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偽物の愛にさよならを
偽物の愛にさよならを
作者: 苦いオレンジ

第1話

作者: 苦いオレンジ
入籍したその日、私は婚姻届をキャンドルディナーの隣に置き、写真を撮ってSNSに投稿しようとしていた。

そのとき、岳がふいに口を開いた。

「それ、偽物だから」

私は固まった。

彼のスマホから、女の甲高い声が響く。

「ちょっと!なんでそんな早く種明かしするのよ!これじゃ面白くないじゃない!」

岳はつまらなそうに眉をひそめた。

「こいつ、今まで気づかなかったくらいだし。もう演技続ける必要ないだろ。賭けはお前の勝ちでいいよ。これで満足か?お姫様」

でも、もう投稿はしてしまっていた。

みんなが祝福していた。

私と岳、7年越しの恋がようやく実ったのだと。

電話の向こうの女は、昔私をいじめていた頃と同じように、嫌味ったらしくコメントを残す。

「へぇ〜もう籍入れたんだ?で、結婚式はいつ?お祝いのお酒飲ませてよ〜うふふ」

私は少し考えてから、返事した。

「来週よ。じゃ、切るわ。俺、まだ記念日デート中だから」

電話越しの征矢遥(そや はるか)が、明らかに言葉を失った。

「......え、別れないの?」

「何で?別れてお前と付き合うのか?お前、もうすぐ結婚するだろ」

川島岳(かわしま がく)は興味なさそうに通話を切ると、ケーキの箱を開け、丁寧にテーブルの中央へ置いた。

まるで何事もなかったかのようにキャンドルへ火を灯し、私を手招きする。

「詩野、早く。願い事するんだろ?」

全身の感覚が鈍くなっていた。

私はただ真っ直ぐ、彼の目を見つめる。

その瞳は静まり返っていて、欠片ほどの罪悪感すら浮かんでいなかった。

「......ずっと騙してて、楽しかった?」

岳の笑みがわずかに薄れる。

「騙したってほどじゃないだろ。俺は負けてもちゃんと話すつもりだったし。お前との関係を壊したくなかったんだよ。それだけ、お前を大事にしてるってことじゃないのか?

それに、籍入れてなかっただけのことだろ。別れるなんて言ってない」

ケーキには七本のキャンドルが刺さっていた。

それがいやでも突きつけてくる。

――私は7年間、ずっと弄ばれていたのだと。

揺れる火には、ほとんど温かさなんてない。

それなのに、とうに塞がったはずの腕の傷跡が、じくじくと痒んだ。

夢にも思わなかった。

一生一緒にいようと誓ってくれた恋人と。

ヘアアイロンで私の全身を火傷だらけにしたいじめの主犯が。

幼なじみ同士だったなんて。

テーブルの上の偽の婚姻届が、目に痛いほど映った。

やっと幸せになれると思っていたのに。

涙が滲んだ。

「そうなんだ」

馬鹿だったのは私だ。

傷だらけのこんな私でも、見返りなんて求めず愛してくれる人がいるんだと、本気で信じてしまった。

私は偽の書類を手に取り、キャンドルの火へ近づけた。

炎が紙を舐め、婚姻届の端が瞬く間に黒く焦げる。

岳は慌てて私を抱き寄せ、コップの水を掴んで火を消した。

「何してんだよ!お前、火が一番苦手だろ!」

彼は覚えている。

いじめの後遺症で、私が火を恐れるようになったことを。

毎年の誕生日、願い事はいつも彼の耳元でこっそり囁いた。

代わりに彼がキャンドルを吹き消してくれていた。

7年間、何度も願った。

――江原詩野(えはら しの)が、川島岳と一生一緒にいられますように。

母は再婚し、父にも新しい家庭ができた。

だから私は誰よりも、「落ち着けるマイホーム」が欲しかった。

彼は、その願いを聞きながら何を思っていたのだろう。

心の中で笑っていたのだろうか。

私がこの罠の中で、何年も何年も気づかず踊らされていたことを。

最後には、自分が情けをかけて真実を教えてやったとでも思っているのだろうか。

火は消えた。

代わりに、指には生々しい火傷の痕が残った。

岳は救急箱を取り出し、火傷に薬を塗りながら、複雑そうに目を伏せる。

「もうやめろよ。俺と遥は本当に何もない。あいつ、もうすぐ結婚するんだし。お前が欲しいものなら、何でも埋め合わせするから」

彼はスマホを取り出し、カートに入れていたプレゼントを見せようとした。

だが次の瞬間、表情が凍りつく。

私を睨みつけた。

「......わざとなのか?投稿するなって言ったのに。わざわざ火傷までして、結婚迫るつもりかよ!お前そんなに結婚したいのか?付き合ってるだけでも同じだろ?俺は本当は――」

その言葉は、途中で電話に遮られた。

遥からだった。

芝居がかった大笑いが響く。

「あんたさぁ、みんなもう来週結婚式やるって知ってるよ?だから言ったじゃん、ああいう貧乏人ってプライドないんだって。弄ばれても、必死に嫁入りしたがるんだから。

どうせ、あんたがお金持ちだって知ったんでしょ。でも残念〜あの子、自分が知らないだけで、あんたは一生私を守るって約束してるのにね」

岳は顔を険しくして通話を切り、私に命令した。

「今すぐ投稿消せ」

「消さない。岳。来週、私は結婚するから」

祖母の病状は重い。

「岳くんとはあんなに仲がいいのに、どうしてまだ結婚しないんだい」と、何度も聞かれていた。

そうか。

彼はもう、とっくに別の女に誓っていたんだ。

それでも私と付き合い続けてくれていたのは、最大限の施しだったのだろう。

感謝するべきだったのかもしれない。

――でも。

どうして彼は、指の隙間からこぼれ落ちるようなその憐れみを、私が欲しがると思ったのだろう。

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