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偽物の愛にさよならを

偽物の愛にさよならを

作者:  苦いオレンジ已完成
語言: Japanese
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故事簡介

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

不倫

入籍したその日、私は婚姻届をキャンドルディナーの隣に置き、写真を撮ってSNSに投稿しようとしていた。 そのとき、岳がふいに口を開いた。 「それ、偽物だから」 私は固まった。 彼のスマホから、女の甲高い声が響く。 「ちょっと!なんでそんな早く種明かしするのよ!これじゃ面白くないじゃない!」 岳はつまらなそうに眉をひそめた。 「こいつ、今まで気づかなかったくらいだし。もう演技続ける必要ないだろ。賭けはお前の勝ちでいいよ。これで満足か?お姫様」 でも、もう投稿はしてしまっていた。 みんなが祝福していた。 私と岳、7年越しの恋がようやく実ったのだと。 電話の向こうの女は、昔私をいじめていた頃と同じように、嫌味ったらしくコメントを残す。 「へぇ〜もう籍入れたんだ?で、結婚式はいつ?お祝いのお酒飲ませてよ〜うふふ」 私は少し考えてから、返事した。 「来週」

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第 1 章

第1話

入籍したその日、私は婚姻届をキャンドルディナーの隣に置き、写真を撮ってSNSに投稿しようとしていた。

そのとき、岳がふいに口を開いた。

「それ、偽物だから」

私は固まった。

彼のスマホから、女の甲高い声が響く。

「ちょっと!なんでそんな早く種明かしするのよ!これじゃ面白くないじゃない!」

岳はつまらなそうに眉をひそめた。

「こいつ、今まで気づかなかったくらいだし。もう演技続ける必要ないだろ。賭けはお前の勝ちでいいよ。これで満足か?お姫様」

でも、もう投稿はしてしまっていた。

みんなが祝福していた。

私と岳、7年越しの恋がようやく実ったのだと。

電話の向こうの女は、昔私をいじめていた頃と同じように、嫌味ったらしくコメントを残す。

「へぇ〜もう籍入れたんだ?で、結婚式はいつ?お祝いのお酒飲ませてよ〜うふふ」

私は少し考えてから、返事した。

「来週よ。じゃ、切るわ。俺、まだ記念日デート中だから」

電話越しの征矢遥(そや はるか)が、明らかに言葉を失った。

「......え、別れないの?」

「何で?別れてお前と付き合うのか?お前、もうすぐ結婚するだろ」

川島岳(かわしま がく)は興味なさそうに通話を切ると、ケーキの箱を開け、丁寧にテーブルの中央へ置いた。

まるで何事もなかったかのようにキャンドルへ火を灯し、私を手招きする。

「詩野、早く。願い事するんだろ?」

全身の感覚が鈍くなっていた。

私はただ真っ直ぐ、彼の目を見つめる。

その瞳は静まり返っていて、欠片ほどの罪悪感すら浮かんでいなかった。

「......ずっと騙してて、楽しかった?」

岳の笑みがわずかに薄れる。

「騙したってほどじゃないだろ。俺は負けてもちゃんと話すつもりだったし。お前との関係を壊したくなかったんだよ。それだけ、お前を大事にしてるってことじゃないのか?

