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第4話

作者: 苦いオレンジ
私は岳の家の住所を知らない。

だから仕方なく、遥のSNSを漁った。

彼女は顔立ちも華やかで家柄も良く、SNSではかなりの人気を持っている。

普段はコスメばかり投稿している彼女が、今日は珍しく愚痴動画を上げていた。

「みんな聞いて〜マジ笑えるんだけど。あそこまで必死に男へ縋る女、初めて見た!

結婚式の日程と進行をお金使って調べなかったら、幼なじみの彼も『え、まさか一人で結婚準備してるのか』って信じなかったよ!」

その顔を長く見ていると、胃の奥が気持ち悪くなる。

私は急いで過去の投稿に残された位置情報を辿った。

そしてようやく、彼らがよく通うクラブで岳を見つける。

エレベーターを降りた瞬間、遥の大げさな笑い声が耳に飛び込んできた。

「当日はさぁ、結婚式を生配信しようよ。岳は行かなくていいから。あの女、一人で待ちぼうけ食らって恥さらせばいいじゃん」

別の女の子が、小さな声でためらう。

「それはさすがにちょっと......遥のアカウント何十万人もフォロワーいるでしょ?本当にやったら、あの子もう生きていけなくなるよ」

「川島さん、もう一回ちゃんと話したら?お金渡すとか、何か埋め合わせしてさ......」

岳はしばらく黙っていたが、やがて鼻で笑った。

「遥の言う通りにしようぜ。あいつ一人で、どんな茶番やるのか楽しみだ」

私は掌を強く握り締めた。

そのまま、静かに踵を返す。

ここ数日、岳の元には私から謝罪の連絡は一切届いていない。

けれど、グループチャットは相変わらず盛り上がっていた。

遥が得意げに言う。

「大家のフリしてて正解だった〜ブロックされてないから、あの子の投稿ぜーんぶ見れるもん。

見てよこのドレス。ダサすぎでしょ。こんなの着てたら可哀想だわ」

九枚の写真。

私は露出の少ないウェディングドレスを着ていた。

でも撮影した人の腕は良かった。

窓辺に立つ私を、まるで聖女のように柔らかく、美しく切り取っていた。

ふわりとした雲みたいに。

今にもどこかへ消えてしまいそうなほど、儚く。

岳の喉がかすかに鳴る。

無意識に写真を開き、保存した。

ふと想像してしまったのだ。

――ウェディングドレス姿の私が、彼へ向かって歩いてくる光景を。

胸が、不意にざわついた。

だがグループチャットの遥は、そんなことにも気づかず騒ぎ続ける。

「あのバカ女、私に招待状まで送ってきたんだけど。『千人以上招待してます、ぜひ来てください』とか書いてあってさ。

笑える〜もちろん行くに決まってるじゃん。あの女が壇上で恥かく瞬間、今から楽しみ!」

そして、あっという間に結婚式当日になった。

遥はまた、リアルタイムで私のSNSのスクショを貼り続ける。

【やっとおばあちゃんに、私の幸せを見届けてもらえる】

添えられた写真には、車椅子に座る祖母と、ウェディングドレス姿の私。

祖母の目には涙が浮かんでいた。

岳の友人の一人が口を開く。

「......なんかさ、ちょっと可哀想になってきた。おばあさん、ショックで倒れたりしないよな?」

「川島さん、本当に行かないの?」

岳が何か言おうと唇を動かした瞬間、遥が先に遮った。

「だから面白いんじゃん。家族の前で恥かくのが最高なのよ!あのババア、昔杖ついて学校に一週間座り込んで、私が孫娘をいじめたって告発しようとしたんだから。

そのせいでパパにヨット没収されたの、今でも根に持ってるんだからね!」

そう言いながら、彼女は探るように尋ねた。

「ねぇ岳。まさか今さら情が湧いたとか言わないよね?ちゃんと私に協力するって約束したじゃん」

岳は歯を食いしばる。

「......そんなわけないだろ。あいつ、自分から結婚迫ったんだ。なら結果くらい覚悟してるはずだ」

遥は安心したように投げキスのスタンプを送った。

「じゃ、私メイクして結婚式行ってくる〜ライブ配信ちゃんと見てね!わざわざおすすめに載るようにお金払ったんだから。これから起きること、楽しみすぎる〜」

グループチャットがしばらく静まり返る。

その後、また一枚のスクショが投下された。

【この人生に、この人だけ】

添えられていたのは、受理された婚姻届。

岳の友人が戸惑い、すぐ彼をメンションする。

【川島さん、偽の書類はあいつが燃やしたって言ってなかった?これって......】

だが、その問いに返事はなかった。

その頃、岳は最速のスーパーカーを飛ばし、全力で式場へ向かっていた。

――たかが結婚式だろ。欲しいなら、やればいい。別に大したことじゃない。

籍さえ入れなければ、遥との約束を破ることにはならない。

そう自分に言い聞かせながら。

式場へ駆け込んだとき、ちょうど挙式が始まるところだった。

――間に合った。

岳はポケットから、用意していた結婚指輪を取り出す。

まるで何かに取り憑かれたように、途中で宝石店へ立ち寄っていた。

彼女の指の細さは、いつの間にか身体に刻み込まれていたのだ。

客席に座る遥の顔色が、わずかに青ざめる。

ライブ配信には、すでに数十万人が流れ込んでいた。

【どの面下げて男にしがみついてんのか見に来た】

【花嫁まだ?】

そんなコメントが飛び交う中、岳は先に壇上へ立っていた。

結婚行進曲が流れる。

彼は期待を込めて、赤いバージンロードの先を見つめた。

けれど――

ウェディングドレス姿の私が現れることはなかった。

司会者がマイクを取る。

「本日は、江原様主催のイベントへお越しいただき、誠にありがとうございます。まずは一本の映像をご覧ください」

......イベント?

岳は言いようのない違和感を覚える。

きっと急遽呼んだ司会者が素人なのだろう。

そう思いながら視線をスクリーンへ向けた。

だが、たった一秒。

映像を見た瞬間、彼の視界はぐらりと揺れた。

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