んで焦っていたのだろう。何を食べたのかさえ分かっていなかったようだ。

そして本当に口にした栗は、明里が渡したものとしか考えられなかった。

明里はぽかんとして、一瞬、言葉につまった。

そこで彼女はやっとケーキをよく見た。本当に栗で作られていなかった。

そんなはずは……

盗み見た献立表には、確かに「栗のケーキ」と書いてあったのに。

明里はしどろもどろになりながら、なおも食い下がった。「栗じゃなくても、ほかの何かでしょう。陽太は体が弱いの。すぐにアレルギーが出るのよ!それに、陽太があなたから渡されたって言ってるじゃない。子供がうそをつくとでも?」

でも唯は、あわてず静かに口を開いた。「明里さん、あなたは帰ってきてずいぶん経つのに、子供の父親が誰かも言わないままだね。きっと父親の人格が良くないんでしょう。子供も見て育って、うそを覚えたんでしょう。それとも、誰かがわざと教えたのかしら……」

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