それに、籍入れてなかっただけのことだろ。別れるなんて言ってない」

ケーキには七本のキャンドルが刺さっていた。

それがいやでも突きつけてくる。

――私は7年間、ずっと弄ばれていたのだと。

揺れる火には、ほとんど温かさなんてない。

それなのに、とうに塞がったはずの腕の傷跡が、じくじくと痒んだ。

夢にも思わなかった。

一生一緒にいようと誓ってくれた恋人と。

ヘアアイロンで私の全身を火傷だらけにしたいじめの主犯が。

幼なじみ同士だったなんて。

テーブルの上の偽の婚姻届が、目に痛いほど映った。

やっと幸せになれると思っていたのに。

涙が滲んだ。

「そうなんだ」

馬鹿だったのは私だ。

傷だらけのこんな私でも、見返りなんて求めず愛してくれる人がいるんだと、本気で信じてしまった。

私は偽の書類を手に取り、キャンドルの火へ近づけた。

炎が紙を舐め、婚姻届の端が瞬く間に黒く焦げる。

岳は慌てて私を抱き寄せ、コップの水を掴んで火を消した。

「何してんだよ!お前、火が一番苦手だろ!」

彼は覚えている。

いじめの後遺症で、私が火を恐れるようになったことを。

毎年の誕生日、願い事はいつも彼の耳元でこっそり囁いた。

代わりに彼がキャンドルを吹き消してくれていた。

7年間、何度も願った。

――江原詩野(えはら しの)が、川島岳と一生一緒にいられますように。

母は再婚し、父にも新しい家庭ができた。

だから私は誰よりも、「落ち着けるマイホーム」が欲しかった。

彼は、その願いを聞きながら何を思っていたのだろう。

心の中で笑っていたのだろうか。

私がこの罠の中で、何年も何年も気づかず踊らされていたことを。

最後には、自分が情けをかけて真実を教えてやったとでも思っているのだろうか。

火は消えた。

代わりに、指には生々しい火傷の痕が残った。

岳は救急箱を取り出し、火傷に薬を塗りながら、複雑そうに目を伏せる。

「もうやめろよ。俺と遥は本当に何もない。あいつ、もうすぐ結婚するんだし。お前が欲しいものなら、何でも埋め合わせするから」

彼はスマホを取り出し、カートに入れていたプレゼントを見せようとした。

だが次の瞬間、表情が凍りつく。

私を睨みつけた。

「......わざとなのか?投稿するなって言ったのに。わざわざ火傷までして、結婚迫るつもりかよ!お前そんなに結婚したいのか?付き合ってるだけでも同じだろ?俺は本当は――」

その言葉は、途中で電話に遮られた。

遥からだった。

芝居がかった大笑いが響く。

「あんたさぁ、みんなもう来週結婚式やるって知ってるよ?だから言ったじゃん、ああいう貧乏人ってプライドないんだって。弄ばれても、必死に嫁入りしたがるんだから。

どうせ、あんたがお金持ちだって知ったんでしょ。でも残念〜あの子、自分が知らないだけで、あんたは一生私を守るって約束してるのにね」

岳は顔を険しくして通話を切り、私に命令した。

「今すぐ投稿消せ」

「消さない。岳。来週、私は結婚するから」

祖母の病状は重い。

「岳くんとはあんなに仲がいいのに、どうしてまだ結婚しないんだい」と、何度も聞かれていた。

そうか。

彼はもう、とっくに別の女に誓っていたんだ。

それでも私と付き合い続けてくれていたのは、最大限の施しだったのだろう。

感謝するべきだったのかもしれない。

――でも。

どうして彼は、指の隙間からこぼれ落ちるようなその憐れみを、私が欲しがると思ったのだろう。

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第1話
入籍したその日、私は婚姻届をキャンドルディナーの隣に置き、写真を撮ってSNSに投稿しようとしていた。そのとき、岳がふいに口を開いた。「それ、偽物だから」私は固まった。彼のスマホから、女の甲高い声が響く。「ちょっと!なんでそんな早く種明かしするのよ!これじゃ面白くないじゃない!」岳はつまらなそうに眉をひそめた。「こいつ、今まで気づかなかったくらいだし。もう演技続ける必要ないだろ。賭けはお前の勝ちでいいよ。これで満足か?お姫様」でも、もう投稿はしてしまっていた。みんなが祝福していた。私と岳、7年越しの恋がようやく実ったのだと。電話の向こうの女は、昔私をいじめていた頃と同じように、嫌味ったらしくコメントを残す。「へぇ〜もう籍入れたんだ?で、結婚式はいつ?お祝いのお酒飲ませてよ〜うふふ」私は少し考えてから、返事した。「来週よ。じゃ、切るわ。俺、まだ記念日デート中だから」電話越しの征矢遥(そや はるか)が、明らかに言葉を失った。「......え、別れないの?」「何で?別れてお前と付き合うのか?お前、もうすぐ結婚するだろ」川島岳(かわしま がく)は興味なさそうに通話を切ると、ケーキの箱を開け、丁寧にテーブルの中央へ置いた。まるで何事もなかったかのようにキャンドルへ火を灯し、私を手招きする。「詩野、早く。願い事するんだろ?」全身の感覚が鈍くなっていた。私はただ真っ直ぐ、彼の目を見つめる。その瞳は静まり返っていて、欠片ほどの罪悪感すら浮かんでいなかった。「......ずっと騙してて、楽しかった?」岳の笑みがわずかに薄れる。「騙したってほどじゃないだろ。俺は負けてもちゃんと話すつもりだったし。お前との関係を壊したくなかったんだよ。それだけ、お前を大事にしてるってことじゃないのか?それに、籍入れてなかっただけのことだろ。別れるなんて言ってない」ケーキには七本のキャンドルが刺さっていた。それがいやでも突きつけてくる。――私は7年間、ずっと弄ばれていたのだと。揺れる火には、ほとんど温かさなんてない。それなのに、とうに塞がったはずの腕の傷跡が、じくじくと痒んだ。夢にも思わなかった。一生一緒にいようと誓ってくれた恋人と。ヘアアイロンで私の全身を火傷だらけに
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第2話
「お前さ、そういうどうでもいいことで意地張るのやめられないのか!」岳は乱暴にドアを閉めて出て行った。私は静かにソファへ座り、何重にも巻かれた包帯を外して、絆創膏を貼り直す。もっと早く気づくべきだった。彼と私は、そもそも住む世界が違う。岳は、まともに包帯すら巻けない。インスタント麺でさえ不味く作るような男なのに。今回は「美味しいもの作ってやる」なんて言って、キャンドルディナーを全部用意していた。オーストラリア産の高級リブアイステーキ。ワイナリー直送のシャルドネ。プライベートシェフ特製のケーキ。きっと全部、高級レストランから取り寄せたものだ。いちばん目立たないキャンドルでさえ、ハイブランドのアロマだった。岳が苛立ってテーブルをひっくり返した。私の三ヶ月分の給料に相当するものが、一瞬で床に散らばって無価値になった。飛び散った赤ワインが壁を汚した。そんな状況でも私は、「これじゃ大家さん、敷金返してくれないかも」――なんてことを考えていた。散らかった部屋の中で、私は荷物をまとめ始める。そして大家へ退去の連絡を送った。ピコンッ。送信した瞬間、背後から通知音が鳴った。振り返る。岳のパソコンがついたままだった。本当はこのパソコンで一緒に映画を見る予定だったのだ。八人ほどの小さなグループチャット。管理人の遥が、私の送ったメッセージのスクショを貼っていた。【うわ、ほんと貧乏くさい。敷金のこととか聞いてくるんだけど】【あれ、私が持ってる中でも一番ボロい部屋なのに。あの子が住んだと思うと汚く感じるわ】遥が、ずっと私が家賃を払っていた大家だった。スクロールして上へ辿る。チャットに貼られているスクショは、全部私のSNSだった。初任給で岳に買ったペアのパジャマは、「露店レベル」と笑われ。誕生日に岳が買ってくれたケーキは、実は遥の飼い犬の食べ残しだった。私の人生の一つ一つが、このお金持ちたちにとっては、ただの悪ふざけのネタだった。新しい会社へ入社した日。誰かが匿名でバラの花束を送ってきた。私は花粉アレルギーで、呼吸困難になって病院へ運ばれた。顔が半分腫れ上がった私に、岳は親しげに頬を寄せて写真を撮り、「可愛い」と笑っていた。でも、グループチャットの
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第3話
タクシーに乗り込み、私は住所を告げた。運転手はバックミラー越しに、古びた団地の景色をちらりと見て、意味ありげに眉を動かす。「お嬢ちゃん、ずいぶん思い切った引っ越しだねぇ」私は窓の外を淡く一瞥し、そのまま視線を落としてメッセージを返した。「ええ。婚約者と結婚準備するので」「そりゃおめでとう!あの辺に住んでる人なんて、みんな大金持ちだよ」私はそれ以上答えなかった。代わりに、ウェディング司会者から送られてきた進行表を少し修正し、再送する。車を降りたあと、スーツケースを引きながら街をしばらく歩いた。そのとき背後で、急ブレーキの音と怒鳴り声が響く。「は!?お前、なんで俺ん家知ってんだよ!?調べたのか!?」私のスーツケースを見た瞬間、岳はさらに怒りを募らせた。「しかも荷物まで持って来るとか、うちの親に直接結婚認めさせる気か!?頭おかしいだろ!」私は首を横に振る。「違う。あなたがここに住んでるなんて知らなかった」彼の表情が、じわじわと冷え込んでいく。そのまま私の手首を掴み、車へ引きずるように連れて行った。「まだシラ切る気かよ。前から思ってたけど、お前こんな計算高い女だったんだな」思わず笑ってしまった。「前は私のこと『馬鹿』って言ってたのに、今度は『計算高い』?岳、あなたの中で私は一体どういう人間なの?」ドアが閉まった瞬間、彼は私を窓へ押しつけ、そのまま唇を奪った。乱暴に噛まれ、口の中に血の味が広がる。鉄臭さが濃く滲んだ。彼は目を伏せ、低く言う。「詩野。俺、お前のことは好きなんだ。でも結婚は、ちゃんと順番考えないとだめだろ。少なくとも......遥が先に結婚するまでは待ちたい。あいつが幸せになったって確認したいんだ」私は吹き出した。笑ったはずなのに、涙が彼の指へぽたりと落ちる。「でも私は待てないわ」籍を入れたと信じた瞬間、真っ先に祖母へ報告した。あんなに弱っていた祖母が、少し元気を取り戻して。私の結婚式を楽しみにしていた。なのに今さら、7年間も人に弄ばれてたんだ、なんて。そんなこと言えるわけがない。私が頑として折れないのを見て、岳はとうとう苛立ちを爆発させた。ドンッ、と耳元の窓ガラスへ拳を叩きつける。ガラスが低く震えた。「だからお前は親にも
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第4話
私は岳の家の住所を知らない。だから仕方なく、遥のSNSを漁った。彼女は顔立ちも華やかで家柄も良く、SNSではかなりの人気を持っている。普段はコスメばかり投稿している彼女が、今日は珍しく愚痴動画を上げていた。「みんな聞いて〜マジ笑えるんだけど。あそこまで必死に男へ縋る女、初めて見た!結婚式の日程と進行をお金使って調べなかったら、幼なじみの彼も『え、まさか一人で結婚準備してるのか』って信じなかったよ!」その顔を長く見ていると、胃の奥が気持ち悪くなる。私は急いで過去の投稿に残された位置情報を辿った。そしてようやく、彼らがよく通うクラブで岳を見つける。エレベーターを降りた瞬間、遥の大げさな笑い声が耳に飛び込んできた。「当日はさぁ、結婚式を生配信しようよ。岳は行かなくていいから。あの女、一人で待ちぼうけ食らって恥さらせばいいじゃん」別の女の子が、小さな声でためらう。「それはさすがにちょっと......遥のアカウント何十万人もフォロワーいるでしょ?本当にやったら、あの子もう生きていけなくなるよ」「川島さん、もう一回ちゃんと話したら?お金渡すとか、何か埋め合わせしてさ......」岳はしばらく黙っていたが、やがて鼻で笑った。「遥の言う通りにしようぜ。あいつ一人で、どんな茶番やるのか楽しみだ」私は掌を強く握り締めた。そのまま、静かに踵を返す。ここ数日、岳の元には私から謝罪の連絡は一切届いていない。けれど、グループチャットは相変わらず盛り上がっていた。遥が得意げに言う。「大家のフリしてて正解だった〜ブロックされてないから、あの子の投稿ぜーんぶ見れるもん。見てよこのドレス。ダサすぎでしょ。こんなの着てたら可哀想だわ」九枚の写真。私は露出の少ないウェディングドレスを着ていた。でも撮影した人の腕は良かった。窓辺に立つ私を、まるで聖女のように柔らかく、美しく切り取っていた。ふわりとした雲みたいに。今にもどこかへ消えてしまいそうなほど、儚く。岳の喉がかすかに鳴る。無意識に写真を開き、保存した。ふと想像してしまったのだ。――ウェディングドレス姿の私が、彼へ向かって歩いてくる光景を。胸が、不意にざわついた。だがグループチャットの遥は、そんなことにも気づかず騒ぎ続け
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第5話
映像に流れたのは、丹念に編集された恋愛の思い出なんかじゃなかった。そこに映っていたのは、高校の制服を着た遥。尊大な顔で笑っている姿だった。「詩野、先生に私がいじめてるって告げ口したんだって?やだなぁ、あれはただの冗談だってば」頬を紫色に腫らした少女が、洗面台の前へ追い詰められている。その瞳は、傷だらけなのに、まだ強く光っていた。ヘアアイロンを腕に押し当てられても。彼女は唇をきつく噛み締め、一声も上げなかった。唇の端から、血が流れ落ちる。岳の胸が大きく揺れた。――詩野。彼は知らなかった。詩野が高校時代、こんな凄惨な暴力を受けていたなんて。ただ覚えているのは。彼女が悪夢から飛び起きるたび、細い背中が腕の中で小刻みに震えていたこと。歯を鳴らしながら、何も言えなくなっていたこと。彼は、一度も問いたださなかった。何があったのか。誰に傷つけられたのか。ただ何度も、本人ですら信じていない慰めを口にしていた。「詩野は悪くない。悪いのはあいつらだ」けれど、その「あいつら」の中には。幼なじみの遥がいた。遥が、同じ学校の女の子にそこまで残酷なことをするなんて。彼は最初から信じていなかった。――でも。本当に、彼が思っていた通りだったのだろうか?岳の視線が、ゆっくり遥へ向く。遥の顔は真っ青だった。彼女は悲鳴を上げながら壇上へ駆け上がり、映像を止めようとする。だが岳が腕を掴み、強引に引き止めた。映像はなおも続いていく。傷だらけの少女が顔を上げ、問いかける。「私、何かした?どうしてこんなことするの?」遥は、心底おかしそうに笑った。取り巻きの女たちも一緒になって、甲高い笑い声を上げる。「あんたみたいな貧乏人が視界に入るだけで不快なの。それじゃ理由にならない?」岳の全身から、血の気が引いていった。気づかないうちに、遥の腕を掴む力が強くなる。「......映ってるの、お前だよな?」遥は唇を噛み締め、視線を泳がせた。「あの女に騙された!早く動画止めて!こんなの流し続けちゃまずいわ!」けれど映像は止まらない。まるで終わりのない処刑のように、彼女を晒し続ける。そして遥をさらに追い詰めたのは、動画を止めようと我を失っていたせいで。配
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第6話
高校時代、岳は海外にいた。彼が遥から聞かされていたのは、「自分にばかり突っかかってくる女子生徒がいる」という話だけだった。その名前が――江原詩野。国際交流プロジェクトで、彼は初めてその少女と出会った。流暢な語学力。媚びも怯みもせず、自分の考えを堂々と語る姿。彼は純粋に、彼女へ惹かれた。プレゼンが終わったあと、少し話しかけてみようと思った。だが、その胸元のネームプレートを見た瞬間。彼の足は止まる。――この女が、遥の枠を奪った相手。そして遥は、そのことを知ると嬉々として言ったのだ。「岳、あの子を誘惑して惚れさせてみてよ!前からずーっと、自分は悪くないって顔しててさ。見てるだけでムカつくんだよね」「もし、自分が彼氏に騙されてたって知ったら、その時も平気な顔してられるかな〜どう?賭けしない?」まるで何かに取り憑かれたように、彼はその賭けを受け入れてしまった。――けれど。一年。また一年。時間を重ねるたび、彼の胸の中は重く沈んでいった。その賭けは、まるで頭上に吊るされた時限爆弾のようだった。秒針の音だけが、静かに刻まれ続ける。いつ爆発するのかも分からないまま。なぜなら彼には分からなかったからだ。遥が、いつ詩野へ真実を暴露するのか。そして、遥が偽の婚姻届を用意した時。またいつものように、詩野を笑いものにしようとした時。彼はようやく、胸の重荷を下ろせる気がした。――もっと早く、本当のことを話していれば......もしかしたら、全部やり直せたんじゃないか。詩野が嬉しそうにSNSへ投稿しようとしていた時。あの言葉は、自然と口から零れていた。「それ、偽物だから」今になって、死ぬほど後悔している。さっきまで抱いていた期待も全部――導火線に火がついた爆弾みたいに、彼の全身を血だらけにしながら爆発している。岳は茫然と、式場を見回した。――これは、詩野が自分たちに仕掛けた罠だった。詩野は、自分たちへ復讐するために、この「結婚式」を用意したのだ。けれど、彼女と一生を共にしたいと思った気持ちだけは、本物だった。壇上で罵声を浴びる遥の引き止めも無視し、彼はスマホを握り締めたまま駆け出す。電話をかけながら、スポーツカーへ飛び乗った。呼び出
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第7話
結婚式の最中、私は招待客たちへ順番にお酒を注いで回っていた。その時、入口の方から騒ぎ声が上がる。顔を上げると、岳が止めに入ったスタッフを蹴り飛ばしていた。そして私と目が合った瞬間。彼はその場で固まる。「詩野......説明しろよ。俺を式場まで騙して呼び出して、まるで馬鹿みたいに弄んで......!なんでお前が、あいつと結婚してるんだよ!?」私はゆっくりグラスを置き、彼の前へ立つ。静かな声で口を開いた。「別に騙してないよ。私、ずっと言ってたじゃない。『来週、結婚する』って。それを信じなかったのは、あなたでしょ」岳は信じられないというように一歩後ずさる。全身が震えていた。「でも......」「でも?私が絶対岳と結婚するって、そう思ってた?あなた、私の傷跡を見たことあるよね。それでも見て見ぬふりをして、遥の味方をし続けた。それにあなたたちは元々、私を結婚式で笑いものにするつもりだったんでしょう?恥をかく役が遥に変わっただけで、そんなに嫌?」彼はほとんど懇願するような顔で、私に言った。「違う......違うんだ......もし最初から知ってたら、俺は絶対あいつらに加担なんてしなかった。俺は......本当にお前と結婚するつもりだったんだ。詩野、信じてくれ......確かに、この数日は迷った。でも......最後にはちゃんと分かったんだ。自分の気持ちが......この結婚式だって、俺を怒らせるための芝居なんだろ?本気じゃないんだろ?」そう言いながら、彼は不安そうにこちらを見ていた祖母の方へ向き直る。「おばあさん、俺は詩野の彼氏です。いや......違う、夫です」「君が夫なら、俺は何になる?」電話を終えて戻ってきた男が、自然な動作で私の腰を抱き寄せる。そして何事もない顔で、私を岳から遠ざけた。岳の唇が震えた。「お、叔父さん......どうして......どうして詩野を奪うんだよ。あんたは知ってたはずだ、詩野が――」川島蓮人(かわしま れんと)は、皮肉げに口角を吊り上げる。「何を言っている。俺たちはもう籍を入れている。法的にも正式な夫婦だ。お前は数年前から何も変わっていないな。優柔不断な人間は、いつだって先を越される」私が蓮人の腕を取ったまま立ち去ろうとすると、
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第8話
あの頃、私は新しい会社に入社したばかりだった。花粉アレルギーで倒れ、病院へ運ばれたあの日。私は知らなかった。病院へ見舞いに来ていたのは、実は二人いたことを。一人は岳。そしてもう一人が――岳の叔父、蓮人だった。彼は私の新しい会社の上司だった。川島家から独立し、起業して初めて成功させた会社。私がオフィスでアレルギーを起こして倒れた時、彼はちょうど会議中だったらしい。何事か確認しようとした矢先、自分の甥が私を抱きかかえて病院へ向かう姿を目にした。蓮人は、岳の性格をよく知っていた。昔から遥の後ばかり追いかけて。以前には、征矢家の会社の資金繰りを助けるために、会社の機密情報を盗み出して渡そうとしたことまである。そんな、遥のためなら何でもする男が、今は別の女を恋人として抱えている。好奇心もあった。同時に警戒心も。だから彼は病院までついて来て、私がどんな人間なのか見ようとした。――そこで偶然、岳と遥の会話を聞いてしまったのだ。本来なら、彼には関係のない話だった。放っておいてもよかった。――でも。私の仕事ぶりは、彼の目から見ても群を抜いていた。だからこそ、真実を知って精神を壊し、仕事へ支障をきたす姿を見たくなかった。彼は何度も、それとなく私へ忠告した。けれど私は、まったく信じなかった。その頃の私は、岳との恋愛に夢中だったから。むしろ上司のくせに、私生活へ踏み込みすぎだと感じていた。本気で退職まで考えた。だが蓮人は、昇進と昇給を提示して私を引き留めた。そして結局、そのまま時間だけが過ぎていった。その時だった。彼は私に、一つの賭けを持ちかけたのは。――岳は、絶対に私と結婚しない。もし私が負けたら、私は彼の「政略結婚を回避するための表向きの妻」になる。もし勝ったら、彼は私に、輝かしい未来を与える。そして結果は――私が岳を信じすぎていただけだった。私が賭けを受け入れた時、蓮人は少しも驚かなかった。私はてっきり、急ごしらえの結婚式になると思っていた。なのに実際には、会場の装飾から細部まで、何一つ妥協なく整えられていた。中には、半年前から予約しなければ取れない会場まであった。「どうして、私が負けるって確信してたの?」そう尋ねると、彼
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第9話
新婚旅行が終わった後。蓮人は出勤前に私の額へ軽くキスを落とし、私は家で、予約していた美容医療の修復専門医が来るのを待っていた。インターホンが鳴る。玄関を開けると、立っていたのは医師ではなく、岳だった。次の瞬間、彼は乱暴に私を壁へ押しつける。そして狂ったように、首筋に残ったキスマークへ噛みついた。私は反射的に彼を平手打ちした。全身が震える。「......この変態!」彼の目は真っ赤に充血していた。「あいつと一緒にいて楽しいのか?なぁ、聞いてよ。俺、毎日お前のこと考えてるんだ。眠れないくらいに......!」私は必死に彼を押し返した。でも力では敵わない。だから、思い切り彼の肩へ噛みつく。「.....私を弄んだ時点で、こうなることくらいわかってるはずよ!」彼は力なく拳を壁へ叩きつけた。そして袖を捲る。そこには、幾筋もの火傷跡が刻まれていた。「見ろよ......全部で三十一本。やっと、お前がどれだけ痛かったのか分かったんだ......だから......許してくれないか?」私は顔を背けた。もう、彼の目を見たくなかった。「私、もう結婚してる。征矢さん、婚約破棄されたって聞いたよ。やっと彼女と一緒になれるじゃない」遥の炎上騒動は、婚約者の会社の株価まで暴落させた。本人も完全に社会的信用を失い、SNSアカウントも凍結。これまで華やかに立ち回っていた令嬢たちのコミュニティからも追い出された。騒動が広がって三日目。彼女は婚約破棄された。相手は権力も地位もある男だ。あんな醜聞を抱えたまま結婚などできるはずがない。その後、遥は人を雇って私へ嫌がらせを仕掛けようとした。けれど今の私には、常にボディーガードが付いている。彼女に近づく隙はなかった。だから彼女は、幼なじみの岳へ縋ろうとした。かつての「都合のいい保険」だった男へ。私はてっきり、新婚旅行から戻る頃には、岳と遥の結婚話でも聞かされるのだと思っていた。でも、遥の願いは叶わなかった。征矢家は彼女を「家の恥」だとして、地方の富豪の愛人として嫁がせようとしているらしい。遥の話になると、岳は眉をしかめた。「俺、本当はあいつのこと好きじゃない。だからあいつが誰と結婚しようが、俺には関係ない。それよ
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第10話
ようやく待っていた医師が屋敷へやって来た。麻酔を打たれ、意識がぼんやり霞んでいく。その時だった。目の前の女が、突然マスクを引き剥がした。現れたのは、狂気に歪んだ顔。――遥。彼女はメスを握り、私の首元へ向けて何度も刃先を突きつける。「詩野、まさかこんな形で会うなんて思わなかったでしょ?私の人生がもう終わったのだから、あんたも道連れよ!」助けを呼ぼうとしても、身体にはまったく力が入らない。刃が振り下ろされる、その瞬間、一人の男が私の前へ飛び込んできた。刃は、真正面から彼へ突き刺さる。温かい血が私の身体へ降りかかった。それなのに彼は、口元から流れる血を手の甲でそっと拭いながら。優しく、静かな声で言った。「......詩野。もし本当に、過去へ戻れたらよかったのにな......お前があいつらにいじめられてた時......俺が助けてやれたらいいのに。今みたいに」私は顔面蒼白のまま、掠れた声で名前を呼ぶ。「......岳......」遥はなおも狂ったように叫びながら、何度も刃物を振り上げ、私へ襲いかかろうとした。幸い、すぐにボディーガードたちが駆けつけ、彼女はそのまま取り押さえられて連行される。ほどなくして、パトカーと救急車のサイレンが同時に響いた。床に倒れた岳が、重そうに瞼を開く。「詩野......今まではごめん......お前の幸せを、願ってるから......」その言葉に、私の胸もまた、深く抉られたように痛んだ。蓮人が駆け戻り、そっと私を抱き締めてくれるまで。私はずっと、その場から動けなかった。床一面に広がっていた血痕は、いつの間にか使用人たちによって綺麗に片付けられていた。「大丈夫だ。俺が全力で助けるから。少なくとも......」蓮人は苦笑混じりに言葉を続ける。「こいつを、君の心に一生残る男にはさせない」その声で、ようやく私は我に返った。そして強く、彼の胸へ顔を埋める。「......私ね。振り返らない主義だから」祖母が昔、言っていた。――この子の一番の長所は、決して後ろを振り返らないことだ、と。高校では酷いいじめを受けた。それでも大学へ進んだ私は、人と友達になることを怖がらなかった。今度は、深い裏切りを受けた。それでも私は、
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